破綻論理。

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空の記憶

第21話 想いの果てFirst posted : 2016.02.10
Last update : 2022.10.19

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「……レインウォーター、貴様……誰だ」

 喉元に杖を突きつけられ、闇祓い局第一班班長アルベルト・リスターは低い声で唸った。自身に杖を突きつけている人物──二つ下の後輩、第一班副班長であるエリス・レインウォーターを、鋭く睨みつける。

 杖を握るエリスの手の甲には、抵抗され付けられた深い傷口が、切り裂かれた手袋の間から覗いていた。しかし、骨まで達するほどの深い傷だというのに、その傷口からはほんの僅かの血液しか零れていない。頬を一文字に薙いだ傷も、同様だった。

「レインウォーターを、どこにやった」
「やだなぁ、ここにいるじゃないですか」
「どういう──」
「アバダ・ケダブラ」

 緑の閃光が杖から迸る。ぐったりと崩折れた『元』先輩に対し、エリスはちゃらけた十字を画いた。手に持っていた死喰い人の杖を、自らの杖で粉々に破壊する。木屑と化したそれを、その辺りに放った。

「あなたが知る必要はない、リスター『先輩』──全ては」

 あの方のために。
 歪な弧を描いた口元を見た者は、いない。





 第一班副班長の席を、拝礼して受け取った。
 かと言って、やることは変わらない。ぼくはただ、敵方の戦力を出来る限り削ぐ、それだけだ。

 ダンブルドアは、ジェームズとリリーに『忠誠の術』という魔法を使うことを提案した。とても古く、強力な魔法。生きた人間の中に秘密を隠し『秘密の守人』とすることで、守人が漏らさぬ限り、その秘密が外部に漏れることはない、という類のものだ。

 最初、ダンブルドアが『秘密の守人』になろうかと自ら名乗り出たが、ジェームズはそれを拒否した。彼の中では『秘密の守人』にしたい人はもう決まっているようだった。

 シリウスかな、と頭の片隅に思い浮かべる。結婚式の仲人も務め、ハリーの後見人にもなった親友のシリウスを、ジェームズはきっと誰よりも信頼しているだろうから。
 ぼくとしても、シリウスがジェームズを裏切ることなんて想像すら出来なかった。ジェームズを裏切るくらいなら、シリウスは死ぬことを選ぶだろう。そんな絶対的な信頼を感じた。

 セブルス・スネイプは『死喰い人』であることの間違いに気付き、戻ってきたのだと、そうダンブルドアは告げた。

 でも、だから? 
 だから、何だと言うのだ? 

 だからと言って、ぼくが彼を許すことはない。彼がぼくを許すことがないのと、同じで。
 ぼくらの進む道は、あの瞬間断ち切れたのだ。

 ともあれ。

『不死鳥の騎士団』におけるジェームズとリリー、特にジェームズの尽力は非常に大きかった。彼らが家から自由に動けなくなった今、『騎士団』の残りのメンバーにかかる負担は大きくなる。

 新しくメンバーに加わる人数より、殉職して消える人数の方が圧倒的に多かった。

 昨日まですぐそこで笑っていた人が、明日には物言わぬ死体になっている。
 昨日友人だった者が、明日は『服従の呪文』を掛けられている。

 そんな時代を、ぼくらは過ごしていた。

 

  ◇  ◆  ◇

 

 ハリーとダンブルドアの個人授業は、トム・リドル──ヴォルデモートについて知るための、記憶の旅のようだった。

 ダンブルドアは、どうしてハリーにそんな記憶を見せるのだろう。彼が全く不必要なことをするとは思えない、きっと未来での、何かしらの布石なのか。
 でも、一体何のために? それは、今のぼくらにはいくら考えても分からない事柄だった。

 十月半ば、学期が始まって初のホグズミード行きがやって来た。まだホグズミードへの外出が許可されるとは。その分安全対策は普段の何倍も厳しくなるのだろう。
 ともあれ、ホッと息つける場があるというのは有難い。スマートにアクアをデートに誘い……なんて、出来たら良かったのだけれど。スマートとは程遠く、もう夏は過ぎ去ったはずなのに滂沱の汗をかくことになってしまった。いつかさらりと女の子をデートに誘えるような男になりたいものだ……何年掛かっても無理だろうなぁ。

 ま、それはそうとして。ホグズミードへ行く日は朝から荒れた天気ではあったが、ホグワーツ生の気分は浮ついていた。

「ねぇ、ぼくこの服でアクアの隣に並んで大丈夫? 変じゃない?」
「おー、似合ってる似合ってる」
「せめてこっち見てから言え馬鹿!」

 レイブンクロー寮の寝室で、姿見相手に百面相していたぼくは、こちらをちらりとも見ず生返事をしたアリスに向かって丸めたマフラーを投げつけた。魔力に後押しされたマフラーは、空気抵抗なんて言葉が存在しないかのような速度で飛んでいくも、狙いが僅かに逸れてベッド脇の戸棚に当たる。倒れた戸棚が中身を吐き出したのに、慌てて「ごめん!」と言いながら駆け寄った。

「……ったく、ノーコンが」
「ごめんごめん、そんなつもりはなかったんだよ!」

 同室の友人、ウィル・ダークとレーン・スミックは、ぼくらを「またやってるよ」と言った目でちらりと見るだけだ。ストックされていた羊皮紙にインク壺、替えの羽根ペンや手紙の束、以前使っていた教科書などが辺りに撒き散らかされる。あー、まずい、これは後からアリスにぶん殴られるやつだ、と内心覚悟を決めながらも、身を屈めて拾い集めた。

「……ん?」

 様々な雑貨に紛れて、未だ包装が剥がされていないラッピングボックスが落ちている。真っ黒の包装紙で包まれており、中は伺えない。包装紙を留めるシールには、赤い文字で『COLD STEEL』と記されていた。

 ぼくが手を伸ばすより、アリスがさっとそれを拾い上げる方が早かった。戸棚の上段に放り込むと、パタンと閉じてしまう。

「ダッフルコートはやめとけ、子供っぽく見える。ただでさえ童顔なのに救いようがねぇぞ」
「う、うるさいな……」
「チェスターか、うーん……ネイビーとかそういう色のロングコートかな。トレンチは……微妙だな。もう少ししゃんとした顔になればいいんだが」
「生憎と生まれてこの方この顔なんでね! 悪かったな!」

 とは言え、アリスのアドバイスは貴重だ。羽織っていたダッフルコートを脱ぐと、紺色のロングコートを取り出して袖を通す。
 ぼくの姿を横目で見たアリスは「ま、そんなもんか」と小さく呟いた。





 ホグズミードは、予想してはいたけれども骨身に沁みる寒さだった。鼻までマフラーを巻きつけていても尚寒い。

「来るべきじゃなかったな……」
「……そう?」

 少し寂しげに囁かれるアクアの声。ち、違うんだ、君にそんな顔をさせるつもりはなかった。そう慌てて言い訳すると「……分かってるよ」と微笑まれる。
 ……なんだか、いつまで経っても彼女の手のひらの上で転がされる気がする。それも悪くはないな、と思うのだけれど。

 とは言え、寒空の中ぼうっとしていたら本当に凍死してしまう。ぼくらはひとまず『三本の箒』を目指して歩き出した。あそこには、暖かな空調と、甘く湯気を立てる飲み物と、ホッと一息つける椅子、それに昔と相も変わらず美人なマダム・ロスメルタがいる。

「……マンダンガス?」

 予想もしていなかった人物に、目を丸くした。『三本の箒』前で座り込んで行商を行っていたマンダンガス・フレッチャーは、ぼくの顔を見てあからさまに肩を跳ねさせた。

「よう、……デートか? ヒヒッ、若いってのは羨ましいねぇ……」

 言いながら、広げていた品物をかき集める。
 その時、急にアクアが身を屈めた。品物を袋に詰めるマンダンガスの手を掴む。

「……待って。それ、どこから手に入れたの」

 凍てつく寒さより、アクアの口調の方が冷たかった。隣にいるぼくでさえそう感じたのだ、向けられた本人であるマンダンガスはぶるりと身震いをした。

「この家紋はブラック家のものよ。純血の由緒ある品だわ。あなた如き下賤な者が、気安く触れていいものではないわ」

 なんだって。慌てて検分すると、確かに見覚えがあるものだった。去年グリモールド・プレイスの大掃除の際、戸棚に飾ってあったものが軒並み置いてある。
 変色した銀の箱に、錆を心なしか落とした短剣、銀のゴブレット、かつては多くの宝石がついていただろうオルゴールは無残な姿で置かれているし、勲一等のマーリン勲章までもある。

「マンダンガス。詳しく話を聞かせてもらいたいんだけど、構わないよね?」

 くい、と親指で『三本の箒』を指し示し、微笑んだ。マンダンガスは更に青ざめる。

! じゃないか! こんなところで何しているの?」
「ハリー」

 今日のぼくは運がいいようだ。駆け寄ってきたハリーの姿を見て、マンダンガスの顔は青を通り越して白っぽい色になった。
 簡単に経緯を説明すると、ハリーの穏やかだった目つきが変わる。

「シリウスの屋敷からあれを盗んだんだな。何をしたんだ? シリウスが倒れた夜、あそこに戻って根こそぎ盗んだのか?」
「ハリー、ダメよ!」

 杖を取り出して詰問を始めたハリーを制止しようと、ハーマイオニーが声を上げる。
 瞬間、もうどうにもならないと悟ったのか、バーンと音がしてマンダンガスは『姿くらまし』してしまった。ハリーは大きく舌打ちをしながら地団駄を踏む。

「……あの盗っ人、今度会ったらタダじゃおかない」
「まぁ、盗品が詰まった袋をここに置いていったことだけでも感謝しましょう。私だってあなたの立場だったら怒るに決まっているもの、だってあの人が盗んでいるのは、あなたの物なんだし……」

 ハーマイオニーが宥める口調で言う。ハリーはその言葉にハッとしたようだった。

「……そうか、グリモールド・プレイスの所有者は僕だったね。そうだ、僕はシリウスが戻ってくるまで、あの屋敷をきちんとした状態に留めておく義務があるんだ。なのに、あの男……」

 怒りがふつふつと収まって止まらない様子のハリーに、アクアがブラック家の品物を手渡した。少し気が削がれたのか、二、三度瞬きをしてから「……ありがとう」とハリーはアクアに告げる。

 空間を切り裂くような甲高い悲鳴が、近くで上がった。悲鳴が上がった方向を振り返り、思わず目を瞠る。

 人が、空中に浮いていた。両手を伸ばし、今にも羽ばたかんとするかのようだ。両目を閉じ、表情は能面のように動かない。

「……ケイティ?」

 ハリーが呆然と呟いた。
 と同時に、ケイティが物凄い悲鳴を上げる。苦悶に苛まれるかのような、ぼくの記憶で一番近いものを上げるとするならば──『磔の呪い』を受けた者が上げる声と、よく似ていた。
 その想像に顔をしかめたが、しかし我には返った。杖を抜くと『全身金縛り呪文』を掛ける。ドサリと雪の中力なく倒れたケイティに、彼女の友人であろう女子生徒が慌てて駆け寄った。ぼくは魔法で担架を出すと、ケイティを浮かして乗せる。

「何が起こったの?」

 ハーマイオニーは女子生徒の肩を抱き、尋ねた。

「包みが破れた時だったわ」

 女子生徒が茶色の紙包みを指差した。裂け目の間から、緑色に光る物が見える。
 ロンが手を伸ばしかけたのを、ハリーが引き戻した。

「不用意に触っちゃダメだ。ロン、ハーマイオニー、ケイティを学校まで連れていって欲しい。そしてダンブルドアを呼んでくれないか? 僕らもすぐに向かうから」

 ロンとハーマイオニーはそれぞれ頷くと、ケイティに付き添って学校へと向かって行った。霙が吹きすさぶ中、ぼくとハリーは屈み込んで包みに目を凝らす。

「……
「あぁ……呪いが幾重にも掛かってるね」

 オパールのネックレスだ。ハリーはそれを険しい表情で見つめながら「随分前に、ボージン・アンド・バークスでこれと同じものを見たことがある」と呟いた。

「ケイティはどうやってこれを手に入れたの?」
「えぇ、そのことで口論になったの。ケイティは『三本の箒』のトイレから出てきたときそれを持っていて、ホグワーツの誰かを驚かす物だって、それを自分が届けなきゃならないって言ってたわ。そのときの顔がとても変で──きっと『服従の呪文』に掛かっていたんだわ。私、それに気がつかなかった……」

『凍結呪文』を唱えると、ピシリとネックレスが氷漬けにされた。杖を振り、ひとまず『消失』させる。このままだと二次被害を引き起こしかねない。

「ケイティは誰からもらったかを言っていなかった?」
「教えてくれなかったわ。それで、あなたは馬鹿なことをやっている、学校には持っていくなって言ったの。でも全然聞き入れなくて、そして……それで私が引ったくろうとして……それで──」

 しばらくぼくらは無言で学校までの道のりを歩いたが、校庭に入った瞬間ハリーが口を開いた。

「マルフォイがこのネックレスのことを知っている。四年前、ボージン・アンド・バークスのショーケースにあった物だ。僕がマルフォイや父親から隠れているとき、マルフォイはこれをしっかり見ていた。僕たちがあいつの跡をつけていった日に、あいつが買ったのはこれなんだ! これを覚えていて、買いに戻ったんだ!」
「……どういうこと?」

 ハリーの言葉に、アクアが食いついた。
 ハリーは手短に、夏休みにボージン・アンド・バークスでドラコが何をしていたかを説明する。ハリーの言葉を聞きながら、アクアの表情がどんどんと暗くなっていくのが見て取れた。見かねてぼくは口を挟む。

「でも、彼女はケイティが女子トイレであれを手に入れたって言っていたんだよね。なら、ドラコが渡すのは厳しいんじゃないかな……」

 あのドラコが、いくら何か目的があるのだとしたって、プライドが高い彼が女子トイレに入る姿は……さすがに想像がつかない。

「女子トイレから出てきたときにあれを持っていたって言っていた。トイレの中で手に入れたとは限らない──そうだよね?」

 ハリーは女子生徒に確認するように尋ねた。
 ハンカチを手にし、顔色も蒼白ではあったが、女子生徒は首肯する。

「……ドラコ」

 マフラーに顔を埋めながら、アクアは眉を寄せて囁いた。アクアにハリーは尋ねる。

「アクア。最近のマルフォイで、何か不審なこととかない? どんな些細なことでも構わないから」

 その言葉に、アクアは目を伏せた。

「……よく、分からないの。最近のドラコは、私と全く口を利いてくれないし……私が近付くと、すぐどこかへ行ってしまうの。だから……役に立てなくて、ごめんなさい」
「ドラコが、君を避けているの?」

 目を見開いた。ハリーも驚いたように口を噤んでいる。
 ドラコが、アクアを避ける理由とは。昔から、ドラコはずっとアクアのことを気に掛けていた。ぼくと想いの種類は違えど、アクアのことを大切に考えているのはドラコも同じ。──そう、思っていたのに。

「……とうとう、私に愛想尽かしちゃったのかな」

 アクアは、無理矢理にも笑顔を浮かべてみせた。その笑顔に、何と言葉を掛けていいのか。

「……アクア」

 しかしタイミング悪く、いいや、見方によっては『タイミング良く』マクゴナガル先生がこちらに駆けてきたため、アクアに声を掛ける機会を見失った。場面が切り替わったことで、アクアの一瞬の微笑みも見えなくなる。

「…………」

 重苦しい空は、いつもより暗く、果てが見えなかった。



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