破綻論理。

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空の記憶

第15話 映すは深い絶望とFirst posted : 2016.02.01
Last update : 2022.10.19

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幣原、という名前を知っているか」

 バーティミウス・クラウチ・ジュニアは、厳格な父からそんな言葉が出てきたことに、少し驚いた。驚きを胸の内に押し込める。

 多忙な父が、久しぶりに自分と母と共に夕食の席を囲んだ日。普段は全くと言っていいほど必要なこと以外は口にしない父が、今日は珍しくも色々と喋った。研究施設で働いている自分に対し「最近どうだ」と近況まで聞いてきたのだ。ワインと、久方ぶりに家族団欒を過ごせることに、舌も緩んだのだろうか。

 何にせよ、父から情報が得られるのは喜ばしいことだ。
 内心舌舐めずりをしながらも、父の舌の油を失せさせぬよう、一つ一つ言葉を選び選び返す。父は魔法法執行部の部長だ、闇祓いにも魔法警察にも重要な権限を握っている。
 ペラリと『良いこと』を話してはくれないだろうか。

「知っているよ、父さん。レイブンクローの生徒だろ。前、魔法魔術大会で優勝していた」
「もう学生ではない。闇祓いとして働く者だ」
「あ、もう卒業してたんだ。月日が経つのは早いな」

 まぁ、知っていたけれど。心の中で呟く。
 彼が卒業したことも、闇祓いになったことも、父より数段多くのことを、自分は知っている。

「彼が杖を振る様を一目見て、思った。あぁ、本物の天才とは、幣原のような者を呼ぶのだと。あれは──化け物だな。恐ろしい存在だ。闇祓いにも化け物のような者は数多くいるが、幣原はその中で英雄になれる──この戦争の英雄になれるだろう」

 珍しくも多弁な父、それを後押しするように、空になったグラスにワインを注いでやる。その際に隠し持っていた自白剤の錠剤を、一つだけ投入した。

「おぉ、悪いな」
「父さんと話すの、久しぶりだから。僕、父さんともっと話したいよ」

 殊勝で健気な息子。成績優秀で品行方正な息子の皮を被り、微笑んだ。予想通り、父の機嫌は更に良くなったようだ。

『戦争』だと、父は呼んだ。

『戦争』の敵同士が、こうして一つのテーブルを囲み、見た目だけでも和やかな時間を過ごしている。

 吹き出しそうになった。

「僕の記憶だと、幣原は僕よりも三つ歳下だよね? となると、まだ訓練生か」
「いや、違う。先日、一班に引き上げた。この戦争に勝つためには、彼は必要な手駒だ。少々若年だが、そんなものは関係ないだろう。ムーディも同意してくれた。少々不安げだったが。彼の魔力は兵器だ──どうして幣原が人間なのだろうと不思議に思う。どうせ心が押し潰されるのなら、どうせ狂うのなら、せめて為すことを為してから潰れるがいいさ」
「…………」

 どう立ち振る舞えば、自分はこの父からもっとより良い情報を引き出せるだろう。
 既に自分は、父をただの情報源としか見做していなかった。もっと、もっと有用な情報を。
 幣原が闇祓いとして働くこと以上に、もっと使える情報を。

「闇祓いは、そんなに狂う人が多い職業なの? 父さん、大丈夫?」

 少し悩んで、そんな言葉をチョイスした。父は小さく鼻を鳴らす。

「私は文官だから、前線には出て行かないが──前線で働く者には一定数出ると聞く。仲間が目の前で死んでいく、殺さなければ自分も殺される、そういう極限状態を迫られるからか。いくら相手が極悪人であろうと、自らの手で殺すのには抵抗があろう。心が優しい者なら尚更だ。幣原にその覚悟があるのかと、ムーディはそんなことを気にしていた──甘いことだ、優しいことだ。覚悟がないのなら、力づくでも覚悟を植え付ければいい。何のために私が、闇祓いに『許されざる呪文』の行使を認めさせたと思っている。この戦争に勝つためだ!」

 語気も荒く、父はテーブルを殴りつけた。食器が一瞬飛び跳ねる。
 洗い場にいた母が、一体何事かと様子を見に来た。手を振って、何でもないことを示す。

「そもそもムーディ、あいつは甘い、甘すぎる! これは戦争だぞ、勝つために手段を選んではいられないと言うのに! 一体今まで闇祓いが何人死んだ、何人奴らにやられた! 戦力となる人材を前線に投入して、一体何が悪い!」
「そうだね、父さんの言う通りだ。闇祓い側は不利なんだ、その状況を逆転させるためには、ある手札は全て有効に使わないと」
「そうだ、その通り。さすがは私の息子だ。誰もがお前のように考えればいいのに」

 流石にそれは無理な考えだと思う。父の言葉に口元が緩んだ。

「闇祓いの権力を上げることに否定的な上の奴らもだが──ムーディ、歴戦の戦士であるあいつが! 結局はシビアに徹しきれぬ奴だ、よりにもよって幣原を、彼を一番知るエリス・レインウォーターの下に付けるとは! これでは想定の半分以下の戦力しか見込めない、誰も彼も甘すぎる!」
「──エリス」

 知った名前だった。
 というのも、同期であり、同じ監督生仲間だったから。

 これだ、と直感した。

「────っ!!」

 背筋が震える。歓喜にだ。

 管を巻いていた父が、やがてテーブルに突っ伏してしまった。穏やかな寝息を立て始める。
 母は、こちらに来る気配はまだない。

 今のうちに、杖を取り出した。父の鼻先に杖を突きつける。

「──オブリビエイト」

 柔らかな声で、父の記憶を葬った。
 それに対する罪悪感は、ない。





 夏の夜道。
 帰宅途中に感じた気配に、エリス・レインウォーターは勢いよく振り返った。

「……っとぉ、びっくりした」
「な……なんだ、バーティか」

 学生時代の見知った友人、バーティミウス・クラウチ・ジュニアの姿に、肩の力を抜いた。エリスの肩に手を伸ばし掛けていたクラウチも、気まずい表情で手を引っ込める。

「さっすが闇祓いサマ、気配に敏感なことで」
「茶化すなよ……久しぶり。どうした、今帰り? 君は確か、どこかの研究施設で働いてるって聞いていたけど。頭、良かったもんな」
「闇祓いのエリートさんに言われても、全く褒められている気がしないのはどうしてだろうな」
「褒めてるってば……褒め言葉くらい素直に受け取れよ、相変わらず捻くれてるなぁ」
「相変わらず、って何だよ」
「相変わらずは相変わらずさ」

 クラウチと歩調を合わせた。 数年間の空白を埋め合わせるように、会話を交わす。

「最近どう? ……なんて言っても、こんな時代じゃあね」
「そうだね。闇祓いは今こそ忙しそうだけれど」
「こんな職業は、暇で税金泥棒なんて言われている方がいいはずなんだけどね。生憎と、いくら金を積まれても、命に代わるものはないよ」
「うちの父親から、たまに話は聞いているよ。と言っても硬い人だから、本当に些細なことしか話さないんだけどさ。うちの父親、色々無理を通しているだろ? 理に勝って非に落ちる、なんてことになっていないといいと思ってさ」
「クラウチさん、ね。彼のせいで下の私たちは辛いんだ──なんて言えればいいのだけれど。生憎と、結果が出てしまっているからね。クラウチさんのやり方に物申したい奴らは大勢いるが、この世界は実力主義だ。クラウチさん以上の辣腕はいない故、この体制は変わらないだろうね」
「──幣原か」

 二人分の足音が、路地に反響する。

「知っていた? ま、そりゃそうか」
「研究者は世情に疎いものとは言え、あれだけ紙面を騒がせちゃね。魔法界は偶像崇拝が好きだし、士気を上げるためなら一人を祭り上げることくらい平然とするだろうな。同期の女子社員が、カッコイイと騒いでいたよ。そういうガス抜き目当てもあるのかな」
「……流石だな。そこまで見抜いているとは」
「頭の体操の一環だよ。空想に頭を浸すようなものさ。真実の側面でも掠めていたのなら、重畳だ」
「……いくらその身に有する力が膨大とは言え、彼はただの優しい子だよ。それなのに」
「エリス」

 クラウチの微笑に、ハッとしたようにエリスは口を噤んだ。

「君たちは戦争をしているんだろう? そんな甘い考えで勝てるとでも思っているのか? 使えるものは使う、今回それがたまたま人間だっただけのことだ。幣原が使える駒なら、使うべきだ。使用期限があるのなら、それまでに使い尽くすべきだ、そうだろう?」

 酷く美しい笑顔だった。

「賢明でありなよ、レイブンクロー生。君たちは弱く、敵は強大だ。僕の父は随分と形振り構わない決断を下した訳だが、それが未来で英断となるか愚策と判断されるかは、君たちが幣原をどう使うかに掛かっている。──『俺たち』側の戦力をどれだけ削ぐことが出来るか、見ものだね。いい見世物を期待しているよ?」

 そこに、お前はいないけど。

「……え?」

 なんとも間抜けな声だった。その表情が青ざめた色に変わるのを、暗闇に取り込まれていたことにようやっと気付き、呼吸を乱し辺りを見回す様を、クラウチは面白おかしく観察していた。

「なん……っ、……ここは」
「レイブンクロー生は考え事をしているとき、自分の世界に入り込みすぎて周りが見えなくなる。それは明らかに短所だ。卒業しても変わっていないね? ……さぁ、思考力豊かなレイブンクロー生さん、ここで俺から問題です」

 目を細め、微笑んだ。

「お前はこれから一体何をされ、何をするのか。一欠片だけ意識を残してあげるから、答え合わせをして好きなだけ絶望するがいい」

 この物語の結末は、きっと俺が気に入る喜劇となるだろう。
 お前も気に入れば、楽なのにな。

 

  ◇  ◆  ◇

 

 六年生からは、ふくろう試験での結果を元に、自分の希望する科目を履修することができる。これでもう十二科目履修なんて頭の悪いことから解放された。
 呪文学、闇の魔術に対する防衛術、変身術、薬草学、天文学、それに古代ルーン文字学。希望する科目の許可はあっさり降りた。古代ルーン文字は迷ったが、幣原直が遺した本の解読の手掛かりがあるかもしれないと思い、最後の最後で付け加えたのだ。
 しかし初日の一限で、論文二つの翻訳とエッセイを四十センチ、それに分厚い課題図書が数冊といった随分と重たい宿題を喰らい、ぼくは大きくため息をついた。ついていない。

 ハーマイオニーと話しながら、二限の『闇の魔術に対する防衛術』へと歩みを進めていると、廊下の先に見知った人影が見えた。
 長く綺麗な銀髪の、小柄な少女。ハッと息を呑んだぼくに、ハーマイオニーは悪戯っぽく笑うと「アクア!」と声を張り上げた。
 その声に、アクアは驚いた表情で振り返ると、ぼくらを視認してふんわりと微笑んだ。……あー、可愛い。

 六年生になり、一科目に対する履修生が少なくなったことで、寮に限らず学年合同の授業が増えたことは、個人的にとても嬉しい知らせだった。スリザリンとはこれまで『薬草学』でしか一緒にはなれなかったのだ。

「久しぶり、アクア。いい休暇だった?」

 微笑むと、アクアはこくりと頷いた。
 銀色の大きな瞳が、何かを伝えるように僅かに歪む。ん? と首を傾げると、今度はふいっとそっぽを向かれてしまった。……ううむ。

「アクアはどの教科を取ったの?」

 おお、ハーマイオニー、ナイスアシスト。それすっごい興味ある。
 アクアは右手を胸の前に翳すと、宙に目を彷徨わせながら「……えっと、闇の魔術に対する防衛術、呪文学、薬草学、変身術に、魔法薬学……かな?」と指を折って数えていた。

「それなら、全部の授業が私と一緒ね! 嬉しいわ!」

 ハーマイオニーのテンションに、アクアも嬉しそうな微笑みを返した。
 ハーマイオニーとアクアは、ぼくを放置して連れ立って歩いていく。

「……え、いや……」

 今、アクアが挙げた五科目は。
 闇祓いの試験で必須とされる五つだ。まさか──? 

 ……考えすぎだ。どれも重要な科目だし、たまたまかもしれない。
 きっとそうだ。考えすぎだ。

 それでも、疑念を払拭出来ないのは。
 アクアが、闇祓いであった幣原のことを、伝聞でも何でもいいが、その存在を知っていたこと。

 ──幣原に憧れちゃ、いけない。

 誰にとっても、望まない結末になってしまうのに。



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