それからの日々は、あっという間に過ぎていった。葬儀は英国風ではなく、あくまでも日本式で執り行われた。
ぼくは両親の死の感慨に耽る暇もなく、ずっと忙しく過ごした。
ぼくが所属するレイブンクロー寮の寮監であるフリットウィック先生は、ぼくを手助けしてくれた。フリットウィック先生だけではない、色んな先生が、ぼくを親身に支えてくれた。
ぼくが壊してしまった家は、今は元通り、綺麗な状態に戻しておいてある。
でも、そこに再び住む気にもなれなくて、ぼくはホテルに仮住まいする日々を送っていた。
葬儀で、ぼくは初めて自身の『親戚』に出会った。父の兄弟や親だと名乗る人に囲まれるのは少々息苦しく、悪い人たちではないと思うのだけれど、なんとなくこちらから距離を置いた。彼らも、ぼくをどう扱っていいのか分からないみたいだった。
両親が死に、身寄りがなくなったぼくを預かりたいと言ってくれたのは、ぼくにとって父方の祖父母にあたる人だった。血が繋がっているとはいえ、初めて会ったばかりの他人であるぼくを引き取ってくれると言ってくれたのは大変に有り難かったが、丁重にお断りさせて頂いた。
幸いにも、両親は幾らかのお金を遺してくれていた。もう十五だ、ある程度の身の回りの世話は自分で出来る。
それに──どうして両親が彼らと連絡すら取っていなかったのかよく分からない今、頼るのは賢明ではないと思ったのだ。
遺品を整理していると、両親からの手紙を見つけた。
これからの、ぼくの身の振り方について書いてあるものだった。
それは、まるで自分たちがいつ死ぬのかが分かっていたみたいに現状に沿っていて、ぼくはその通りに動くだけでよかった。
いや──もしかしたら、本当に予期していたのかもしれない。
葬儀で、両親の話をたくさん聞いた。それは、今まで耳にしたことのなかった話もとても多かった。そのうちの一つに、興味深い話があった。
曰く、父は予知夢者だったらしい。
未来を予知する夢を視る人間。呪術を司る幣原家には、数代に一人の割合で現れるのだという。ならば、自分の死期を知っているのも道理であると言える。
しかし不思議なのは、《どうして両親は自分が死ぬとわかっていながら逃げずにみすみす殺されたのか?》ということだ。
自分たちが死ぬことが分かっていたのなら、どこへでも逃げればいい。昔の話ならばともかく、今は飛行機も船も、また魔法使いなのだから『姿くらまし』だって出来るのだ。
なのに、それをしなかった。
不思議なことはそれだけではない。
家の中の物は、執拗に壊されていた。
これは、ぼくはてっきり犯人──ヴォルデモートが、ぼくの両親を殺そうとして壊れたものだと解釈していたが、よくよく確かめてみると違うことに気がついた。
何故なら、全てのものが壊され、砕かれ、破かれているのだ。食器棚に入っていたぼくらの食器から、父の蔵書の本のページまで、全て等しく。
これは一体、何を示しているのだろう。
家の中の物を『復旧』させたとき、ダンブルドア先生から「何か足りないもの、なくなっているものはないか?」と聞かれたが、ぼくには見つけ切れなかった。
それと──ぼくが家に置いていた日用品や服、本、また両親の通帳、印鑑その他は、葬儀が終わってちょうど一週間後に宅配便で、現在ぼくが仮住まいの拠点としているホテルに届いた。
送り主は、我が父幣原直。一体、どこまで予知していたのやら。
そんなこんなで、八月も半ばが過ぎ、夏休みも残りを数えるほどになった頃(休み、と言っても、休んだ気は全くしないが)、ある人物から連絡が入った。
海を超える長旅で疲れているのだろうけれど、その疲労も見えないくらいに羽根を広げぼくを威嚇するフクロウに、苦労しつつも返事を託すと、ぼくは早速荷造りの準備に取り掛かった。
◇ ◆ ◇
気がついたら、ウィーズリー家のキッチンの暖炉に倒れ込んでいた。顔面から倒れなかったのは、ハリーが支えてくれていたからだろう。顔を上げると、ウィーズリー家の面々がぼくとハリーを覗き込んでいた。
「やつは食ったか?」
いらっしゃいの一言もなく、ハリーを助け起こしながら、フレッドが興奮を隠し切れない口調で尋ねた。そんな相棒に、ジョージがぼくに手を伸ばしつつ「許してやれよ、楽しみで夜も眠れなかったんだから」と笑みを零す。
「いったい何だったの?」
「
「夏休み中ずっと被験者を探してたってワケ」
ジョージがぼくの服についた土埃を払い落とす。
見回すと、キッチンには双子とロンの他に、もう二人座っていた。二人とも赤毛で、双子よりも大人びている。きっとビルとチャーリーだ。
「やぁ、君がアキ? 君のことはよく聞いてるよ。僕はビル。ウィーズリー家にようこそ、アキ」
ビルが微笑んで、ぼくに右手を差し出した。長い赤毛はポニーテールにしてあって、何だか親近感が湧く。
左耳には……なんだろう、ドラゴンの牙のイヤリングだろうか? 服装も一人小洒落ていて、なんだか凄く格好いい。
次に挨拶をしたチャーリーは、ロンより背こそ低かったが、小柄だとかそんなことは全くなく、むしろがっしりとしていた。
「初めまして、アキ。お前、動物が苦手なんだって?」
「違うよ! 動物が苦手なんじゃなくって、動物がぼくのこと苦手なんだって!」
そう言うとチャーリーは「それなら、今度俺が、お前を怖がらない動物を連れてきてやるよ」と笑った。
その時、ポン、と小さな音がして、ウィーズリーおじさんが「姿現し」した。本気で怒った表情をしている。
「フレッド! 冗談じゃすまんぞ! あのマグルの男の子に、一体何をやった!?」
「俺、何もあげてないって。落としちゃっただけだよ、拾って食べたのはあいつだろ」
「わざと落としただろう! あの子が食べると分かってたはずだ。あの子がダイエット中だと知っていただろう!」
「あいつのベロ、どのくらい大きくなった?」
「ご両親が私に縮めさせてくれたときには、一メートルは超えていた!」
キッチンに爆笑の渦が巻き起こる。「笑い事じゃない!」とウィーズリーおじさんが叫んでも無意味だ。
「こういうことがマグルと魔法使いの関係を悪化させる原因になるんだ! 母さんが知ったら、一体何と言うか……」
「私に何をおっしゃりたいの?」
タイミングよく、モリーおばさんがキッチンに入ってきた。気まずげにウィーズリーおじさんが口ごもる。
ウィーズリーおばさんの後ろには、ハーマイオニーとジニーの姿が見えた。二人ともこちらに笑顔で手を振っている。しかしジニーはハリーと目が合った途端、真っ赤になってそっぽを向いてしまった。可愛いなぁ。
「ハリー、アキ、ロンに寝室まで案内してもらったら?」
ハーマイオニーがそう声を掛ける。
「二人はもう知ってるよ、前もそこで──」
「みんなで、行きましょう」
ハーマイオニーの強調に、やっとロンもピンと来たようだ。「あっ、オッケー」と言い、腰を浮かす。
「ウン、俺たちも行くよ」
「あなたたちは、ここにいなさい。ウィーズリー・ウィザード・ウィーズのことでお話があります」
双子の言葉をピシャンと沈めるようにウィーズリーおばさんが凄んだ。
ぼくらはキッチンを出ると、ハーマイオニーとジニーと一緒に階段を登っていった。
「ウィーズリー・ウィザード・ウィーズって何なの?」
ハリーの言葉に、ロンとジニーは笑った。しかしハーマイオニーは渋い顔を崩さない。
「ママがね、二人の部屋を掃除してたら、注文書が束になって出て来たんだよ。発明した物のなっがーいリストさ。悪戯おもちゃが満載の。すっごいよ、僕、あの二人があんなに色々発明してたなんて知らなかった……」
「昔っからずっと、ちょくちょく二人の部屋から爆発音が聞こえていたけれど、まさか何か作っているなんて思いもしなかったわ。ただうるさくしたいだけだと思ってた」
「ただ、作ったものがほとんど──いや、全部が、そのー、ちょいとばかし危険なんだよ。それに、あの二人、ホグワーツでそれを売って稼ごうと計画してたみたいなんだ。それでママはカンカンさ。もう何も作っちゃいけませんって、注文書を全部焼き捨てちゃった。ママったら、OWL試験で二人がいい点とらなかったことにも腹を立ててたからさ……」
「それからね、大論争があったの。ママは、二人にパパみたいに魔法省に入って欲しかったんだって。でも二人は、どうしても悪戯専門店を開きたいって言って……」
どこをとっても、あの双子らしい。
そこで、思い出したかのようにジニーがぼくを見た。
「そういえば、アキ、あなたってまだ、フレッドとジョージの二人と一緒に寝る勇気はある?」
とても不思議な聞き方だ。だが危機感と、彼女がどう思っているのかはよく伝わった。
二年前にウィーズリー家にお世話になったとき、ハリーはロンの部屋で、そしてぼくは双子の部屋でそれぞれ泊まったのだ。ロンの部屋が狭いからだと言っていたが、はてさて、どこまで信用していいものか。
まぁ、ぼくも双子と一緒に悪巧みするのはとっても楽しいし(モリーおばさんの堪忍袋がどうなるかはともかくとして、だ)。
ジニーに向かって肩を竦めて「きっと大丈夫さ」と答えてみせた。するとジニーは苦笑して(前見たときより大人びたな、と、ふと思った)、「じゃあ、二人の部屋はこっちね」と言い、ハリーとロン、ハーマイオニーと別れ、先導してくれた。
道くらい覚えているよ、なんて野暮なことは言うまい。彼女の好意に甘えておこう。
「……ねぇ、アキ?」
「うん?」
「アキは……あの二人がやろうとしてることについて、どう思う?」
ジニーは、ぼくに背を向けたまま、そう問いかけた。ぼくは黙り込む。
ジニーは続けた。
「お店を開くなんてお金、うちにあると思う? ロンはビルやチャーリーからのお下がりの服しか持ってないわ。教科書だって、新品で買ってもらったことなんてない。……ロックハートの教科書を除いて、だけど……」
最後に頬を赤らめて付け加えられた言葉に、茶々を入れる気は起きなかった。
「あの二人も……本当は分かっているはずよ。だって、あたしが分かるんだもの。なのに、なんで、どうして……」
ぼくは考えを巡らせた。一体いくらほど、一軒のお店を建てるのに必要なのだろうか。そしてその事業を継続していくためには、一体どれほどの大金が必要なのだろうかを。
双子の能力の高さは、十分に理解している。幣原秋の時代の悪戯仕掛人に勝るとも劣らない柔軟で見事な発想力。人を惹き付けてやまないカリスマ性。校則の網の目をかいくぐり、計画的に暴れることの出来る狡猾さ。
彼らが悪戯専門店を開けば、きっと成功するだろう。それだけの将来性を、あの二人は秘めている、そう思う。
だが、事業を興すには何より、資本が、先立つものが必要なのだ。それはとても現実的で、シビアで……だからこそ、目を逸らす訳にはいかない。
夢ばかり追いかけていられる歳では、ぼくらは──そして彼らは、なくなってしまったのかもしれない。
「……ごめんね、こんな話して」
ジニーはそう言うと、ぼくを振り返り、ふわりと笑った。とても綺麗な笑顔だと思った。
「不幸自慢なんて、ホント、するもんじゃないよね。貧乏自慢なんて、バッカみたい」
「……ジニー」
「同情は、いらないからね、アキ」
「…………」
「これは、あたしたち家族の問題だから。あたしたちで解決しなきゃいけないことだから」
ぼくは足を止めた。ジニーも立ち止まる。
んー、と頬を掻きながら、ぼくは口を開いた。
「五百ガリオン」
「……え?」
ジニーがきょとんとした表情でぼくを見る。ぼくは肩を竦めた。
「そんくらいあれば、ダイアゴン横丁……はちょっと厳しいけど、ホグズミードくらいなら店が開ける。土地代建築代もろもろ合わせると、二千ガリオンを超えるか超えないかくらいかな? 詳しくは分からないけど……。
ウィーズリーおじさんとパーシーは魔法省に勤めてらっしゃるよね。ウィーズリー家は魔法界でも古くからある由緒正しい家柄だし。何よりビルは銀行員だ。……ジニー、ぼくが何を言いたいか、分かる?」
ジニーは困った表情で首を振った。ぼくは微笑んで続ける。
「それだけあれば、信用は十分だ。そしたらね、双子は銀行から融資を受けることが出来るんだよ」
「……融資?」
「そう。店を新しく開こうと思うとき、銀行からちょいと貸してもらうことが出来るってこと。五百ガリオンを担保としてね。……あの二人の部屋から、注文書が出てきたって言ってたよね? ということは二人は、もう既にホグワーツでも悪戯グッズを売る気満々だってことだろう。それをモリーおばさんに見つかって怒られても、自分たちは悪戯専門店を開きたいって堂々と言ったんだろ? それだけの心づもりなら、あの二人はここまで考えてると思うよ。そして五百ガリオン貯めることは、難しくはあるけれど、決して不可能じゃない。
だからジニー、君はあまり心配しなくても大丈夫だよ。君の敬愛する兄貴二人は、あれでいて、結構考えてるはずだから」
ジニーの頬が、僅かに赤く染まった。
「け、敬愛なんてしてないってば! あんなどうしようもない二人なんて、兄でもなければお断りよ!」
くすりと笑って「じゃあそういうことにしておこうか」と言うと、ぼくはいつの間にか辿り着いていた、双子の部屋へと足を踏み入れた。
全く、あそこまで妹に思ってもらえるなんて、本当、兄貴冥利に尽きるってもんだよ。
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