手紙の筆跡は、乱れに乱れていた。
誰もいない空き教室で、セブルスはその手紙を読んだ。何度も、何度も。
手紙は、母の字で父の訃報を伝えていた。
「…………」
あぁ、もうこれであの父親に悩まされることはないのだという安堵と、あんな男でも愛していた母が気がかりな気持ちと、あともう一つ。
──これでもう、逃げられない。
脳裏に闇の帝王の姿を思い描いて、セブルスは細く、長く息を吐いた。
◇ ◆ ◇
──DAのことをアンブリッジに密告したのは、マリエッタだった。
あのえげつない魔法は、どうやら期待通りの効果を発揮したらしい。望ましくないことに。
「あんな呪文を掛けているなんて。酷いわ」
恨みがましい瞳でチョウから詰られ、ぼくは憤慨した。
「密告する方が悪いに決まっているじゃないか」
「マリエッタはお母様が魔法省に勤めてらっしゃるのよ。仕方ないことではあるわ」
──ロンのお父さんだって、魔法省に勤めているというのに!
彼女の前で怒鳴らなかっただけでも、褒められてしかるべきだろう。しかし、ハリーとチョウの仲は壊れてしまったようだった。そのことは、少しだけぼくの心を重たくさせた。
恋愛だろうが、そうじゃなかろうが、誰かと誰かが仲違いするのは、見たいものではない。
あの日、アンブリッジ勢力に捕まったのはハリー一人だった。むしろ、ハリーでよかった、と思う。下手に DA の誰かが捕まるよりも、ハリー一人の方が機転も効くだろうし。
しかし驚いたのは、ダンブルドアがハリーを庇ってホグワーツから逃亡したことだ。代わりにアンブリッジがまたも魔法省令を発行し、アンブリッジが新しくホグワーツの校長になることを宣言した。
「……見つけたぞ、アキ。さて、僕と一緒に来てもらおうか」
「……一体ぼくに何の用? ドラコ」
じりじりと、ぼくはドラコから距離を取る。ドラコも攻めあぐねるように、重心を低くした。
「アンブリッジ先生が君をお呼びだ」
「あの人に伝えてよ、あなたの授業に失神者や吐き気をもよおす人がわんさか出たところで、ぼくのせいじゃないって」
「あれ、君のせいだったのか!」
「ぼくじゃないって言ってるでしょ、話聞いてよ!」
じりじりじり。ドラコが一歩踏み込むごとに、ぼくが一歩後ずさる。
ドラコのローブの胸元には、監督生のバッジと『尋問官親衛隊』の真新しいバッジが輝いていた。
「よーくあの人と対面して吐き気をもよおさずにいられるものだ……尊敬に価するよ」
「アキ、僕が監督生であり『尋問官親衛隊』だと知っての狼藉か?」
「レイブンクローから減点したいのなら、お好きにどうぞ? ガマガエル女史から何点減点されたと思ってるの、今更少しの減点じゃビクともしないねぼくは。監督生のアンソニーからはよく怒られるけど」
「……少し、レイブンクローに同情してきた」
「はっはは、そりゃどうも。……っとぉっ!」
掴みかかってくるドラコを、すんでのところで避ける。軽く数歩飛び跳ね距離を置くと、いきなりドラコの後ろを指差し「ドラコ、後ろ!」と叫んだ。
「はっ、そんな子供騙しに騙されると……」
ドラコがぼくを見てせせら笑った瞬間、奴の頭に双子の肘がクリーンヒットした。
声も出さずに美しいフォームで倒れ込むドラコ、そのドラコの腹に容赦なく膝を入れる双子。
「あー、だから言ったのに」
沈んだドラコを素早く床に横たえた双子は、パンパンと軽く手を払いながら「「やぁ、アキ」」と朗らかに笑った。
「元気か? 我らが弟分よ」
「マルフォイの野郎に狼藉を働かれていないか、アキ?」
「全然大丈夫」
ぼくの肩を思いっきり叩くと、双子はにっと笑った。……地味に痛い。
「ちょうどよかった、アキも手伝ってくれ」
「何を?」
「俺たちの華々しいパレードさ。二代目悪戯仕掛人と名乗ってもいいかい、先代さん?」
「ぼくは悪戯仕掛人じゃないんだけど……ふふっ、一体何を仕出かすつもり?」
ぼくの許可なんてなくたって、彼らが二代目悪戯仕掛人だということを否定する人なんて、いるわけない。ジェームズだって諸手を上げて賛成するに決まってる。
「俺たちの最高傑作、その名も『ウィーズリーの暴れバンバン花火』さ!」
そう言うが早いか、双子は懐から、クアッフル大の赤くて丸い物体をそれぞれ取り出した。先には導火線らしい紐が伸びている。
「耳塞いどけよ、アキ」
「耳がイカれたくなけりゃな」
そう言うが早いか、双子は互いに杖を振り合った。あまりにも短い導火線は、一瞬で短くなり、ぼくは慌てて耳を塞ぐ。
耳を両手で塞いでいても感じる爆発。ドーン! と身体を貫く振動に、思わずよろめいた。
目の前で赤い玉は破裂すると、中から大量の花火がわんさか溢れ出る。それらは好き勝手に跳ね回りながら、廊下から階段に、空いていた窓から外に、好き勝手に飛んで行く。色とりどりの花火は、騒々しいけれどもとても幻想的で、ぼくは目を瞠った。
「ミス・ガマガエルに俺たちからの愛の籠ったプレゼントさ」
「たっくさんの俺たちの愛、受け取ってくれるかなぁ、先生」
「愛が重すぎて『消失』させられっちまうかもな」
「そんなときのために『消失呪文』を掛けられたら十倍に増えるぜ、俺たちの愛は」
「『失神』で大爆発、のオマケつきだ」
「ふふっ、分かった」
上の階から騒がしい音がする。確かこの上は、アンブリッジの部屋だったか。
ぼくらは笑いながらも、慌てて廊下に掛かっているタペストリーの裏の隠れ小部屋に潜り込んだ。バタバタと慌てたような足音。「なんでこんなところで寝ているんです、ミスター・マルフォイ!? アキ・ポッターを連れてこいと言っていたでしょう!」と叫ぶガマガエル女史の声。そういえば、ドラコを放置しっぱなしだった。
アンブリッジとフィルチの声が、段々と遠ざかっていく。ぼくらが息を殺して笑い転げていると、小部屋のドアを開けて誰かが入ってきた。我が兄、ハリーだ。ハリーはぼくと双子の姿を視認すると、ニヤッと笑った。
「凄いよ。君たちのせいで、ドクター・フィリバスターも商売上がったりだよ。間違いない……」
「ありがとよ、我らが尊敬する大パトロン」
双子がにやりと笑って言う。ハリーはぼくのすぐ隣まで来ると、大きく息を吐いた。
「アンブリッジに捕まってさ。ダンブルドアの行方を知らないかって。アキも捕まえようとしていたみたいだけど、さすがはアキだね」
「あぁ、なるほどね。捕まえて吐かせようとしたところで、ぼくら知らないから無意味なんだけどなぁ」
花火は、その日一日中爆発しっぱなしだった。生徒が皆、花火に出会ったら『消失呪文』と『失神呪文』の練習の的に使うからだ。
先生方も、マクゴナガル先生もフリットウィック先生も、こんな花火なんて杖一振りで消し去れるはずなのに、アンブリッジを呼びつけては花火を消させていた。誰もが、アンブリッジを腹に据えかねていたのだ。
「あの反抗心、見習いてぇな、本当」
飛び出してきた花火にやすやすと『消失呪文』を当てながら、アリスはふと呟いた。
「なんとも粋じゃないか? あぁ」
「全く、その通り」
窮屈げにネクタイを緩めながら、アリスはにやりと笑った。
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