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空の記憶

第19話 操り人形は幸福な未来の夢を見るか?First posted : 2016.02.07
Last update : 2022.10.19

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「八月十日。クインズベルの張り込み任務」

「十月三十日。ウィズロウの探索任務」

「十一月十八日。オーティス家の保護任務」

 虚ろな声。
 ピーター・ペティグリューの声の、残滓。

「一月二十三日。スタッフォード家の保護任務」

 闇の帝王は、決して多くを吐かせようとはしなかった。ピーターが恐れないほどの、ほんの小さな事柄しか聞き出すことはしなかった。

「三月四日。バードリーの防衛任務」

 少しずつ、少しずつ。
 彼から罪悪感を奪っていく。

「五月七日。レイサム家の保護任務」

 このくらいなら大丈夫だと、ピーターが侮るほどに。

「八月十五日。ハンプトン家の保護任務」

 大丈夫、大丈夫。
 このくらいならまだ、大丈夫。

「だって僕はまだ、誰からも咎められていないんだもの」

 ──操り人形は、一体いつ自らが人形であったことを知るのだろう。

 それは、きっと。
 操り師が、糸を投げ捨てた瞬間に違いない。

 

  ◇  ◆  ◇

 

「『半純血のプリンス』? 知らないなぁ」
「そっか、アキでも知らないかぁ」

 魔法薬学で見事フェリックス・フェリシスを獲得したのは、ハーマイオニーではなくなんとハリーだったらしい。目を瞠って褒めるぼくにハリーはひとしきり照れてから、体調不良と言い教室を抜け出たぼくを気遣った後(全力で誤魔化した)、ふと真面目な表情で、幸運の液体を獲得した経緯を教えてくれた。
 大量の書き込みがある教科書──『半純血のプリンス』蔵書。

 魔法薬学の教室にずっと置いてあったものなら、スネイプ教授が何か知っているのかもしれない。そんなことを頭の片隅でちらりと考えたところで、聞こえたアラームの音に飛び上がった。
 腕時計のアラームを解除しながら時間を確認する。やばい、もう行かなくては。

「また『依頼』? どのくらい終わったの?」
「レイブンクローの六年生の女の子が五人、グリフィンドール生が君を入れて四人、スリザリン生が一人。これからハッフルパフ生の頼まれごとを引き受けに行くんだ」
「君も大変だねぇ」

 ハリーがしみじみと呟いた。
 手を振って別れ、指定された場所へ向かって走り出す。南棟の二階、白鯨の肖像画が掛かっている待ち合わせ場所へと急ぐと、そこにはまだ誰もいなかった。なぁんだ、と肩透かしを食らった気分になる。

 カバンから、今朝ふくろう便で届いた手紙を引っ張り出した。
 ハッフルパフの四年生、名前はスティーブ・スチュアート。初対面で依頼を受けたのは、実を言えば彼が初めてだった。全校生徒千二百五十九人。今まで依頼をこなした分と、ぼくを除けば、あと千二百四十八人。気が遠くなるような数だ。

 手紙には、ただ単に『是非とも叶えて欲しい願いがある』という旨と、来て欲しい時刻と場所が明記されているだけで、実際に彼が抱いている『願い』が何なのかは一切書かれていなかった。

 今まで十人分の『願い』を聞いてきた。苦手な科目のレポートをやってくれ、だったり、どうしてもクィディッチの朝練が起きられないから起こしてくれ、だったり、パーティの手伝いをしてくれ、だったり。変化球としては「髪を編ませてくれ(これは同級生のレイブンクローの女の子三人分の願いだった、好きなように髪を弄らせた後は、確かに三人の名前が名簿から消えていたから、複数人が同一のことを願い、それを叶えたならばそれでいい仕組みになっているみたいだ)」とか。

 ……いや、しかし。遅いぞ。ぼくだって数分の遅れにぐだぐだ言うつもりはないが(遅刻しかけたことだし)、それでも他寮の先輩を待たせているという状況は少し文字面が悪いのではないだろうか。

 暇だなぁと伸びをしつつ、名簿が載っている羊皮紙を広げかけ、ふと階段を上ってきている女の子に目が止まる。
 いや、回りくどい表現をするまでもない、目が止まったのは、その女の子がぼくの最愛の子、アクアマリン・ベルフェゴールだったからに他ならない。

 声を掛けるのに躊躇したのは、彼女が友人と一緒だったからだ。アクアと同寮同室の少女、ダフネ・グリーングラス。友人との楽しいひと時をぼくが邪魔するのは忍びない。
 ……いや、本音を言おうじゃないか。もしここでアクアを呼び止めても、アクアはぼくに立ち止まりもせずに手を振って微笑を寄越し、談笑を継続するのではないか、すげぇナチュラルにぼくの存在スルーされるのではないだろうか。
 そんな、ちょっと悲しい妄想が、ぼくの声を竦ませた。それだったら『気が付かなかった』で素通りされた方がマシだ。

 しかし幸か不幸か、アクアはぼくに気付くと──わぁあ眩しい、ぼくに対する笑顔が最高に可愛すぎる──ダフネ・グリーングラスと話をつけ、こっちに駆け寄ってきた。
 うっわぁ、可愛い。天使か。
 しかしだ、ダフネがすっごい目つきでこっちを睨んでいる……そのうち彼女の願いを叶えに行くことを考えると、気が重い。なんつーか、彼女の願いが「アクアと別れろ」な気がして。

「……どうしたの、こんなところで。一人?」
「いや、人を待っているんだ。相手がなかなか来なくって」
「ふぅん?」

 頭上に疑問符を浮かべたまま、アクアはコテンと首を傾げた。
 どんな仕草も可愛いんだから凄いよなぁ。どうしてこんな美少女がぼくの彼女になってくれているんだろう。

「……あの、君には言っておかなくちゃって思って」

 そう前置きして、ぼくはダンブルドアからの依頼についてを彼女に語った。彼女は言葉少なに話を聞いていたが、ぼくが語り終わると「……どうしてダンブルドアは、あなたにそんなことを言ったのかしら」と呟いた。
 さぁてね、とぼくも肩を竦める。

 考えたさ。考えたけれど、さっぱり目的は見えて来ない。むしろ冗談めかして言った「日常にスパイスを投入してやろうと」が本心なのだろうか。
 あの人は好きな子を自覚なく虐めるタイプだろうな、間違いなく。

「そう言えば、ちゃんと話す機会もなかったね。夏休みはどうだった?」
「えぇ……フィスナーの家から、十分過ぎるほどいいもてなしを受けてしまったわ、申し訳ないほどに。ユークも、とっても楽しそうだった。ただ……セドリック・ディゴリーに関しては、フィスナーの情報網を借りても、全然分からなかったのだけど」
「……それは」

 それはきっと、セドリックが日本に、日本魔法界を訪れていたからだ。服従の呪文か、洗脳か、はたまた違う魔術かは分からないけれど。

 セドリックのことについて、何と彼女に伝えれば良いのか。
 言葉を見つける最中、彷徨わせた目がふと人影を捉えた。数メートル離れた場所で、甲冑に隠れるように身を屈め、こちらを伺っている。
 ぼくと目が合うと、わっと慌てたように姿を隠した。ふと見えたローブの裏地の色は、黄色。

「……待ってて」
「え?」

 アクアを残し歩み寄ると、人影は明らかにビビったようだ。と思うと、パッと脱兎のように逃走しようとする。

「ひゃうっ!!」

 逃げる彼の背中に、杖を一振りする。縛り上げると、そいつはやけに可愛らしい声で地面に転がった。

「もしかして、君がスティーブ・スチュアート?」

 右手に持っていた手紙を翳しながら尋ねると、気の毒なほどにビクリと肩が震えた。
 ……ちょっと待って、そういう小動物のような仕草をされると、なんか物凄く罪悪感が。もし別人だとしたら非常に気の毒な話なので、ローブかズボンのポケットに入っているであろう学生証を『呼び寄せ』る。
 手紙を薬指と小指に挟んだまま、彼のズボンのポケットから呼び寄せられた学生証を手に取ると片手で広げた。名前、所属寮、学年。彼が他人の学生証を集めることが趣味な少年でない限り、スティーブ・スチュアート本人だろう。

「あー……その」

 大きな目に涙をいっぱい溜めている少年、彼の苦痛の原因となっていると思うと、忍びない。このくらいで泣かないで欲しいし、それならこうして覗いていないでとっとと挨拶なりなんなりして欲しい。ぼくだって出来れば実力行使は避けたいんだから。

「……とりあえず、術を解除してあげたら?」

 アクアがため息交じりにそう言った。それもそうか、と思い、杖をついっと一振りする。自由になったはずの彼はしかし、その場から動かずにえぐえぐと涙を零し始めた。
 アクアは非難を込めた瞳でぼくを見る。

「謝りなさい、アキ

 ……えー、これ、ぼくが悪いの? 

「……あのー……ごめんね?」

 苦笑いしながら謝罪の言葉を紡いだ。ぼくの見た目は到底怖がられる類のものではないから、なんと言うか、油断していた。
 でもまぁ、考えてみれば……そうだよな。ぼくの魔力は怖がられるに値するものなのだ。

 幣原ほど、ではないにしたところで。

 と、アクアがスカートの裾を抑えながらしゃがみ込んだ。「大丈夫?」と軽く頭を揺らして尋ね、少年の頭を優しく撫でる。
 存外に面倒見のいい仕草に驚いていると、アクアは「……何か言いたげね」と目を眇めた。

「あ、いや……」

 随分と失礼なことを考えてしまった。そうだよな、考えてみればアクアにも弟がいたのだった。

「……怖がらせてしまって、ごめんなさい。でも、彼に用があるのよね?」

 ようやっと泣き止んだ少年は、アクアの声にコクリと頷いた。よかった、これでやっとマトモに話が出来る。

「……はい。あの、うちの寮の、ハッフルパフの談話室に貼ってあったチラシを見て。寮の先輩たち、は、またレイブンクロー生の訳分からない実験が始まったと、気にも止めてなかったんですけど、その、僕、ぜひとも叶えて欲しいお願いがあって」

 ……なるほど。だからハッフルパフ生の反応が芳しくないわけだ。レイブンクロー生、ハッフルパフ生にそんなに迷惑掛けてたかなぁ……
 一概にノーと言い切れない、悲しい現実がここにある。レイブンクロー生がちょいちょい『訳分からない』実験をし、それに往々にして他寮の生徒、特に、あまり頼み事を断らないハッフルパフ生を狙って被験者にすることは、ままあることだったから……。

「あの、でも、アキ・ポッターさんにこんなこと頼んでもいいのかなって、ふくろう便出した後も悩んでて、それで、姿を現せなくって……」

 瞳を揺らす少年に、優しく微笑んでみせる。

「何を心配してるのか知らないけど、大丈夫。どんな願いだって、叶うまでぼくが全力でサポートするから。あー、でもこう……『お金持ちになりたい』とか『石油王になりたい』とかそういう超長期的な目標はちょっと勘弁かな……」

 願いを叶える前に、ぼくが卒業してしまう。出来れば今すぐ、そうでなくても半年以内に実現可能な願いであって欲しいものだ。

「そう、いうんじゃないですけど」
「なら大丈夫! ぼくに話して聞かせてくれないか? 君の胸の中にある叶えたいことを。ぼくはそのために、君に会いに来たんだ」

 キザったらしいセリフを吐くと、アクアが呆れたように肩を竦めた。いいじゃないか、少しくらい格好付けたところで。演技とハッタリが大事な時もあるのだ。

「じゃ、じゃあ、あの……」

 少年はそう言うと、勇気を振り絞るように大きく息を吸い込み、ついでに何故か顔を赤らめた。そして、ぼくではなく、アクアに対してその『願い』を告げる。

「ずっと前から好きでした! その、お友達からでいいので仲良くしてください!!」
「……は、ああああ!?!?」

 思わず叫んだ。
 アクアは目を白黒させていたが、やがて頬を染めて「……えっ?」と口元に手を当てる。
 やめてそのまんざらでもないみたいな顔。君、氷雪系美少女だったでしょ、ちゃんとキャラ守ってくれ。

「ダメダメ絶対ダメだから!! アクアはぼくの、アキ・ポッターの彼女なの!! 君に渡してたまるものか!!」

 声を限りに叫ぶ。と、少年は再びしゅんと俯いてしまった。

「……ダメ、ですか?」
「ダメに決まっているだろう!!!!」

 ……まぁ、そんなこんなで。
 一番目の願い事を叶えるわけにはいかなかったが、『引っ込み思案で不安症の性格を改善したい』という二番目の願いを叶えることで、なんとか手を打ってもらうことにした。そのためにかなりの日数を費やすことになったが、しかし背に腹は代えられない。

 ついでに言うと『二番目の願い事』でも、きちんと羊皮紙から名前が消えるということが分かったことは、収穫と言えよう。

 しかし、しかしだ。アクア本人の前で、ぼくが思わず口走ってしまった言葉が消えるわけもなく。
 あれほど楽しみだった合同授業がそれから一週間ほど物凄く気まずくなってしまったことに関しては……誰に文句を言えばいいんだろうな。



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