「秋、君に届けものだ」
その日の授業が終わった夕暮れ時、セブルスはそういう言葉と共に、紫色のリボンで巻かれた羊皮紙を差し出した。
セブルスのそばにはリリーもいて、セブルスだけならともかく、リリーがすぐ近くでびっくりするほどニコニコしているから、受け取ったはいいものの、開くのを少し躊躇った。
「……どうした? 秋」
「いや、その……」
ちらりとリリーを見遣ると、ぼくの視線から、セブルスはぼくの言いたいことを敏感に察したようだった。
小さくため息をついて「……別に、怪しいものではない。スラグホーン教授からの頼まれものだ。早く開けるといい」と言う。
「スラグホーン先生から?」
一体何だろう。一年の頃ならともかく、最近じゃ魔法薬学でそうそう悪い出来栄えのものは作り出してはいないはずだし、レポートも全部提出しているはずだけど。
首を捻りつつもリボンを解き、羊皮紙を開く。そこには、こういう文面が記されていた。
『幣原 秋 くん
十月一日に、十八時から夕食会を開こうと思っている。参加してくれると、大変嬉しい。
敬具
H・E・F スラグホーン教授』
「なんだいこれは?」
羊皮紙から顔を上げると、満面の笑顔でリリーがずずいっとぼくに顔を近付けてきた。ちょっ、近い近いって。
でも距離を取るのもなんだか無遠慮な気がして、ぼくはそのまま、リリーの話すことに耳を傾けた。
「あのね、魔法薬学のスラグホーン先生なんだけど、自分が気にいった生徒を集めて、たまに夕食会やパーティーを開いているの。中々楽しいのよ。私もセブもお呼ばれしているの。ね、秋も行きましょう?」
「うーん、君たちもいるのなら……」
パーティーなんかはそう得意じゃないんだけど、この二人がいるのなら、重い気持ちも軽くなるだろう。
そう思って頷くと、リリーは殊更に幸せそうな表情をした。
◇ ◆ ◇
長く楽しい休暇も終わり、9月1日、新学期がやって来た。朝から様々なトラブルが起こったものの、ひとまず無事にホグワーツ特急に乗り込むことが出来たとホッとする。
ウィーズリーおじさん以外のウィーズリー家全員が、9と4分の3番線にまで見送りにきてくれた。コンパートメントに乗り込んだぼくらは、窓を開けてウィーズリー一家と別れを惜しんでいた。
「僕、みんなが考えているよりも早く、また会えるかもしれないよ」
ジニーを抱きしめてお別れの挨拶をしつつ、チャーリーはそう言った。耳聡く、フレッドが「どうして?」と尋ねる。
「今にわかるよ。……あ、僕がそう言ったってこと、パーシーには内緒だぜ……なにしろ、『魔法省が解禁するまでは機密事項』なんだから」
「ああ、僕もなんだか、今年はホグワーツに戻りたい気分だよ」
「どうしてさ?」
チャーリーに、今度はビルも同意する。好奇心がくすぐられてたまらないといった表情で、双子がビルとチャーリーそれぞれに、窓から身を乗り出して詰め寄る。
それをかわしながら(すごいなぁ、と感心した。あの双子の猛攻を平然とかわすとは、さすがあの二人の兄なだけはある)、ビルは年に似合わずに目をキラキラと輝かせた。
「今年は面白くなるぞ──いっそ休暇でも取って、僕もちょっと見物に行くか……」
「だから何をなんだよ?」
ロンの声はしかし、汽笛にかき消された。ガタン、と汽車が震える。エンジンが動き出したのだ。
「クリスマスにもお招きしたいけど、でも……ま、きっとみんな、ホグワーツに残りたいと思うでしょう。なにしろ……いろいろあるから」
ウィーズリーおばさんが意味深に微笑む。
ロンがイライラしたような口調で「ママ! 三人とも知ってて、僕たちが知らないことって、何なの?」と尋ねた。
「今晩わかるわ、たぶん。とっても面白くなるわ──それに、規則が変わって、本当によかった──ダンブルドア先生がきっと話してくださいます。お行儀よくするのよ、ね?」
汽車が滑るように動き始めた。ぼくらは窓から身を乗り出し、手を振る。
「ホグワーツで何が起こるのか、教えてよ!」
双子の叫びに対する答えはしかし、帰ってこなかった。
駅を出ると、外は土砂降りだった。ぼくらはすぐさま窓を閉める。
窓ガラスに雨粒が叩きつけられて、外は一面真っ白だ。
双子は「ひと遊びしてくる」と言って、早々にぼくらのコンパートメントから飛び出してしまった。
手には、かつてモリーおばさんが捨てたはずの W.W.W.の注文書の束が握られていた。新学期早々売りさばくつもりらしい。商魂溢れるというか、本当たくましいというか。彼らならどこでだって生きていけそうだ。
そのとき、躊躇いがちにコンパートメントのドアが開いた。
開けたのはなんと、アクアマリン・ベルフェゴールだ。ぼくが何か喋ろうと口を開くよりも早く、ハーマイオニーが嬉しそうに立ち上がった。
「アクア! 久しぶり、元気だった? こっちに来て、お話しましょう!」
「……久しぶり、ハーマイオニー。元気だったわ……あなたも元気そうで何よりよ」
久しぶりのアクアは、なんというか、とっても、ううん……心拍数が上がるものだ。
学校にいるときはちょくちょく見るから、こんな気持ちにはならないんだけど(それでもまぁ、少しではあるが浮かれはするな、うん)、期間を開けるとこう、胸に来るものがある。
それに何より、アクアはまだ制服を着ていなかったのだ。
私服。私服!!
夏らしく涼しげな水色のワンピースだ。半袖から伸びる肌は真っ白で、とっても細くて、見てはいけないような、けれども目が離せないような、危険な魔力を無自覚に放っている。
長い銀髪は、大きな青いリボンでひとまとめにして横に流している。そんな姿も新鮮だ。
結論。今日もアクアは可愛い。
「……アキ?」
「えっ? ……あっ」
ハッと気がつくと、アクアがぼくの顔を覗き込んでいた。顔が赤くなるのが分かる。
「……元気だった?」
「う、うん……元気だよ」
「……それはよかった」
アクアはそっと微笑んだ。目元を緩ませて、僅かに頬を染めている。
なんだろう、今日のアクアは滅茶苦茶可愛い。出会った当初より、感情を表現するようになったからだろうか。とても……魅力的だ。
「そうだ、君は今年ホグワーツで何があるか知ってる? だーれも教えてくれなくてさぁ……」
「あぁ……それは」
ロンの言葉にアクアが答えようとしたそのとき、ハーマイオニーが「シッ」と突然唇に指を当て、隣のコンパートメントを指差した。
耳を澄ますと、聞き覚えのある声が、僅かに開いたドアの隙間から聞こえてきた。
「……ホグワーツではなく、ダームストラングに入学させようとお考えだったんだ。父上はあそこの校長をご存知だからね。父上がダンブルドアをどう評価しているか──あいつは『穢れた血』贔屓だ──ダームストラングじゃ、そんなくだらない連中は入学させない。でも、母上は僕をそんなに遠くの学校にやるのがお嫌だったんだ。ダームストラングじゃ『闇の魔術』に関して、ホグワーツよりずっと気の利いたやり方をしている。生徒が実際それを習得するんだ、僕たちがやっているようなケチな防衛術じゃなくてね……」
と、そこでハーマイオニーは扉をきっちりと閉めた。くるりと振り返り、腰に手を当てて言う。
「それじゃ、あいつ、ダームストラングが自分に合ってただろうって思っているわけね? ほんとにそっちに行ってくれてたら、もうあいつのこと我慢しなくて済むのに」
申し訳なさそうに、アクアが身体を縮めた。膝の上に置かれた手が、自らのスカートをぎゅっと掴むのをぼくは見る。
「ダームストラングって、やっぱり魔法学校なの?」
「そう。しかも、ひどく評判が悪いの。『ヨーロッパにおける魔法教育の一考察』によると、あそこは『闇の魔術』に相当力を入れてるんだって」
「僕もそれ、聞いたことがあるような気がする……」
ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人組が、今度はダームストラングが一体どこにあるのかについて議論し始めた間も、ぼくはじっとアクアを見つめていた。
ぼくの視線に気づいたアクアは、大丈夫というように軽く微笑んでみせる。
昼食の時間が過ぎた頃、ネビルがやってきて、クィディッチ・ワールドカップの話になった。ロンが誇らしげに「僕たち、クラムをすぐそばで見たんだぞ! 貴賓席だったんだ──」と話しているところに、ぼくらの話に割り込む形で、ドラコがドアのところに現れた。後ろにはクラップとゴイルがいつものように付き従っている。
「君の人生最初で最後のな、ウィーズリー」
そう嫌味っぽく言ったドラコは、ふとアクアに目を留めた。
「なんだ、なかなか帰ってこないと思っていたら、こんなところにいたのか」
アクアはドラコの声に微動だにせず、ずっと俯いている。アクアに対して何か言おうと口を開いたドラコだったが、ちらりとぼくの姿を視界の隅で見た後、「……ふん」と口を閉じた。
「君を招いた覚えはないよ、マルフォイ」
ハリーが冷ややかにそう告げるも、ドラコは聞いちゃいない。ロンがピッグウィジョンの籠に掛けたドレスローブを指差し、楽しそうに嘲笑う。ぼくは席を立つと、ドラコの正面に立った。ドラコを見上げ、言う。
「君のパパも、仮面の集団の一員か?」
ドラコが鋭く息を呑んだ。ぼくらは数秒見つめ合う。
後ろの皆は、ぼくが何のことを行っているのかさっぱり分からないだろう……いや、おそらく、アクアを除いては、だが。
「……ノーコメントだ」
「そうか……それが賢い」
ぼくはにっこりと微笑んだ。
ドラコは、その顔に僅かに恐怖の色を浮かべ、後ずさる。そして後ろのクラップとゴイルに「帰るぞ」と言うと、くるりと踵を返した。
ぼくもコンパートメントの中を振り返ると、両手を広げて「さ、仕切り直しだよ」と笑った。戸惑っていたハリー達だが、それでも徐々に、話題を今までのものに戻していく。
「……アキ」
と、ぼくを小さな声で呼ぶ人物がいた。アクアだ。
ぼくはアクアに笑いかけると「場所を変えようか」と提案した。
デッキの外は、土砂降りだった。雨が猛烈な勢いで窓ガラスを叩いている。
構わずぼくはデッキへと続くドアを開けると、一歩外に踏み出した。土砂降りは変わらないが、しかし雨はぼくを避けて降り続く。
振り返り、アクアに手を差し伸べた。
「おいで、アクア」
アクアは少し戸惑ったようだったが、ぼくの手を取り、デッキの外へ出た。
雨はぼくら二人を避けて、降り止む気配を見せない。その雨の激しさは、数メートル離れた人物が誰かすら分からないくらいだ。
アクアの手はさらさらとしていて、ぼくは決して頼りがいのありそうな手のひらではないが、ぼく以上に薄く、細く、掴んだだけで折れてしまいそうで、そしてひんやりとして冷たかった。
しかしそれ以上に、自分の手の方がもっと冷たかった。
「……アキ?」
ぼくの表情に気がついて、アクアがぼくに向き直った。土砂降りの灰色の世界でも、アクアだけは一人、輝いて見える。
「……ぼくは、ずっと昔から、ハリー以外に知ってる人がいたんだ」
突然のぼくの語りに、アクアは少し驚いたようだった。
しかし黙って、ぼくの話を聞く体勢に入ってくれる。
そういうところが、本当に、大好きだ。
「その人は、ぼくの夢に現れた。毎日毎日……飽きることなく、ずっと……ぼくは、その夢の中で、『彼』の人生を、ずっと歩んできたんだ。ぼくとまるきり同じ顔で、同じ身長で、同じ声で……『彼』は、ぼくとは全く違う人生を歩んでいた。ぼくが欲しくて欲しくてたまらなかった暖かい生活を、優しい両親や友達に囲まれた、穏やかな暮らしを送っていたんだ。ずっと、家族が欲しかったぼくは……心から『彼』に憧れた。とても……羨ましかった」
優しい父親に、少し抜けているけれど、とても面白い母親。
夢から覚めた後も、何度も夢想した。ぼくとハリーのお父さんとお母さんが、もし生きていたら……って。
写真一枚さえないけれども、両親の姿を何度も思い浮かべた。実は死んでいなくて、どこかで生きていて、いつかぼくたちを迎えに来てくれる──なんて、そんなどうしようもない妄想までした。
「『彼』は成長して、彼にとっての外国の学校、ホグワーツに入学した。そこでは、言葉が通じない『彼』はどうしようもなく異端だった。言葉が通じない中、その身に余る魔力を持ち合わせた『彼』は、ある日クラスメイトを傷つけてしまう。そこから──彼の地獄が始まった」
身の回りの人物全てが、敵に思えて仕方がないあの日々。人から敵意と悪意を向けられることが、こんなにも恐ろしいことなのだということを知った。
「同年代の男子よりも小さかった『彼』は、どこまでも苛烈な虐めを受けた。暴言や陰口や暴力は当然のこと、ロッカーに閉じ込められたり、真冬に池に落とされたり、物が切り裂かれたりなくなったりすることは日常茶判事で、それを『彼』は外部に訴える術を持たず、ただ懸命に耐え続けた」
期間にしてみれば半年と少しだったのだろうが、当時にしてみれば、永遠とも思えた。
いつ終わるのかの見通しもつかずに、ただただ身体を丸めて、嵐が去るのを息を殺して待ち続けた。
「そんな彼にも、光がやってきた。暗闇から掬い上げてくれた、友が出来た。『彼』は友を慕った。友もそれに答えてくれた。『彼』が待ち望んだ穏やかな日々が……やっと『彼』の手元に訪れた。とても嬉しかったよ。ただ疎ましいとばかり思っていた自分の能力を、素晴らしいと言ってくれる人がいる。自分を肯定してくれる人がいる。そして、自らの能力を試せる大会が、学校で開かれた。それに『彼』はエントリーして、優勝した」
世界が自分を認めてくれたと、あの時思った。自分はここにいていいのだと、この力は、何かを傷つけるためのものではないのだと。
そう思えたのも、束の間のことだった。
「そんな幸せは、長くは続かなかった。当時、闇の勢力は圧倒的な力で、徐々に世間を脅かしていた。有力な名門の主が、何者かに殺害されていく──自らに逆らう者は殺す。力で従える、闇の帝王の時代だった。『彼』の両親も、遠く離れた地であったにもかかわらず、殺された。──おそらくは『彼』のせいで。彼の持つ、その膨大な魔力を、闇の帝王は欲しがった。だからこそ──殺されてしまった」
アクアが小さく息を呑んだ。
ぼくの声は、震えていなかっただろうか。平静に、言葉を紡げただろうか。分からない。
「……視点を変えよう。ぼくの話だ。ぼくは、君も知っての通り、ハリー・ポッターの双子の弟として暮らしてきた。お世辞にも、住みやすいとは言えない環境だった。魔法に恐怖心しか抱いていない叔父叔母に、甘やかされて育ったワガママたっぷりの従兄弟。自分のものは何一つない、気を抜いたら餓え死にしそうな環境の中、ぼくとハリーは一生懸命助け合ってきた。そんな中、ぼくらに救世主が現れた。ホグワーツに入学できると聞いたときは、頭が真っ白になるくらいの喜びだったよ」
世界が変わった瞬間だった。待ちわびた、非日常への誘い。やっと、自由になれたんだ。
「初めて、広い世界を知った。いろんな人と出会えた。アリスやロン、ハーマイオニー、ドラコ……それに、君。
ぼくは、今の世界が大好きだ。とっても気にいってる。壊したくない」
アクアがどうしたらいいのか困惑した顔で、ぼくを見ている。……申し訳ない、そんな顔をさせるつもりはなかったのに。君には笑っていて欲しいのに。君には幸せであってもらいたいのに。
雨は降り止まない。雨に遮られて、まるで世界はぼくと彼女のふたりきりになったようだ。
そうであれば、どんなに幸せだろうか。どれだけ喜ばしいことだろうか。
ここまで来たのだ。最後まで伝えよう。つらいけど、もう少し……頑張ってみようか。
「幣原は……幣原秋は、あいつは、闇祓いになったらしい。両親の死がきっかけで、あいつは自らの人生を復讐に費やすことにしたんだ。それがあいつにとっていいことだったのか悪いことだったのか、ぼくには分からない……けれども、世間にとっては、平和な世のためには、きっとそれは、幣原が闇祓いになることは、とっても『いいこと』だったんだろう……」
『黒衣の天才』だなんて、英雄だなんて!
そんな言葉で装飾されて……綺麗で耳障りのいい言葉で誤魔化して。全てを幣原秋に押し付けた。
「……わ、私は」
そっと、アクアが口を開いた。
「私は……幣原秋を知っているわ。あなた達が、闇の帝王を『例のあの人』と呼んで怖がっているように、こちら側で、彼が亡くなって十年以上も経つ癖に、その名前を聞いただけで空気が冷たくなるような、そんな彼を……私は知っている。私やドラコの両親が、未だに彼の名前に背筋を震わせる様を、私は知っている……幣原秋と同じ姿形を持つあなたに、ハリー・ポッターの弟だと名乗るあなたに、彼らが気を張り始めたことも……私は知っている」
アクアの瞳が、言葉を探すようにふと揺れた。
そして、意を決したように、ぼくに向かって真っ直ぐに言った。
「ねぇ……アキ。あなたにとって幣原秋って、誰?」
息を止めて、静かに吐いた。
虚勢を張って笑って見せる。
「ぼくが、幣原秋なんだ」
ぼくの言葉を聞いたアクアは、まるで泣き出す寸前の幼子のような表情をしていた。
一体どうして君がそんな顔をするんだよ。そう茶化して笑おうとしたけれど、何故だか声が出なかった。
アクアが、ぼくの手を離す。そして次の瞬間、ぼくはアクアに抱き締められていた。
「アキ……っ」
細い腕が、ぼくの背中に回る。彼女の体は、ほんのりと暖かかった。
「お願い、そんな顔で笑わないで……っ」
彼女の目の縁に、みるみる涙の雫が溜まっていく。その粒が決壊する様を、彼女の頬をそっと流れていく水の塊を、ぼくは見ていた。
「……アクア」
彼女の肩を掴んだぼくの手は、目で見て分かるほどに震えていた。
息が、うまく出来ない。
気付いたら、アクアを抱き締め返していた。
言葉が溢れ出して、止まらない。
感情が堰き止められることなく吐き出されていく。
どこにも行き場のなかった不安や、心の奥底に溜まった苦悩が、流れていく。
「もう嫌だ……もう嫌だよ! 自分が一体誰なのか分からなくなってくるのは、もう嫌だ! 毎日毎日!! ぼくは何をすればいいんだよっ、ぼくはお前のラジコンじゃないんだっ、ラジコンにしたいんだったら、どうしてぼくに意志なんてものをつけたんだよっ!! ぼくは……ぼくは、君を好きでいていいの!? わかんないよ、誰も教えてくれないっ、ぼくは一体誰なんだよ……っ!!!」
地面に膝をついた。
アクアの細い腕を掴んだまま、俯いて言葉を吐き出し続ける。
「ぼくには無理だよ……ぼくは君にはなれないよ。ねぇ、秋……聞いてるんだろう、返事をしてよ……どうして、どうして君は答えてくれないの……ぼくに押し付けるだけ押し付けて、逃げてるだけじゃないか……どうしてぼくが、君の分の苦痛まで背負わなくちゃいけないんだよ……っ、どうして! 答えてくれよ、秋……っ! こんな子供の中に引きこもって!! なにが『黒衣の天才』だっ、お前は逃げた!! 自分が生き辛い世の中だからって、目を逸らして、挙句子供の中で引きこもっている臆病者だ!!」
雨が降っていてくれて、本当に良かった。
ぼくの声を掻き消してくれる。
ぼくの姿を隠してくれる。
アクアは、何も言わずにぼくの側にずっといてくれた。ぼくの背中に添えられた手の温もりを……ぼくはきっと、一生忘れないだろう。
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