ロンドンは、三日に二日は重苦しい雲で陰っていたが、しかし今日ばかりは天気も空気を読んでくれたようだ。イギリスの秋は曇りばかりだけれど、今日は久しぶりの青空だった。
カラッとした陽気に、上着を脱ぐかどうか迷った。ひとまず、襟元のボタンを一つ外すだけに留めておく。
招待状を手に、ぼくはゴブレットの谷にある広場へと足を運んでいた。
今日は、ジェームズ・ポッターとリリー・エバンズの結婚披露宴の日だ。いや──もうエバンズじゃなく、リリーはポッター夫人、となったのか。
時間を確認すると、もう三時を回っている。とっくに披露宴は始まっていた。仕事を一つ片付けていこうと思っていたら、思った以上に長引いてしまった。
ふと、気が向いた。
わざとリボンタイを乱暴に緩める。ぼくらしくない行動に、気付いてくれるだろうか。
広場には、色とりどりのテントが立ち並んでいた。中からは華やかな音楽が漏れ聞こえている。
入り口の垂れ幕をくぐり、受付係に招待状を渡して中に入った。そこには数多くの参列者の姿があった。親族と思われる年配の方々に、ホグワーツ時代の学友、そして先生方。見知った顔もちらほら見える。
音楽は今、弾むようなダンスミュージックを流していて、綺麗な衣装を身に纏った参列者が手に手を取り合い踊っていた。
邪魔にならないよう端を通り、壇上にいるジェームズとリリーの元へと向かった。挨拶に訪れる人も途切れていたようで、ぼくはすぐに二人と会うことが出来た。
「秋!」
リリーが輝く微笑みで立ち上がった。
真っ白のウェディングドレス姿の彼女は、ぼくが想像していたよりもずっとずっと、綺麗だった。もしかすると、ジェームズの隣にいるからかもしれない。
「遅いわよ! 来てくれないんじゃないかって不安で仕方なかったわ!」
「ごめんごめん……やぁジェームズ、昨日ぶり」
「二日酔いで死んでんじゃないかと思ってたよ」
ジェームズはニヤリと笑って言った。そんなことあるもんかい、と、ぼくも笑う。
「あら、秋、リボンタイがズレてるわよ。あなたにしては珍しいわね……」
と、そこでリリーがぼくのリボンタイに手を伸ばした。少し困ったように片眉を下げながら、一旦リボンを解く。
ぼくは少し顎を上げてされるがままになっていたが、ふと視線を感じて目を遣った。ジェームズだ。眉を寄せてぼくとリリーを見ていたが、ぼくの視線に気付いて片頬を吊り上げた。声に出さずに──『この野郎』とな。いいじゃないか、明日からはずっとリリーを独り占め出来るんだから、今くらいは。
「……よし。これでいいかな?」
「ありがとう、リリー」
リリーが、ぼくから一歩距離を取る。
普段通りの距離。友達の、距離。
リボンタイにそっと触れた。
「あぁ、秋、それとね。ハンカチ、いつ返せばいいかな?」
「いつでも構わないよ。そのうちまた、会う時にでも」
「リリー、秋から借りたのかい!?」
素っ頓狂な声を上げてぼくらの会話に割り込んできたのはジェームズだ。ええ、とリリーは平然と頷く。
イギリスに古くから伝わる言い伝え。花嫁は式の当日、四つのものを身につけると、生涯幸せに暮らせると言う。
『何か古いものを、何か新しいものを、何か借りたものを、何か青いものを』。
「だって、秋は私の一番の友達よ。友達からハンカチを借りて何が悪いの?」
「い、いや……だって、その、女友達から借りればいいじゃないか!」
「秋は私が一年生からの友達よ! あなたなんかとの付き合いよりももっと前からなのよ!」
リリーの剣幕に、ジェームズはタジタジとなっている。まぁまぁ、と二人の間に割って入った。
「それよりさ、ジェームズ」
ずずいっとジェームズに顔を近付ける。ジェームズは驚いたように、メガネの奥からぼくを見返していた。
「リリーを幸せにしなかったら、タダじゃおかないからね」
「……当然さ。こんな可愛い子を、お嫁さんにするんだからね。それ相応の覚悟ってもんがあるよ」
ジェームズが不敵な笑みを浮かべた。それを見て、ぼくは心から安心する。
ジェームズがこの笑顔を浮かべた時は、絶対、間違いなく、成功するんだ。
「結婚おめでとう、二人とも」
ぼくの言葉に、二人は毒気を抜かれたような顔をした。お互いに顔を見合わせ、クスクスと笑い合う。
「ありがとう、秋」
◇ ◆ ◇
ぼくらが安寧と過ごしている間にも、世間は暗黒時代に突入していた。
日刊預言者新聞は定期購読しているものの、リーマスが持ち帰ってくる情報の方が新鮮で、また情報規制に呑み込まれていないため、随分と実情を──騎士団側には不利な情報を──聞くことが出来た。
「吸魂鬼の襲撃事件がいくつか、それに、イゴール・カルカロフの死体が、北の方にある掘建小屋で見つかった。その上に闇の印が上がっていたよ──正直なところ、あいつが死喰い人から脱走して、一年も生き永らえたことの方が驚きだがね」
「カルカロフが……」
となると、裏切り者として処刑されたのだろう。新聞ではまだ出ていない情報だし、きっと記事になることはない。
「フローリアン・フォーテスキューのことを聞きましたか?」
「ダイアゴン横丁のアイスクリームの店?」
ハリーが愕然とした表情で問いかける。よくアイスクリームをくれた、いい人だった。
「そう。拉致されたようだよ、現場の様子では」
「どうして?」
「さあね。何か連中の気に入らないことをしたんだろう……昔と同じだよ。狙われる理由は大層なものじゃない……」
疲れ果てた声で、リーマスは呟いた。その横顔を盗み見る。
トンクスがぼくに言った、リーマスの抱える暗闇とは、一体何なのだろう。
「ダイアゴン横丁と言えば、オリバンダーもいなくなったようだ」
アーサーおじさんの発言に、目を瞠った者はぼくだけではない。
「杖作りの?」
「そうなんだ。店が空っぽでね。争った跡がない。自分で出て行ったのか誘拐されたのか、誰にも分からない」
「でも、杖は? 杖の欲しい人はどうなるの?」
「他のメーカーで間に合わせるだろう。しかし、オリバンダーは最高だった。もし敵がオリバンダーを手中にしたとなると、我々にとってはあまり好ましくない状況だ」
オリバンダーがもし、彼らに拉致されたのだとしたら。
隣のハリーは考えが及んでいないようだが、じきに分かるだろう──兄弟杖。四年生の時、優勝杯の移動キーにて連れ去られた先の墓場にて、杖同士が不可思議な繋がりを持ったのだと聞いた。恐らくはそれを避けるため、ヴォルデモートは新たな杖を求めたのかもしれない。
時代は確実に、二十年前と変わらぬ風景をもたらそうとしていた。
それから数日後、やっとぼくらはダイアゴン横丁に行くことを許された。
モリーおばさんはずっと渋っていたし、多くのセキュリティ付きではあるのだが。さすがは有名なハリー・ポッター、と言うべきか。茶化そうかと思ったが、ハリーの顔が思った以上に沈んでいたため、言葉を呑み込む。
『漏れ鍋』で、また追加の警備員がいると聞いてげんなりしていたが、その人物がハグリッドと知ると話は別だ。
ハグリッドを両手を広げて迎え入れ、ぼくらはダイアゴン横丁を歩いた。
随分とダイアゴン横丁は重苦しく沈んでいた。辺り構わず貼り付けられた、魔法省の注意喚起ポスターのせいだということは明白だった。また、去年に比べシャッターが閉まっている店も多い。フローリアン・フォーテスキューは言うに及ばず。
その代わり、怪しげな露店が数多く並んでいた。アーサーおじさんが「私が仕事中なら……」と、露店売りの一人を横目に見て呟く。
幣原の時代でも、見たことがある。目に見えぬ恐怖に対し、人はあまりにも無力だ。縋るものを欲し、精神の安定を保とうとするのはよく理解出来た。
モリーおばさんと二手に分かれ、マダム・マルキンの店へと向かった。しかし、言っても想定内しか身長が伸びていないため、中に用事はない。残念ながら。悲しいことにだ。
だから、ぼくはハグリッドと共に外で待っていることとなった。
ベンチに二人腰掛けると、それだけでぎゅうぎゅうになる。それでも収まりのいい場所を探すと、息をついて空を見上げた。
薄い雲が水色の空に淡くかかっている。雰囲気は淀んでも、空だけはいつも変わらない。
「おや、アリスじゃないか!」
ハグリッドの声に顔を向けると、ぼくの同室の友人で、親友……とは、なんとなく表現したくない、強いて言うなら悪友の、アリス・フィスナーが、たった一人で歩いていた。ぎくりと「しまった」という驚愕が顔に張り付いている。
たった一人で。お供も付けず、名門フィスナー家のご子息様が、たった一人で。
「……おいおい」
自由にも程がある。リィフは息子に首輪を付けて、屋敷に縛り付けておくのが一番なのかもしれない。
ハグリッドも難なくその思考に辿り着いたのか、しかめっ面でアリスを手招きしている。愛想笑いを浮かべながら、アリスは「降参」とばかりに両手を上げ、近付いてきた。
「お前さん、一人で来た……は流石にねぇわな。お供は?」
「撒いてきた」
一切悪びれることなく、平然とアリスは言い放つ。ハグリッドはやれやれと額を押さえた。
「リィフの苦労が偲ばれるわい」
「親父が俺を野放しにする方が悪いと、そうは思わないか? ところでアキ、暇そうだな。ハグリッド、こいつ借りてくぞ」
「お、わぁ!?」
言うが早いか、アリスはぼくの手首を引っ張って駆け出した。足が縺れそうになりつつも、慌てて踏み出す。
背後からハグリッドの制止の声が聞こえたが、アリスが聞く耳を持っているはずもない。細かい路地をいくつも抜け、ぐねぐねと入り組む角を曲がり、ハグリッドがもうどう頑張っても追いつけないであろうところまで走ってから、ようやくアリスは足を止めた。
「ここまで来りゃ、大丈夫だろ。……はぁ」
そう言ってアリスは汗が滲む髪を掻き上げると、シャツの首元をパタパタと扇がせた。
そしてふとぼくを見下ろすと「……大丈夫か?」とやっとおざなりな心配の言葉を掛けてくる。
「だ……大丈夫と……思うのかよ……」
全身の毛穴から汗が吹き出ているんじゃないかと思うくらい、暑い。呼吸もままならない。身体は酸素を欲しているけれど、呼吸器が大きく息を吸うことを許してくれないから、浅く短い呼吸を繰り返している。それに準備もなく全力ダッシュを求められたから、膝から下、いや、腰から下が、本当にもう、ヤバい。しんどい。
その場に座り込むと、目に入りそうになっていた汗を拭った。あー……もう立ち上がりたくない。
「体力無さすぎ」
「うるっせ……君と一緒に……はぁ」
言葉を紡ぐのも面倒臭くて、途中ではあるが切り上げた。しばらくは黙って体力回復に専念する。
「……で? 一体何の用でぼくを連れてきたのさ誘拐犯」
「誘拐犯って、あーのーな……まぁいいや。調べたいことがあったんだよ、ちょいとな」
「調べたいこと? そりゃあ傑作だ、お供の人を振り切ってぼくを強奪してきたことに値するものなんでしょうねぇ。いやいやそんな、大親友であるアリスを疑うような真似なんてしませんよ。きっとそこには崇高で何よりも気高い目的が存在するんだろうね、あぁ楽しみだなぁ一体どんなことなんだろう」
「お前、疲れてると普段よりも口数増すよな」
そろそろ立ち上がれ、と手を差し伸べられた。適当に手を伸ばすと、手首を掴まれ身体が持ち上がる。
「お嬢サマから連絡あっただろ。あの関連と……後は、最近闇市場が動いてるから、一応探っとこうと思って」
話しながらも、足は進む。ピンと勘付いた。アリスの目的地は、ノクターン横丁か。
アリスはちらりとぼくを見ると、パーカーのフードをズボッと頭に被せた。自らも明るい金髪を隠すように、カバンから長く真っ黒なローブを取り出すと、頭の先からすっぽりと巻きつける。
「行くぞ。妙なこと言うなよ」
「待って」
アリスの袖を引くと、杖を取り出し振った。とりあえず髪色と目の色だけでも変えてやる。光に輝く金髪を黒に、目の色を青に。それだけで随分と印象が変わった。
アリスは前髪を一房摘むと、光に透かし「上手いもんだなぁ」と呟く。微笑んでもう一度杖を振ると、今までぼくがいた場所には、長い黒髪で女の子みたいな顔立ちをした小さな男、ではなく、短い茶髪に緑の瞳をした好青年が立っていた。
アリスはじと目でぼくを見る。
「下駄履き過ぎじゃね」
「うるさい」
アリスを見下ろす気分、というのを味わってみたかったのだ。
ちなみに、味わった感想はと言うと──最高、もう一回やりたい。癖になる。
ノクターン横丁は、ダイアゴン横丁とは全然違う。アングラ感満載、法にギリギリ抵触してるかしていないか……なものばかりが溢れている。
通りは人気がまったくなく、店にも客がいるようには見えない。
「お前に、未成年魔法使いは云々言っても意味ねぇんだろうな」
「そうだね、ないよ。だってぼく、未成年じゃないもの」
とっくの昔に成人は迎えて、今じゃどこから見てもいいおじさんだ。悲しくなるからその辺りは直視しないようにしているけど。この人格自体は後天的なものだから、精神年齢はまだ未成年……だと思いたいものだ。
アリスは迷う様子もなく、すいすいと路地を抜け曲がりくねった道を行く。とても初めて訪れたとは思えない。実際、初めてではないのだろう。重ね重ね、リィフの苦労が偲ばれる。
「何処に向かっているの?」
「知り合いがいるんだ。その人と会って、ひとまず情報が欲しい──」
そこでふと、アリスが言葉を切った。
アリスの視線の先を辿ると、見間違えるはずもない──ドラコだ、ドラコ・マルフォイの姿。緊張しているのか、随分と強張った表情で周囲を見回し、そそくさと路地を曲がって消えて行く。
「あンの馬鹿」
盛大に舌打ちをした後、アリスは駆け出した。今回はまぁ予測はしていたから、そうそう焦らずぼくも後を追う。
やがて、ドラコがちょうど『ボージン・アンド・バークス』──闇の魔術こってりな商品をたんまり取り扱っているお店だ──に入っていく辺りで、ドラコを発見することが出来た。
「一体何の用が?」
「何だって思い浮かぶ……馬鹿が」
アリスは眉を寄せ、憎々しげに扉を睨みつけた。燻んだガラス越しに、こちらに背を向けたドラコの姿は見えるものの、話し声は当然ながら一切聞こえない。
ため息を吐いたその時だ。
「アキ!」
心臓が口から飛び出るかと思った、それほど驚いた。慌てて悲鳴を呑み込む。
さっきまで誰もいなかった通りから突如現れたのは、我が兄、ハリー・ポッターだった。ハリーだけではない、『透明マント』からロンとハーマイオニーも出てくる。
「アキだって!? ハリー、君気が変になったのかい? そんなにいなくなったアキが心配? いい加減弟離れしなよ」
「馬鹿言うなよロン。ぼくがアキを間違えるはずがないでしょ。ね、アキ?」
……一体どうして、どうやってこの兄はぼくを見分けているのだろう。
そう言えば、ハリーは「君と幣原秋、どっちが今出てきているのかなんて、一目見ただけで分かるに決まっているじゃない」と豪語していたっけ。あれはてっきり出まかせだと思っていたが、ひょっとすると本当のことだったのかもしれない。ぼくが未だに見間違えるフレッドとジョージも、ハリーに掛かれば百発百中だしなぁ、観察眼がいいのかも。
「……信っじられない。どうやって分かったのさ」
「んー、十六年間一緒に育って来た勘? 十六年じゃないかもしれないけどね。んで、そこにいるのはアリス、と。案外雰囲気変わるもんだね」
「アリス!?」
驚いたように声を上げたのはロンだ。諦めたようにアリスは軽く微笑むと「よ」と片手を上げる。
「ねぇアリス、こないだの全英チェス選手権見た!? その準決勝の試合について話したいんだけど……」
「ロン、それは後でな。それより、中の様子を聞きたいんだろ?」
ニヤリと笑って、ハリーは手元の『伸び耳』を軽く振った。
あぁ、とぼくも口元を緩める。
『伸び耳』が伸ばせる限界まで遠ざかって、ぼくらは紐の端に耳を傾けた。五人頭を寄せ合って、はさすがに辛いから、『響かせ呪文』で『伸び耳』から拾った音を大きくし、この辺り一体に『人払い呪文』と『防音呪文』その他、一通り呪文を掛けた。
『……直し方を知っているのか?』
『かもしれません。拝見いたしませんと何とも。店の方にお持ちいただけませんか?』
『出来ない……動かすわけにはいかない。どうやるのかを教えて欲しいだけだ』
僅かな沈黙。ドラコの虚勢に満ちた声を、店主が吟味しているのだろう。
『さぁ、拝見しませんと、なにしろ大変難しい仕事でして、もしかしたら不可能かと。何もお約束は出来ない次第で』
『そうかな? もしかしたらこれで、もう少し自信が持てるようになるだろう』
ドラコのそんな声は、今まで初めて耳にした。明らかな優位を確信しているものの、何かを恐れているような、そんな二面性を持った声音。
足音と、何かが擦れるような音を『伸び耳』は拾った。
『誰かに話してみろ。痛い目に遭うぞ。フェンリール・グレイバックを知っているな? 僕の家族と親しい。時々ここに寄って、お前がこの問題に十分に取り組んでいるかどうかを確かめるぞ』
『そんな必要は……』
『それは僕が決める。さぁ、もう行かなければ。それで、こっちを安全に保管するのを忘れるな。あれは、僕が必要になる』
『今お持ちになってはいかがです?』
『そんなことはしないに決まっているだろう、馬鹿め。そんなものを持って通りを歩いたら、どういう目で見られると思うんだ? とにかく売るな』
『勿論ですとも……若様』
『誰にも言うなよ、ボージン。母上も含めてだ。分かったか?』
『勿論です。勿論です』
ドアの鈴が音を立てる。ドラコが店を出たのだ。
と、ハリーがぼくの表情を見「顔色悪いよ、大丈夫?」と声を掛けてきた。
「……フェンリール・グレイバックって今、ドラコ言ったよね。あれは、リーマスの……リーマス・ルーピンを、幼い頃に噛んだ奴だ、狼人間だ」
ハリーの顔色も一瞬で変わる。
ドラコを追おうとアリスが立ち上がり掛けたが、それを誰あろう、ハーマイオニーが止めた。少し毒気を抜かれた表情で、アリスは目を瞬かせハーマイオニーを見る。
「ここにいて」
ハーマイオニーは立ち上がると、止める間もなく店の中へと入って行った。
あまりの早業にぼくら男性陣は目が点だ。
「すっげぇ度胸だな……」
「さすが、ハーマイオニー」
回収しかけていた『伸び耳』をもう一度伸ばして、ぼくらは再び耳を澄ませた。
ハーマイオニーの明るい声が響く。
『こんにちは。嫌な天気ですね?』
「おい、大丈夫か?」
アリスが心配そうに呟いた。早速暗雲が立ち込めて来たが、はてさてどうなることか。
『あのネックレス、売り物ですか?』
『千五百ガリオン持っていればね』
『ああ──ううん。それほどは持っていないわ。それで……この綺麗な、えぇっと、髑髏は?』
『十六ガリオン』
『それじゃ、売り物なのね? 別に……誰かのために取り置きとかでは?』
「ハーマイオニーって、どうしようもなく演技の才能がないんだね」
ロンがしみじみと囁いた。
ハーマイオニーの問いかけに店主は答えない。これは下手を打ったとハーマイオニーも感じたのだろう、今度は直球で行った。
『実は、あの──今ここにいた男の子、ドラコ・マルフォイだけど、あの、友達で、誕生日のプレゼントをあげたいの。でも、もう何かを予約してるなら、当然、同じ物はあげたくないので、それで……』
アリスがため息と共に口を開く。
「それに嘘も下手だ。頭と嘘は相関がないってことがよっく分かった。アキとか見てると、頭いい奴は嘘も上手いのかと勘違いしそうになるからな」
「ちょっとアリス、誤解生むようなこと言わないでくれませんかね」
全く酷い奴だ。友達甲斐がない。
『失せろ!』
鋭い怒声が響くのと同時に、ハーマイオニーが飛び出して来た。ぼくらはため息をついて迎え入れる。
ロンがハーマイオニーに透明マントを着せながら、肩を竦めた。
「ま、やってみる価値はあったけど、君、ちょっとバレバレで──」
「あーら、なら、次のときはあなたにやってみせていただきたいわ。秘術名人様!」
アリスは目を細めると、店の前まで歩いて行った。店は既に『閉店』の札が掛かっており、分厚いカーテンが窓を覆っている。
「……なぁ、アキ」
「うん」
アリスが考えていることが何なのか、手に取るように分かっていた。
ドラコが店主に見せていたその『何か』。一体それは何なのだろう。
「アキ、アリス、行くよ!」
ハリーがぼくらに声を掛ける。アリスはゆるりと首を振り掛けたが、ロンがそれを遮った。
「ねぇ、準決勝のロウがCの4にナイト打ったとこあったじゃん。でもあそこは絶対にクィーンを動かすべきだったとそう思わないか?」
アリスの興味が一瞬でチェスに行ったのが、手に取るように分かった。
開きかけた口を、ゆっくりと閉じる。
「……戻ろう、ダイアゴン横丁へ」
杖を一振りして、踵を返した。
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