「頑張ってるね、秋」
図書館で一人勉強するぼくの前に姿を現したのは、リリーだった。
周囲に司書のピンス先生がいないことを確認して、ぼくに蓋つきのグラスに入った紅茶を差し入れる。礼を言って受け取った。
「闇祓いの試験勉強?」
「うん、そう」
「捗ってる?」
「ぼちぼちね」
それは良かった、とリリーは微笑んだ。
凝り固まった身体をほぐそうと、ぐっと伸びをする。
ついでに髪の毛を一度解いた。括り直すぼくを見ていたリリーだが、ふと破顔する。
「どうしたの?」
「ふふ……その髪紐、まだ使ってくれてたんだ、って思って」
あぁ、と手元の髪紐を見た。
黒の髪紐は、確か二年前、十六の誕生日にリリーから貰ったものだ。
「君から貰ったものだもの。ちゃんと使ってるに決まってるじゃない」
「……ありがと」
穏やかな表情だった。
リリーの細い手首に、ハートのチャームがついたブレスレットが掛かっていることに気がついた。ジェームズがこの前のクリスマスで頭を悩ませていたやつだ。
髪を括り直して、ぼくは口を開いた。
「……ねぇ、リリー。ジェームズのこと、好き?」
にっこり笑ったその顔が、答えだった。
◇ ◆ ◇
『占い学』のトレローニー先生がアンブリッジによって休職に追い込まれ、代わりにケンタウルスのフィレンツェが教鞭を取ることになった。
嬉しくないのはアンブリッジだ。半端なもの、純粋でないものを憎むアンブリッジが、狼人間やら半巨人やらを嫌っていることは、今や誰もが知っていることだった。
DAの活動は、ハリーの『閉心術』の訓練で、今までより更に不定期に開催されるようになっていた。
ついに『守護霊』の練習を始めた DAメンバーは、見違えるほどに防衛呪文が上達していた。
「神秘部には、一体何があるんだろう?」
メンバーの進捗を見回りながら、ハリーは問いかけた。
「それが傍目から分からないからこそ、『神秘部』って名前がついてるんだろうね……。ヴォルデモートが、あんなところで一体何を手に入れようとしているのか、それが問題だよ」
「不死鳥の騎士団のメンバーは、あそこで見張りをしていたんだよね、交代で。ということは、騎士団メンバーなら、あそこで何が守られているのか知っているんじゃないの?」
「幣原に聞いてみたい、って言うんでしょ。ぼくだって机の上に置き手紙みたいなの残したり、いろいろやってみたよ。でも、幣原が出てきてる気もしないんだ。ぼくの目と耳を通して、あいつはぼくらがそれを知りたがってるって知ってるはずなのに、教える気ゼロだよ」
「困ったなぁ……最後の頼みの綱だったのに」
ハリーが困った顔をした。
「幣原なんかを頼みの綱にしない方がいいって、ぼくなんかは思うがね……」
肩を竦める。
そのとき、チョウがぼくらに「見て見て! 出来たわ、守護霊よ!」と飛び跳ねる声で笑いかけた。
「凄いじゃないか、チョウ」
ハリーがチョウに微笑みを返す。
この二人は、この前まで喧嘩していたようだったが、いつの間にか仲直りをしたらしい。恋愛のいざこざは、ぼくにはさっぱりだ。ハリーが幸せなら、それでいいと思う。
二人の空気を邪魔したくなくて、そっと離れた。
そう言えば、今日のチョウは一人だ。普段 DA にも行動を共にしているマリエッタの姿が、見当たらない。体調でも崩しているのだろうか。
人懐っこいチョウとは違って、マリエッタと殊更に仲がいい訳ではなかったが、それでも同寮の先輩だ。少しは気にかかる。
「ねぇ、アキ。あんたの守護霊、もう一回見せてよ」
一人になったぼくに、そうせがんで来たのはルーナだった。
後輩から頼られるのは、なんだか嬉しいものだ。先輩風をやたら吹かせたくなってしまうし、格好もつけたくなる。
「エクスペクト・パトローナム」
杖を握り、振る。杖先からふわりと姿を現したのは、銀色に輝くフクロウ。大きく翼を広げ、滑るように部屋中を滑空する守護霊に、何人かは呪文の手を止めて見つめている。
大きくぐるりと部屋を一周した後、ぼくの伸ばした腕にふわりと降り立った。
「触れるの?」
「触れないよ、さすがにね」
ルーナは手を伸ばすと「ホントだ」と目を瞬かせた。ぼくは笑って、軽く指を鳴らす。守護霊は空間に溶けるように消えていった。
「むむむ……待ってて、今にあたしもやってみせるもン」
「あまり気を詰め過ぎない方がいいよ」
「あたし、気を詰めたことなんてないよ?」
「…………うん、そんな気もしていた」
そのとき、ふと部屋の中が暗くなっていることに気がついた。守護霊の呪文を皆(ルーナ以外、だが)止めてしまっているのだ。
何をしているのかというと、皆ハリーを見ている。ぼくはハリーの元に駆け寄った。
「どうしたの……ドビーじゃないか」
ハリーのローブを掴むドビーに、驚きの声をあげた。ドビーはおどおどとした怯えた目つきで、ハリーを見上げている。
ぼくが近付くと、ぼくにも目を向け「アキ・ポッター様……」と震えた声を漏らした。
「……どうしたの」
表情を引き締める。一体、どうしたというのだ。
ドビーは、意を決したように叫んだ。
「あの女が──アンブリッジが、ここに来ます!!」
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