破綻論理。

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空の記憶

第1話 両手分の世界First posted : 2015.06.21
Last update : 2022.09.27

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 ぼくの世界は、とっても狭い。

 小学校時代を一緒に過ごした日本の友人たち。そして、今ぼくと仲良くしてくれている、ホグワーツでの友人たち。悪戯仕掛人の四人。セブルスとリリー。そして、ぼくを育ててくれた両親。

 十五才のぼくにとって、世界とは、ぼくの手の届く範囲までを意味していた。ぼくは、将来は起業したいとか、もっと学問を修めて見識を広めたいだとか、そんな高尚な意志なんて全く持ち合わせちゃいなかった。ただ、毎日学校の宿題に追われて、友人らと他愛もない話で盛り上がって、そして長期休みには両親や日本の友人たちと楽しく過ごす。至って普通の、十五才の子供だった。

 それでもいいと思っていた──それがとても幸せなことだったのだと、ぼくは後に、知ることになる。

 

  ◇  ◆  ◇

 

 幣原がどうして「黒衣の天才」と呼ばれ、戦争の英雄扱いされるようになり、彼の名を当時の魔法使いの殆どが知ることになったのか。その理由は、当時の日刊預言者新聞を少し漁ってみれば、すぐに分かる。

 新聞の一面を華々しく飾る、闇祓いや「不死鳥の騎士団」と呼ばれていた集団、彼らの活躍。闇の魔法使いと戦った彼らの活躍は、おそらく士気を上げるためだろう、より英雄的に模範的に勇敢に、戦死したとしたらより悲劇的に、美麗な筆致で描かれていた。
 幣原は、闇祓いに関する記事のほとんどに、その名が載っていた。

 若かりし天才。
「例のあの人」に匹敵する魔力の持ち主。

 闇祓いの訓練期間である三年間、その期間を異例の一年間のみで終了させ、十八の若さで前線に投入。その後も輝かしい戦績を修め続けた彼は、暗い世論に沈む世界の中で、光だったのかもしれない。

 活躍が煌びやかに描写される一方、公に姿を出さず、写真すらも新聞に載らない彼ら闇祓いは、きっと、偶像化するのに丁度良かったのだろう。

 幣原
 戦争の英雄であった彼の葬式は、国を挙げて大々的に執り行われたそうだ。

 真っ黒な棺の上に、山になるほど積み上げられた白百合の花。
 その写真が、唯一幣原関連で新聞に載った写真だった。





「ん……」

 ふわり、と意識が覚醒する。じんわりと感覚が戻ってくる。
 閉じた瞼の奥が明るい。もう朝か。
 ゆっくりと瞼をこじ開ける。
 目の前数センチの距離に、ハリー・ポッターの顔があった。

「…………」

 ちょっと驚いた。がしかし、いつものことだと思い直す。
 ハリーは、ぼくを抱き枕にするかのように、ぼくを抱き締めて眠っていた。ハリーの両腕が、ぼくの背中に回されている。呼吸の感覚は一定で、まだ起きる予兆はない。

 しかし、さすがにこの歳になると、一つのベッドで一緒に眠るのは狭く感じるな。主にハリーのせいで。無駄にでっかくなりやがって。少しは身長と体重ちょうだいよってんだ。

 首を回して時計を確認すると、針は五時半を示していた。おばさんが目が覚めてぼくらを起こしにくるまで、まだまだ時間がある。ハリーから抜け出そうとするが、思った以上にハリーのホールドは厳重で、ぼくは諦めて身を委ねることにした。

 時間があるので、幣原のことについて考える。

 幣原とは何者なのか──いや、この問いは突き詰めていけば「アキ・ポッターとは何者なのか」という問題に打ち当たることになる。何せ、幣原アキ・ポッターは同一人物なのだから。

 ぼくは一体、何者なのだろう。
 幣原に作り出された人格ーー幣原が、自らの手足として扱うために作り上げたお人形。
 けれども、一体何のために、幣原はぼくを作ったのだろう? 

『可能性』ーーそう、リーマスは確かにそう言ったのだ。『幣原が選び取れなかった道を選んでくれる、可能性だ』と。詳しいことは全く何も教えてくれなかったーーただ意味深に笑顔を浮かべただけだ。

 幣原が選ぶことが出来なかった道。もしくは、幣原が選ぶことを拒否した道。
 そんな道がーーあるのだろうか。
 そんな道を、ぼくならば、選ぶことが出来るのだろうか。

「…………」

 口を開きかけ、閉じた。
 ぼくの頭の中で眠る、幣原。ぼくのもう一つの人格、と言ったが分かりやすいだろうか。
 彼は、一体今何を考えているのだろう。

 ぼくの見たもの聞いたもの、それらが伝わっていると聞いた。ということは唯一自由なのは、ぼくの思考だけということになる。でも、ぼくのもう一つの人格ということは、身体を共有しているということだ。当然それは、脳みそも含まれる。いくら幣原本人から、思考の自由が保証されたからといって、簡単に信じることが出来るだろうか? 

 幣原アキ・ポッターは、同一人物だ。だが、同時に異なる人間だ。根っこが同じーー身体が同じ、というだけで、育ちも境遇も性格も、友人関係だって違う。違う人間なのだ。
 あの夜。ピーターを追いつめた日の幣原の様子は、ぼくが知っている幣原とは全く違っていた。
 温厚で物腰柔らかく、穏やかな彼とは……。

 ハリーのうめき声で、はっと意識が引き戻された。頭を抑え、苦しそうに息を荒げている。
 ぼくは慌てて頭を上げると、小声で「ハリー!」と名前を呼び、ハリーを揺さぶった。

「……あ……アキ?」
「大丈夫? ハリー」

 ハリーの目が、ぼくの顔で焦点を結んだ。ハリーはベッド脇のメガネに手を伸ばすと、額を抑えつつメガネを掛ける。

「具合が悪い? どこか痛むの?」
「いや……体調が悪いんじゃない。ただ、傷が……痛むんだ」

 少し唇を噛んだ。そっとハリーに顔を近付けて、額の傷跡に触れるだけのキスをする。ハリーはぼくの頭を、心配ないよと言いたげに軽く撫でた。

「夢を見たんだ」
「夢?」
「あぁ……ヴォルデモートが出てくる夢……三人いた。ヴォルデモートとワームテール……そして老人が一人。その男が床に倒れて……っ」
「無理しないで」

 上半身を起こしたハリーが、額を抑えてうなだれた。ハリーの手を取ると、今は真夏なのに、氷のように冷たかった。よく見ると、寝汗をびっしょりとかいている。

「待ってて、タオル持ってくるから……」

 そう言ってベッドから降りようとしたが、ハリーはぼくの手を離さなかった。

「いや……聞いてくれ、アキ。僕が忘れてしまう前に……細かいことを覚えておくのは、僕より君の方が得意だから」

 そう言ってハリーは、ぼくの目を見た。

「確か……ヴォルデモートとワームテールが、誰かを殺したと言っていた……誰だっけ、名前が思い出せない……でも、誰か……魔法省やクィディッチワールドカップについても話してた……そして、誰かを殺す計画を立ててた……僕を、殺す計画を」

 何も言わずに、ハリーの指に指を絡める。

「記憶を消すとかも言ってた……それに、ワームテールにして欲しい重要な仕事があるって言っていた……褒美を授けるって……それが何なのかは言っていなかったけど……それにアキ……君の名と、幣原の名を口にした」

 そうか……あの後、やっぱりピーターはヴォルデモートの元に戻ったのか……。

 ヴォルデモートは一体何をやろうとしているんだ? 今度はどうやってハリーを殺そうと考えている? 
 ぼくだったら……ぼくだったら、ハリーを殺したいと思うなら、先にぼくを殺す。だってぼくは、ハリーの一番近くにいて、ハリーを殺そうと思ったときに真っ先に立ちはだかる、邪魔な存在だから。

 だけど、クィディッチワールドカップでぼくやハリーを殺せるとは思えない。ぼくらは夏休みの間魔法を使っちゃダメだけど、ハリーの身に危険が及ぶとなっちゃぼくは杖を抜く。
 それに、確かにたくさんの魔法使い達が来るけど、その分警備も厳重だ。たくさんの人目につく場所で、ヴォルデモートが直々に出張ってハリーを殺しにくることはまずないだろう。同じく、ピーターもだ。13年前死んだはずの人間が(しかも、去年シリウスが脱獄したことで、魔法使いにとっても覚えが新しいはずだ)のこのこと現れることは考えにくい。

「……ねぇ、アキ。僕は怖いよ。このような夢を見る自分が怖いんだ」

 冷たい汗で湿ったハリーの手をしっかりと握り、ぼくは明るい表情で言った。

「シリウスに相談してみようよ」



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