破綻論理。

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空の記憶

第23話 都合のいいプロットFirst posted : 2016.02.26
Last update : 2022.10.19

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 名前を呼ばれて、俯いていた顔を上げた。膝を抱えたまま、同じく膝を抱えているリーマスに返事をする。

「何?」

 季節は冬に突き進んでいた。隙間風が至る所から吹き込んできている。
『不死鳥の騎士団』の任務で、ぼくとリーマスはとある家をじっと見張っていた。その家の主人、ないし夫婦が共に死喰い人かもしれない、という疑惑が上がったからだ。
 しかし、それもガセネタなのかもしれない。オレンジ色の明かりの中、穏やかに過ごしている二人からは、そんな闇の香りが一切感じられなかった。

 もっとも、ガセネタを掴まされるのは慣れっこではあった。なんとも嫌な慣れだ。
 最近じゃ、五件に四件の割合でガセネタだ。闇祓いほど確実性が高くない、信憑性が低い情報も調査するから、外れはそこそこ多いのだけれど――しかし最近は、本当に露骨だった。今や、身内にあちら側のスパイがいることは、ほぼ確実だった。

「……はさ。誰がスパイだと思う?」
「……随分と直球で来たね。もう少しオブラートに包むかと思ってた」
「そんな探るようなことは、君に対してしたくない……スパイは君じゃない、って、僕は思ってる。スパイなら『黒衣の天才』なんて華々しく呼ばれて、毎週の如く日刊預言者新聞を賑わせたりしないだろうから」

 リーマスは小さく咳き込んだ。細長い手足を、窮屈そうに折り曲げている。

「……分からないよ。分かりたくない、が本音かもしれない」

 味方の誰かが、黒かもしれない。長年友達だと思っていた人が、実は裏切っていたかもしれないなんて、考えたくもない。

「考えたくもない、で、思考停止させられればいいんだろうけどね……」

 リーマスはそこで、仄暗い微笑みを浮かべた。膝を抱え直す。

は、君は強いから。君ならたとえ、心から信じていた人に背後から奇襲を受けても、驚きはしつつも跳ね返せる。そもそも君に仕掛けようと考える人物の方が少ないから。それだけの絶対さを、絶対に敵わないと思わせる力を、君は持っている。油断が出来る。――僕は出来ない」
「…………」
「出来ないから、せめて――ネガティブに、考え過ぎな程考えていたい。最悪な事態を想定して、勝手に不安がって……そして、あぁ、現実はそんなのよりもマシだった、って、一人で勝手に安心したい。そのくらいなら、きっと僕にも許されるはずだから」

 その気持ちは、少しだけ分かった。
 ぼくが思考を止め、現実から目を逸らし問題を先送りするのと同じように――リーマスは物事を何でも悪いように悪いように考え、もし何かが起こっても『想定のうちだった』と心を守っていたい、と言うことなのだろう。

 どちらが正解なんかはない。どちらも、正解ではないのだろう。

「……リーマスは、誰を疑っているの?」

 ぼくの言葉に、リーマスは明らかに逡巡したが、やがてポツリと零した。

「……シリウスを、本当に『秘密の守人』にしていいのか、最近考えている」
「…………」

 予測していたような、していなかったようなリーマスの言葉だった。ぼくはそう動揺せずに、その言葉を受け止めた。

「理由を、聞いても?」
「……シリウスの家族が、家族だから。いくらシリウスでも――弟や従姉妹が死喰い人だなんて。シリウスの意志じゃないとしても、シリウスが『服従の呪文』に掛けられて情報を漏らしたとも考えられるじゃないか」

 苦々しい口調だった。友達相手にそんな疑いを掛けたくないと思っているのに、止められない口ぶりだった。

 きっと、一人寝付けない夜、そういうことを散々考えてしまうのだろう。思考がそちらに行って、もう止められないのだろう。
 何度も何度も、考えて考え尽くした末の――今の、リーマスの発言なのだ。

 ぼくは、否定も肯定もしない。出来ないし、そもそもリーマスが望んでいないから、必要ない。

 自然、ポケットを上から撫でた。
 ポケットの中には、薄い色の液体が入った透明の小瓶が入っている。『生ける屍の水薬』の希釈液だ。最近は、この薬が手放せなかった。寝なければいけないのに神経が高ぶって眠れなかったり、余計なことを考えたり、また眠れたと思っても、悪夢に魘されて一時間置きに飛び起きてしまうからだ。薬に頼るのはよくないと思っていても、気がつけば拠り所にしてしまう。今や立派な依存症だ、と、一人苦笑した。

 見張っていた家から、明かりが消えた。ここらが潮時か、と息を吐く。
 三日間の張り込みは、今日もまた空振りだった。

 

  ◇  ◆  ◇

 

 クリスマスは、思っていたより早く訪れた。毎日届く『依頼』に、一日一日が圧縮されているかのようだ。
 歳を取れば取るほど、一年の体感時間は短くなると聞く。なら、実際三十七年を生きているぼくにとっては、一年というのはハリーやアリスの感じる一年の半分ほどの長さなのかもしれない。なんとも悲しいことだ。

 ロンとハーマイオニーの冷戦に、ハリーは随分と参っているようだった。いつものことじゃないかと思ったが、話を聞く限り少し違うようだ。色恋沙汰は、ぼくには随分と難しい。

「道理で、最近アリスとロンがチェスを指してる姿を見ないなと思っていたよ……」

 そういうあたり、アリスの危機察知能力というか、そういう類のものは凄いなぁと思う。本当にぼくと同じ人間なのだろうか。ぼくにもその一割でも備わっていてくれれば、トラブルに巻き込まれる数は随分と減っただろうに。

「ともかく、スラグホーンのクリスマスパーティが終われば『隱れ穴』だ。荷造りをしておいてよね」
「……どうしてクリスマスパーティに行くことになったって知っているの」

 まだアリスにしか言っていなかったはずだけど。目を眇めたぼくに、ハリーは笑った。

「女の子の情報網を舐めちゃいけないよ、アキ。アクアとハーマイオニーが仲良いことくらい把握してるだろ?」
「なるほど盲点だった……」

 ぐぬぐぬ歯噛みする。『スラグ・クラブ』の誘いにあの手この手で逃げ回っていたのだが、まさかアクアを使ってくるとは思いもしていなかった。さすがはスリザリン出身者、と言ったところか。

 ちなみに、どうしてアリスが知っているかと言えば、名門フィスナー家の嫡子にスラグホーン先生が目をつけないはずもなく。
「こちらが割り切って付き合えば、あの人はかなり使える人間だ」とアリスは評していた。各方面に太いパイプを持ち、時勢と風向きを素早く読む人物。性格に少々癖はあれど、丸っきりの悪人じゃない。その通り。相変わらず、あいつの勘の良さには舌を巻く。よくお判りのことで。

「君はルーナを誘ったそうじゃない。いい人選だと思うよ……」
「やめてくれよ、そういうつもりじゃないからね」
「分かってるってば。大人気だものね、ハリー」

 ハリーが大袈裟に顔を顰めた。

「お陰様で、毎食『愛の妙薬』が混ざっていないか確かめる羽目になっちゃったよ」
「きっといい闇祓いの訓練になることだろう。口をつけるものはおろか、無色無臭の空気にまで注意を払わなきゃいけないんだから」

 なんの気なしに放ったぼくの言葉に、しかしハリーはビクリと大きな反応を返した。

「ど、どうしたの?」
「っ、あー……なんでもない」
「なんでもない反応じゃあなかったと思うけど」

 ハリーは『参ったな』と言いたげな表情で頭を掻いて、ぼくに向き直った。

「……あのさ。このまま隠し通せなさそうだから言うけど。ホグワーツを卒業したら『闇祓い』になろうかと考えているんだ」
「や……え?」

 驚いた――思いもしなかった、とまでは言わないけれども、いや、ハリーの生い立ちや予言、様々な因縁を鑑みて『闇祓い』という職は頷ける。けれども。

「……ほら、アキはそういう顔するって思っていた」

 少し悲しそうな眼差しでハリーは微笑むと、ぼくの頬に手を触れさせた。

「ぼくは……君に、もうこれ以上の不幸を背負い込ませたくはない」

 闇祓いの職が、どれだけ重たいものなのか。憧れだけでは、その壁を乗り越えられない。

「君は、もう一生分の不幸を経験したよ……これ以上、どうして苦しもうと言うの。もう……十分だよ」

 最初の一年で、仲間の半数が死んだ。残りの半分は、いつの間にか消えていた。それでも残った奴らは、どこかおかしかった。
 おかしくならなきゃ、耐えられない職場だった。そんな、職業だった。

 今が、あの闇の時代ほどではないにせよ。闇祓いの本質というのは、そういうものだ。

幣原のような人を、絶対に出さないために、だよ」

 それなのに、ハリーはにっこりと微笑んだ。
 見慣れた、いつもの笑顔だった。





 クリスマスパーティの会場であるスラグホーン先生の部屋は、随分広々として見えた。幣原の時代と、趣味はそう変わっていない。もっともあの歳じゃ、そうそう大きな変化は見られないだろう。
 天使のように可愛いアクアの手を引きながら奥へと進むと、ぼくらを目敏く発見したスラグホーン先生が近付いてきた。ゆったりとしたビロードの上着に房付き帽子、片手にワイングラスを持ったスラグホーン教授は、魔法使いというよりは上流階級の隠居老人といった雰囲気を醸し出している。

「これは、アキ君。来てくれて嬉しいよ。アクアマリン嬢と君が親しい仲だと聞いてね。アクアマリン嬢も、そのドレスは君によく似合っているよ」

 さらりとした言葉は、べったり貼りつく嫌な感覚を一切纏っていない。アクアはスカートの裾を軽く摘むと、優美に礼をした。

「君といつか話をしたいと思っていたんだ。今日は少し喧しいから、またいつか時間が空いた時で構わないから、私の部屋にでも来て欲しい。……オー、ハリー!」

 ハリーの姿を見つけたか、伸び上がってスラグホーン先生は手を振った。振り返ると、そこにはハリーとルーナの姿が。銀色のスパンコールがついたローブを着たルーナは、目立つが随分と可愛らしい。
 あまりじろじろ見るのも不躾なので、ぼくはすぐに目を離すとアクアに「飲み物でも貰いに行こうか」と促した。金色の垂れ幕の下で、給仕をしてくれている屋敷しもべ妖精から飲み物を受け取る。そこで「あら!」とアクアが珍しくも大きな声を上げた。

「ハーマイオニー!」

 ほう、とアクアの視線の方向を辿り――思わず口をあんぐりと開けた。

 ……え、なにそれ。嘘、どういうこと、ぼくなにも聞いてない。

 綺麗に着飾り微笑むハーマイオニーの隣にいたのは、誰あろう、ぼくの同室の悪友で六年の付き合いになろうとしている、アリス・フィスナーその人だった。





「なる、ほど……つまりはロンへの嫌がらせ……滅茶苦茶びっくりした、心臓止まるかと思った……」

 事情を聞き、ぼくは胸に手を当てつつ大きな安堵のため息を吐いた。
 ハーマイオニーは肩を竦め「そんなに驚くとは思っていなかったの、ごめんなさい」と申し訳なさそうに眉尻を下げる。

「でも、アリスからお話は聞いているかと思ったのよ。あなたたち、よく一緒にいるもの」
「一緒にいるからと言ってそういう話をする訳じゃないよぼくらは……」

 そもそも、アリスとぼくって普段何を喋ってるんだっけか。一時間後には記憶からなくなってしまうような、そんなどうしようもないどうでもいいことばかり話しているような気がする。でもまぁ、男の友達なんてそんなものだ。女の子みたいに恋愛の話なんぞ滅多にしない。

 深緑のローブを纏ったアリスは、しばらくハーマイオニーが語るに任せていたが、やがて大きなため息を吐くと「本当、やってらんねぇ……」と呟いた。

「でも、アリスが紳士で良かったわ。こんな企みを知って協力してくれるんだもの。ロンが一番嫌がる人選かと思って」
「嫌がるというより、アリス相手なんてロンが萎縮しちゃうと思うんだけどねぼくは……」

 顔だけはいいのだ、アリスは、顔だけは。
 ロンが嫌がる、どころか、なんか違う二次被害を起こしそうでなんだか先が恐ろしい。アリスとロンが最近チェス対戦しているところを見ないなぁとは思っていたが、裏ではそういう事情もあったのか。ぼくがロンの立場だったら、泣くぞ。

「だから、とっとと仲直りでもなんでもしろって言ってるんだ。痴話喧嘩に俺を巻き込むな」

 アリスの言葉に、アクアはムッとしたように眉を寄せた。ハーマイオニーの腕に軽く抱きつき、言う。

「……なによフィスナー、ハーマイオニーのどこが不満なのよ、こんなに可愛い子を引き連れて」
「俺は勝算のない勝負はしないんだよ」

 そう言って、アリスはふいっと顔を背けた。真意を汲み取ったか、ハーマイオニーの顔が赤くなる。

「か、勘違いしないでよ! その予想は的外れです!」
「学年主席の才女サマが聞いて呆れるな。どうでもいいが、俺から折角のチェス仲間を奪うなよ。あれだけの才能は貴重なんだから」

 なんともまぁ、捻くれ者のアリスらしい言葉だ。ぼくとアクアは苦笑したが、ハーマイオニーはまだプンスコ怒っている。ロンがいなけりゃこれはこれでいい組み合わせな気もするが、生憎とハーマイオニーの心にはロンが大きく居座っているようだった。

 ふと、周囲がざわめいた。騒ぎの香りに振り返る。

「スラグホーン先生!」

 ホグワーツ管理人、フィルチの声だ。なんだろう、と背伸びをしていると、アリスがひょいっとぼくの腹あたりに腕を回して抱き上げた。軽いぼくの身体は、簡単に宙に浮く。

「なんだその恨みがましい目は、俺としちゃあむしろ『ありがとうございますアリス様』と土下座して感謝の意を示してくれてもいいんだぜ」

 アリスが楽しそうにせせら笑う。もしかしてこの前ダイアゴン横丁でアリスを見下ろしたことを根に持っていたのだろうか。嫌味な奴。

 フィルチに引っ張られていたのは、ドラコだった。

「こいつが上の階の廊下をうろついているところを見つけました。先生のパーティに招かれたのに、出かけるのが遅れたと主張しています。こいつに招待状をお出しになりましたですか?」

 ドラコは青白い頬を紅潮させ、フィルチを振りほどいた。

「あぁ、僕は招かれていないとも! 勝手に押しかけようとしていたんだ。これで満足か?」
「何が満足なものか! お前は大変なことになるぞ、そうだとも。校長先生がおっしゃらなかったかな? 許可なく夜間にうろつくなと。え?」
「構わんよ、フィルチ、構わんさ。クリスマスだ、パーティに来たいというのは罪ではない。今回だけ罰することは忘れよう。ドラコ、ここにいてよろしい」

 ドラコは憮然とした表情を浮かべたが、瞬時にスラグホーン先生に笑顔で感謝の言葉を並べ立て始めた。
 しばらく見ないうちに、随分とやつれたようだ。目の下には黒々とした隈を作っている。

 ドラコが『死喰い人』かもしれない、という、ハリーの言葉を思い返していた。これは……。

 ストン、とアリスの手により地上に降ろされた。ぼくでさえ人垣に阻まれ見えなかったのだ、ぼくより背が低いアクアは尚更だろう。不安そうな表情で「……どうしたの?」と訪ねてきた。

「今、ドラコの名前が聞こえた気がしたんだけど……」

 しかし、アクアの疑問に答えるよりも早く、アリスがぼくの手を引っ張った。人の間を縫って大股の早足で進むものだから、ぼくとしちゃ無様に駆け足でついていくしかない。

「ちょっと、アリス! どうしたの、何のつもり……!」

 ぼくの言葉に碌な返事をせず、気付けば廊下に出ていた。パーティの喧騒が嘘だったかのように、こちらは静まり返っている。

「どうしたのさ、一体……」
「黙ってろ、お前ならいずれ分かる」

 一歩を踏み出した瞬間、誰もいないと思っていた廊下にいきなり人が一人現れた。思わず仰天するも、その人物は『透明マント』を羽織ったハリーだということに安堵する。

「ハリー?」
アキ、アリス、君らも気になったのか」

 アリスは言葉少なに首肯して、自らの唇にそっと人差し指を当てた。何のことやらさっぱり分からないが、ひとまず黙っていよう。アリスからも『いずれ分かる』と言われたことだし。

 長い廊下で、何かを探すように教室の鍵穴に耳を当てていたハリーとアリスだったが、やがて一番端の教室に屈みこんだハリーが手招きでぼくらを呼び寄せた。
 駆け寄り、ぼくを見た二人に察して『響かせ呪文』を範囲限定で掛ける。そして三人揃って屈みこんだ。

『……ミスは許されないぞ、ドラコ。なぜなら、君が退学になれば――』
『僕はあれには一切関係ない、分かったか?』

 スネイプ教授の声だ。それに、今までのドラコとは一線を画す刺々しい声音が重なった。

『君が我輩に本当のことを話しているのならいいのだが。なにしろあれは、お粗末で愚かしいものだった。既に君が関わっているという嫌疑がかかっている』
『誰が疑っているんだ? もう一度だけ言う、僕はやっていない。いいか? あのベルのやつ、誰も知らない敵がいるに違いない――そんな目で僕を見るな! お前が今何をしているのか、僕には分かっている。馬鹿じゃないんだ。だけどその手は効かない――僕はお前を阻止できるんだ!』

 一瞬の沈黙。口を開いたのは、スネイプ教授だった。

『あぁ……ベラトリクスが君に『閉心術』を教えているのか、なるほど。ドラコ、君は自分の主君に対して、どんな考えを隠そうとしているのかね?』
『僕はあの人に対して何も隠そうとしちゃいない。ただお前がしゃしゃり出てくるのが嫌なんだ!』

 主君――あの人。
 アリスが鋭い目を鍵穴へと向けた。

『なれば、そういう理由で今学期は我輩を避けてきたという訳か? 我輩が干渉するのを恐れてか? 分かっているだろうが、我輩の部屋に来るようにと何度言われても来なかった者は、ドラコ――』
『罰則にすればいいだろう! ダンブルドアに言いつければいい!』

 嘲りを含む、ともすれば自棄っぱちとも取れる声音だった。僅かな沈黙が再び流れる。

『……君にはよく分かっていることと思うが、我輩はそのどちらもするつもりはない』
『それなら自分の部屋に呼びつけるのは止めた方がいいな』
『よく聞け。……我輩は君を助けようとしているのだ。君を護ると、君の母親に誓った。我輩は『破れぬ誓い』を立てた――』
『それじゃ、それを破らないといけないみたいだな。僕はお前の保護なんかいらない! これは僕の仕事だ、あの人が僕に与えたんだ、僕がやる。計略があるし、上手くいくんだ。ただ、考えていたより時間が掛かっているだけだ!』
『どういう計略だ? ……ドラコ、あの方は時折無茶苦茶な命令を出されるのだ。絶対に成し得ないであろうことを。いくら周到に計略を練ったとしても、成し得ないことは存在する。我輩が君に手を貸そう。君がいくら不意を打ったとて、君が任務を果たすことは……』
『無理? 果たしてどうかな? お前が失敗したからと言って、僕が失敗するとそう思われるのは心外だ! お前の狙いは知っている、僕の栄光を横取りするつもりだろう。そうはさせない。僕はマルフォイ家の長男として、為すべきことをしなくてはならない!』

 随分と悲壮な、追い詰められた、されど凛とした、矜持の籠った声だった。

 ドアへと駆け寄る足音に、真っ先に反応したのはアリスだった。ぼくとハリーの服を引っ掴むと、横っ跳びに飛び退く。
 ドアの影に隠れた矢先、ハリーがすぐさま『透明マント』を広げてぼくらをすっぽりと包んだ。
 ドラコが飛び出し、そしてスネイプ教授が廊下の奥に消えたことを確認して、ほうっと息を吐く。

 どういうことだろう、と口にしようとして、思っていたより深刻な表情をしているハリーとアリスに言葉を飲み込んだ。
 ハリーは口元に手を当てながら、アリスは虚空を睨み左耳のピアスを弄りながら、それぞれ思索に没頭しているようだった。

 ぼくも目を伏せ、考える。
 たくさんの、様々なことを。



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