破綻論理。

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「もう三回目だから、新鮮みなんてあんまりないかもしれないけどさ」

　ぼくは笑って、レギュラスに右手を差し出した。

「ぼくとダンスパーティに行ってくれませんか？」

　スラグホーン先生主催のクリスマスパーティでの、話だ。





「全く、僕以外に誘うお相手は今年もいないんですか。全く寂しい人ですね貴方は」
「そう言う割には嬉しそうじゃ……ごめん」

　描写するのもはばかられるほどの物凄い目で睨まれ、即座に謝った。顔が整っている分、凄みが出て怖いんだよ……。

「去年も僕言いましたよね？　貴方はただ他の女子を誰か一人でも選ぶと後々面倒だから妥協案として選んでいるだけだと」
「あーうん、ごめんごめん」
「本当に分かってるんですか！？」
「分かってる、分かってるって」
「絶対誤解してる……」

　誤解はしてないと思うぞ、ぼくは。

「秋、楽しんでる？」

　声を掛けられ振り返ると、そこにはリリーが華やかな笑みを浮かべて立っていた。ドレスはリリーの瞳の色と同じ深い緑色で、とても彼女に似合っている。

「やぁ、リリー。ドレス、とってもいいね」
「そうでしょう？　一目惚れしたの。でも、このドレスを褒めてくれた人はあなただけだわ！」
「えぇっ、嘘だぁ、あいつは……？」

　訝って彼の姿を探すと、瞬間背中に重たい衝撃がのし掛かってきた。誰か、なんて言うまでもない。

「やぁ秋、楽しんでるかい！？　楽しいね、楽しんでるなんてもんじゃないねっ、浮かれ騒ぐのも止む無しと言ったもんだよ！」

　完全に浮かれきった声。テンションが上限突破してしまっているぞ。

「……ジェームズは、褒めてくれなかったの？」

　信じられない、の気持ちを込めて呟くと、リリーは腰に手を当てて大きくため息をついた。

「あの人は私の美しさを百万本のバラにも勝るみたいなことをぺらぺらと並べ立てていたから、途中から話を聞く気がなくなっちゃって」

　……なるほどなぁ。

「こんばんは、レギュラス。あなたも存分に楽しんでいってね」

　にっこり微笑むリリーに、レギュラスは曖昧な笑みを返した。

「エバンズ！！　僕と踊ろう！！　いつまでも喋ってないでさ！！　ねぇエバンズエバンズ！！」
「うるさいわ。静かにしなさい」

　リリーが声の調子を一転させ、低い声でジェームズに告げる。ジェームズの声が一気にボリュームが落ちたのが、なんだか面白かった。

「二人も楽しんでね。リリー、踊ってあげなよ、折角だしさ」

　笑って促すと、リリーは「……秋がそう言うなら」と言い、少し目を眇めた。

「ごめんよレギュラス、待たせたね」

　隅の方で一人飲み物を片手にぼんやりとした眼差しを浮かべていたレギュラスに、慌てて駆け寄った。綺麗なドレスを纏った女の子の集団が、レギュラスに目を止め声を掛けようかと画策していたところだったのだ。
「パートナーを放置するなんて」と、後からどんなことを言われるか。

　レギュラスは、ぼくに驚いたような目を向けると「あ、はぁ」と小さく頷いた。

「……少し、場所を変えませんか？」

　レギュラスの提案に、ぼくは目を瞬かせた。

「話したいことが、あるんです」

　灰色の瞳が、光を灯す。
　シリウスとよく似た目だと、思った。





「寒くなってきたねぇ」

　空気がしんしんと冷たい。現在雪は降っていないが、三日前に降り積もった雪はまだ溶ける気配がない。両手を擦り合わせ、手の中に息を吐いた。

　バルコニーに出ると、人はぼくらの他に誰もいなかった。暖かい室内に人が集まるのは当然だろう。まだダンスミュージックは陽気に鳴っている。

　レギュラスがバルコニーと室内を繋ぐドアを閉めると、一気に周囲は静寂に包まれた。

「一体どうしたの、レギュラス」
「貴方は、セブルス先輩の友人ですよね。親友、なんですよね」

　そう尋ねられ、思わず息が詰まった。

「……そう、だよ」

　息を吐き、笑みを浮かべてみせた。

　そう、ぼくと彼は親友だ。お互いに、秘密を抱えていたとしても。それでも、ずっとずっと、親友だ。

「でも、兄とも、友達ですよね。兄だけじゃない、先ほど話していたエバンズ先輩も、ポッター先輩とも──グリフィンドールの人とも仲がいいですよね」

　レギュラスが、何を言いたいのか。
　言葉の真意が掴めなくて、ぼくは黙って続きを待った。
　果たして、レギュラスは問いかけた。

「貴方は一体、どちら側なんですか？」

　短い間に、色々なことを考えた。
　本当に、色々なことを。

「……ぼくは、多分」

　自分の立ち位置、それを定めて。
　静かにぼくは、微笑んだ。

「君や、セブルスの、敵だ」

　冷たい風が、ぼくらの間を吹き抜ける。レギュラスは僅かに身震いをした。

「ヴォルデモートは間違っている。一体どうして皆分からないんだろうね」

　ぼくの言葉に、レギュラスはムッと眉を寄せた。自分が敬愛している人を他者にばっさりと否定されたら、そんな顔にもなるだろう。

「あの方は、魔法使いの理想郷を作ろうとしている偉大な人なんですよ。今まで僕ら魔法使いは、マグルに好きなように迫害されてきた。僕らにも正当な権利があってしかるべきだと思わないんですか？　どうして、僕らがマグルから隠れないといけないんですか。僕らが一体、何をしたと言うんです」

　レギュラスの言葉を、目を伏せて受け止めた。

「貴方も日本人なら、マグルが起こしたあの惨劇を知っているはずだ。せっかくの命を、せっかくの頭脳を、あんな残虐行為に使うんですよ。マグルとはそういう生き物なんですよ。僕らが、魔法使いである僕らが、彼らを管理してあげるべきなんだ。そちらの方が、世の中はより良くなるに決まっている。そう、貴方は思わないんですか？」
「……君の言いたいことは、分かってるつもりだ」

　レギュラスの口元が、僅かに喜びに緩む。
　しかしぼくが続けた言葉に、再び口元はきつく結ばれた。

「でも、同意は出来ないよ。絶対に。……純血至上主義だなんて……マグルを排斥していい理由なんて、何ひとつとしてないんだ。……誰だって、誰かを殺していい権利なんて持っていないんだよ、レギュラス」
「……僕は貴方を、それなりに評価してきたつもりです。前回の魔法魔術大会の優勝者、『呪文学の天才児』幣原秋。少々鈍感なのが欠点ですが、馬鹿ではない」
「褒めてくれて、どうもありがとう」
「なのに、どうして分かってくれないんですか。貴方も……兄さんも」

　レギュラスの灰色の瞳が、揺れた。

「どうして、分からないんですか」
「……さぁ、どうしてだろうね……ぼくもよく、分からなくなるんだよ」

　レギュラスを説得する気は、起こらなかった。セブルスさえ、ぼくは説得し切れなかったのだ。
　親友とでさえ、分かり合えなかった。

「貴方が僕の敵だと言うのなら。僕らが分かり合えることはきっと、ないのでしょう」
「……そうかもしれないね」

　薄く笑う。
　ぼくの態度に、レギュラスは眉を寄せた。

「セブルス先輩とも、いつか分かり合えなくなるのでしょうね」
「……もう、セブルスが考えていることは、ぼくにはよく分からないんだ」

　小さく頭を振った。

「友達なのにね。親友、なのにね。全然、分からないよ。どうして分からないのかって、聞きたいのはぼくの方だ。どうして、分かってくれないんだろうね」

　もう、セブルスと口論するのは疲れてしまった。
　最後に怒鳴り合ったのは、まだ、ぼくとセブルスの間に、リリーがいた頃。

　リリーがいなくなって、ぼくとセブルスの関係は変わった。
　友人だと、親友だと、その思いは変わらない。それでも、今までとは全然違う。
　ぼくらは三人で、バランスが取れていた。

「……なら、どうして突き放してやらないんですか」

　レギュラスの目は据わっていた。

「分かり合えないというのなら、そんなのもう、親友じゃない。友達じゃないですよ。それなら、いっそのこと突き放してくださいよ。うちの、兄のように、僕のことも。分かり合えないと分かっているのに、どうしてわざわざ僕らと関わろうとするんです。僕にはさっぱり理解出来ない。……分かり合えないというのなら、貴方が僕らの敵でしか成り得ないというのなら。……なら初めから、仲良くならなければ良かった」
「…………」
「貴方の優しさは残酷すぎる。貴方は卑怯だ。貴方は結局、僕らを突き放すのが怖いだけなんだ。自分が傷つくのが嫌なだけなんだ。人に突き放してもらうことで、自分が被害者であるように装おうとする。……狡い人だ」
「……そうだね」

　瞼を落とし、息を吐いた。

「貴方のその優しさが、甘さが、生温さが──いつか貴方を滅ぼすでしょう。そんな時が来ないことを、祈っていますよ」
「…………」

　レギュラスがぼくの前から立ち去っていく。
　一人残されたぼくは、肩を落とした。

「……痛いところを、容赦なく突いてくる後輩だ……」

　色々、刺さった。

　バルコニーの手すりを、そっと掴んだ。氷のようにひんやりと冷たい。
　ぼくはしばらくぼぉっと、空を眺めていた。

　

　　◇　　◆　　◇

　

「前回の授業で第一章は終わりましたから、今日は十九ページを開いて、『第二章、防衛一般理論と派生理論』を始めましょう。おしゃべりは要りませんよ」

　アンブリッジの授業第一声がそれだった。
　ぼくは教科書を開きもしないで、パッと手を挙げる。ハーマイオニーも、ぼくとほとんど同じタイミングで手を挙げた。思わず目を見合わす。

　アンブリッジは、まずはハーマイオニーの元へと行った。今回は無視するのではなく、各個撃破と戦略を変えてきたらしい。

「ミス・グレンジャー、今度は何ですか？」
「第二章はもう読んでしまいました」
「さあ、それなら、第三章に進みなさい」
「そこも読みました。この本は全部読んでしまいました」
「それでは、スリンクハードが第十五章で逆呪いについて何と書いているか言えるでしょうね」
「著者は、逆呪いという言葉は正確ではないと述べています。逆呪いというのは、自分自身がかけた呪いを受け入れやすくするためにそう呼んでいるだけと書いています」

　ハーマイオニーに感心したのだろう、アンブリッジの眉が上がった。

「でも、私はそうは思いません」

　ハーマイオニーの言葉に、アンブリッジは冷たい目をした。
　おそらくこの人は、こうして人が『自分の意見』というものを持つことが嫌いなのだ。誰もが等しく同じ方向を向いている、それこそが素晴らしい秩序を保った世界の有様だと、信じているのか。

「そう思わないの？」
「思いません。スリンクハード先生は呪いそのものが嫌いなのではありませんか？　でも、私は、防衛のために使えば、呪いはとても役に立つ可能性があると思います」
「おーや、あなたはそう思うわけ？　ですが、残念ながら、この授業で大切なのはあなたの意見ではなく、スリンクハード先生のご意見です」

　ハーマイオニーの反論を無視して、今度はアンブリッジはぼくの方へと向かってきた。
　よかった、そろそろ左手の感覚がなくなってくるところだったんだ。

「で？　あなたはどうしたんですか、ミスター・アキ・ポッター？」
「魔法省の指導要領というものについてお聞きしたくて」

　ぼくがにこやかに言うと、アンブリッジの眉がぎゅっと吊り上がった。

「わたくしの一番最初の授業でお話したはずですよ。授業の目的三つ、ありましたわよね？　空で言ってごらんなさい」
「『一つ、防衛術の基礎となる原理を理解すること。二つ、防衛術が合法的に行使される状況認識を学習すること。三つ、防衛術の行使を、実践的な枠組みに当てはめること』」
「……っ、ちゃんと分かっているようですわね。でしたらわたくしの言っていることも理解できるというものでしょう」
「いいえ、分かりません。そもそも、今年魔法省がホグワーツの教育にこれほど力を入れ始めたのは何故なんですか？」

　アンブリッジがぼくに対して苛立っているのが手に取るように分かって、なんだか愉快な気分になった。

「本日の日刊預言者新聞をお読みになったかしら、ミスター・ポッター。わたくしが『初代高等尋問官』に任命された記事ですが」
「えぇ、『あの』日刊預言者新聞でさえ、驚愕と動揺を隠しきれていない記事のことですね。半年にも満たない期間に、よくここまで法律を増やしたもんだ」
「『高等尋問官』に対して意見をおっしゃるということはすなわち、わたくしの上司、魔法大臣コーネリウス・ファッジに楯突くということですわよ？　その意味をよくご存知でないようですわね。レイブンクローは叡智を尊ぶ寮だと思っていたのですけれど」
「そういうあなたはスリザリン寮出身のようですね。あの寮が一番、そのー、ワルぶってみたいというか、ちょいと怪しげな魔術に手を出したがったり、自分たち魔法使いが特別だと思い込んではしゃいでみたりする輩が多いような気がするんですが、一体何なんですかね、選民思想を叫ぶ枕でも常駐しているんですか？」

　アンブリッジの額に青筋が浮き上がった。

「レイブンクロー十点減点」
「お好きにどうぞ。今年の魔法省は少々焦りすぎではないですか？　教育令第二十二号『現校長が空席の教授職に候補者を配することが出来なかった場合魔法省が適切な人物を選定する』なんて、八月三十日に制定されたばっかの新法律ですってね。それからすぐさまあなたが選ばれて、九月一日にはホグワーツ到着。あらあらまぁまぁ、慌ただしい部署移動お疲れ様です。教科書を読むだけじゃあ授業とは言えませんよ？　まぁそんなに急な人事異動じゃ、十分な授業の用意なんて出来なかったのも仕方ないですけどね」
「レイブンクローもう十点減点ですわ」
「望むところです。そういえば『高等尋問官』って、ホグワーツの教育水準低下を購うためのものなんですってね。えーっと、なんだっけ。『高等尋問官は同僚の教育者を査察する権利を持ち、教師たちが然るべき基準を満たしているかどうか確認します』──本当にホグワーツの教育水準が低下したのか、ぼくのような疑い深い人間は、是非とも学力低下のグラフを見てみたいものですね」

　ギリギリとアンブリッジは奥歯を噛み締めている。

「教育水準が低下していることは魔法省で異論が出ませんでしたわ。特に本職『闇の魔術に対する防衛術』は、毎年教師が変わるということで特に不安定で──」
「でしたら、先生、しかしそれは近年に限ったことではありませんよね？　もう三十年も前から、この教職に就いた人間は一年で辞めていくのですから。あぁ、先生がいたときはそうではなかったのかもしれませんね。おっと、女性に年齢についての話を振るなんて。失礼しました」
「……レイブンクローに更に十点減点」
「ご随意に。しかし、先生？　先ほどの先生のおっしゃられた言葉から推測しますと、『闇の魔術に対する防衛術』の授業をこそ査察すべきではないでしょうか？　この授業が一番入れ替わりが激しく不安定だとおっしゃられるのならば、その年の『闇の魔術に対する防衛術』教師の教育水準こそを計測し、改善すべきでは？　それを一人の人間がやろうとしちゃあ、ダメでしょう。自分の採点を自分でやろうなんてそんな真似、先生はさすがにしませんよね？」
「わたくしの教育のやり方に不満があるのでしたら、どうぞいつでもおっしゃってくださいませ？　コーネリウス・ファッジ魔法大臣にいつでもお繋ぎいたしますわ」
「本当ですか、やったなぁ。いろいろ彼にも聞きたいことがあったんですよ」

　ぼくはにっこりと笑った。

「──例えば、どうしてこんな人をホグワーツに派遣したのか、とか」

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