破綻論理。

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空の記憶

第37話 自己犠牲First posted : 2015.12.14
Last update : 2022.10.17

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「……ぅぐっ」

 手が咄嗟に出なかったのは、杖を握っていたからだ。
 それにしても、久しぶりに顔面から転んだ。強打した鼻を涙目で擦りながらも、辺りを見回す。

 夏休み、ハリーの尋問で訪れた魔法省。そのただっ広いエントランスは薄暗く、誰もいない。それが、ぼくを不吉な気分にさせた。

 記憶を頼りにエレベーターに向かうと、九階へと向かうボタンを押した。エレベーターの音がすごくうるさいなんて、前は全然気付かなかった。

「神秘部です」

 アナウンスの声と共に、扉が開く。

 取っ手のない黒い扉の中に足を踏み入れると、そこはどこまでも真っ黒な丸い部屋だった。ずらりと壁一面に、扉が並んでいる。
 そのうち二つの扉が開いていて、少し悩んだのち、一つの部屋を選んで駆け込んだ。

「……っ!?」

 途端、赤ん坊の顔をした成人男性がよたよたと駆け寄ってくるのに、足が竦んだ。
 気持ち悪さに顔を顰めながらも杖を振る。吹き飛んだ様を見ぬまま、ハリー達の姿を探した。争った跡があるけれど、姿は見えない。違う部屋か。
 舌打ちをして、部屋を飛び出し、次の部屋へ。

 不可思議なアーチがある部屋だった。
 段の上に置かれたアーチは、どことなく存在感があり、胸をざわめかせる。

 声が聞こえた気がして、ぼくは小さく息を呑んだ。
 幣原の、父と母の声。

 気のせいに決まってる、そんな場合じゃない、と頭を振った。
 奥で笑い声が聞こえる。仲間の笑い声じゃないことは確かだ。
 ぼくの仲間は、友人は、そんな醜悪な声で笑わない。

 台座に駆け上がると、数人の死喰い人の姿が見えた。
 そのうちの一人が、ハリーの首を掴み上げている。

 カッと頭に血が上った。杖を鋭く振ると、ハリーに手を掛けていた人物は、遠くの壁まで軽々とぶち当たる。

「……ハリーに汚い手で触れるなよ」

 低い声で呟いた。
 その声に残りの死喰い人は振り返ると、ぼくの顔を見るなり悲鳴を上げる。

幣原だ!!」
「『黒衣の天才』だ、逃げーー」

 言い終わる前に、『失神呪文』で攻撃する。
 崩折れる死喰い人を尻目に、ぼくはハリーに駆け寄った。

「ハリー、大丈夫!?」

 泥と血に塗れていたが、ハリーは無事なようだった。唖然とした顔でぼくを見つめている。

アキ、どうして……」
「君を助けに来たに決まってる。ぼく抜きで楽しそうなことしてるじゃない。仲間ハズレにしないでよ、寂しいなぁ。……ぼくから離れないで」

 ハリーの手を強く掴んだ。同じくらいの強い力で握り返される。

アキ、奴らは『予言』を狙ってる」
「予言?」
「あぁ」

 そういうとハリーは、ポケットの中から水晶の球を取り出した。中は靄がかかったように不透明で、時折揺らいでいる。

「大事なものなの?」

 ぼくの問いに、ハリーは頷いた。

「なら、手放しちゃダメだね」

 にっこり笑うぼくに、つられたようにハリーも笑顔を浮かべた。

 上の方で音がした。扉が開き、シリウス、リーマス、マッドアイ、トンクス、キングズリーが杖を手に駆け込んでくる。

アキ!」

 トンクスが手を振るのに、軽く振り返した。それを見て、マッドアイがしかめっ面を浮かべている。

 そこから先は、大乱闘だった。

アキ、後ろ!」

 ハリーに勢いよく引っ張られた。数瞬後、ぼくの頭があった位置に青の閃光が飛んでくる。

幣原! こいつがどうなっても──」

 ネビルの首根っこを掴み、頭に杖を押し付ける死喰い人に、躊躇なく杖を振った。

 ハリーがネビルの元へと駆け寄った。助け起こそうとするも、足がリズムを刻んでいて立ち上がれないようだ。
 杖を向けたが、感じた殺気に振り返って杖を構えた。

 三人の死喰い人が、ぼくの背後にいるハリーに杖を向けていた。
 頭から血を流し倒れているマッドアイと、目を閉じ動かないトンクスの姿を、素早く視認する。

「動くな」

 ぼくの声に、三人は杖先を僅かに震わせた。
 全員の視線がぼくに集まる。そこを逃すようなハリーじゃない。

「ペトリフィカス・トタルス!」

 ハリーが呪文を放つと同時に、爆破呪文を放つ。爆音と共に、残っていた二人の死喰い人は吹き飛ばされる。

「よくやった、ハリー!」
「伊達に、君に手合わせを頼んでいたわけじゃない。──僕を庇っていたら、君は思うように戦えないだろ。僕は大丈夫だから」
「……でも」
アキ

 厳しい声だった。兄のような威厳を持った声だった。

「君に守られるばかりの僕じゃない。他の DAメンバーの安否も心配だ。君がやるべきことは、ここにいる敵の掃討だ。それが一番、ありがたいんだ」

 ぼくの手を掴むハリーの手に、ぎゅっと力が篭った。そして、するりと離れていく。

「……分かった。絶対死なないで、アキ
「僕は死なないよ」

 ハリーを振り返った。
 ハリーはにっこり笑うと、袖を捲って銀のブレスレットを見せた。

「君が、僕を守ってくれるからね」
「…………っ、絶対だぞ!」

 そう言うと、ぼくはまだ戦いの音が鋭く鳴っている戦場へと駆け出した。
 リーマスが戦っている敵に狙いを定め、『武装解除呪文』で杖を取り上げる。落ちた杖を踏んで折った。遠くへと蹴り飛ばす。
 リーマスが『失神』させたのを見届けて、石段の上へと駆け上がった。周りより数段高い場所に身を晒し、叫ぶ。

幣原はここにいる! 殺せるものなら殺してみろ!!」

 ぼくの声に、真っ先に一人の死喰い人が駆け寄ってきた。目をぎらつかせ、何よりも楽しいと言わんばかりに笑っている。
 彼女の名前を、ぼくは知っていた。

「……ベラトリクス・レストレンジ」
「やぁ、幣原! 随分とおチビちゃんになったものだ、元々背丈はそんなものだったかな? ヒャハハハハハハハ!!」

 指先で、くるりと杖を一回転させると、もう一度握り直した。

「ねぇねぇ覚えてるゥ? クラウチのヤツが法廷で言った言葉」
「……さぁ、雑魚の負け惜しみなんて、わざわざ覚えていられないもんでね」

 にやりと笑うと、心の底から楽しそうにベラトリクスは哄笑した。

「聞きたいなァ、アンタはあたし達を殺すとき、どんな気分になるの? 苦しい? 悲しい? それとも楽しい? ロングボトムの夫婦が気が狂ったときどう思った? ねぇねぇ教えてよォ──レインウォーターを、自分の大切な人を殺したとき、アンタは一体どう思った?」

 小さな空気の弾が、音速を超える速さでベラトリクスの顔の真横を突き抜けた。
 彼女の豊かな黒髪が、風圧でふわりと舞う。

「……次は、当てる」
「……ヒャハハ、ヒャハハハハハハ!! なァんだ、血も涙もない人形だと思ってたら、案外奥にはやわらかぁい心があるんだァ。見直しちゃうねェ、『黒衣の天才』」
「…………っ」

 挑発されて、すぐ近くに迫っていた敵に気がつかなかった。
 ぼくの目の前に滑り込んで『盾の呪文』で防御した黒い影、それがシリウスであることに、遅れて気がついた。

アキ、お前はよその相手をしろ。──お前の相手はこの俺だ、我が親愛なる従姉妹様よ」
「……ッハァ、アズカバン以来じゃないかァ。クリーチャーはまだ元気かい?」

 シリウスに加勢したかったが、下から緑の閃光が飛んできて、慌てて避けた。
 緑の閃光はそのまま半透明のアーチに当たると、ふわり、とベールの向こうに霞のように消える。

 このベールを見ていると、何故だか胸が無性にざわついた。さわさわと、何人もの人たちが頭の内側で喋っているような、そんな妙な気分にさせられる。
 そんなことを悠長に考えている時間ではない、と、頭を振った。一番上の石段から一歩飛び降り、二人の流れ弾に当たらないように配慮しつつも、杖を構えた。

 そのとき、扉が大きく開け放たれた。アルバス・ダンブルドアの姿が、そこにあった。

 一番近くにいた死喰い人がダンブルドアに気付き、もがくように石段に足を掛け、石段の上にいるぼくの姿を見て絶望した表情を浮かべた。
 ダンブルドアの呪文により、その死喰い人はやすやすと吹き飛ばされる。

 石段から奥側にいる死喰い人はぼくが、石段から入口側にいる死喰い人をダンブルドアがあらかた片付け終わっても、一番上では未だ、シリウスとベラトリクスが戦い続けていた。
 ひらり、とシリウスがベラトリクスの放った閃光をかわすと、左手でベラトリクスを挑発する。

「さぁ、来い。今度はもう少し上手くやってくれ!」

 シリウスが大声で笑ったちょうどその時、ベラトリクスの放った呪文がシリウスの胸に直撃した。

 全てがスローモーションのように思えた。
 シリウスが、精悍な顔に笑みを残したまま後ろに吹き飛んでいく。
 そのまま優雅な弧を描いて、ベールの方へ──。

「シリウス!!」

 ハリーの大声に、我に返った。
 シリウスを、あのベールの向こうに行かせてはならない。

 もう誰一人として、失いたくない。
 あちらへ、渡してはならない。

 手を伸ばした。
 ぼくの手は、シリウスの手を掴んだが、しかし一瞬遅かった。

 ベールの向こうへ沈もうとする身体を、渾身の力で引き戻した。
 ドサリと力なく、シリウスの身体がぼくの正面に落ちる。
 見開かれた瞳は、衝撃でぼくの方を向いたものの、その目が焦点を結ぶことは決してない。

「……シリ、ウス」

 ぼくの意識を浮上させたのは、ベラトリクスの勝ち誇ったような歓声だった。

「シリウスが死んだ! シリウスが死んだ!! 憎たらしい我が従兄弟様が死ーんだ!!」

 子供っぽい無邪気な仕草で石段を飛び降りると、シリウスの前に膝をついたぼくを、ベラトリクスは満足げに見下ろした。

「前から思っていたんだァ。大切な人が死んだ時、アンタが浮かべる表情、本当に──最高だねェって」

 空気の弾丸から逃げるように、ベラトリクスはヒラリと空中に身を躍らせ、黒い影となって奥の部屋へと飛び込んだ。

「シリウス! シリウス!!」

 ハリーが叫んでいる。
 シリウスに駆け寄ろうとするハリーを、リーマスが抑えている。

「ハリー、もうどうすることも出来ないんだ。あいつは……行ってしまった」
「シリウスはどこにも行ってない! だって、そこに! そこにいるじゃないか!!」
「あいつは戻れない。だって、あいつは──」
「シリウスは、死んでなんか──いない!!」

 ハリーの声も、周囲の音も、全てが遠い世界での出来事のようだった。
 ぼくの世界は、ぼく自身と、そして目の前にいる、ぴくりとも身じろぎをしないシリウスの二人きりだった。

「……シリウス、ねぇ、シリウス」

 杖を握っていない右手で、シリウスの腕を掴んだ。
 目で見て分かるくらい、ぼくの手は震えていた。

 ──暖かい。

 まだ、暖かい。

「あいつがシリウスを殺した! あいつが──僕があいつを殺してやる!!」

 ハリーがリーマスの腕を振りほどいて、ベラトリクスの消えた奥の部屋へと飛び込んで行った。それすらも、遠い世界の出来事のように見える。
 リーマスの動きも、どこか緩慢だった。

アキ!」

 ダンブルドアがぼくの名前を呼ぶ。
 すぐ真横で、呪文が弾けた。ダンブルドアが、盾の呪文をぼくのすぐ近くに張って、守ってくれたのか。

 シリウスの目を瞑らせると、ゆらり、とぼくは立ち上がった。
 どこか、自分が自分じゃないような、自分の手足が自分の意思で動いているものじゃないような、そんな感覚が身を包む。

『ハリーを、追って』

 頭に響く声に、無意識が従った。
 石段から飛び降り、駆け出す。踏みしめる床の感覚も、どこか遠く、ふわふわとしていた。

 左手の杖が、行き先を示す。ぼくの行く道を、誘う。

 魔法省のホールのど真ん中で、ハリーは立っていた。
 その正面には──姿形は変わっていたが、その人物が、その人物こそがヴォルデモートなのだと、直感が告げていた。

「アバダ・ケダブラ」

 ハリーの死を乞う声が、言葉を紡ぐ。
 魔法式を浮かべるよりも早く、杖先から呪文が吹き出した。ハリーの眼前に『出現』した黒い壁が、ヴォルデモートの呪文を弾き返す。

 ヴォルデモートがハリーから目を逸らし、ぼくを見た。

 裂けたようなその唇が、興奮と歓喜に歪むのを。
 鋭く赤い瞳が、期待と激情に見開かれるのを。
 ぼくは静かに、見据えていた。

「……幣原

 否定する気は、さらさら起きなかった。

 ぼくらの間に、言葉は交錯しない。
 交わるのは、唯、呪文のみ。

 杖が、空間を切り裂く。
 リミットを振り切った魔力が、エネルギーの塊となってぶつかり合い、相殺する。

幣原よ」

 爆発音の最中にも、ヴォルデモートの柔らかい声がすぐ側で囁いた。

「親を殺した俺様が憎いか? 友を殺した俺様が恨めしいか? 仲間を殺した俺様が忌々しいか?」

 静かに、目を閉じた。

「悲しいよ」

 爆発音が、鼓膜を破らんばかりに揺らす。
 軽く頭を振って、衝撃を逃した。

「あなたがそうなってしまったことが、何よりも悲しい」

 莫大な魔力を、互いにぶつけ合う。金色の閃光が互いの杖先から迸り、力比べを始めた。

 じりじりと押されるその力に、詰めていた息を吐き出す。額に垂れる汗を、拭う力もない。

 ──もう、保たない。

 誰よりも、ぼくが一番、そのことを理解していた。

 ──に代わっておくべきだった。

 しかし、後悔してももう遅い。
 そんな隙はヴォルデモートの前で見せられない。見せられるわけがない。

 ぼくと幣原の、差異。
 絶対的な魔力の保有量が、ぼくらはそもそも違うのだ。

 ぼくは、幣原にはなり得ない。
 人形は、決して本人の代わりとは、なり得ない。

「…………っ、う」

 
 どうして君は、こんな欠陥品を作ったんだ。

 ぼくは、君にはなれない。
 どんなに願っても、望んでも、君の代わりは務まらない。

『──ぼくの、望みのために』

 頭の中で、声が響く。
 柔らかな声音に、ハッと我に返った。

『力を貸そう、アキ

 頭を、誰かに優しく撫でられたような、そんな気がした。

 ──? 

 胸中で名前を呼ぶも、返事はない。
 代わりに、杖の振動が強まった。吐き出す金色の閃光が、太く、力強くなる。

『もう少し、頑張れる?』

 穏やかな声は、するりと心に満ちていく。
 素直に、ぼくは頷いていた。

『君を苦しめることしか出来ないぼくだけど、今だけでいいから──ぼくを、信じて』
「……何言ってんの」

 歯を食いしばった。
 眉を寄せ、眩い光の先をしっかりと見つめる。

「ぼくはずっと、君を信じ続けるよ」

 頭で響く声の主は、少し、笑ったようだった。

 つたった汗が、顎からポタリと落ちる。

「誰と話しているのだ、幣原よ!」

 ヴォルデモートが叫んだ。
 ぼくは虚勢を張って笑う。

「自分とだよ」

 ぼくよ、幣原に作られた存在、アキ・ポッターよ。
 どうか、もう少しだけ、保っていて。

「そこまでじゃ、トム」

 静かな声が、朗々と響いた。魔力は打ち消し合い、宙へと掻き消える。
 ふらりと倒れこんだぼくを支えたのは、年老いた二本の腕だった。

「退いておれ、アキ。君の命の炎を、かの者のために吹き消す必要はない」

 ダンブルドアの声に、ぼくは薄っすらと微笑んだ。

「今夜ここに現れたのは愚かじゃったな。闇祓いたちがまもなくやって来よう」
「その前に、俺様はもういなくなる。そして貴様は死んでおるわ!」

 言い放ち、ヴォルデモートが死の呪文を唱えた。
 しかしその呪文は軽々と遮られる。

幣原に相対した直後の君に、わしを倒す力が果たしてあるものか」
「黙れ、老いぼれよ!」

 ヴォルデモートの杖から、大蛇が吹き出した。ダンブルドアが杖を一振りすると、蛇は空中高く吹き飛び、一筋の黒い煙となって消える。
 瞬時に泉の水が立ち上がり、ヴォルデモートを繭のように包み込んだ。もがくように水の中で足掻くヴォルデモート。やがて繭が割れ、水が床へと落ちたときには、ヴォルデモートの姿はどこにも見当たらなかった。

「ご主人様!」

 ベラトリクスの叫び声。ヴォルデモートは逃げたのか。

「ハリー、動くでない!」

 鋭い声に、思わず背筋が伸びた。

『まだ、奴はいる』

 脳内の声が、焦りを帯びる。
 呼吸を止め、周囲を見渡した。ガランとしたホールには、ぼくらの他、フォークスしかいない──

「俺様を殺せ、今すぐ、ダンブルドア……」

 低くくぐもった声に、背筋が震えた。
 どんな声音をしていようが、聞き間違えるはずがなかった。

 このぼくが。
 大好きな、たった一人の兄の声を。

「死が何物でもないなら、ダンブルドア、この子を殺せ……」

 ゆっくりと振り返る。
 ダンブルドアを向いていたハリーの瞳が、ぼくに移った。
 赤い瞳。ハリーの濃い緑とは、全然異なる色合いの目。

「ねぇ、殺してよ、……シリウスのところに、行かせてよ……」

 ハリーの眦から、涙が一筋伝った。と同時に、瞳から狂気の色がふと消える。

アキ、近付いてはならん!」

 そんなことを言われても、ふらりと崩れ落ちるハリーに駆け寄ったのは脊髄反射だ。
 しかしハリーに触れた瞬間、そこから『何か』がぼくの中にするりと侵入してきた。
 肉体を持たぬ『それ』は、ぼくの身体の主導権を瞬時に握ると、ダンブルドアへと向き直る。

「どうした、ダンブルドアよ。さぁ、俺様はここにいる。殺すがよい」

 ぼくの口元が笑みを浮かべた。
 自分の口が、勝手に言葉を紡ぎ出す。

「さぁ、殺せ」

 ぼくの足が、ダンブルドアに向かって一歩を踏み出した。
 驚くべきことに、ダンブルドアは一歩後ずさる。

 ──自分の身体の感覚が、遠い。
 どこか霞がかる思考の中、そんなことを思った。

『──アキアキアキ!』

 脳内の声が、ぼくの意識を揺さぶる。
 その声に、わずかに浮上する。

『起きろ、アキ・ポッター!!』

 名前。
 そう、それが、ぼくの名前。
 幣原じゃない、本当の、ぼくの名前。

 我に返った。

「どうした、殺せないか? 今こそ好機だというのに、みすみす────っ」

 ペラペラと、よく動く口だ。

「ふざ、けるなよ……」

 言葉を、吐いた。
 左手に握りしめたままの杖を、ゆっくりと持ち上げる。

「この、ぼくの身体はなぁ……お前なんかが使っていいもんじゃないんだよ」

 主導権を精神力で引っ張り合っている気分だ。
 杖先を自分に向けると、両手で持ち直す。瞬間、杖が鋭い短剣へと変わった。

「この身体は……ぼくと、あいつのもんなんだ……返せ」

 迷いなく。
 短剣を、自らの腹部へと振り下ろした。

 体内で聞こえる、嫌な音。痛いかと思っていたが、痛いより、熱い。
 初めて味わうその痛みに、しかし意識は一気にクリアになった。喉から溢れそうになる声を、歯を食いしばって堪える。

「……返せ。これは、ぼくらのだ」

 刃の、根元まで。
 しっかりと、押し込めた。

 金縛りが解けるように、ふと身体が自由になった。
 今度こそ、いなくなる。今度こそ、奴は逃げていく。

 視界が、霞む。汗がだくだくと流れるのに、身体は冷え切っていた。ただ両手にかかる真っ赤な色の液体だけが、熱い。
 堪えきれず、地に膝をついた。

「よくやった、アキ!」

 遠くで、近くで、そんな声が聞こえた。
 絶え絶えの息で、それでも怒気に満ちた言葉を口にする。

「ふざ、けるな……よくやった、って……、こういう自己犠牲を、美徳としてんじゃ、ない……」

 地面に手をつくと、杖が音を立てて落ちた。
 栓を無くした傷口は、存分に血液を周囲に撒き散らし、床や、床に転がったぼくの杖を血みどろにする。

 杖に手を伸ばしたぼくの手も、血で光っていた。細い棒をしっかりと握りしめる。

「はは……他人の血を吸ったことは多かれど、ぼくの血を吸ったのは初めてだな、お前……」

 そう呟いて、杖を胸に抱いたまま、ぼくは静かに目を閉じた。



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