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空の記憶

第38話 エゴイズムの行く先First posted : 2015.12.15
Last update : 2022.10.17

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 合格通知を握りしめ、指定された日時に魔法省へと向かった。初めて入る魔法省は驚きの連続で、トイレ──そう、トイレから入るだなんて! 信じられないことばかりだ。
 英国、ひいては魔法界に来て七年、随分と慣れたと思っていたけれども、いやはや世界は広い。

 そこでぼくは、今年の合格者である他二人と顔を合わせた。
 なんとなく予測していた通り、四十九番のパトリック・リオンと、二十一番のマーク・ヴィッガーだった。

「僕が合格して、君が合格しないはずはないよなって思ってたよ」

 試験から離れた場所でのリオンは、案外気さくだった。
 少し離れたところでは、ヴィッガーが一人で空中に杖で何か書いている。
 ぼくの視線の方向に気付いて、リオンが言った。

「さっき話しかけたら、邪魔しないでくださいって怒られちゃった。マグルの学問に興味があるらしくって、今数学の問題を解くのに忙しいらしい」
「……数学は案外面白いよ。興味があったらやってみるといい、マグルの知恵も見習うべきさ」

 リオンは目を瞠ると、「違いない」と言って笑った。

「でも、君のペアの女の子は、合格する気がしてたんだけどなぁ」
「あぁ、ソフィ」

 そう、とリオンは頷く。
 ぼくは静かに微笑んだ。

「合格したからと言って慢心するな。敵は貴様らのすぐ近くに潜み、寝首を掻こうと虎視眈々と機会を伺っている。いつだって気を抜くな、貴様が立っているのは戦場だ。油断大敵!」

 ぼくらの前に立って檄を飛ばしたムーディ先生は、相変わらずだった。
 闇祓いの証として、懐中時計を受け取る。蓋には翼を広げた鷲と『A』の飾り文字があしらってあった。おそらくこの『A』は、Auror <闇祓い>の頭文字だろう。
 金色に鈍く輝く懐中時計は、見た目よりもなんだか重かった。

幣原くーん!」

 短い休み時間に、ふと扉が勢いよく開かれた。
 入ってきたのは、アリス・プルウェット先輩だ。その後ろには、やれやれと苦笑を漏らすエリス・レインウォーター先輩と、相変わらずなんだから、とゆったり笑顔を浮かべているフランク・ロングボトム先輩の姿が。

「合格おめでとう! 君なら絶対合格するって思ってたの!」

 ぼくの手を取り、プルウェット先輩は満面の笑みを浮かべた。
 ぼくは悪戯っぽく口を開く。

「ありがとうございます、プルウェット先輩。──いや、それとも『ソフィ』って呼んだ方がいい?」

 ポカン、とプルウェット先輩の口が開く。後ろ二人、エリス先輩とロングボトム先輩を見遣ると、彼らも驚いたように目を見開いていた。

「……え、嘘、ちょっと待って……」

 気の毒なほどに動揺しているプルウェット先輩。縋るような眼差しでロングボトム先輩やエリス先輩を見ていたが、やがて諦めたように大きく息を吐いた。

「えー……どうしてバレてんのぉ……私、何かミスした?」
「ミスはしてませんよ。プルウェット先輩は見事に『ソフィ』でした、非の打ち所がない」
「じゃあ、どうして……?」
「私も知りたいな、それ、是非とも」

 ぼくの肩を叩いたのは、エリス先輩だ。

「聞かせてもらおうか、幣原くん」

 ロングボトム先輩も、ぼくの前に回り込むと笑みを見せる。
 小さく肩を竦めた。

「……確証はなかったんですけどね」
「君に疑いを抱かせてしまった時点で、私たちの負けさ。一体何が引っかかったんだい?」

 ぼくはそういうエリス先輩をちらりと見上げた。

「エリス先輩、十五番の人ですよね? ぼくとリオンに一瞬で倒された」

 エリス先輩は酷く苦い顔をした。

「不意打たれた、なんて言い訳にはならないだろうね」
「そしてロングボトム先輩は、リオンとペアだった、十七番のローランド」

 ロングボトム先輩は黙って首肯した、

「初めにあれ? って思ったのは、十五番の──エリス先輩の持ち物を探ったときです。もしかしたら、『機密文書』を隠し持っているんじゃないかなって」
「……私、何か余計なものは持っていた記憶はないんだけど」
「余計なものは持っていませんでした。必要なものだけしか。例えば……杖、とか」

 エリス先輩の目が見開かれる。

「……よく覚えていた、と、そう言うべきなのかな」
「記憶力には自信があるんです、ぼく。エリス先輩の杖は、何回か目にしていたから」

 だって、同寮の先輩なのだ。
 何度、レイブンクロー寮の前で立ち往生しているところを助けてもらったことか。ノッカーの問いに対して取り出した杖を目にして、その後魔法魔術大会で対戦して。おまけに、『不死鳥の騎士団』本部に連れていってもらった時にも、杖を見ていた。

 三度も見れば、ぼくは覚えている。

「どうして、エリス先輩が紛れ込んでいるのか? どうしてこの試験はペアを組ませたのか? そう考えると、見えてきたんです。ランダムにペアを組まされたように見えて、実は片方が本当の受験者で、もう片方はその受験者がどのような動向をするか監視する人なんじゃないかって。受験者は十人いたように思っていたけど、本当の受験者は五人だったんじゃないかって。後は、消去法ですかね。いくら変化術が得意だからって、ポリジュース薬でもない限り異性に長時間変身するのは困難でしょ。ポリジュース薬の効果、試験時間ほど長くないし。だから、受験者の中で唯一の女の子だったソフィが、プルウェット先輩」
「じゃあ、僕は?」

 ロングボトム先輩が尋ねた。口元には楽しそうな笑みが浮かんでいる。

「ロングボトム先輩、自分でも自覚あるんでしょ?」

 ぼくも笑った。

「ソフィを人質にとったリオンは、さすがに倒しちゃダメでしたよ。受験生がすることじゃない。受験生はもっと死に物狂いの無我夢中です、あんまり周りを気遣う余裕はない」
「言われてみれば、そうだった気もするね。初々しい頃を忘れてしまったのかな」
「ソフィだって。普通の受験生だったら、ぼくに合格して欲しいからって自分の勝利は投げ出さない。だから、ソフィは受験生じゃないんだなって思ったんです。本物の受験生だったら、多分ソフィはあそこで杖を抜いて戦いを挑むでしょう。取引になんて応じないはずだ。二対一なんだから、こちらが優位なのに」

 おそらく、ではあるけれど、ぼくらに取引を持ちかけてきた二十一番──マーク・ヴィッガーもまた、半分は本物の受験生じゃないことを見抜いていたのだろうと思う。
 そうじゃないと、取引なんて持ちかけてこない。蹴られることが分かりきっているのに、誰が手札を晒すものか。

「隠密試験は落第だな、貴様ら」

 新たな声に、ぼくらは振り返った。
 ヒッ、とプルウェット先輩が息を呑む。

「いくら知り合いと言えども、悟られるとあってはな。闇祓いたる者、親友や恋人までも騙す気概が必要だ」
「……ムーディ先生の口から『恋人』なんて単語が出てくるなんて思ってなかった」
「プルウェット、そんなに訓練が恋しいか、そうかそうか」

 やだー! とプルウェット先輩がロングボトム先輩の後ろに隠れた。頬を膨らませ「あの人には注意するんだよ、幣原くん!」と拳を握る。
 はは、と愛想笑いをするも、ムーディ先生が「幣原」とぼくの名前を呼んだことで、反射的に背筋が伸びた。

「は、はい」

 威圧感が半端じゃない。オーラが違う。歴戦の戦士、と言うか。
 一体どれだけ戦えば、そんなに傷だらけになるのか、考えるのも恐ろしい。

「よくやった。期待している。これからも励めよ」

 ──しかし、予想に反して、言葉は暖かだった。
 へ、と思わず肩に入った力を抜く。すると、大きな手がぼくの頭に乗せられた。そのままわしゃわしゃと乱暴に撫でると、来た時と同じ性急さで手が離れていく。
 そのまま踵を返したムーディ先生の後ろ姿を、ぼくはぽかんと見つめていた。

「気に入られたな、幣原

 エリス先輩が楽しげに笑う。

「あの人は気に入った奴に対してえげつないから、頑張れよ」
「あぁ、かつてのエリスじゃん、それ」
「エリスくんだけ倍の訓練内容だったりね、えげつなかったねぇ」
「うるさいよ二人とも」

 何だって。思わず青ざめた。
 エリス先輩は、敏感にぼくの表情の変化を見て取ったか、少し勝ち誇ったように笑っている。

「がーんばれ」

 それは、闇祓い試験に紛れ込んでいたことをぼくに見破られたことに対する、意趣返しのようにも思えた。

 

  ◇  ◆  ◇

 

 目が覚めたら、真っ白な部屋の中だった。慌てて身を起こすと、ズグンと身体を貫く痛みが全身を駆ける。

アキ! ダメだよ、動いちゃ!」

 そう言ってぼくの肩を抑えたのは、ハリーだった。疲れが色濃く残る表情をしている。
 そうか、と、自分の身体を見下ろした。アーサーおじさんが纏っていたのと同じ病院着だ。

「……あれから、何日経った?」

 ぼくの端的な質問に、ハリーは小さく息を呑んだ。
 目を伏せて「……二日」と答える。

「そう……二日」

 ズシン、と心の中に重石が乗った気分だった。

「DAのメンバーは、皆無事だった。ロンもハーマイオニーも、ネビルもジニーもルーナも。トンクスは、まだ目を覚まさないけど、でも完全回復するって。マッドアイは、一週間入院しなきゃいけないのに、昨日の段階で逃げちゃった。そんなに、病院が嫌いなのかな」

 ハリーは、強いて淡々に言葉を紡ごうとしているようだった。

「……そう」

 ハリーは、無理をして笑顔を浮かべてみせた。

「予言、壊れちゃったんだ。でも、別にいい──あの予言は、トレローニー先生からダンブルドアになされたものだった。ヴォルデモートを滅ぼす者についての、つまりは僕についての、予言だった。『一方が生きる限り、他方は生きられぬ』……僕が、ヴォルデモートを殺す。もしくは、僕がヴォルデモートに殺される。そのどちらかが、必ずなされる」
「…………」
「ダンブルドアが、全てを僕に話してくれた。魔法省はとうとうヴォルデモートが復活したことを認めたよ。そろそろ『日刊預言者新聞』に、僕を褒め称える記事が載るはずさ」

 ハリーは乾いた笑い声を上げた。ぼくは、笑えなかった。

アキ、君の傷は、物理的な怪我に魔術が絡み合っていて、治癒魔法じゃ治らないから、もう少しここに缶詰だって。……出血多量で、あともうちょっとで、……死んじゃうところ、だったんだって」

 最後のあたりで、ハリーの声が震えた。ぼくの肩に触れているハリーの手もまた、震えていた。

「……ハリー。……シリウス、は?」

 その言葉に、ハリーの瞳は揺れた。

「……おいで、アキ





 車椅子をハリーに押されながら、聖マンゴを歩いた。
 以前聖マンゴを訪れた時には、クリスマスの飾りつけがされていたが、それらは全て取り外されている。

 外は、素晴らしくいい天気のようだった。窓から、聖マンゴの中庭が見える。子供が何人か、楽しげにはしゃぎ回っていた。

『隔離病棟』と書かれた表札の隣を、通る。
 ずっと歩いて(ぼくは『押されて』だったけど)、辿り着いた先は、一つの病室だった。

「……アキ!」

 椅子に座って沈鬱な表情を浮かべていたリーマスが、驚いた顔で立ち上がった。

「目が、覚めたのか。大丈夫かい?」
「平気だよ、ありがとう」

 一人部屋だった。殺風景な部屋に、花瓶が一つ。
 真っ白な色彩の中、生けられた花だけが、彩りを持っていた。

 ベッドで、シリウスは眠っていた。眠っている、ようだった。

 口元に、マグルの呼吸器と似た器具が取り付けられている。
 他は、眠っている人と、全く変わりない姿をしていた。

 ハリーが、ぼくをベッドのすぐ近くまで押して行った。
 ぼくは手を伸ばして、シリウスの左手を握り締める。温かみのあるその手は、しかしぼくの手を握り返すことはなかった。

「……目を覚ますことは、ほぼ、絶望的らしい」

 リーマスの囁きに、ぼくは、

「そう、なんだ」

 と短く返した。

「……ただ、ね。一人だけ……この世界でたったの一人だけ、シリウスの治療が出来るかもしれない人がいるようなんだ」

 リーマスの声は、少し震えていた。

「サリューマン医療研究所の研究員でね……名前は」
「紹介する必要はない、リーマス」

 背後のハリーが、息を呑んで振り返った。
 ぼくも、ゆっくりと顔を向ける。

 病室の入口で佇むその人は、長めの前髪の間から、じっとぼくを見据えていた。

「……ライ、先輩」

 両腕で身体を持ち上げた。足を床につけると、立ち上がる。少しふらついたが、堪えた。
 ハリーがぼくを止めようとするのを、リーマスが押し留める。

 崩折れるように、ライ先輩の前に膝をついた。
 両手を床につき、頭を下げる。

「お願い、します……」

 身体が裂けそうに痛む。それでも、どうでもいい。
 それは土下座というより、這い蹲るような懇願だった。

「お願いします。大事な……とっても大切な人なんです。本当に、心から生きていて欲しい人なんです……お願いします、お願いします……!」

 この人の前には、嘘もでまかせも通用しない。完全なる本心を、見透かしてみせる。
 ごまかしが通用しないから、心からの思いを言わないと、意味がない。

 ライ先輩はしゃがみ込むと、ぼくの頭を上げさせた。

「……それがどれだけ、望みが少ないとしても、お前は彼に生きて欲しいと望むのか? 彼の魂は彼方へは行けない。いつまでたっても此方に引き止められ続けるというのに」

 ライ先輩は、純粋にぼくに対して問いかけていた。

「彼方へ送ってやるのも、一つの優しさだ、アキ。いつまでもこんな半死半生の状態でいるより、ずっと楽だろう。それを引き止めたいというのは、お前のエゴだ。彼はお前の急所となる。お前の足をずっと引っ張り続けるぞ。もし、死喰い人の奴らが聖マンゴに侵入して、『従わないとこいつの首を掻き切る』と脅したら? 脅しに屈さないという確証はあるか?」

 静かな茶色の目を見つめ、ぼくは。

「……それでも、生きていて欲しいんだ」

 と言った。

「シリウスが、本当は死にたいとも思っていることくらい、知ってるよ……ジェームズとリリーが死んだ時から、ぼくも、シリウスも、リーマスも、皆死にたがってるんだ。赦して、欲しがっているんだ」

 リーマスが後ろで小さく息を呑んだのが分かった。
 振り返らず、続ける。

「ジェームズは、とても眩い光だった。ぼくらはその光に魅せられたんだ。……後悔してもし切れないよ。何から後悔すればいいんだろうって……あの二人の元に行きたいって、シリウスはぼくに言ったんだ。その思いを知って、それでも、ぼくは……シリウスに生きていて欲しい」

 大きく息をついた。

「生きて、未来を一緒に歩みたい。その未来に、ぼくらの大切な人は……ジェームズやリリーはいないけど。それでも、もう一度シリウスと言葉を交わしたい。もう一度あの顔で笑って欲しい。……シリウスが、死にたいって望んだところで、ぼくはその望みを受け入れたくない。万に一つでも可能性があるのなら、ぼくはその可能性に賭けてみたい。……もう……誰も、失いたくない……」

 涙が一筋、頬を伝った。
 それを見ていたのは、ライ先輩だけだった。

 拭って、ぼくは笑ってみせる。

「全部ぼくのエゴだ。シリウスに生きて欲しいって思う、ぼくのエゴ。シリウスはそれに付き合ってもらう、ぼくが生き続ける限りね。ぼくの急所、結構じゃないか。守るものがある方が強いのはお約束だろう?」

 ライ先輩は、二、三度目を瞬かせた後、僅かに口元を緩めた。

「……悪くないな」



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