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空の記憶

第25話 君がため 惜しからざりし 命さへFirst posted : 2015.11.29
Last update : 2022.10.17

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 セブルスは戦慄した。

 クリスマス休暇。『死喰い人』として若年の──まだホグワーツの学生として生活している者は、闇の帝王が根城としている屋敷へと集められていた。
 誇らしげに表情を輝かせている者もいれば、おどおどと不安げな眼差しを彷徨わせている者もいる。しかし、一抹すらも胸に期待を抱いていない者は、誰一人としていないだろう。そのことは、セブルス・スネイプには容易に予測出来た。

 新聞を賑わす極悪人、その名前をも言うのを躊躇われ、新聞ではついに『名前を言ってはいけないあの人』と呼ばれるようになった闇の帝王。
 彼の元に着くことは、今ここに集まっている全ての者の憧れでもあった。

 一体今から何が始まるのだろう、という、怖いもの見たさな感情は、闇の帝王が姿を現した段階で最高潮に達していた。
 らんらんと目を輝かせる若き死喰い人を、闇の帝王は満足げにぐるりと見渡す。二、三言おざなりなセリフを述べたのち、闇の帝王は口を開いた。

 なんとも、楽しげに。

幣原を殺せ」

 その言葉に、場は一瞬静まり──やがて、耐えきれなくなったざわめきが静けさをかき消した。

 幣原の名前を知る者は数多い。前回の魔法魔術大会──もう三年前になるのか──にて、四年生ながらに優勝した彼は、当時観戦していた者の脳裏に刻み込まれている。こちらではあまり耳にしない名前、外国人の名前だということも一役買っているはずだ。

「いや……違うな。殺すな、戦闘不能にして俺様の前に引きずり出せ、というのが正しいか。まぁ、貴様らに幣原が殺せるかは怪しいものだがな」

 笑い混じりで言われた言葉に、プライドが刺激された者はそこそこ多いようだ。
 元々、ここには純血名家の者が半数以上を占めている。その純血名家出身の最もたる者、レギュラス・ブラックもまた、言外に「貴様らは幣原を殺すことが出来ないほど弱い」と言われたことに、嫌悪感を滲ませていた。

「セブルスよ。どうして、と聞きたげな表情をしているな」

 赤い瞳に捕捉され、セブルスは思わず身震いをした。「そんなことはない」と言おうとしたが、口から零れたのは違う言葉だった。

「あいつの……の両親は、我が君、貴方が殺したのですか?」

 闇の帝王の目が、弧を描いた。吊り上がった口元が、裂けるように動く。

「お前の望みを叶えてやろう、セブルスよ」

 貴様が一番、幣原に近しいのだから。

 囁く言葉は、蜜のよう。

 

  ◇  ◆  ◇

 

「ルーピン先生」

 現・不死鳥の騎士団本部、グリモールド・プレイス。数日遅れのクリスマスと、もうすぐ来る新年の挨拶のために出向いたリーマスは、ハリーに呼び止められ、足を止めた。

「どうしたんだい、ハリー?」

 にこやかに笑顔を浮かべたリーマスだったが、続くハリーの言葉に、思わず凍りついた。

幣原について、聞かせて欲しいんです」
「……どう、して」
「知らなきゃ、いけないんだ」

 お願いします、と、ハリーは真剣な表情で言った。

「……アキに聞けばいいじゃないか。それか、シリウスに。なにも、私じゃなくても……」
「ルーピン先生じゃないといけないんです。幣原に一番最後まで寄り添ったのは、あなたなんでしょう? アキは……、アキに聞けるわけ、ないじゃないですか」
「……それも、そうだね」
「それに、シリウスは、その」

 そこで、ハリーは言いにくそうに口ごもった。リーマスは無言で続きを促す。

「シリウスは……アキ幣原を、同じ人物として見ている気がするんだ。アキ幣原は、全然違う人間なのに。アキは、幣原じゃないのに。……っ、アキ幣原じゃない。それなのに、それなのに……色んな人が、アキ幣原として見ている。そんな中、ルーピン先生だけが、違うんです。ルーピン先生だけが、アキアキ・ポッターとして見ている。幣原アキを、一緒にしない。……だから、聞きたいんです」

 お願いします、とハリーはリーマスに、濃い緑の目を向けた。
 思わず、リーマスはハリーから目を逸らす。

 ──リリーと同じ目だと、思ったから。

「……ハリー。君は、アキのことが好きかい?」
「好きです」

 即答だった。打てば響く、そのくらい、ハリーの言葉は明快だった。

「どうして?」
「好きなことに、理由なんて必要あるんですか? ただ、アキがいる。それだけで僕は嬉しい。そういう気持ちを抱いているから、僕はアキのことが好きです」

 ハリーの言葉に、リーマスは目を伏せて微笑んだ。

「なら、今から私が言うことは、君にとって辛いことかもしれないね」
「……どういうことですか?」
幣原は、アキのことを何とも思っていないのだから」

 その言葉に、ハリーは小さく息を呑んだ。

 あえて、残酷に。柔らかな言葉を選ぶことなく、リーマスは告げた。

アキ・ポッターは、幣原にとって操り人形であり、時限爆弾に過ぎないんだ」

 あの少年の鮮やかな笑顔を、くるくると変わる表情を、脳裏に思い描きながら。

 リーマスは吐き捨てた。

「あの少年に情を込めすぎちゃいけないよ、ハリー」


「彼はただの舞台装置だ。幣原という主役を生き延びさせるための、代替品に過ぎないのだから」



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