破綻論理。

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空の記憶

第40話 刻First posted : 2015.12.16
Last update : 2022.10.17

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「……ただいま、父さん、母さん」

 ぼくは墓石の前で微笑んだ。
 闇祓いの研修が本格的に始まるのは、九月に入ってからだという。
 引っ越しも終わり、少し時間の余裕が出来たので、ぼくは日本に来ていた。墓参りのためだ。

 座り込むと両手を合わせ、目を閉じる。

 父さん、母さん。ぼくね、闇祓いになったんだよ。なんとか、合格したんだよ。
 もう、ちっちゃくて無力なぼくじゃない。もう、学生じゃない。成人した、立派な大人なんだよ。

 父さんと母さんは、今のぼくを見たら何と言うのかな。頑張れと、応援してると、言ってくれるのかな。

 父さん、母さん。

 ──絶対に、仇を討つから。

 もう少しだけ、待っていて。





「……帰ってきてたの」

 階段に足を掛けたシリウス・ブラックは、背後から掛けられた声に振り返った。
 一つ下の弟、レギュラス・ブラックが、眉を寄せてこちらを見ている。

「そんな嫌そうな顔すんな。すぐ出て行ってやるよ、ここには荷物やら何やら置きに来ただけだ」

 シリウスは肩を竦めた。

「親父とお袋には、俺のこと言うなよ」
「言わないよ。母さんなんて、兄さんのことはもう息子だとも思っていないと叫んでいたし」
「おー、それが平和だ。俺はただのシリウスさ、ブラック家なんて知らない、興味もない。オリオン・ブラックとヴァルプルガ・ブラックの間には、レギュラス・ブラックって出来のいい両親思いの息子が一人。ひとりっきりさ。家系図も、この調子じゃ俺のところは既に抹消されてんだろ。異端な闖入者はとっとと消えますよ、安心しろって」

 そんなシリウスの言葉に、レギュラスは形の良い眉を顰めた。
 何も言わず睨むレギュラスに、シリウスは小さく息をつく。

「……お前と会うのも、多分最後だろうからさ」

 ぽつりと呟いた。レギュラスは僅かに目を瞠る。

 シリウスは目を逸らした。

「親父とお袋のこと、よろしくな。……あんなんでも、一応は育ててくれたワケだし。そのことについて、感謝はしてる。とりあえずは。……後」

 こういうのは、苦手なのだ。
 シリウスは髪をぐしゃぐしゃと掻いた。

「……身体に気をつけろよ、お前も。季節の変わり目とか、すっぐ風邪引くんだから」

 言い逃げるように、階段を駆け上がる。

「……っ、兄さんなんかに言われずとも、分かってるよ!」

 階段下から、レギュラスの大声がする。
 それに、シリウスはくつくつと笑った。

「──バイバイ、レギュラス」

 俺の、たった一人の、弟。





 闇の帝王の居城にて、集められたセブルスら若年の死喰い人は、何をこれから言われどんな罰を受けるのかについて戦々恐々としていた。『幣原を無力化して連れてこい』という指令に、誰一人として成功することが出来なかったからだ。
 しかし彼らの前に姿を現した闇の帝王は、怒り狂ってもいなければ殺意を周囲に撒き散らしもしておらず、どころか普段よりも纏う雰囲気は柔らかかった。

「まぁ無理だろうなとは思っていた……それでいい。それでこそ、幣原直の血を継ぐ者。幣原直の命を代償にしたのだ、そこそこの者だと詰まらない……」

 喉の奥で、闇の帝王はくつくつと笑った。笑みは普通、周囲を暖かくさせるものだが、この空間において、笑みはむしろ空気をひんやりとさせるものだった。
 闇の帝王の笑い声を聞いて、何人かがギクリと身を強張らせる。

「さて、エイブリー。俺様に何かいい知らせを持ってきているようだな」

 急に名前を呼ばれ、一人の青年の瞳に動揺が走った。
 しかしそれも一瞬のこと、すぐさま動揺を瞳の奥に押し込めると、青年は一歩足を踏み出す。

 彼は、巾着袋のようなものを右手に持っていた。
 その袋の口を開き逆さにすると、中から一匹のネズミが姿を現した。

 闇の帝王が指を鳴らすと、ネズミは一刹那後に人型に戻される。
 彼は涙を瞳に浮かべ、恐怖にガタガタとその身を震わせた。

「彼の名はピーター・ペティグリュー。グリフィンドール生で認可されていない『動物もどき』で、ポッターとブラックの腰巾着で、幣原の友人──いや、違うかな? 普通友人は、敵に売り飛ばさないから」

 クスクスと、忍びやかに嘲笑が漏れる。
 笑うことなく目を伏せたのは、セブルスただ一人だった。

「ポッターやブラックらと共に『不死鳥の騎士団』に入団した奴です。スパイにでも何でも、いかように」

 エイブリーは乱暴にピーターの背中を蹴り飛ばす。
 あっけなく床に這いつくばったピーターは、顔を上げ闇の帝王を見ると、真っ青な顔のまま「やめ……殺さないで……助けて……」と涙を零した。

「ペティグリューよ」

 闇の帝王の声は、存外に優しかった。

「死ぬのが怖いか?」

 その言葉に、ピーターは強く頷いた。

「俺様も怖い。だから貴様の臆病さはよく分かる」

 闇の帝王は静かに言った。
 死喰い人も、ピーターも、驚いたように目を瞠った。

「当然だ、死は恐ろしい。大義のために命を投げ打つ? そんなこと出来るはずもない。そんなことが出来るのは聖人か超人だ。命が消える瞬間はあっけない。人間は脆い生き物だ。どれだけ大切に守っても尚、あっけなく踏みにじられる。──ピーター・ペティグリューよ」

 ピーターは闇の帝王の言葉に聞き入っている。涙と鼻水で汚れた顔のまま、呆然と。

 闇の帝王は、人の弱さを知っている。弱さを見抜き、付け込むことに長けている。

「『不死鳥の騎士団』の戦死率は非常に高い。だが今我らの仲間になれば、少なくとも貴様はどんな戦場に連れ出されたとしても、死なずに済む」

 甘い言葉を、望む言葉を、闇の帝王はくれてやる。

「さぁ、どうする……?」

 闇の帝王は、ピーターに手を差し伸べた。
 震える手で、ピーターはその手を取ってしまった。

 誰に聞かせるでもなく、闇の帝王は楽しげに呟いた。

「彼奴が闇祓いになった。さぁて、こちらの手札も増やさねばなるまい。幣原よ、貴様はその手を血に染める覚悟があるか……?」

 

  ◇  ◆  ◇

 

 年度末の宴会が開かれている最中、ぼくは自室のベッドに大の字になって、天井を見つめていた。
 レイブンクローのベッドは天蓋付きで、深い青のビロードに、星の形をした銀糸が彩られている。他の三寮だって何かしらの特色があるだろうが、宇宙に包まれているような心持ちで眠れるのは、レイブンクロー寮だけだろう。

「宴会に行かないの?」

 涼やかな声が聞こえた。顔だけをそちらに向ける。

 緑の裏地が縫いこまれたローブに、同じく緑色のネクタイ。
 トム・リドルが、ぼくに笑い掛けていた。

「……腹刺したせいか、食欲があんまりない」
「なるほど」

 ギシリ、とベッドが音を立てる。リドルがベッドの端に腰掛けたのだ。

「久しぶりに本体を見ると、なんだか萎えるもんだねぇ」
「本体……あぁ、ヴォルデモートのことか」
「そう。僕には一切合切気がつかなかったようだけど」

 リドルはナイトスタンド横に置いてあった本を手に取ると、パラパラとめくった。もっとも、読む気はなく、ただ手遊びの一環のようだったが。

「ねぇアキ、読みたい本があるんだ」
「あー……何? ここにあるものなら、いくらでも持っていっちゃって大丈夫だよ」
「いいや、ここにない本」

 リドルはぼくを振り返ると、底知れぬ笑みを浮かべた。
 ぼくは目を瞬かせる。

「日本魔術の書物だよ」

 ──運命の刻は、巡り来る。





 ホグワーツ特急に乗ってマグル界へと帰る日は、いつもいつも晴天だ。
 まぁ、もう夏だしな。眩い陽射しに目を細め、思う。

「帰りたくない……ずっとホグワーツ特急に乗っていたい」
「気持ちは分かるけどね、ハリー」

 そう言いながら、日刊預言者新聞をめくった。
 ここ一年の目逸らしは一体なんだったのか、新聞は今や、死喰い人への対策や吸魂鬼の撃退法、非常時の備え、 ヴォルデモートを見たなどという信憑性の低い投書で記事が埋まっていた。見事な手のひら返しに笑ってしまう。

「まだ本格的じゃないけど、でも遠からずね……」

 ハーマイオニーがため息をつきながら、新聞を畳んだ。ハーマイオニーの隣で、アクアも難しい顔をしている。
 ……どうだっていいけど、ぼくとハーマイオニーが一緒にいる時、アクアは必ずと言っていいほどぼくじゃなくハーマイオニーの隣に行きたがる。……いや、別にいいけどさ。いいけどさぁ。

 ロンとアリスは、今日もまたチェス対決をしている。よく飽きないもんだ。

「ちなみに、今の勝率は?」
「百五十勝百七十八敗」

 チェス盤から目を逸らさず、アリスは呟いた。ほっほう、微妙にロンの方が上手いのか。今現在のチェス盤の戦況も、ロンの方が優勢のようだ。
 ぼくとハリーは、しばらく二人のチェスを眺めていた。

 風に当たりたくなって、外に出た。デッキは相変わらず、風がビュンビュン吹いている。
 手すりに体重を掛けて、ほっと息をついた。

「……アキ

 そっとぼくの名前を呼ぶ声。高く小さなその声は、しかしぼくが聞き逃すはずがない。

「……アクア」

 風の強さに、アクアは少し顔をしかめた。両手で、長い銀髪を抑えている。
 笑って指を鳴らすと、彼女の髪を乱すけしからん風は姿を潜めた。

「……ありがとう」
「どういたしまして」

 はにかむように、アクアは微笑んだ。その笑顔に、胸が温かくなる。

「あー……」

 好きだなぁ、と、素直にそう思った。
 照れ臭くって、あんまり言えないけど。

「……ご両親のこと、ごめん」

 口から零れたのは、全然違う言葉だった。
 ぼくの言葉に、アクアは目を瞬かせる。

「……あなたが謝ることじゃないと思うけど」
「そうかもしれないけど……いや、それでも」

 口ごもる。アクアは小さくため息をついた。

「私の両親のことに対して、あなたが出来ることは何一つとしてないわ。気に病む必要も一切ない。……それは、私の領域よ。あなたが立ち入る必要はないわ」

 アクアの口調は、存外はっきりしていた。
 いや……この子は元々そうだ。一度こうと決めたことに対しては曲げない頑固さを持っている。
 この子のそういうところが、ぼくは好きなんだ。

「……もし何かあったら、アリスの家に駆け込むんだよ。あいつのところは『中立不可侵』だから、おいそれと危害は加えられないはずだ。きっと安全だから」

 ぼくの言葉に、アクアは目を瞠ると楽しそうに笑った。

「……何?」
「いえ……まさかあなたが、そんなことを言うなんてね。彼女に、他の男の家に転がり込め、なんて」
「……あっ」

 何も考えていなかった。そうか、一応は、そういうことになるのか。

「……気に障った?」
「あなたらしいなって思っただけよ」

 アクアの声は穏やかだった。

「残念ながら、フィスナーと私は幼馴染なのよ? フィスナーがどんな人か、私はそれなりに知っているつもりよ。それに、ユークもいるしね。あの子はフィスナーを好いているから」
「……それもそうか」

 ガタン、と列車が揺れた。徐々に速度を落としていく。もうすぐキングズ・クロス駅に到着するのか。

「戻ろうか、アクア」

 そう言って、アクアに手を差し伸べる。
 アクアは嬉しそうに笑って、ぼくの手を握った。

「……うん」





 キングズ・クロス駅には、予想もしていなかった集団が待ち構えていた。さしずめ、ハリー歓迎団と言ったところか。
 マッドアイにトンクス、リーマス、アーサーおじさんにモリーおばさん、それにフレッドとジョージの双子だ。
 バーノンおじさんとペチュニアおばさん、それにダドリーは、ハリー歓迎団を見て物凄い表情をしていた。言うならば、そう──ハグリッドが、海の上の小屋に現れたときのような、あんな表情。
 マッドアイとアーサーおじさんがダーズリー家三人に近付いていくのに、ぼくとハリーは顔を見合わせ、クスクスと笑った。

 今年の夏は、どうやら去年よりも随分と過ごしやすくなるに違いない。








































 地下牢への階段を、アクアは降りて行った。
 幼い頃、両親に口答えしては何度も何度も放り込まれた地下牢だが、成長してからは随分と久しい。冷たい空気に、懐かしみを感じた。

 早く、行ってあげなくては。魔法省での一件から、そろそろ一週間が過ぎようとしている。
 地下牢に囚われている彼、セドリック・ディゴリーに食料を届けるのは屋敷しもべの役割だったが、この家の主人である父が捕まってしまったから、果たしてその役割が今も継続されているかは怪しいものだ。

 いつもこの家に帰ってくると出迎えてくれていた屋敷しもべ、彼の姿をまだ見ていない。どうしたのだろうか、と、ユークは屋敷の中を探し回っているところだった。

 ゾクリ、とアクアは身震いをした。階段を降りる足が竦む。
 何だか、嫌な予感がした。

 ──アキに、頼まれたのだから。

 セドリックのことを。
 思い返して、気力を奮い立たせる。

 ──嫌な予感ごとき、何だって言うのだ。

「……ディゴリー、いる? いるのならお願い、返事をして……」

 暗闇にそう声を掛けるも、聞こえるのは自分の靴音だけだ。

 やがて、階段が終わる。地下へとたどり着く。
 手に持った燭台を、アクアは掲げた。周囲が蝋燭のぼんやりとした灯りに照らされる。

「…………っ!」

 悲鳴を上げなかったのは、声が出なかったからだ。
 血に染まる死体を、これまでに数度目にしたことがあるというのも、要因の一つかもしれない。

 それでも、思わず腰が抜けた。

「……ディゴリー」

 それだけを喉から絞り出す。

 地下牢の奥、鉄格子。
 以前彼がいたそこに、あの快活な青年、セドリック・ディゴリーの姿はなく、ただ、おびただしい血痕のみが、広がっていた。





 ──────fin.



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