「秋、ハッピーバースディ!」
そう言ってどこからともなく現れたリリーは、ぼくに花束を押し付けると、にっこりと笑いかけた。
十月十五日は、ぼくの十六歳の誕生日だ。極々普通の平日で、いつも通りみっちり授業はあるけれど、ぼくの中でちょっぴり大切な日。悪戯仕掛人からは大量のゾンコの悪戯グッズを、リィフからは温かみのあるブックカバーを、そしてセブルスからは紅茶の詰め合わせをそれぞれ貰った。今年は、両親はいないけれど……でも友人たちからもらったものはどれも、ぼくの宝物だ。
「わぁ、ありがとう、リリー!」
花束は、どうやら百合の花のようだった。思わず心臓が跳ねる。
ぼくの実家にもよく、百合の花が飾られていた。
しかし、リリーに深い意味はないのだろう。恐らく、自分と同じ名前の花だから選んだに違いない。
「えへへ、十六歳の誕生日おめでとう、秋! 毎年秋が一番誕生日が早いの、驚くわ。こんなに小さくて可愛いのに」
「何を言ってるんだい。そろそろ君を追い抜きつつあるよ、ぼくは」
そう言うと、リリーは悔しげに「そうなのよね……」とむくれた。
「ちょっと前までは、セブも秋も二人とも私よりちっちゃかったのに……」
「まぁ、ぼくらも男の子だしね……?」
ぼくとセブルスが男だって、本当に分かっているんだろうか、リリーは。
「何はともあれ、プレゼントありがとう、リリー。花を貰ったのは初めてだけど、何とか枯らさないようにするよ」
そう言うとリリーは慌てて「あ、あのね!」とぼくに身を乗り出してきた。思わず後ろに身を引くと、リリーもはっと気付いたように頬を染めて身体を元に戻した。
「あ、あのね……花だけじゃないの。これも、なの」
そう言ってリリーはポケットから、小さな包みを取り出すとぼくに差し出した。受け取ったぼくは、リリーに「開けていい?」と尋ねる。リリーは顔を赤らめて、こくりと頷いた。
一体何が入っているのだろうか。わくわくしながら開けると、中から出てきたのは黒の髪紐だった。少し歪な箇所はあるが、全体的にはとっても綺麗だ。
「もしかしてこれ、リリーが?」
そう尋ねると、リリーは何故か怒ったような表情で「……だったら悪い?」と唇を尖らせた。
「とっても上手だなって思って。作るの、時間掛かったんじゃない?」
「……そんなこと、ないわ」
嘘だ。リリーは嘘をつくとき、目が泳ぐ。元来正直者なんだ、この子は。
「ありがとう、リリー。とっても大切にするよ」
微笑んで告げると、リリーは照れたように「……よかった」と笑った。
花が咲いたような、とっても綺麗な笑顔だった。
◇ ◆ ◇
十七歳以上しかこの大会にはエントリー出来ないと、ダンブルドアが言ったにも関わらず、上の学年から下の学年まで、誰も彼もがこの話題を口にしていた。十七歳以上の者は、表情を輝かせながら自分の夢について語ったし、十七歳に満たないものでも、どうやってゴブレットを出し抜き自分の名前を入れるか、そんな考えに熱中した。
学校中が微熱状態の雰囲気の中、ぼくだけは、なんだかその話題に上手く乗ることが出来なかった。むしろ、奇妙な胸騒ぎがするのだった。
翌日から、授業が本格的に始まった。相変わらず授業は多かったが、それらに没頭できるのは、ぼくにとってはありがたかった。
今年は時間割が、少なくとも去年よりは良心的になったようだ。同時刻に始まるコマを3つも履修したりだとか、一日が三十時間も続く生活は、時間割を見る限りなくてホッと胸を撫で下ろす。
時間を弄ろうなんて、ぼくは金輪際思わないだろう。気がおかしくなりそうだ。
授業開始初日だというのに、朝から晩まで授業を受けた後、腹ぺこの身体を抱えながら玄関ホールにつくと、そこは夕食を待つ生徒で行列が出来ていた。その行列に今にも並ぼうとしているハリーとロン、ハーマイオニーを見つけ、ぼくは彼らの中に飛び込む。
「やぁ、三人とも」
「アキじゃないか!」
にっこり笑顔でハリーが迎えてくれたのに、ぼくも同じく笑顔で応える。すると背後からロンを呼ぶ大声が聞こえて、ぼくら四人は揃って振り返った。
「ウィーズリー! おーい、ウィーズリー!」
そこには、マルフォイとクラップ、ゴイルが、とても嬉しそうな表情で立っていた。彼らがこんな表情をしているときは、大抵こっちにとって良くないことが始まるのだ。ぼくは小さく眉を寄せた。
「何だ?」
ロンが尋ねると、ドラコは「日刊預言者新聞」を振りながら、ぼくらだけでなく周囲にいる人みんなに聞こえるような大声で言った。
「君の父親が新聞に載ってるぞ、ウィーズリー! 聞けよ!」
それからドラコは、喜色満面でロンを侮辱してみせた。ロンは怒りで震えていて、ぼくは小さく嘆息する。どうして、ドラコはこうなのか。
「失せろ、マルフォイ」
ハリーが鋭く言うが、ドラコはその言葉を耳に入れず、なおもあげつらい続けた。
「ポッター、君は夏休みにこの連中のところに泊まったそうじゃないか。それじゃあ、ウィーズリーの母親は本当にこんなデブチンなのか? それとも単に写真写りかねぇ?」
ロンが今にもマルフォイに飛びかかりそうだったので、ハリーと二人がかりでロンを押し留める。口が利けないほど怒り心頭のロンに代わって、ハリーが皮肉を返した。
「マルフォイ、それじゃあ君の母親のあの顔つきったら、鼻の下に糞でもぶら下げていたのかい? いつでもあんな顔を? それとも君がぶら下がっていたからなのかな?」
ドラコが怒りで頬を染めた。
「僕の母上を侮辱するな、ポッター」
「それなら、その減らず口を閉じとけ」
ハリーはそれだけを言うと、肩を竦めてドラコに背を向けた。ぼくらに「行こう」と促す。ハリーも大人になったもんだ、いつの間に、と、兄の成長に感動しつつ、ぼくもドラコに背を向けた──と、そこで気配を感じて、意識よりも先に身体が反応した。
振り向きざまに杖を抜くと、ドラコがハリーに魔法をかけようとしているところだった。瞬時に魔法式を構築するも──激しい音と閃光が、ドラコに当たるのが早かった。
もちろん、ぼくが魔法を掛けたんじゃない。目の前でドラコが純白のケナガイタチになる様を、ぼくは唖然と見ていたが、慌てて術主を探した。
「若造、そんなことをするな!」
術主は、すぐに見つかった。今年新しく「闇の魔術に対する防衛術」の担当教諭となった、ムーディ先生だ。杖を真っ直ぐケナガイタチ、もといドラコに突き付け、大理石の階段を音を立てて降りてきている。
先ほどまで喧騒に溢れていた玄関ホールは静まり返り、動いているのはムーディ先生と恐怖に震えるケナガイタチのみだ。
ムーディ先生はハリーをじっと見た後、次いで隣のぼくに視線を移した。瞬間、ぞくり、と肌が粟立ち、背筋が震える。
瞬きをすると、ムーディ先生は既にぼくから視線を外していた。ぼくは制服の上から、鳥肌が立った両手を擦り合わせる。
「敵が後ろをみせたときに襲うやつは気に食わん」
イタチに杖を向けると、哀れなイタチは空中に跳ね上がった。床に落ち、その反動でまた跳ね上がる。何度も床にぶつかっては跳ね上がり、その高さは段々と高くなっていく。
「鼻持ちならない、臆病で、下劣な行為だ……二度とこんなことはするな──」
耐えられなくなって、ぼくは前に進み出た。左手の杖を振り、ドラコを元に戻してやる。ドラコは急に戻ったショックか、しばらく呆然と床に這いつくばっていたが、頬を紅潮させると慌てて人混みの中に姿を消してしまった。
「……ふん。お前か」
ムーディ先生は、健在な方の目と魔法の目、両方の瞳でぼくを見た。
その視線は冷たく鋭くて、ぼくはたじろぎそうになるも、唇を引き結んで見返す。
「……まぁいいさ。邪魔が入ることくらい、計算の内なのだから」
ムーディ先生はそう呟くと、ローブを翻し、足を引きずりながら歩いて行った。ムーディ先生の前方で、生徒がさぁっと道を開ける。
「よっくやるよなぁ、アキ」
「別に……見てられなかっただけさ」
ロンに言葉を返すと、ぼくは目を伏せ、静かに杖をローブに戻した。
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