破綻論理。

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空の記憶

第18話 MoonyFirst posted : 2015.09.25
Last update : 2022.10.11

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 本日の闇の魔術に対する防衛術の授業内容は、守護霊の呪文だった。「学習する内容としては高度なものだけれど」と前置きして学んだこの呪文は、座学で既に二回、そして実践で三回の講義を予定しているらしい。
 今日は、二回の座学が終わり、初の実践授業だ。

 今年の防衛術の先生は、どうやら当たり・・・のようだった。何の因果か毎年変わる防衛術の授業、その今年の先生、アメリア・スミス女史は、丁寧で親切な教え方で、授業も分かりやすいと評判だ。
 この先生なら、このままぼくらの卒業までいて欲しいと思うけれども──まぁ、あまり期待するのも止しておこう。

 守護霊の呪文は、最も難易度が高い呪文の一つらしい。吸魂鬼やレシフォードに対する唯一の防衛術として知られており、ほとんどの魔法使いや魔女は実体のある守護霊を創り上げることが出来ないため、この呪文を完璧に使えるものは、ウィゼンガモットや魔法省の高官に選ばれることも多いという。
 ぼくらは現在五年生だが、年相応の教科書には載っていないため、スミス女史は別にプリントを配布してくれた。
 彼女は、この一年間をぼくらにどれだけ有意義な呪文を教えられるかに対して全力だ。そんな彼女の姿勢を、ぼくはとても好ましく思う。もっとも、ふくろう試験を控えた身であるぼくらに、その試験の範囲外である呪文を教えることに対する批判がないこともない。しかし、一度でもスミス女史の授業を受けた者であるならば、彼女がどれだけ教育に真摯であるかは分かるだろう。だから、概ね生徒からの評判は上々だった。

 世論は、どんどん暗くなる一方だった。日刊預言者新聞は、今朝も闇の陣営と第一線で戦っている闇祓いの戦死を報じていた。数年前まで存在した明るい話題は、もう長らく紙面に上っていない。

 それでも、ぼくらは目を逸らしてはいけないのだ。この、何とも知れない戦いから。気分がげんなりするような記事ばかりでも、脳に焼き付けるようにして読んでいるのは、そんな意地のせいだろう。

 だから、たとえふくろう試験が間近に迫っていようとも、この授業──闇の魔術に関する防衛術で、試験の範囲外だからといって、誰も手を抜こうとはしないのだ。
 まさしく今が、この授業の真骨頂。自分がどのようにして闇の魔術と戦い、そして生き延びるのか──それが何より、試験でいい点数を取るよりも重要なのは、誰もが自然と知っていた。

 闇の魔術に対する防衛術の教室は、机が綺麗さっぱり下げられ、広々とした空間が作られている。そこで各々は自由に散らばって、『守護霊の呪文』を実践した。

「エクスペクト・パトローナム」

 教室の隅、悪戯仕掛人のすぐ近くで、ぼくは呪文を唱えると杖を振った。脳内で、必死に幸せな思い出を想う。しかし杖からは霞のような靄が溢れるばかりで、ぼくの思いとは裏腹に、実体なんてとっちゃくれない。
 確かに難しい呪文なのかもしれないが、呪文に関して今までぼくが行使出来なかった呪文はこれが初めてで、少し愕然とした。これは、ちゃんと気を引き締めなければならないようだ。

 しかし、杖から靄を出せたのも極々少数のようだ。実体なんて言うまでもない。教室をぐるりと見渡しても、ぼく自身と、ジェームズとリーマスくらいしか見当たらない。
 ジェームズも、普段はへらへらしている顔を真面目なものに変えていた。いつも通りじゃ、この呪文は使えない、ということに気付いたようだ。

「この呪文は、何よりも精神力が重要となります。自分の心の隙を、幸福な思い出で埋める。これが、守護霊の呪文の最大の肝なのです」

 スミス女史の声が聞こえる。幸福な思い出、と、ぼくは記憶の中を探った。
 幸福な思い出。
 ぼくにとっての──幸福。

 ──父さん、母さん。

 両親のことを思い出して、ぼくは眉を寄せた。歯を食いしばる。
 ぼくはとても幸せな子供だった。あの両親の間に生まれて来れたことを、何より誇りに思っている。
 たとえ、他にどんなに恵まれた夫婦があったとしても。どれだけ財力に恵まれていようと、どれだけ賢くあれたとしても。ぼくは、自分を産んでくれた両親の元に、もう一度生まれたい。

 様々な、キラキラとした思い出を──ぼくは必死に掻き集めた。
 何一つ、手放さないように。

 全てを、絶対に忘れないように。

「エクスペクト・パトローナム」

 ──この呪文は、まるで祈りのようだ。
 届かぬ想いを杖に乗せ、制服越しに胸に掛けているロケットを掴み、ぼくは祈る。

 ふわりと、杖が白い靄を生み出した。やがて靄は形を作るようにその場に留まると、ゆるやかに翼を広げ、空間を滑るように静かに飛行する。あれは──カラスだ。レイブンクローの紋章にも描かれている、知性の象徴。

 自分の守護霊を作り出すのに夢中になっていたからか、ぼくは周囲が自分に注目していることも、教室中が静まり返っていることにも気付かなかった。
 スミス女史が大きく手を叩いたことで、はっと我に返って辺りを見る。

「ブラボー! 幣原くん、さすがです。君なら出来ると思っていました。レイブンクローに十点を差し上げましょう」

 スミス女史の言葉に、拍手が湧く。素直な賞賛に面映くなって、ぼくは少し俯いた。

「さっすがは僕の! 素晴らしいね!」

 と、後ろから飛びつかれる。この声は振り返るまでもない、ジェームズだ。「お前のじゃないぞー」と言いながらも、シリウスはぼくの頭をうりうりと撫でてくる。
 リーマスは、穏やかな笑みを浮かべて近付いてきた。

「君の守護霊はワタリガラスか。じゃあ君のあだ名は『レイブン』だ。これからもよろしくね、レイブン」

 友人からあだ名を付けられるなんて、初めての経験だった。今まで、『呪文学の天才児』なんていう、エンクローチェらが流した二つ名しかなかったから、純粋に友情のみで付けられたあだ名が、すごく嬉しかった。

「よし、僕も負けていられないな」

 そう言って、不敵にジェームズは笑った。軽く肩を回すような動作をすると、咳払いをし、目を閉じる。再び目を開けたときには、刺すような集中がジェームズの周囲を漂っていた。

 ──さすが、学年主席。

「エクスペクト・パトローナム」

 杖先からふわりと、白い動物が姿を表す。それが何の動物なのかは、目を凝らさずとも、ぼくと悪戯仕掛人には一瞬で分かった。
 牡鹿だ。『動物もどき』でジェームズが化けた姿と、角の形も体格もまるっきり一緒。『動物もどき』で自分が化ける動物は、自分じゃ選べないと聞いたけれど、守護霊の呪文とこんな関連性があるのは驚いた。そしたら、ぼくが『動物もどき』になれば、ワタリガラスに姿を変えることが出来るのだろうか。

 ジェームズに対しても、クラス中から大きな拍手が送られる。スミス女史はグリフィンドールにも十点プラスしてから、ぼくとジェームズに、「他の子にコツをアドバイスしてあげてください」との言葉を受けた。

「コツ、って言ってもなぁ……えいや、ってやったら出来たんだよなぁ……」

 そう言って首を捻っているのはジェームズだ。天才肌のこの友人は、おそらく出来ない人の気持ちが分からない。なんでもちょちょいっとやっちゃうもんなぁ、憧れちゃうよ、全くもう。

「ぼくは、一つの強烈な幸せより、今までの幸福な思い出をどれだけ掻き集めるか、って考えながらやったら、上手く出来たよ。……自分の大切な宝物をね、何一つ零さないように両腕でしっかり抱える、そんな気持ち」

 へぇ、とも、ほぉ、ともつかない声をジェームズは上げた。そんなこと思いつきもしなかった、と言わんばかりの表情で、メガネの奥の瞳を瞬かせている。

 周囲を見渡すと、ふとリリーの姿が目に止まった。彼女も守護霊の呪文に悪戦苦闘しているようだ。どうして上手くいかないんだろう、と言わんばかりに、ぎゅっと眉を寄せて杖を握りしめている。

「あんまり硬くならない方がいいよ。幸せなことを思い浮かべるとき、身体に力は入らないはずだから」

 そう言ってリリーの肩に触れると、リリーは大きく肩を震わせ勢いよくぼくを振り返った。その勢いに、思わずぼくもびっくりする。

「……あ、だったのね、気付かず……ごめんね」
「あ、いや、ぼくも驚かせちゃって、ごめん」

 さすがに、女の子の肩を後ろから無遠慮に触るのは、ちょっと配慮が足りなかったか。どうも、ぼくは鈍感でいけない。今後はもう少し気をつけることとしよう。

「おやおやどうしたんだエバンズお困りかい!? 今こそ僕の出番のようだねっ、僕が流星のように君の前に降り立ち、君のサポートを華麗にこなして見せようじゃないか! さぁ! 僕の胸に飛び込んでおいで!」
「お呼びじゃないわ、ポッター。すっこんでなさい」

 リリーの声が、ぼくと話していたときよりも二オクターブがくんと下がった。瞳に絶対零度の色が見える。不快感を表すかのように、リリーの眉間に深く皺が刻まれた。
 しかしジェームズはめげない。こいつはへこたれるということがないのか、とまで思う。

「照れる必要はないよエバンズ! 僕が手取り足取り教えてあげようじゃないか。君が望むんだったら、それこそ大人の恋愛のイ・ロ・ハ、も……」


 ジェームズが言い終わるより、リリーの拳がジェームズの腹にめり込む方が早かった。ジェームズが芸術的に、教室の床にゆっくりと崩折れる。リリーは鼻を鳴らすと、両手をパンパンと打ち鳴らした。そしてぼそりと呟く。

「……いくら冗談でも、そういうこと、の目の前で言わないで欲しいわ……」
「え?」

 聞き返したぼくに、リリーは頭を振ることで答えた。

「……大丈夫かい? ジェームズ」

 腰を屈めジェームズにそう尋ねると、呻き声が返ってきた。良かった、失神してはいないようだ。
 一瞬ピーターがジェームズに対して心配そうな目を向けただけで、シリウスとリーマスはジェームズを見もしない。さすが、付き合いが長いだけのことはある。

 リーマスは目を閉じて、神経を集中させているようだ。そして「エクスペクト・パトローナム」と呪文を唱え、杖を振り上げる。リーマスの杖先から靄が噴き出た。その靄が何かを形作ろうとしたのを見て、ぼくとジェームズ、そしてリリーは拍手を送る準備をする。

 リーマスの守護霊は、一体どんな形になるのだろう。期待に表情を輝かせているのは、リーマスも同じだった。自分にも、この呪文を扱うことが出来た。そんな喜びが、彼の表情を明るくさせていた。

 しかし、靄がその形を作った瞬間、リーマスは愕然と目を見開いた。ぼくらも思わず目を瞠る。

 幸せな思い出を保持出来なくなったのだろう、リーマスの守護霊はすぐさま姿を消してしまった。そのため、ぼくら以外にリーマスの守護霊を目撃した人はいないようだ。沈鬱に俯くリーマスに疑問を抱いているのはリリーだけだった。

 リーマスの守護霊は、彼が忌避して止まない苦悩の象徴、狼だった。

 ジェームズが、パッとぼくを見る。声が出せないジェームズ自身の代わりに、ぼくがリーマスにフォローをしてあげないと。しかし、今のリーマスにどんな言葉をかけてあげればいい? 

「……ムーニー」

 考えがまとまらないまま、でも何か言わないといけないと思い、ぼくは口を開いた。
 考えろ。考えろ。考えろ。
 リーマスの表情を明るくするために最適な方法を、考えるんだ。

「……君のあだ名、まだ決まってなかったよね。どうだろう、これは? 月に狂わされるのは、誰だって同じだ。どうせなら、折角狂うのなら」

 一緒に狂おう。
 共に饗宴を開こう。
 ぼくらは地の果てまでも、君に着いていく。

「……

 ぼくの言葉が、どこまで伝わったのかは分からない。
 分からないが、しかし。

「……ありがとう、僕の共犯者」

彼の意地にも似た笑顔を再び見ることが出来たので、ひとまずまぁ──良しとしよう。

 

  ◇  ◆  ◇

 

 三大魔法学校対抗試合の第一試合目は、十一月二十四日に行われることが発表された。その知らせを、ぼくは黙って聞いていた。
 ロンは、ハリーが本当に自分で自分の名前をゴブレットに入れたと思っているらしい。もっとも、大半が、ハリーが誰かに嵌められて代表選手となったとは思わず、ハリーがハリー自身の意志で代表選手になったと決めつけているようだが。ハーマイオニーがハリーの味方となって信じてくれているのは、不幸中の幸いか。

 十七歳以上という制限が設けられるほど過酷とされる三大魔法学校対抗試合に、十四歳の選手が出て、無事に済むとは到底思えない。誰かが──ハリーの命を狙う誰かが、裏で糸を引いている。しかし、それは一体誰だ? 

 ハリーの命を狙う人物──と言えば、真っ先に思いつくのはヴォルデモートだ。そして、彼に恭順を誓う死喰い人の面々。

 不安で仕方がなかった。不穏な兆候は、前からあったのだ。クィディッチワールドカップで、闇の印が打ち上げられてからというもの──

 寒気がしたのは、冷たい旋風が巻き起こったことだけが原因じゃない。
 ぼくはどうすれば、ハリーを守れるのだろう。

「ぼくはどうすればいい──幣原、教えてくれよ……」

 声に出して、囁いた。

「ハリー・ポッターを守る、それだけが、お前の……ぼくの生きる、理由なんだろ……」

 ぼくの言葉に返事が来ることは、なかった。





「ドラコッ!!」

 私──アクアマリン・ベルフェゴールの声に、ドラコはぎょっとしたように振り返った。そして、私から逃げるようにわたわたとスネイプ教授の後ろに転がり込む。私はそんなドラコやクスクス笑う同級生に対し眉を寄せると、ハーマイオニーの方に駆け出した。

 ハーマイオニーの前歯は、もう喉元を通り過ぎるほどに伸びていた。私は制服を脱いでハーマイオニーの頭から掛けると(彼女は私より十五センチは背が高かったから少し苦労したが)、スネイプ教授を振り返った。

「……彼女を医務室に連れていきます。構わないかしら?」

 スネイプ教授は僅かに眉を顰めたが、小さく頷いた。それを見て、私はハーマイオニーの肩を抱くと、急いでその場から離れる。

「全く、ドラコったら、本当、どうしようもない、子供なんだから──」
「あ、アクア……ごめんなさい、手を煩わせて……」
「あなたの謝罪は求めていないわ。私はドラコに腹を立てているのよ」

 そう言うと、ハーマイオニーは小さく息を呑み、そして「……ありがとう……」と言って泣きじゃくり始めた。
 医務室にはすでに、ゴイルと、彼の付き添いのクラップがいたが、ゴイルはもう処置が終わるようだった。さすがマダム・ポンフリー。ひとまず別室で待っているようにと言われ、医務室の隣の小さな部屋にハーマイオニーを促した。彼女をソファーに座らせると、ふと窓辺に歩み寄る。ついこの前まで、あれだけ多くの葉っぱを茂らせていた木が、もう冬の装いになっていた。時間が経つのは本当に早いものだ、と小さく嘆息する。

「ねぇ、アクア……」

 後ろから声を掛けられた。ハーマイオニーだ。いくら私の制服を頭から被せたままだとしても、顔を見られたくはないだろう。そう思って私は振り返らずに「……何?」と返した。

「何で、アクアは……私を助けてくれるの? だって、あなたと私はグリフィンドールとスリザリンなのよ……それにあなたは、マルフォイの幼馴染で、とっても由緒正しいお家の生まれで……私みたいな『穢れた血』と関わっちゃ、いけないわ……」
「ハーマイオニー」

 少し、口調が荒くなった。それでも構わない。

「……その言葉は好きじゃないの。いくらあなたでも、その言葉をもう一度口にしたら、頬を張るわよ」

 私の言葉に、ハーマイオニーは黙った。

「……あなたが私の大切な友達だからよ。……私に言わせれば、あなたの方が奇特だわ。スリザリンにも友達がほとんどいない私なんかに声を掛ける。なんて変な人なのかしら、あなたも……アキも」

 窓越しに空を見上げた。夏よりも薄い色の空は、どこまでも高く、澄んでいる。
 様々な柵を解いて、早く抜け出したい。家も寮も何もかも捨て去って、広い世界を見てみたい。

「……ドラコに代わって、謝るわ。本当にごめんなさい。ドラコはふざけてるだけなの、それで傷つく人のことを何一つ考えてない……フィスナーに一発殴られれば、少しは目が醒めるといいのだけど」

 どうだろうか。よく分からない。
 最近、ドラコが遠く感じる。いや──私が段々と遠ざかって行っているのかもしれない。もう私には、ドラコが何を考えているのか分からない。ずっと、一番近くで見てきたはずなのに──。

 ……私は──どうするべきなのだろう。

 幼い弟、ユークは守らないといけない。フィスナーに憧れを持つあの子は、その心のままにレイブンクローに飛び込んだ。出来るなら、そのまま──両親の思想に染められず──自分の意思で、自分の行く末を決められる子になって欲しい。

「……アクアは、ハリーが本当にゴブレットに名前を入れたと思ってる?」

 ハーマイオニーは囁いた。それに関する私の答えは、シンプルだ。

「……ポッターは、アキの嫌がることはしない。そしてアキは、ポッターを危険に晒すことはしないわ」

 私は、アキを信じている。
 唯、それだけ。
 それだけ分かっていれば、十分でしょ? 

「……ねぇ、ハーマイオニー」

 ずっと、誰かに聞いてみたいことがあった。誰かに打ち明けたくって、でも、一体誰に打ち明ければいいのかも分からない、そんなどうしようもない気持ちを抱え続けていた。
 ハーマイオニーなら、聞いてくれるだろうか。この、胸の中でざわめく、私の気持ちを。

 先日、ホグワーツ特急で、豪雨の中私に縋った彼の言葉は、私の聞き間違いではなかろうか。

『ぼくは、君を好きでいていいの?』

 思い出すたびに顔が熱くなるこの思いは、一体どうすればいいのだろう。

「……アキって私のこと、どう思っているのかな」

 この世界は、分からないことだらけだ。
 でも、それも悪くはないのかもしれない。



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