破綻論理。

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空の記憶

第39話 乞い願うFirst posted : 2015.12.16
Last update : 2022.10.17

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 ありがたいことに、魔法省の魔法法執行部には独身寮が備え付けられていた。魔法省から歩いて三十秒の場所にあり、安く、想像していたよりもずっと綺麗だ。
 それに食堂までついている。寮と言っても、中はそこらのアパートとなんら変わりはない。結婚する予定もないし、そもそも恋人すらいないのだ。ぼくは迷わず、独身寮に居城を構えることにした。

 引っ越しは、シリウスとリーマス、それにリリーが手伝ってくれた。
 ジェームズは、両親の体調が思わしくないということで、寮の中を興味深げに眺めてはすぐさま帰ってしまった。ジェームズの両親は、一度六年生の夏にお世話になったから、ぼくとしても心配だ。結構なご高齢だったし、体調の回復を祈っている。
 ピーターは、今日の面接が通れば採用なのだと嬉しそうに言っていた。ダイアゴン横丁にある薬問屋らしい。

「しかしピーターが薬問屋で働けるとは、俺には到底思えないな。魔法薬学であんな散々な暗黒物質作り出しておいて」

 人が住めるようになった部屋で、シリウスはケラケラと笑った。ソファにどっかりと腰を下ろしている。

「そうねぇ、ピーター、魔法薬学はその、ちょっとばかり壊滅的だったから……」

 リリーが少し遠い目をして呟いた。魔法薬学がすこぶる得意だったこの子にとっては、ピーターの生み出す暗黒物質はさぞやトラウマとなったことだろう。

「僕としては、ピーターがあそこで働いてくれるならラッキーだけどね。店員割引とかあるんじゃないかなぁ」

 リーマスはそう言いながら、皿に積まれたクッキーに再び手を伸ばした。山盛りに積んでいたクッキーは、少し目を離した隙にもう半分近くまで体積を減らしている。おそらく大半がリーマスの腹の中へと消えたと思われる。

「リリーは魔法薬学の研究所だっけ?」
「そう、スラグホーン先生の口利きでね。ありがたいわ」
「リリー、魔法薬学得意だったもんね」

 リーマスが、少しだけ羨ましそうな表情でリリーを見ている。『人狼』であることで、リーマスの就職はほぼ不可能に近いのだ。つい先日『半人狼法』の法案が通ったことも、かなり大きな要因だった。
 ちなみに、シリウスはそもそも就職自体をしないらしい。少し前、「無職! お揃いだな!」とリーマスの地雷を盛大に踏み抜いていたことを思い出した。

 リリーはまっすぐにリーマスの目を見た。その瞳の真剣さに、リーマスは少したじろいだようだ。

「私ね、『脱狼薬』を作ろうと思っているの」

 その言葉に、リーマスだけじゃなく、ぼくもシリウスも目を瞠った。
 脱狼薬。この薬さえあれば、たとえ満月が来ても理性を失わない。残虐なまでの破壊衝動に襲われない、狼人間にとってみれば垂涎の品だ。
 しかし、今はまだ空想の夢物語、開発に成功した者は誰もいないとされていた。

「ジェームズやあなたたちは、リーマスのために姿を動物に変え、寄り添うことを選んだわ。それなら私は、リーマスのために脱狼薬を開発したい。私だって、リーマスのためにやれることをやりたいの」

 リーマスは呆然としていたが、かろうじて喉から「一体どうして……?」と声を絞り出した。

「あら、決まっているじゃない」

 リリーはにっこりと微笑んだ。

「友達だからよ」

 

  ◇  ◆  ◇

 

 引き止める癒者を振り切って退院した。動くたび引き攣るような痛みはあるが、傷口は塞がっているから大丈夫だろう。
 内臓は無事だったようだが、ちょいと大きめの動脈を切ったらしく、未だに少し貧血気味だった。頭が少しばかりボウっとする。

 それでも、行かなくてはならない場所があった。
 校長室だ。

 姿を見せたぼくに対し、ダンブルドアは落ち着き払った視線を返した。
 ぼくが来ることを、予期していたような瞳だった。

「……君の担当癒師が、君の扱いにたいそう手を焼いておったよ。あまり、純朴な者を困らせるでない」
「ダンブルドア先生」
「座るのじゃ、アキ。立っているのも辛いじゃろう」

 一瞬躊躇して、ソファに腰掛けた。
 無意識に、息を吐く。

「君がわしに言いたいことがあるのは分かっておるよ。……君は、わしに謝りに来たのじゃろう」

 ダンブルドアは、しばらく見ないうちに老け込んだようだった。疲れが顔に表れている。

「去年、ハリーをみすみす死地に向かわせたわしに対して失望したのは分かる。だがの、君は意固地になりすぎた。もし君がどこかの機会でわしからの呼び出しに応じていれば、わしは、ハリーとヴォルデモートの繋がりについてのことを君に教えることが出来た。今年の君は、随分とハリーに近しかった。それがどれほどヴォルデモートに君の情報を与えたか、考えたことはあったかね? 幣原は、特に闇祓いとなってからは、自分の言動に細心の注意を払っておった。自分の生い立ち、好きなもの、弱み、奴らと戦う上で障害となる自らの情報を、覆い隠していた。この一年で、ヴォルデモートは今までの数十年に血眼でかき集めた君の情報より、はるかに上回るものを手に入れたじゃろう。全て、君の短慮がもたらした結果じゃ」

 ぼくは、何も言えなかった。
 その通りだと思ったから。

 だから代わりに、乞い願った。

「……もう、誰一人失いたくない。詰まらない意地は捨てます。全部、何もかも……あなたが正しかった。ぼくが間違っていた。だから、どうか……お願いします。愚かなぼくに教えてください。誰一人取りこぼさないために、ぼくは何をすればいいですか?」

 ダンブルドアは、薄い青の瞳でぼくを見据えた。

「わしの言うことをなんでも無条件に信用すると約束するか?」
「はい」
「君の意思を無視する任務を突きつけても、やり通すと誓うか?」
「それが、誰かを守るためであるのなら」

 それぞれの思惑を乗せた視線が交錯する。

 痛いほどの沈黙を破ったのは、ノックの音だった。

「入ってよいぞ」

 ダンブルドアの声に、ドアが開いた。
 入ってきた人物に、目を瞠った。

「……アリス?」
アキ! 帰ってきてたのか」

 アリスも驚いたように目を瞬かせていた。
 アンブリッジがいなくなったからか、身に纏っている制服は今まで通り着崩されている。校長先生にお目通り願うときは、せめてネクタイくらいはきちんと整えろと思う。まぁ、ダンブルドアは気にもしないのだろうが。

 アリスの右手には、見たこともない剣が握られていた。僅かに青みがかっている。鞘には細かな装飾が施されており、宝石がいくつも散りばめられている。実用性よりは見た目を重視したもの、儀礼剣のようにも見えて、普段シンプルなものを好むアリスが持っていると、なんだか違和感があった。

「どしたの、それ」

 ぼくが尋ねると、アリスは「あぁ」と軽く剣を持ち上げた。見た目より軽いようだ。

「ちょいとな、やんなきゃなんねぇことがあるんだ」

 アリスの視線が、ぼくからダンブルドアへと動いた。

「『名前を呼んではいけないあの人』が復活した。再び戦争が始まります。……ダンブルドア先生」
「……成長したのぅ、アリス・フィスナー。昔のリィフが懐かしい」
「……先生、こいつの前でも?」
「君が気にしないのなら、構わんよ」

 ダンブルドアは立ち上がると、部屋の中央に進み出た。
 アリスはダンブルドアの前に片膝をつくと、剣をダンブルドアに差し出す。

 一体何が始まるのか、ぼくは二人の様子を、ただ見つめていた。

「フィスナー家当主代理、アリス・リィフ・フィスナーの名において」
「アルバス・パーシバル・ウルフレッド・ブライアン・ダンブルドアの名において」
「『名前を呼んではいけないあの人』が復活したことをここに諒解し、英国魔法界の秩序と平和を守る身として、ここに『中立不可侵』フィスナーとして錦の御旗を立てることを宣言する」
「我が名において承認する」

 鞘を装飾している宝石が、青白く発光した。光は筋となり、アリスとダンブルドアの二人を縛るように取り囲む。
 アリスはちょっとだけ躊躇ったあと、言葉を口にした。

「ホグワーツに永遠の秩序と安寧を」

 光はしばらく形を保った後、空気中に離散した。

「……アリスよ。よくフィスナーを継いでくれた。感謝してもし足りんわい」

 こうべを垂れていたアリスが、顔を上げた。眉を寄せ、少しムッとしたような表情をする。
 ……この表情は知っている。予想外に褒められて照れている顔だ。

「……フィスナーがなくなったら、俺だって困りますから」
「そうじゃの」

 アリスは立ち上がると、ダンブルドアから剣を受け取った。
 ローブの中にしまい込むと、肩の荷が降りたような顔で、左耳のピアスに触れる。

「お前、大丈夫なのか?」

 アリスの視線がぼくに向いた。
「大丈夫」とぼくが言うより早く、ダンブルドアが「それがの、病院を抜け出して帰ってきてしまったみたいなんじゃよ」と言う。

「はぁあ? 何考えてんだ阿呆が」

 ギ、と睨まれ、目を逸らして苦笑いをした。よりにもよって、アリスにバラすなんて。

「アリスに早く会いたかったんだ」
「気でも失えば抵抗しなくなるだろう」
「やめ、やめて、拳は止めよう、アリス。平和的に話し合いと行こうじゃないか」

 はぁ、と大きなため息つきではあったが、アリスはひとまず握った右手を下ろした。
 ホッとする。こいつの拳は痛いんだ。

「寮まで連れ帰ってくれんかの? アリス」
「……はぁ、ま、途中でぶっ倒れられても嫌だし、分かりました」

 おら立てよ、とアリスはぼくの足を軽く蹴る。

「痛いんだよ、怪我人には優しくしろよ乱暴者!」
「ほぉ? じゃあ聖マンゴにでも送り返さなきゃだな、怪我人さんよぉ」
「……ごめん、それだけは止めて」

 立ち上がった。歩き出す。

「手を貸そうか?」
「いらない。必要ない」
「強がっちゃって」
「強がってない」

 アリスはくつくつと喉の奥で笑いながら、校長室から出る扉を手で押さえた。通れ、ってか。
 その気遣いに気付かないフリをして、ぼくはダンブルドアを振り返らず、扉をくぐった。

 ぼくの前で、ほんの少しだけゆっくりめに歩くアリスは、てっきりそのままレイブンクロー寮に戻ると思っていたが、違うみたいだった。

「どこへ向かってんの? アリス」
「んー?」

 アリスは首を傾けて背後のぼくを見遣ると、にやっと悪どい笑みを浮かべてみせた。

「お前の死地」





 本当に死地だった。

「あー……ごめん、本当にごめんなさい、許してください……」

 ぼくの手を両手でギュッと握ったまま泣くアクアに、一体全体どうしていいか分からずにアリスを振り返った。
 助けを呼ぶも、アリスは鼻で笑う。

「バカやらかさない薬になりゃあいいんだけどな、お嬢サマの涙が」
「……っ、本当、本当よ、バカ……」

 アクアは涙に濡れた顔を上げた。直視出来なくて、思わず目を逸らす。

「去年も、今年も……いつもいつも、私は心配してばっかりで……なんでも、あなたは一人で決めて、一人で行ってしまうから……本当にいつか私の前からいなくなっちゃうんじゃないかって、怖くて、すごく、不安で……」

 俯いてすすり泣くアクアを、見下ろした。
 アクアに掴まれていない右手で、彼女の頭を撫でる。

「……ごめん、本当に、ごめん」

 アクアはキッと顔を上げた。涙の跡に、思わずたじろぐ。
 女の子を、それも大好きな女の子を泣かせてしまったことに良心が痛んで仕方がない。

「許さないわ。いつだって泣いてあげるんだから。あなたが自分を大事にしないたび、泣いてあげるんだから。覚悟なさい」
「……それは、怖いなぁ」

 くすり、と笑った。

「心配かけてごめんね。……ありがとう」

 アクアはぼくの手を離すと、唇を尖らせそっぽを向いてしまった。白い頬が、今は僅かに赤みを帯びている。
 少し惜しいな、と思いつつも、これが彼女なりの照れ隠しだと思うと、それも可愛いな、と感じるから、現金なものだ。

「……そうだ、あなたに言っておかなきゃならないことがあるの」

 頬の赤みが引いた折、アクアは口を開いた。
 ちょうどアリスはぼくの腹の傷を見ようとしているところで、ぼくはそれに抵抗しつつも、アクアを向く。

「何?」
「私の両親が捕まったの」
「「……へ?」」

 ぼくとアリスの間抜けな声が揃った。
 ぼくらはお互い、嫌そうな顔を見合わせる。

「……捕まったって?」
「そう。『死喰い人』として。魔法省にいたらしいの。あなた、見なかった?」
「一人一人の顔を見る余裕はなかったよ……」

 そうなのか、アクアの両親に会っていたのか。
 一体どれだろう。人を人と思わず吹き飛ばしてばかりいたから、顔を認識しようとしていなかった。

「まぁ、この夏休みをどう消費しようか考えていたから、私としては少しありがたいのだけれど」

 アクアは案外淡々としていた。
 どうしてそんなに平然としているのか、と尋ねると、いつかこうなると思っていた、との答えが返ってきた。

「ドラコは悔しそうにしていたけれど。悪いことをしたら捕まるのは当たり前じゃない。私の両親は、それに気がつけなかった、それだけのことじゃないかしら」
「……あっさりと言うな、おい」

 アリスの言葉に、アクアは軽く肩を竦めた。

「そうかしら。……そうかもね。実のところ、少しホッとしているのよ。私の両親は、子供に対してはいい親だったけれど、人としていい人だったかは言いがたいわ。……だから、あなたが申し訳なく思う必要は全くないのよ、アキ

 言い当てられ、ギクリとした。
 やっぱり、とアクアは柔らかく微笑む。

「私とユークは大丈夫よ。これでディゴリーを出してあげられそうで、良かったわ」
「……セドリックのこと、頼んでも?」
「えぇ。……少しは私のことも、頼ってちょうだい」
「……ありがとう」

 その時、アリスが口を開いた。

「お嬢サマよぉ。……何かあればうちに来い。お前の壊滅的な料理よりはマシなもんが作れるから」

 アクアはパッと顔を赤らめる。

「一体いつの話をしているのよ! 今はもっとマシなものが作れるわ!」
「さぁて、どうだかな。アキもそこそこ料理は出来るもんな、なぁ?」
「え? あぁ、ま、簡単なものならね」
「だってよ、お嬢サマ」

 アクアがぼくを睨みつけてくる。え、ぼく、何かしたっけか。今睨むべきはアリスだと思うんだけど、違うのかな? 

「……アキ
「は、はい」

 顔が整っているから、睨まれると今だに少し怖いんだよな、アクア。
 返事をすると、思いがけない言葉が降ってきた。

「誕生日、七月三十一日よね?」
「う、うん。そうだけど……?」

 どうしてそんなことを聞くのだろう。「どうしたの?」と尋ねると、アクアは「な、なんでもない!」と両手を振った。アリスはクスクス笑っている。

 なんだか久しぶりに、肩の力が抜けた。



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