セブルスは戦慄した。
クリスマス休暇。『死喰い人』として若年の──まだホグワーツの学生として生活している者は、闇の帝王が根城としている屋敷へと集められていた。
誇らしげに表情を輝かせている者もいれば、おどおどと不安げな眼差しを彷徨わせている者もいる。しかし、一抹すらも胸に期待を抱いていない者は、誰一人としていないだろう。そのことは、セブルス・スネイプには容易に予測出来た。
新聞を賑わす極悪人、その名前をも言うのを躊躇われ、新聞ではついに『名前を言ってはいけないあの人』と呼ばれるようになった闇の帝王。
彼の元に着くことは、今ここに集まっている全ての者の憧れでもあった。
一体今から何が始まるのだろう、という、怖いもの見たさな感情は、闇の帝王が姿を現した段階で最高潮に達していた。
らんらんと目を輝かせる若き死喰い人を、闇の帝王は満足げにぐるりと見渡す。二、三言おざなりなセリフを述べたのち、闇の帝王は口を開いた。
なんとも、楽しげに。
「幣原秋を殺せ」
その言葉に、場は一瞬静まり──やがて、耐えきれなくなったざわめきが静けさをかき消した。
幣原秋の名前を知る者は数多い。前回の魔法魔術大会──もう三年前になるのか──にて、四年生ながらに優勝した彼は、当時観戦していた者の脳裏に刻み込まれている。こちらではあまり耳にしない名前、外国人の名前だということも一役買っているはずだ。
「いや……違うな。殺すな、戦闘不能にして俺様の前に引きずり出せ、というのが正しいか。まぁ、貴様らに幣原秋が殺せるかは怪しいものだがな」
笑い混じりで言われた言葉に、プライドが刺激された者はそこそこ多いようだ。
元々、ここには純血名家の者が半数以上を占めている。その純血名家出身の最もたる者、レギュラス・ブラックもまた、言外に「貴様らは幣原秋を殺すことが出来ないほど弱い」と言われたことに、嫌悪感を滲ませていた。
「セブルスよ。どうして、と聞きたげな表情をしているな」
赤い瞳に捕捉され、セブルスは思わず身震いをした。「そんなことはない」と言おうとしたが、口から零れたのは違う言葉だった。
「あいつの……秋の両親は、我が君、貴方が殺したのですか?」
闇の帝王の目が、弧を描いた。吊り上がった口元が、裂けるように動く。
「お前の望みを叶えてやろう、セブルスよ」
貴様が一番、幣原秋に近しいのだから。
囁く言葉は、蜜のよう。
◇ ◆ ◇
「ルーピン先生」
現・不死鳥の騎士団本部、グリモールド・プレイス。数日遅れのクリスマスと、もうすぐ来る新年の挨拶のために出向いたリーマスは、ハリーに呼び止められ、足を止めた。
「どうしたんだい、ハリー?」
にこやかに笑顔を浮かべたリーマスだったが、続くハリーの言葉に、思わず凍りついた。
「幣原秋について、聞かせて欲しいんです」
「……どう、して」
「知らなきゃ、いけないんだ」
お願いします、と、ハリーは真剣な表情で言った。
「……アキに聞けばいいじゃないか。それか、シリウスに。なにも、私じゃなくても……」
「ルーピン先生じゃないといけないんです。幣原秋に一番最後まで寄り添ったのは、あなたなんでしょう? アキは……、アキに聞けるわけ、ないじゃないですか」
「……それも、そうだね」
「それに、シリウスは、その」
そこで、ハリーは言いにくそうに口ごもった。リーマスは無言で続きを促す。
「シリウスは……アキと幣原秋を、同じ人物として見ている気がするんだ。アキと幣原は、全然違う人間なのに。アキは、幣原秋じゃないのに。……っ、アキは幣原秋じゃない。それなのに、それなのに……色んな人が、アキを幣原秋として見ている。そんな中、ルーピン先生だけが、違うんです。ルーピン先生だけが、アキをアキ・ポッターとして見ている。幣原秋とアキを、一緒にしない。……だから、聞きたいんです」
お願いします、とハリーはリーマスに、濃い緑の目を向けた。
思わず、リーマスはハリーから目を逸らす。
──リリーと同じ目だと、思ったから。
「……ハリー。君は、アキのことが好きかい?」
「好きです」
即答だった。打てば響く、そのくらい、ハリーの言葉は明快だった。
「どうして?」
「好きなことに、理由なんて必要あるんですか? ただ、アキがいる。それだけで僕は嬉しい。そういう気持ちを抱いているから、僕はアキのことが好きです」
ハリーの言葉に、リーマスは目を伏せて微笑んだ。
「なら、今から私が言うことは、君にとって辛いことかもしれないね」
「……どういうことですか?」
「幣原秋は、アキのことを何とも思っていないのだから」
その言葉に、ハリーは小さく息を呑んだ。
あえて、残酷に。柔らかな言葉を選ぶことなく、リーマスは告げた。
「アキ・ポッターは、幣原秋にとって操り人形であり、時限爆弾に過ぎないんだ」
あの少年の鮮やかな笑顔を、くるくると変わる表情を、脳裏に思い描きながら。
リーマスは吐き捨てた。
「あの少年に情を込めすぎちゃいけないよ、ハリー」
「彼はただの舞台装置だ。幣原秋という主役を生き延びさせるための、代替品に過ぎないのだから」
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