幣原秋が、現・闇の魔術に対する防衛術教師であるマッド -アイ・ムーディを警戒しているのは間違いない、というのが、ぼくの中での結論だった。一体どうしてなのか、その理由はさっぱり分からない。
すぐここにいるのに──どうやって連絡を取ったらいいのか、その感覚が、ぼくにはかなり歯痒かった。
ボーバトンとダームストラングの代表の人たちが十月三十日に到着するという知らせは、風よりも早く校内を駆け回った。城は普段よりも念入りに大掃除され、なんだか心なしか明るく見える。
困ったのは、管理人のフィルチだ。校内を汚す奴には断固鉄拳制裁の構えで、靴の汚れを落とし忘れると凄まじい態度で脅すため、皆の悩みの種となっていた。
先生方も心なし緊張した面持ちで、授業はますます難しく、厳しくなっていった。普段通りなのは──ムーディ先生くらいだろうか。
十月三十日の朝には、大広間は煌びやかに飾り付けられていた。各寮それぞれのシンボルが、巨大な垂れ幕となって壁にかかっている。
入り口入って正面、教職員が座るテーブルの後ろには、ことさら大きいホグワーツ校の紋章が描かれた垂れ幕が掛かっていた。
朝から、その日は誰もが浮き足立っていた。
ボーバトンとダームストラングの生徒は、一体どのような人たちなのだろう。ホグワーツの生徒以外の魔法学校生を見たことがないから、こうなるのはもっともなことだ。
ぼくだってそれは同じだった。他校生との交流なんて初めてだ。
終業のベルが鳴ると、ぼくらは一斉にレイブンクロー寮へと駆け戻り(こういうときに限ってドアノッカーが難しい問題を出してくるのだ! 法の外にいるのは誰か? なんて……)、カバンを置くと、入学卒業の儀でしか袖を通さない正装に着替え、慌てて寮を出て、玄関ホールに向かった。
そこでは各寮の寮監が生徒達を整列させていて、ぼくらは小さなフリットウィック先生を探すのに時間が掛かった。
「レイブンクローの諸君! レイブンクローの諸君!」
やがて、レイブンクローの監督生、ロジャー・デイビースに肩車されたフリットウィック先生の指示に従い、正面の石段を下りると城の前に整列する。
もう秋が終わるのか、日が落ちるのが早くなった。この時間なのにもう東はとっぷりと暮れ始めている。
じりじりと待つだけの時間が過ぎ去り、生徒たちもざわざわとしてきたところで、ダンブルドア先生が声を上げた。
「わしの目に狂いがなければ、ボーバトンの代表団が近付いてくるぞ!」
その声にざわめきは更に強まった。
一体どこから近付いているのだろう。キョロキョロしていると、隣にいたアリスに腕を掴まれた。
「あそこだ! 見てみろ!」
そう言ってアリスは、禁じられた森の上空を指し示す。アリスの横顔は無邪気に驚きと興奮に満ちていて、ぼくは珍しいものを見た、と少し得した気分になる。
空を飛ぶ大きな水色の馬車が、やがて姿を現した。馬車は天馬に引かれていて、それぞれがとても大きいだろうことが予想出来る。
馬車はどんどん高度を下げると──やがてぼくらの目の前に着陸した。地響きがぼくらの足元を揺らす。
馬車の扉には、紋章だろう、二本の金色の杖が交差し合い、杖から三個の星が飛んでいる絵が描かれていた。
馬車からボーバトンの女校長、マダム・マクシームが出てくる。とっても大きい。その後ろに、水色のローブを着た男女学生の姿も見えた。大人びた顔立ちや背丈から、全員が十七歳以上であることは容易に分かった。ついでに、全員が全員美男美女だってことも。
……壮観だな、こりゃ。目がチカチカしてくるよ。
続いて、ダームストラングの一行が姿を現した。大きく堂々とした船が、湖から顔を出す。
やがて降りてきた学生は、誰もが厳しい顔つきをしていて、ボーバトンとはまた違った印象を受けた。
一番先頭を歩いているのは、恐らく校長だろう。一人だけ銀色の毛皮のコートを着ている──。
「……っ」
彼──カルカロフ校長を目にした瞬間、何とも言えない気持ち悪い感覚が体内を駆け巡った。悪寒と形容するのが一番近いか。ぞわり、と肌を内側からくすぐるような感覚。
ムーディ先生と対面したときの気分に近いが、しかしそれほどではない。
それに、その感覚は一過性のものだった。
カルカロフが、最後の一人を招き寄せる。一人暖かそうな毛皮を身に纏ったその人に、見覚えがあった。生徒間でもざわめきが走る。
「クラムだ!」
この前ロンの家族と一緒に見に行った、クィディッチワールドカップ、そのヒーロー。
ブルガリアの代表選手としてシーカーを務めていた彼が、まさかまだ現役の学生だったとは。
ボーバトンとダームストラングの生徒を迎えた後、ぼくらは再び玄関ホールを横切ると大広間に向かった。
ボーバトンの生徒はレイブンクローのテーブルについていたため、男子からの密やかな歓声が(彼女らに伝わらない程度の大きさで)上がる。
ダンブルドアのいつも通り短く簡潔な口上が終わった後、豪華な夕食がテーブルを覆い尽くす。今日は客人も多いためか、見たこともないような外国料理も数多く並んでいた。
振り返ると、ダームストラングの生徒はスリザリンのテーブルについていた。アクアのすぐ近くに、ビクトール・クラムが座っている。思わず気を取られたが、ボーバトンの女子生徒に話しかけられ、ぼくは視線をアクアから外した。
「あー、こんにちは。ホグワーツにようこそ、どうかこの滞在が、素晴らしいものになりますよう……」
そう口にして、ふと彼女の顔立ちに見覚えがあることに気付いた。それは、彼女も同じようだった。
とても綺麗な女の人だった。粒ぞろいのボーバトン生の中でも際立つ美人だ。それに、凄く大人っぽい。
長いシルバーブロンドの髪に、深く澄んだ青い瞳。抜けるように白い肌。
もしかして──
「あの、クィディッチワールドカップの!」
「ハーイ、そうでーす! この前は妹をどうもありがとございまーす!」
やっぱりそうだ。クィディッチワールドカップで、ぼくの目の前で転んだ女の子のお姉さん。すっごい美人だったから覚えてる。
でもまさか、向こうもぼくのことを覚えているなんて思いもしなかった。
「お隣よろしーいですかー?」
ぼくが何かを言うよりも早く、彼女はぼくの隣に腰掛ける。レイブンクローの生徒の目が一斉に(しかしさりげなく)ぼくを見据えたのに慌てた。それほど絶世の美少女だった。
「あー、えっと、名前を聞かせてもらっても?」
「オーゥ、フラーでーす。フラー・デラクール。あなたのお名前は? かわいい男の子」
「アキ。アキ・ポッター」
「アキ! これからもよろしーくお願いしまーす!」
ギュッと手を握られ、ぶんぶんと振られる。
そしてふとテーブルに目を遣ると、「この辺りにはブイヤベースがないですねー」と呟き、長い銀髪をさらりと手で払った。思わず目が行く。
「ブイヤベース?」
「存じませんかー? 魚介のごった煮鍋みたいなもんでーす。あちらのテーブルにあーるようなので、ちょっと行ってきーますね」
そう言って、フラーは立ち上がるとテーブルを離れた。ぼくは小さく息を吐く。
とそこで、隣のアリスに肘を突つかれた。
「見ろよアキ、お嬢サマが面白い顔してやがる」
なに、アクアが。
慌てて振り返るも、既にアクアは普段の無表情で、両手にマグカップを持っている。そんな小動物のような姿も可愛らしい。
「お前は相変わらずお嬢サマラブだなぁ。あんな美人に手ぇ握られて。殺意とか感じないのか? お前」
「あ、やっぱり殺意向けられてた?」
「そりゃそうだろ」
「とっても美人さんだったものねぇ」
と、すぐ近くに座っていた一学年上の先輩、チョウ・チャンは、ぼくらの会話を聞いて穏やかに笑った。
「羨ましいなぁ。私もあんな美人に生まれたかったよ」
「チョウは美人じゃないか」
心の底からそう言うと、チョウは僅かに目を瞬かせた後、吹き出すように笑った。
「ねぇアリスくん、アキくんっていつもこの調子なの?」
「あぁ。調子狂うだろ?」
「どんな調子だよ」
「そんな調子だよ」
どうやらアリスとチョウは分かるらしく、二人で笑い合っている。
ぼくは頭の中で疑問符を乱舞させていたが、フラーが戻ってきたのを機に、まぁいいや、と思考を戻した。
あらかた夕食の皿が空になったところで、今度はデザートが、これまた見たことのない様々なものが出てきた。
それも空になると、ダンブルドアが改めて立ち上がった。生徒は静まり返り、一斉にダンブルドアを見つめる。
ボーバトン、ダームストラングの生徒も、ダンブルドアを見上げた。
「時は来た。三大魔法学校対抗試合はまさに始まろうとしておる。『箱』を持ってこさせる前に、二言、三言説明しておこうかの──」
箱って何のことだろう? 思わず首を捻った。
その後、ダンブルドア校長は審査委員会のバーテミウス・クラウチ氏とルード・バグマン氏を紹介すると、フィルチを呼び寄せ、大きな木箱を持ってこさせた。ダンブルドアの前のテーブルに置く。
「代表選手たちが今年取り組むべき課題は三つ。どれも代表選手をあらゆる角度から試すためのものじゃ──魔力の卓越性、果敢な勇気、論理・推理力──危険に対処する能力なんかもそうじゃ。
試合で競うのは、参加三校から各一人ずつ、三人の代表選手じゃ。選手は課題をどのように巧みにこなすかで採点され、三つの課題の総合点がもっとも高いものが優勝杯を獲得する。代表選手を選ぶのは、公正なる選者──『炎のゴブレット』じゃ」
ダンブルドア先生が杖で木箱の蓋を叩くと、箱はゆっくりと開いた。
出てきたのは、口から青白い炎を零すゴブレットだ。ダンブルドア先生は木箱の上にゴブレットを置く。
「代表選手に名乗りを上げたい者は、羊皮紙に名前と所属校名を書き、このゴブレットの中に入れなければならぬ。立候補の志ある者は、これから二十四時間の内にその名を提出するよう。明日、ハロウィーンの夜に、ゴブレットは、各校を代表するに最もふさわしいと判断した三人の名前を返してよこすであろう。
このゴブレットは、今夜玄関ホールに置かれる。我はと思う者は、自由に近付くが良い。
尚、年齢に満たない生徒が誘惑に駆られることのないよう、『炎のゴブレット』が玄関ホールに置かれたなら、その周囲にわしが『年齢線』を引くことにする。十七歳に満たない者は、何人もその線を越えることはできぬ」
「なんだって!」
悲嘆に暮れた声がした。ウィーズリーのあの双子だ。
そう言えば、あの二人は四月に誕生日だったっけ……。
「おうおう、残念なことじゃ」
ダンブルドア校長は軽く流すと、表情を引き締め、続けた。
「最後に、この試合で競おうとする者にはっきり言うておこう。軽々しく名乗りを上げぬことじゃ。『炎のゴブレット』がいったん代表選手と選んだ者は、最後まで試合を戦い抜く義務がある。ゴブレットに名前を入れるということは、魔法契約によって拘束されることじゃ。代表選手になったからには、途中で気が変わるということは許されぬ。じゃから、心底、競技する用意があるのかどうか確信を持った上で、ゴブレットに名前を入れるのじゃぞ──」
誰もが静まり返って、ダンブルドア校長の言葉を聞いていた。
「『年齢線』か──なら、『老け薬』で誤魔化せないかな?」
「ダンブルドアが見張っている訳じゃああるまいし! ゴブレットに名前を入れちゃえばこっちのもんだろ」
翌日は土曜日だというのに、この日に限っては皆が早起きだった。
『炎のゴブレット』を間近で一目見ておこうと一人早朝に起きてきたのだが、ゴブレットの周りには既に人が四、五人いた。どうやら考えることは皆同じらしい。
ゴブレットはホールの真ん中に、丸椅子の上に置いてあった。普段組み分け帽子が乗っている椅子だ。
そして、ゴブレットの周りの床に、金色の線で円が描かれている。半径およそ三メートルといったところだろうか。
玄関ホールの入り口のあたりでたくさんの人が近づいてくる足音が聞こえて、ぼくは振り向いた。
ダームストラングの生徒だ。昨日見た人数とほぼ変わりない。先頭を歩くのはカルカロフ校長で、そのすぐ後ろにはビクトール・クラムが続いていた。
周囲で見ているぼくらに一瞥もくれず、ダームストラングの生徒は整然と『年齢線』を跨ぐと、既に用意していた羊皮紙をゴブレットに投入していく。
「すっごいや」
すぐ近くにいた少年が、目を輝かせた。
やがて、ハリーとロン、ハーマイオニーも降りてきた。彼らも見にくるだろうと思っていた。
「おはよう、三人とも」
そう笑いかけると、三人はてんでバラバラに「おはよう」と返してきた。
「もう誰か名前を入れた?」
「ダームストラングの生徒が、ついさっき。ホグワーツはまだ誰も見てないな」
「昨日の夜のうちに、みんなが寝てしまってから入れた人もいると思うよ。僕だったらそうしたと思う……」
ハリーは考え込みながら言った。自己評価が低いこの兄は、案外こういう小心者なところがある。
「ゴブレットが、名前を入れたとたんに吐き出してきたりしたら嫌だろ?」
ぼくらは笑ったが、ぼくら以外の笑い声も聞こえてきた。
そちらを振り返ると、フレッド、ジョージの双子に、リー・ジョーダンが階段を数段飛ばしに駆け下りてきているところだった。最後の十数段を、双子は勢い良くジャンプすると、空中で一回転して軽やかに着地する。すっごい運動神経だ。尊敬してしまう。
思わず拍手を送ると、双子はにかっと笑って左右から同時にぼくの頭をわしゃわしゃっ! と撫でた。
「ちょっと! 髪ぐしゃぐしゃにしないでよ!」
「「悪い悪い!」」
双子はそう言ってぼくにウィンクをすると、ぼくとハリー、ロン、ハーマイオニーをかき集め、耳打ちした。
「今飲んできたんだ」
「何を?」
「『老け薬』だよ。ロン、鈍いぞ」
「一人一滴だ。俺たちはほんの数ヶ月分、年を取りゃあいいんだからな」
「三人のうち誰かが優勝したら、一千ガリオンは山分けにするんだ」
へぇ、よくやったもんだ。あの校長の『年齢線』がそんな子供騙しに引っかかるとは思わないけど、そのチャレンジ精神は尊敬するぞ。
しかし、ハーマイオニーは慎重派だった。
「でも、上手くいくとは思えないわ。ダンブルドアはきっとそんなこと考えてあるはずよ」
しかし双子とリーは聞こえないフリをした。
「それじゃ、いくぞ──俺が一番乗りだ──」
そう言って、フレッドが──恐らくフレッドだろう、ぼくには双子の見分けがつかないが、こういうのに真っ先に手を挙げるのは大体フレッドなのだ──線の上で立ち止まり、せーのっ、の勢いで円の中に足を踏み入れた。
上手く行ったのか、と、一瞬誰もがそう思った。
「やった!」
ジョージが後を追って飛び込んだ、次の瞬間──ジュッという大きな音とともに、二人はポーンッと円の外に放り出されると、数メートルほど軽々と吹き飛んだ。
ひやりと肝っ玉が冷えるのもつかの間、ポンと大きな音がする。
起き上がった二人には、白く長い顎髭が生えていて、玄関ホールは大爆笑に包まれた。双子も互いを揃って指差しながら笑い出す。
「忠告したはずじゃ」
面白がっている声音で、ダンブルドアが大広間から出てきた。双子を楽しそうに鑑賞している。
どことなく、してやったり、みたいな雰囲気が出ていた。
「二人とも、マダム・ポンフリーのところへ行くがよい。既に二人ほどお世話になっておる。少しばかり年を取る決心をしたようじゃ、君らと同じようにの」
笑い転げているリーに付き添われて、双子は医務室へと向かった。
双子はまるで英雄たちの凱旋のように肩を組み、周囲に手を振っている。自然と拍手が湧き上がっていた。
これで立派な顎髭さえなければなぁ、普通に格好良いんだけど。
「朝から良いものを見れたよ」
ぼくらはクスクス笑いながら、大広間へ朝食を取りに向かった。
大広間は、昨日とはまた違い、すっかりハロウィーン仕様に仕上がっていた。天井を飛んでいるのは生きたコウモリか。大きなくり抜きカボチャはあちこちで笑顔を見せている。
ハリーたちと別れ、レイブンクローのテーブルに向かったとき、「アキ!」と誰かに呼び止められた。セドリック・ディゴリーだ。
爽やかな笑顔を浮かべ、ハッフルパフのテーブルから立ち上がると、ぼくに近付いてくる。
「セドリック」
「良かった、すっかり元気そうだね」
「心配かけてごめんね。もう大丈夫だよ」
そう言うと、ホッとしたようにセドリックは笑った。そして「髪ぐっしゃぐしゃだけど、大丈夫?」と指摘する。そういえば、忘れてた。
「あの双子が……」
「フレッドとジョージ?」
「そう」
髪を解いて手早く整え、元のように結び直す。セドリックは黙ってぼくの様子を見つめていたが、ふと「君はどうして髪を伸ばしてるんだい?」と訊いてきた。
ぼくはちょっと考え込む。
「うーん、昔はね、理由みたいなものもあったんだけど」
言葉を切って、続けた。
「今はそう大した理由はないよ。なんとなく、長い方が落ち着くんだ」
「ふうん……僕も、髪伸ばしてみようかな」
「……似合わないと思うよ、セドリックは」
セドリックみたいな爽やか好青年は、髪が短くさっぱりとしていてこそだろう。
ぼくの真意がどれくらい伝わったのかは分からないが、セドリックは「それもそうか」とあっさり納得した。
「実はね……まだ誰にも言ってないんだけど」
そう言って、セドリックはぼくの耳元に顔を近付ける。
……腰を屈められると、なんだか悲しくなってくるな。ぼくの成長期はまだか。
「昨日の夜、ゴブレットに名前を入れてきたんだ」
「へぇ、すごいじゃん!」
素直に目を瞠った。セドリックが選ばれたなら納得だ。紳士が服を着て歩いているような奴なんだもの。
「しっかし、何で夜? 朝じゃダメなの?」
「朝だと人がいるじゃないか……もし名前を入れて、ゴブレットに吐き出されでもしてごらんよ。みんなが見ている中そんな目にあったら、立ち直れないぞ、僕は」
なんだかハリーと同じことを言っている。二人とも妙に自己評価が低いなぁ。
「なんにせよ、君が選ばれることを期待してもいいんだね? ぼくは」
「……あぁ、期待しておいてくれ」
にっこりと笑うと、セドリックも笑い返した。
そうしてふとセドリックは真面目な表情でぼくに言う。
「……年齢制限なんてなければいいのに」
「…………」
真っ直ぐな視線が、ぼくを射抜いた。
「君の魔法の腕は、誰にも劣らない。真性の一級品だ。君こそ、学校の代表に相応しいのに……」
「止めようじゃない、セドリック。そいつは理想論ってもんだよ。ぼくは自分より、セドリックの方が相応しいと思う。ぼくみたいな奴が学校の代表なんて、恥晒しもいいところさ」
何かを言いたげにセドリックの瞳が揺れたが、ぼくはにっこり微笑むことでそれを押し留めた。
「朝ごはん、食いっぱぐれちゃう。もう行ってもいいかな?」
「あ、あぁ。すまないね、長々と話し込んでしまって」
「ううん、大丈夫」
ぼくはセドリックにひらひらと左手を振ると、「今夜を楽しみにしているよ」と言い残して、足を踏み出した。
大広間は、水を打ったように静まり返っていた。
炎のゴブレットは、四人目の代表選手の名前を吐き出した。一人目はダームストラングのビクトール・クラム。二人目はボーバトンのフラー・デラクール。三人目はホグワーツのセドリック・ディゴリー。
そして、四人目が……ぼくの兄、ハリー・ポッター。
ハリーは凍りついたように目を見開いて座っていた。
うろうろと所在無げに彷徨っていたハリーの視線が、ぼくを捉える。その目は全く予想外だと訴えていて、誰かがハリーの名前をゴブレットに入れたのだということを、強力な魔法契約の品であるゴブレットを騙し四人目の代表者の名前を吐き出させた者がいるということを、如実にぼくに伝えてきていた。
様々な人の言葉が、ぼくの頭の中をぐるぐると回る。
いらないお世話だろうが、用心しろ──あいつはね、良からぬことを考えているよ──
誰が。一体、誰が、こんな真似を。
「ハリー・ポッター! ハリー! ここへ、来なさい!」
ダンブルドア校長は声を張り上げた。ハリーはハーマイオニーに促されて立ち上がると、ローブの裾を踏んだのか僅かによろめき、そして壇上へと向かった。
ダンブルドア校長は真面目な顔でハリーを代表者のいる部屋に促すと、静かな瞳で辺りを見回し──ぼくを見据えた。
それは一瞬のことだったが、ぼくにははっきりと分かった──ダンブルドアは、ぼくと狙って目を合わせたのだと。
「……全ての代表選手が出揃った。宴はこれで解散とする」
そう言って、ダンブルドアはくるりと身を翻し、素早い足取りで代表選手が集まる扉の奥に消えて行った。ダンブルドアの後ろに、クラウチ氏やカルカロフ校長、マダム・マクシーム、マクゴナガル先生、スネイプ教授も続く。
ざわめきで、大広間は一気に埋め尽くされた。誰も彼もが今の出来事について──四人目の代表者について──選ばれるはずもないハリー・ポッターについて──話している。
そのうちの視線の何割かが、じっとぼくを見ていることに、ぼくは気がついていた。不躾な視線が背中や首元にチクチク刺さる感覚が気持ち悪い。
「出るぞ、アキ」
アリスがぼくの腕を掴むと引っ張った。素直に続く。
「一体、誰が……チッ」
アリスは舌打ちすると、小さな声で零した。
「信じられねぇよ、全く……」
嗚呼、全く、その通りだよ。
いいねを押すと一言あとがきが読めます