「秋、花なんて飾る趣味、いつ持ったの?」
「嫌だなぁ。ぼくだって花を愛でる感性くらい持ってるよ」
ぼくの机の上に飾られた百合の花を指摘するリィフに、ぼくは肩を竦めてみせた。
リィフはそれでも怪訝な顔をする。
「秋が、花を愛でる感性をねぇ……」
「……ちょっと、リィフ」
なんとも失礼な言い草だ。
確かにぼくは花の名前なんてチューリップと薔薇と百合、あとは魔法薬学で使う薬草くらいしか言えないけれど、その言い方はあんまりじゃないか。
「いや、悪いね。秋は花をただの薬を煎じるために必要な材料としか思っていないもんだと、てっきり。その百合も鎮静効果を持つ薬を作るためのものかと」
「おい」
全く悪びれぬ口調でリィフはぼくに謝ると(謝ってないよね、それ!)、リィフはじっと百合の花を見つめ、そしてぼくを見てにやっと(リィフがそんな笑い方をするのは初めて見た)笑った。
「秋、大事にしなよ。その花、大切な人にもらったんでしょ?」
「なっ……」
リィフの言う『大切な人』には、明らかなニュアンスが込められていた。それを感じ取り、ぼくは思わず顔を赤らめる。
「……っ、そんなんじゃないからねっ!」
そう言い返すも、自分の言葉に説得力の欠片もないことくらい、分かりきっていた。
リィフはくつくつと喉の奥で笑いながらも「はいはい」とぼくを宥めるように言い、ぼくのベッド脇のカーテンを閉める。
「…………」
ぼくはそっと百合の花に触れた。目を伏せる。
「……そんなんじゃ、ないんだからね……」
◇ ◆ ◇
魔法薬学の授業が終わった後、ぼくはスネイプ教授に学期始めの挨拶を行うべく、教授の前に立ち塞がった。にっこりと微笑むと、「お元気ですか?」と尋ねる。
「顔色が優れないようですが、しっかり睡眠は取っていますか? 三食きっちり食べること、それだけで……」
そう言葉を続けたぼくを押しのけ、教授はぼくに一瞥もくれずに歩いて行く。
え、と驚いて、ぼくは呆然と教授の後ろ姿を見つめたが、我に返ると駆け出した。教授に追いすがると、「ちょっとちょっとちょっと!」と笑顔を浮かべる。
「無視しないでくださいよぉ、お人が悪いな。ぼく、教授とはそこそこ仲がいいつもりでいたんですけど。傷つくなぁ……」
教授の袖を引っ張ると、瞬時に振り払われた。思わず息を呑むぼくに、教授も「やってしまった」というような表情で振り返る。
「あ……ご、ごめんなさい」
慌てて笑顔を作り直すも、自分が本当に普段通りの笑みを浮かべられているのか、自信がない。
「……もう、私に近付かない方がいい」
そうぼそりと呟いた教授に、目を見張った。
「……どうして、そんなことを言うんですか? ぼくは……」
「貴様のために言っているんだ!」
教授の剣幕に、ぼくは口を噤んだ。
「本当に、貴様は、どうして! もう二度とその面見たくない! 私の堪忍袋の尾が切れる前に、とっとと失せろ!」
そう言い切って、教授は肩で息をする。そっと教授に「どうして……」と声を掛けると、瞬時に怒声が返ってきた。
「失せろと言ったはずだ! 聞こえなかったのか!?」
ぼくは動かなかった。囁くような声音で呟く。
「幣原に、何か言われましたか?」
教授は、ぼくの言葉にはっと目を見開いた。
ぼくの質問には答えずに、スタスタと歩き去ると、教室のドアを乱暴に押し開け、外に出る。
「アキっ!」
ぼくを呼ぶアリスの声に、振り返った。アリスはじっと観察するような目つきで「大丈夫か?」とぼくに尋ねる。
「大丈夫だよ」
ぼくは本心から、その言葉を口にした。
いいねを押すと一言あとがきが読めます