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空の記憶

第31話 友情なんて、幻想だFirst posted : 2015.12.08
Last update : 2022.10.17

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 図書館。名を呼ばれ顔を上げると、目の前には友人、セブルスの姿があった。無表情でぼくを見下ろしている。
 ぼくは勉強する手を休めて、セブルスを見上げた。

「やぁ、セブルス。どうしたの?」

 ぼくは微笑みを浮かべたが、セブルスはニコリともしなかった。

「少し、いいか」
「…………」

 声の調子は、平坦だった。

「いいよ」





「最近、どう?」
「悪くはないよ」

 途切れ途切れに会話をしながら、ぼくらは校舎を歩いた。
 セブルスは、どこか行くあてでもあるのだろうか。
 目的地があるとき、セブルスは早足だ。のんびり彷徨うことを嫌う。反対に、目的地がないときはすごくぼんやり歩く。そういう癖がある。
 七年間も友達でいれば、そのくらいは分かる。

 今日は、目的地がないタイプのようだ。歩みが遅い。
 だから「どこに行くの?」とか、そういう問いかけは無意味。

「もうすぐ卒業だな」

 きっとセブルスは、ぼくと話がしたかったのだろう。
 七年生ともなれば、いもり試験で受験する科目と、あとはもう個人の趣味で授業を取っている。ぼくとセブルスが被っている授業は、魔法薬学しかなかった。魔法薬学なんて、集中していたらあっという間に終わってしまう。七年生ともなれば内容も高度で、何かに気を取られている隙はない。

「そうだね」
「……は、この先どうするんだ?」

 階段を降り、一階へ。大広間の前を通り、中庭へと抜けた。

「闇祓いになろうと思ってる。……なれるかどうか分からないけど」

 ぼくの言葉に、セブルスはしばらく沈黙した。
 目は開いていたが、何もセブルスの目には映っていないんだろうな、ということが分かった。

「君ならなれるさ」
「……へぇ」

 返ってきた言葉は、少しだけ意外なものだった。
 だって、今のぼくの言葉は、『闇祓いになる』というその言葉の真意は──君たちの敵になると、真正面から言っているようなものだったから。

「君の努力を、僕は知っている。……多分、君を一番近くで見続けてきたのは僕だ。一年足らずで、英語を喋れるようになった君を、魔法魔術大会で優勝した君を──僕は見てきたのだから」
「……ありがとう」

 風が冷たい。思わず身震いをした。カバンからマフラーを取り出し、巻きつける。
 まだまだ雪は、降ることは減ったものの、未だうず高く積もっていた。中庭のそこかしこに、雪の山が作ってある。

 中庭は、ぼくらの他に誰もいなかった。もう夕暮れだからかもしれない。傾く西日が、積もった雪に、凍った湖に照りつけていた。
 夕焼けの中佇むホグワーツ城は、普段と少し違った印象を与える。普段の、穏やかな優美さは消え去って、荘厳な、少し怖いくらいの存在感を醸し出す。


 急に、背中を押された。


 強い力に、堪え切れず凍った地面に倒れ込む。
 左腕を捻り上げられ、思わず呻いた。

「な、に……」
「……ごめん、

 振り返る。
 見慣れた親友の姿は、夕日に照らされたことも相まって、見たことのない色に染まっていた。

「僕を恨んで、

 左の手首に触れる、冷たい金属の感触。
 手錠のような見た目のそれは、肌に触れた瞬間、なんとも形容しがたい不快感をもたらした。魔力をせき止める拘束具なのだと、感覚で予想がついた。

 左手首の次は、右手首に。しかし、黙ってされるがままのぼくじゃない。
 右の人差し指をついっと上げ、魔力を籠める。利き腕ではないから、細かい調整は上手く出来ないけれど、セブルスを吹き飛ばすくらいは余裕で出来た。

 慌てて立ち上がると距離を取る。左手首にぶら下がる手錠に、眉を寄せた。

「……セブルス」

 強く、強く、睨みつけた。

「何のつもり」

 指を鳴らすと、手錠が外れる。
 手錠を地に叩きつけた。

 セブルスは、変わらぬ無表情だった。瞳はさざ波さえも波立っていない。
 それが、自らの心を押し隠すための術の結果だということを、ぼくは知っていた。

 セブルスが、心を閉ざした状態でぼくに接してきたことが、本当に、どうしようもなく、腹立たしかった。

「解けよ、それ」

 左の拳を、強く握りしめる。

「閉心術なんて使ってんなよ」

 もう、終わりだ。
 何もかも。
 友情ごっこも、親友ごっこも。

「ふざけるな」

 杖を、左手に取った。
 ゆっくりと持ち上げ、杖先をピタリとセブルスに合わせる。

「ぼくを拘束しようとしたのは、ヴォルデモートの命令?」

 セブルスは、僅かに驚いたように目を見開いた。

「左腕をまくって見せて」

 その言葉に、セブルスは明らかに躊躇うそぶりを見せた。
 しかし、逡巡する暇を与えるほど、ぼくは優しくは出来ていない。

「早く」

 苛立って足を踏み鳴らした。
 緩慢な動作で、セブルスが左腕をまくる。

 ──あぁ。

 これが全部、悪い夢だったらいいのに。

「……何で。ねぇ、何でだよ。どうしてなんだよ」

 囁いたぼくの言葉に、セブルスは唇を噛み締めた。
 既に今までの、何が起こっても波立たない瞳ではなくなっていた。
 目に映るのは、激しい感情。

 どうして。どうして。どうして。
 疑問ばかりが降り積もる。

 いや──本当は分かっていたんだ。
 何もかも、ぼくは気付いていたんだ。

 目を逸らしていたツケは、高かった。

「……僕こそ、聞きたいよ。どうして分からないんだ。これからの魔法界には、あの方の力が不可欠なんだ」

 セブルスの瞳は、真剣だった。
 真剣に、ヴォルデモートに忠誠を誓う瞳だった。

。どうして教えてくれなかった」
「……何を」

 セブルスの唇が、言葉を紡ぐ。

「君の両親が、死んでいたことに」

 その言葉に。
 一瞬、世界が凍りついた。

「……知ってたの」

 自分の口から零れた言葉が、自分のものでないような、そんな錯覚を感じた。

「知ってたんだ、セブルス。ぼくの両親が、ヴォルデモートに殺されたって。……ヴォルデモートに聞いたのか。じゃあどのようにぼくの両親が死んだのかも、きっと聞いた訳だ」

 ギリリ、と奥歯を噛み締める。

「さぞや愉快だったろうね? 痛快だっただろう、きっといい御伽噺になっただろう、ぼくの両親の死は。高みからぼくを見下ろすのは、いい気分だっただろう。両親の復讐のために足掻くぼくは、きっと滑稽だっただろう。君にとってはぼくの両親の死ですら、あの方の崇高な理想のための犠牲に過ぎないんだったね」

 ぼくの言葉に、セブルスは動揺の色を見せた。

「違う、違うんだ、。僕は……」
「聞きたくない!! 今更、今更何を言う!!」

 頭を振った。目を細め、セブルスを睨みつける。
 呆然と、セブルスはぼくを見つめていた。

「選べ」

 杖を突きつけて、ぼくは言った。

「ぼくか、ヴォルデモートか。君自身の意志で選べよ。さあ!!」

 杖の先端から、火花がパチパチと零れた。ぼくの想いに反応しているのか。

「これが、最後だ。ぼくの手を取るか、取らないか。リリーに『穢れた血』と口走った時のように」

 セブルスは息を詰めてぼくを見返していたが、『リリー』という単語に我に返ったようだった。
 瞳に光を灯し、強く、強くぼくを睨みつける。ぼくに言い返したい、それでも言葉が見つからない、そんな憎々しい眼差しだった。

 数瞬前まで友人だと、親友だと思っていた。
 今はその彼を、いくらでも傷つけてやりたくてたまらない。

 きっとそれは、向こうも同じ。

「僕は君の敵だ、幣原

 ──友情なんて、幻想だ。

 水面に映った月と同義。
 花開いた朝顔に誓うのと、同意。

 永遠に続く友情なんて、存在しない。

 そんな、当たり前のことに。

「こんな形で、気付きたくなかった……」

 さっきまで、隣り合って肩を並べていたのに。
 どうして今、向かい合っているのだろう。
 どうしてぼくは、彼に杖を向けているのだろう。

「ぼくらは一体、どこで間違ってしまったのかな」

 ぼくの言葉に、セブルスは。

「出会ってしまった、ところから」

 酷く苦しげに、そう答えた。

「……。君は」
「セブルス。もう元へは戻らない。ぼくは……ぼくらは……」

 はっきりと。
 断言する。

「ぼくらは君たちの敵だ。ぼくにぶちのめされたくなかったら、とっとと視界から消えてくれ」

 ぼくの言葉に、セブルスは異論はないようだった。
 踵を返しかけ、一歩歩みを進めたところで、足が止まる。

「なぁ、

 酷く悲しげな瞳だった。
 全てを諦めきったような、一切抗わずに運命を受け入れたような瞳だった。

「僕を恨んで。僕を憎んで。君が、気が済むまで」
「……嫌だ」
「……どうして」
「君も、ぼくを恨んで。ぼくを憎んで。好きなだけ、心の底から。そうじゃないと、釣り合わない」

 セブルスは、ほんの少しだけ、笑顔を見せた。
 傷跡が引きつるような、笑顔だった。

「でも、僕には君を恨む理由なんてない」
「──じゃあ、こうしよう」

 杖を、振り上げた。
 魔力を、最大の火力まで。

 容赦も、手加減も、何もなく。

「最大限の力で、今から君をぶちのめすから」

 だから、ぼくを許さないで。
 ぼくも、君を許さないから。



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