「……んー、何だい、君たちは」
折り重なって気絶している者を数えると、ちょうど両の手で足りるほどだった。
「いきなり人に呪文かけて来ようとするなんて、不躾だなぁ」
しかし、どこかで恨みでも買っただろうか。記憶にない。
そもそもぼくは、あまり他人とは関わらないわけだし。しかもローブを見る限り、襲いかかってきたのは全員がスリザリン生。スリザリンの知人なんて、セブルスとレギュラスくらいしかいないのだけれど。何かしたっけ、ぼく。
「エネルベート」
山の中の一人に蘇生呪文を掛けると、彼ははっと目を覚ました。
起き上がろうともがいたせいで、人の山が崩れる。
「やぁ、初めまして」
彼ににっこりと笑いかけると、彼の顔に恐怖の色が刻まれた。
その反応はなんだか傷つくから止めて欲しい。先に杖を出したのはそちらじゃないか。
「ぼくに何か用? あ、もしかして人違い? ぼく、幣原秋っていうんだけどさ。誰かと間違えてない?」
ヒッと怯えた声が彼の喉から漏れた。ぼくの質問に何一つ答えずに、彼はガタガタと身を震わせ後ずさり、気絶した人の山を見て青ざめる。
「や、やめ……ころ、殺さないで……」
「殺す? 人聞きの悪いこと言わないでよ、冗談きっついな。先に喧嘩吹っかけてきたのはそっちでしょ、理由くらい教えてよ」
彼は口を破るべきかどうか悩んだらしいが、一歩ぼくが近付いたところで恐怖に耐えきれなくなったらしい。命乞いをするような口調で口を開いた。
「や、闇の帝王の言いつけで……」
「闇の帝王? 誰、それ」
随分と趣味の悪い呼び名だ。
眉を寄せると、彼は怯えたように身震いした。
「な、『名前を言ってはいけないあの人』──あの方が、お前を、いっいや、あなたを……戦闘不能にして引きずり出せ、と……」
「…………」
目を細めた。
黙り込んだぼくに恐怖を感じたのか、彼はペラペラと喋り出す。
「お、俺は止めようって言ったんだ! それでもエイブリーの奴が、闇の帝王に逆らうつもりなのかって! 俺は悪くない! だから……」
「君が悪い悪くないはぼくが決めるよ。そうでしょう?」
一睨みで彼は竦み上がった。呼吸を止めるように、自らの口元を両手で塞いでいる。
「……父と母を殺しただけじゃまだ飽き足りないってか」
心の中に、暗い復讐心が燃え上がる。
魔力の火花がパチリと音を鳴らしたことで、我に返った。
「お仲間さんに言っておいて。ぼくを戦闘不能にしたかったら、ダンブルドア並みの戦力連れてこいって。まぁそんな奴、君らの寮にはいないだろうけどね」
ガクガクと頷く彼に『失神呪文』を掛けると、ぼくは辺りを見回した。
今は下級生は授業中だから廊下に人気はないが、それでもあと少ししたら人で溢れることだろう。さすがにこれだけの気絶者を廊下に放置しておくと、ちょっとした騒ぎになりそうだ。
浮遊呪文を掛け、気絶した者たちを手頃な空き教室へと押し込んだ。窓にカーテンを掛け、外から見えないようにする。
とっとと退散しようと踵を返したが、たまたま目に入ったものに振り返った。
倒れ伏す一人の袖が、先ほどの戦闘と今の場所移動によってか捲り上がっている。左腕の内側に、何か黒い模様があった。なんだろうと近寄ってみる。
髑髏だ。口から蛇が出ている。悪趣味な模様に顔をしかめた。
立ち去ろうとしたが、記憶が刺激された。
ぼくはこの印を、どこかで見たことがある。
「…………っ」
思い出して、呼吸が乱れた。
死んでいる両親の頭上、空高く浮かんでいた銀色の髑髏。
あれと全く同一のものだ。
もしかして、と目を見開いた。
一番手近にいたそいつの左腕も捲ると、同じ模様が。他の者にも。
「……はぁ、なるほど」
そういうことか、と息をついた。
「……まぁ、分かりやすくていいか」
敵なのか、味方なのか。
◇ ◆ ◇
月曜は、朝から大騒ぎだった。ハリーの記事が載る『ザ・クィブラー』が発刊されたのだ。
ルーナは始終いろんな人に『ザ・クィブラーの余りはないのか、売ってくれないのか』と詰め寄られ、嬉しい悲鳴をあげ続けていた。人波にもみくちゃにされ飲まれる様に、助けに行くべきかとも思ったが、ルーナが思ったよりも楽しそうだったから良しとする。
『ホグワーツ高等尋問官令』として、アンブリッジが『ザ・クィブラーを所持しているのが発覚した生徒は退学処分に処す』と告知された時点で、ホグワーツでこの話を知らないものは誰一人としていなかった。
双子の呪文がこんなにも役立つと感じたのは初めてだ。ホグワーツの生徒は、本日だけで、双子の呪文に関しては一級品の腕を持つことになっただろう。
「エヘン、ミスター・アキ・ポッター。ポケットの中を全てひっくり返して見せてくださる?」
そんな中、ぼくはアンブリッジに再び捕まっていた。
本日で三度目だ。一回失敗した時点で、諦めればいいのに。
素直にポケットの中のものを並べて見せる。もう三度目、慣れたものだ。
ハンカチ、ボールペン、羊皮紙の切れ端、小銭、時計。アンブリッジは羊皮紙の切れ端を、まるで親の仇でも見るような眼差しで手に取り、杖で叩いたりなんだりと検分していたが、異常は見当たらなかったみたいで、悔しげに返却してきた。
「それでは、失礼します、アンブリッジ先生」
輝く笑顔をアンブリッジに向けると、彼女は目の前でハエを取り逃がしたカエルのような表情でぼくを見ていた。
生徒の目は、瞬く間に変わった。
手のひらを返すように、ハリーはいろんな人から応援されるようになったし、スリザリンの一部に対する風当たりは非常に強くなった。スリザリンに所属する何人かの生徒の親が、ハリーに『死喰い人』であり、ヴォルデモートが復活する現場に馳せ参じたとすっぱ抜かれたからだ。
マルフォイ、クラップにゴイル、ノット。ベルフェゴールの名前も、その中にはあった。
「悪かねぇよ。ただ、勇敢と無謀を履き違えるなよって話だ」
レイブンクローの談話室には、『ザ・クィブラー』が大手を振って置かれていた。ルーナの手柄だ。
アンブリッジも、寮の中には入って来れまい。アンブリッジには、レイブンクローのノッカーが出す問題には答えられないだろうから。
その『ザ・クィブラー』を手に取りつつ、アリスは小さく息を吐いた。
アリスが座る椅子の足元には、アクアの弟、ユークレース・ベルフェゴールが、小柄な身体を更に小さくして膝を抱えている。俯いているため、銀髪に遮られて表情は伺えない。
「考えがあってのことなのか? 今、こうして死喰い人の名前をあげつらうことが、何かの得になるのか? 目先の利ばかりに釣られんなよ」
アリスの言葉に黙っていられるほど、ぼくも考えなしな訳ではない。
むっと眉を寄せると、口を開いた。
「この記事を機に、魔法省も少しは考えるだろうさ。いい方向に動きだすことを期待しているんだ。いつまでたってもハリーの言葉を無視して、例のあの人の復活を見て見ぬ振りしていたら、魔法省は傀儡と化すよ。無用の長物だ。政府が陥落したら、それこそあの戦争の二の舞だろうね。人が死んでからじゃ遅いんだ。もう既に遅すぎるんだよ」
「じゃあ聞くが、こんなんで魔法省が動くとでも本気で考えているのか? あの甘々閣下が、こんな記事で慌てふためいて、例のあの人復活をははぁ恐れ入りましたその通りですと認めると、本心から思ってんのか? ありえない。こんな火種ぶちまけたら、魔法省が内部から崩壊すんぞ」
「この程度の事実で崩壊する魔法省なんて、元からただの砂上の楼閣だったんだ。むしろ滅びてしまった方がいいのかもしれない、そんな脆い政府なんて。……アリス」
畳み掛けるように、アリスに語りかけた。
「君が、骨を折ろうとしてくれていることは知っている。グリフィンドール側にもスリザリン側にも染まらない、完全なる《中立不可侵》として、普通の人たちを守ろうとしてくれていることも、分かってるよ」
アリスは、ぼくの言葉に口を閉ざした。
代わりに口を開いたのは、黙りこくっていたユークだった。
「……アキ・ポッター」
姉と同じ、灰色の瞳。アクアを思い出し、動揺した。
「僕は一体、どうすればいいんですかね」
縋るような眼差しだった。苦しげな瞳だった。
思わず、呑まれる。
「僕は、僕なのに。僕は、ただの『ユークレース・ベルフェゴール』であって、僕が両親と同じく、闇の帝王を慕っているなんて、そんなことないのに。……どうして」
どうして、と、ユークはもう一度つぶやいた。
「……皆が、僕を闇の帝王の手先かのような目で見るんです。そんなこと、ないのに。親が、闇の帝王に心酔していたところで、子供がそうであると、限らないのに。……ねぇ、アキ・ポッター。僕は、敬愛する両親を裏切ってまで、自分の思想を貫くべきなんですかね。姉上のように」
「……ユーク」
ユークは、瞳をたゆたわせたまま、口元を緩めた。
「この戦争の最中、僕は、どこに立っていればいいんだろう」
幼い少年のその言葉に、返す言葉は、ぼくは持っていなかった。
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