破綻論理。

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空の記憶

第6話 シリウス・ブラックFirst posted : 2014.03.07
Last update : 2023.03.31

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 大広間での晩餐の直前「そういえばの」とのダンブルドアの軽いノリで、ゆるっと『魔法魔術大会』の開催が宣言された。試合は全て一対一の決闘形式、トーナメント戦で、優勝者には盾に加えて『考え得る限り至極の名誉』がご用意されるのだという。

 ……『考え得る限り至極の名誉』ってどういうことだろう? 分からないがしかし、ダンブルドアのその言葉を聞いた瞬間、生徒が一斉に顔を引き締めたのには驚いた。
 後ほどリィフに「あれってどういうことだったの?」と尋ねたところ、リィフは一瞬驚愕を顔に滲ませたものの「あぁ」とすぐに合点がいったように頷いた。

「そっか、君は生まれ育ちが日本だったね。もう滅茶苦茶馴染んでいたから忘れてたよ」
「馴染めてるのは嬉しいんだけど……で、どういうことなの?」
「何、もう優勝する気になった?」

 リィフはニヤニヤと笑っている。「……そういう訳じゃないけど」と口を尖らせると、リィフは声を上げて笑いながらぼくの背中をバシバシ叩いた。痛いんだけど。

「なら優勝してからのお楽しみだと思ってなよ。今から腰が引けても仕方ないしね」
「はぁ……」

 そう言われてもなって感じだ。とにかく、リィフが勿体ぶるほどの『ご褒美』なんだろうなということは想像がついた。それに、どうせ優勝争いに自分が絡むことなどないだろうし。こういうのは参加することに価値があるのだ。

 夕食後、各寮の談話室に張り出されたトーナメント表の前には大勢の人が詰めかけていた。
 ひぇぇと思わずたじろいだぼくを見て、リィフが「ちょっと待ってて」と言い残しては果敢に立ち向かって行く。やがて戻ってきたリィフは、右手に握ったメモをぼくに見せてくれた。流石リィフ。

「今年は例年に比べて七年生の出場者が少ないみたいだね。まず各学年で予選が行われるらしい。四年生は四年生の中でそれぞれトーナメントを行い、それぞれの学年で勝ち残った二名──つまり、計八人が本戦に進めるんだ。本戦も同じトーナメント形式で最終的な順位が決まることになる」
「なるほど。それならいきなり七年生とぶち当たってけちょんけちょんに叩きのめされることはない訳だね」

 少し安心だ。

「大会予選は来週の十月一日から。君の相手はグリフィンドールの女学生、シェフィールドって子らしいよ」
「ふぅん、知らない子だなぁ」
「君にとっては知っている人の方が少ないでしょう」
「うるさいよ」

 そう簡単に人見知りが直るもんじゃない。

「ま、君ならそうそう負けることはないだろ。期待してるよ、『呪文学の天才児』」
「久しぶりにその渾名あだなで呼ばれたよ……やめてくれって、ぼく、あんまりその呼ばれ方は好きじゃないんだ。それを言うなら君こそ、だよ? 我がレイブンクローの秀才さん」
「君に言われても全然嬉しくないのはどうしてだろうな」
「純粋に褒めてんのに、失礼な奴だな」

 前年度の期末試験の結果を見返すまでもなく、レイブンクロー四年生の中でリィフが一番成績が良いのは明らかだ。でもリィフがあまり嬉しくなさそうなのは……ひょっとすると、ぼくらの学年にずば抜けた奴らがいるからかもしれない。

 ジェームズ・ポッターとシリウス・ブラック。三位に大きく差をつけてのトップ2である。一体何をどうすれば、百点満点のテストで三百何点などという点数を叩き出すことができるのだろう。うぅむ、謎だ。

「僕にとってみれば、外国語である英語を一年も掛からず日常生活に不自由ないレベルにまで仕上げた君こそ凄まじい奴だと思うけどね……」
「ん? 何か言った?」
「何でもないよ」

 リィフは何故か不機嫌そうだ。はて? と首を傾げるも、リィフは何でもないと首を振り、話は終わりとばかりに本を開いた。なんなんだと肩を竦めつつ、倣ってぼくも本に手を伸ばす。

 今日の読書は『闇の魔術に対する防衛術』の予習として図書館から借りてきた本だ。レイブンクロー生として予習・復習は欠かせませんからね。
 えぇっと、明日授業の範囲は『狼人間』についてで──……。

「……ん?」

 ふと覚えた強烈な違和感に、思わず目を見開いた。
 突如声を上げたぼくに対し「どうした?」とリィフが尋ねてくる。何でもないよと愛想笑いを浮かべ、ぼくは口元に手を遣った。

「…………」

 狼人間についての記述を指で辿る。
 腹の中の疑惑が一つの結論に着地するまで、ぼくは何度も該当箇所を読み込んだ。

 

  ◇  ◆  ◇

 

 なんと最悪なことに、ダーズリー家にマージおばさんが来ているらしいとハリーから『羊皮紙』で一報が入った。
 マージおばさんはバーノンおじさんの妹で、居候のぼくらをいたぶることを至極の楽しみとしている嫌な人だ。犬のブリーダーを生業としていて、マージおばさんがダーズリー家に訪れる際は必ず犬が何匹もついてくる。

 ご存知の通り、ぼくはとんでもなく動物に嫌われる性質の持ち主だ。何もしていないのに犬に吠えられるという事象が、マージおばさんには理解できなかったらしい。気持ちは分かるよ、うん。

 でもそれが「犬に嫌われるのはお前の性根が腐ってるからだ!」という理論に落ち着くのは納得できなかったけどね。ぼくはどこからどう見ても穏やかで優しい少年じゃないか。その理屈なら嫌われるべきはお前の方だろうがこの性悪……コホン、失礼。
 そんな訳で、ぼくもハリーもマージおばさんは出来れば関わり合いになりたくない相手なのであった。

 ……あぁ、ハリーが心配だ。実は何度も迎えに行こうかと訊いたのだが、ハリーは頑として『大丈夫って言ったからね』と首を横に振るばかりだ。
 なんでもバーノンおじさんと『マージおばさんが滞在している間は口裏を合わせる』という約束をしたらしく、マージおばさんを無事に凌ぐことができればホグズミード行きの許可証にサインがもらえるのだと言っていた。

アキの分のサインももらう手筈になってるから、アキはなーんにも心配しないでいいんだからね』

 ……そんなこと頼んでないのに、馬鹿兄貴。すぐに一人で耐えようとするのはハリーの悪い癖だ。
 せめてハリーのガス抜きは請け負おうと、ぼくはハリーとの連絡手段である『羊皮紙』を肌身離さず持ち歩くようになった。

 ──『その知らせ』が入ったのは、そんな折。ぼくとアリス、リィフの三人で一緒に朝食を取っていた時だった。

 いきなり暖炉がボウッと緑色に燃え出したかと思うと、次の瞬間には一人の男が現れた。ぼくはびっくりして身構えたものの、リィフは面倒臭そうな顔をして、手に持っていたトーストを口の中に放り込む。
 煙突飛行ネットワークかと、暖炉に灯った緑の炎を見て遅れて気が付いた。去年初めてウィーズリー家で味わったものだ。

「ジム、こんな早朝から一体何の用だい?」
「邪魔立てしてすまないねリィフ、休暇の真っ最中だというのに。おっ、そこにいるのはもしかして君の息子くんか? 君、二人の子持ちだったっけ?」
「片方は違うよ。私に似てない方は息子のご学友だ。私をもう少し目つきを悪くしたような顔してんのが、私の息子だよ」

 リィフの言葉に、アリスがチィッとあからさまに舌打ちした。でもリィフの言ったことも間違っちゃない、というより描写がそれでドンピシャなのでどうしようもない。

「初めまして、アリス・フィスナーくん。私はジム・モーリス、以後お見知りおきを……っと、そうじゃないそうじゃない。リィフ、すまないが緊急だ。魔法省に来てくれ」
「何か事件でもあったのか? 新人くんが何かやらかしたかい? あの子は確かに、そのうちどでかいことをやらかしてくれそうな子ではあったけど。ある程度の対策マニュアルなら作っておいてあげた筈だろう?」
「その対策マニュアルに載ってないことが起きたんだよ、リィフ」

 リィフの同僚が続けた言葉に、ぼくは表情を凍らせた。

「シリウス・ブラックがアズカバンから脱獄した」





『……ブラックは武器を所持しており、きわめて危険ですので、どうぞご注意ください。通報用ホットラインが特設されていますので、ブラックを見かけた方はすぐにお知らせください……』

 アナウンサーが一人映されたシンプルな画面にザザザザ、と時折ノイズが混ざる。ぼくの魔力のせいか、電波はたまに乱れるものの、何とか言葉は聞き取れた。
 ソファーの上で膝を抱えたまま、ぼくはテレビのチャンネルを切り替えた。

 ダーズリー家でよく流れていた面白くもなんともないテレビショッピングに、よく分からないけどダドリーが好きそうなアニメ、ピーラーのCMと、パチパチとチャンネルを替えた後、ぼくは結局ニュースに戻す。今やどこのニュース局もシリウス・ブラックの脱獄について報道していた。

 アナウンサーが酷く真面目な顔で、シリウス・ブラックがどんな大犯罪を犯した危険人物であるかを読み上げる。十数人もの人間を殺した恐ろしい人物であると、まるで彼が快楽殺人者であるかのように。自分達とは違う恐ろしい人外であるかのように読み上げる。

 シリウス・ブラックの顔が画面にでかでかと映し出された。髪もひげも伸び放題のもじゃもじゃで、眼窩は深く落ち窪み、頬はげっそりと痩せこけている。そこに昔の面影は見られない。

 リィフの同僚の言葉を聞いて呆然と立ち竦んだぼくに、リィフは一瞬哀れみのような表情を浮かべてみせたものの、そのまま魔法省へと行ってしまった。
「帰ったら少し説明しよう」、それだけを言い残して。

 流れているテレビ番組はどれもマグルのものだ。だからシリウスが本当に持っているのは銃ではなく杖だということや、どこの刑務所から脱獄してきたのかなどは全く報道されていない。

 頭の中で疑問がいくらでも弾けて消える。
 ……どうしてシリウスが人殺しなんて。一体、何が起きたというのだ。
 いくら幣原の記憶を探っても、シリウスがそんなことをする人だとは思えなかった。

 ……でも、人は変わる──変わってしまう。
 時の流れという、残酷でどうしようもないものによって、変わらざるを得なくなる。
 だって、ジェームズとリリーがヴォルデモートに殺されるなんて思わなかった。それを言うなら幣原だって死んでいるし、幣原の両親だって……。

 ニュース番組に映し出されたシリウス・ブラックの写真。その顔を、穴が開くほどにじっと見つめる。
 学生時代、幣原が知る誰よりもハンサムだったシリウス。無頓着に制服を着崩していて、でもその無頓着さが何よりも格好良く映った。いつも自信ありげで楽しそうな笑みを口元に浮かべていた、彼が……。

「あぁ、もう! くっそ、俺はお前の沈んだ顔なんざこれっぽっちも見たくねぇんだよ!」

 そう叫んだアリスは、そのまま勢いよくテレビの電源を落としてしまった。バションと消えた画面を背に、アリスは眉を寄せてぼくを睨む。

「何で俺がお前なんかに気ぃ遣わなきゃなんねぇんだ、阿呆らしい! お前が何に思い悩んでんのか知んねぇけどな、そのシケた面ずっとぶら下げてんじゃねぇよ、見るに耐えねぇんだよ!」

 喚くアリスを、ぼくはただポカンと見つめた。あぁクソと舌打ちを零したアリスは、ぼくを盛大に睨みつける。

「気晴らしだ、外に出るぞ」





 アリスがぼくを連れ出した先は、ダイアゴン横丁のミニチュア版といった雰囲気を持つ魔法専門の商店街だった。銀行の支部に薬問屋、アイスクリームパーラー──はマグル界でもよく見る代物だけど──に、箒専門店、ふくろうやらヒキガエルやらネズミやらがわんさかいるペットショップに本屋。
 人通りもそれなりに多く、すれ違う人々は皆色とりどりのローブを纏っている。ダイアゴン横丁以外にもこんなところがあったとは驚きだ。でも普通に考えてみたら当然のことで、ダイアゴン横丁だけで魔法使い全員の生活をどうにかできる訳がないのだ。

「さ、何か欲しいもんでもあるか? 親父からたんまりふんだくってきたから金ならあるぞ」
「その言い方やめて? そんな、でも悪いよ」
「いいだろ。そういやお前、今日誕生日じゃねぇか。何か買ってやるよ」

 アリスの家から暖炉五つ離れた場所にあるこの商店街は、アリスも幼い頃からよく訪れていたらしい。顔見知りらしきおばちゃん達から至る所で「おっ、アリスじゃないか!」と気さくに声を掛けられている。「よ、レイネスのばあちゃん」とアリスが気軽に返したのにはちょっと驚いた。学校じゃかなりの気難しがり屋で通っているけれど、実際は付き合い良い奴だからな。

「久しぶりだねぇ、アリスちゃん!」
「うるっせぇなラインばばぁ呪うぞ! ちゃんをつけんなクソババァ!」

 ……口の悪さは昔からのものらしいが。

 アリスとぼくは商店街をぶらぶらしながら店先の商品を冷やかしつつ、最終的に本屋へと向かった。もうこれはレイブンクロー生の本能と言っていい。談話室の一角に本の貸し借り専用スペースができているほど、レイブンクローには本好きが集まっているのだから。
 ついでに言えば、読書が嫌いなレイブンクロー生をぼくは今まで一度も見たことがない。

「おっ、これどうかな。『大嫌いな相手に有効! 有名魔法使い五十人が選んだ呪い一〇〇選』──」
「誰に使う気だ、おい」
「じゃあこっち、『凝り固まった頭を柔らかくする魔法パズル一〇〇連発』──ほら、この前レイブンクロー寮の前で三時間頑張った君にピッタリ」
「さっきの本、やっぱり買うか。片っ端からお前に試してやろう」
「ごめんアリス」

 そんなこんなで、ぼくらが仲良く和気藹々と過ごしていた時のことだった。

「アリス・フィスナー!」

 幼く高いボーイソプラノが静かな店内に響き渡る。つい先日聞いたばかりの声だ。慌てて振り返ったぼくらは、ユークレース・ベルフェゴールの姿を発見した。
 ユークは本屋の中だというのに全力ダッシュしては、勢いよくアリスに飛び付いてくる。アリスも慣れた顔でストンとユークを受け止めると、腰を曲げてユークに目線を合わせた。

「ユーク、うるせぇ。静かにしろ」
「はいっ! アリ……アリス」

 元気よく返事をしたユークだが、アリスに睨まれ声のボリュームをぎゅいんっと落とした。「よし、いい子だ」と、アリスはユークの頭をぽんぽんと軽く叩く。……なるほど、こういう飴と鞭こそが、やっぱり懐かれる理由か……じゃなくて。

「で? お前一人で買い物に来た訳じゃねぇよな……俺、お前の父親と母親苦手なんだよ。何度地下牢に放り込まれたことか……アキ、ずらかるぞ」

 一体何をどうして地下牢に、しかも何度も放り込まれることになるのか非常に詳しく理由を知りたいところだ。ぼくとハリーが、よく物置部屋に閉じ込められたのと同じ感じだろうか……うわ、何この気持ち、他人事とは思えない。
 アリスに手を掴まれ引っ張られる。ぼくも歩き出そうとしたものの、背後から聞こえた声に咄嗟に足を止めた。

「……アキ?」

 そうか弟がいるなら姉の方もいるよなそれが自然の摂理というものだそもそもガウデの原則的に言うとだね自然の摂理というものは────っと、ちょっとトリップしかけた。

「あ……アクア」

 ……どうして君は普段は無表情な癖に、こういう時だけほんのりと笑顔を浮かべてるんだろうなぁ? おかげで立ち去れないじゃないか。
 足を止めたぼくに、アリスが呆れたようにため息をついた。

「……あなたも、お買い物?」
「あ、うん、えっと、そうだね、ま──暇潰しも兼ねて、アリスが」
「……そう。あなたとこんなところで出会えるなんて思っていなかったから、驚いちゃった」
「あー、そりゃ、ぼくもだね……うん」

 コクコクと何度も頷く。ぼくの反応に、アクアはクスクスと笑った。

「……あなた、この前から挙動不審じゃない?」

 そりゃそうだろこの前は君が可愛すぎて……あう。
 んで、今日はその、ドラコに色々言われたばかりで心の準備というか心構えがまだできてなくて……その。

「そう、かな」
「……そうよ。変なアキ
「アリス、一体今何の本を読んでるんですか?」
「『親愛なる友人へ贈る、友情が壊れる悪戯ベスト一〇〇』」
「この店、やけに『一〇〇』って数字が好きなんですね」
「……ねぇアキ、その、まさか今日会えるなんて思っていなかったから……えっと」

 その時アクアの声を遮るように「アクア! ユーク!」と二人を呼ぶ声が聞こえた。アクアは言いかけた言葉を飲み込み「……父様」と呟く。……父様?

「父上!」と軽やかな声を上げたユークは、アリスから身を離すと一人の男性の元へと駆け寄って行った。なるほど、父親と一緒に来ていたのか。ユークの動きにつられて視線を向けた。

 リィフと系統は違うものの、こちらもすこぶる格好良い人だ。アクアとユークの父親なのだから当然か。
 顔貌かおかたちが整っているのは勿論のこと、身に纏っているものが須く英国紳士然としていて品がある。リィフが立っているだけで視線を集める俳優ならば、この人は身に付けた服や小物を映えさせるモデルのようだ。

「欲しい本は見つけたかい? そろそろ帰ろうと思っているんだけどね……あっ!?」

 ユークとアクアに穏やかに声を掛けたその人は、そのままぼくに視線を向けると息を呑んでその場に凍りついてしまった。

「どうしました? 父上」

 そんな父親に向け、ユークが心配そうに声を掛ける。父親は慌ててぼくから視線を外すと「何でもないよ、ユーク」とニコリと微笑んだ。

「あぁ、アリスくんもいたのか。先日のパーティーではお疲れ様」
「どうもっす」

 アリスが軽く頭を下げる。頷いた父親はアクアとユークの肩を軽く叩いては「帰ろう」と促した。

「……はい、父様。アキ、フィスナー、またね」
「アリス・フィスナー、新学期にまた会いましょう!」

 ユークが大きく、アクアが小さく、ぼくらに向かって手を振る。ユークはぼくに睨みを利かせていくことも忘れない。こりゃ目を付けられてるな……。

「……あー、悪いな、アキ。あいつらと会う可能性を考えてなかった……」
「いや、大丈夫だよ、アリス。それよりぼく、この本が欲しいんだけど、どうかな?」

 ぼくは十センチほどの厚さの本を指差した。ハードカバーの重たそうな本で、振り抜いたら鈍器としても充分役に立ちそうだ。きっと値段もそこそこするだろう。

「何だよ、これ……『一目で分かる、魔法界重要歴史一〇〇』……また一〇〇か……値段は? 一〇〇シックル? ここでも一〇〇か! この店こんなんだったか?」

 何やらアリスが喚いている。そんなアリスの声をBGMに、ぼくはアクア達が消えていった方向を見つめながら、先程のアクアの父親の挙動について考えを巡らせていた。

 先程ぼくに一瞬見せたあの表情。ぼくに対して驚愕か、恐怖か、どこかおそれを抱くような顔をしていた。当然ぼくと彼の間に面識はない。とすれば──

「……幣原、かな」

 一年の頃、クィレル教授とアクアの会話を盗み聞きしたことがあった。あの時のクィレルは賢者の石を手に入れた後、自らを匿うようアクアの両親に伝えてほしいと要請していた。
 となると、ベルフェゴール家は────

「あの人の仲間──死喰い人、ね……ならば『黒衣の天才』、闇祓いの幣原を恐れるのも道理……」
アキ? 何ぶつぶつ一人で言ってんだ、気持ち悪い」
「き、気持ち悪いとは何さ!」
「思った通りのことを言ったまでだ」
「酷い! その率直さがむしろ滅茶苦茶酷い!」

「うるせぇ」とアリスは、会計を通したばかりの先程の本を──十センチほどの厚みがあり鈍器にもなりそうだと称したその本を──僕の頭に振り下ろした。痛みに声も出せずに蹲ったぼくに向かって「ほら、さっさと帰るぞ」と追い立てる。

「君はなんて酷い人なんだ、なんて性格が悪いんだ……」

 恨みが篭ったぼくの言葉を、アリスは鼻で笑い飛ばした。

「何言ってんだ。性格悪くねぇと、お前の友達なんてやってらんねぇよ」



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