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空の記憶

第28話 愛おしき友情よ、永遠なれFirst posted : 2016.03.03
Last update : 2022.10.20

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 それは、唐突に訪れた。
 魔法省にある唯一の有線電話から来た通信。要領が掴めない表情ではあったものの「幣原を出して欲しいと言っているので……」と、闇祓い局を訪れた電話通信士はぼくを呼んだ。

 まだ、ジェームズとリリーがこの世から去って半日と経っていない頃合いだった。
 ヴォルデモートの脅威がひとまず消え去ったということ、そして『生き残った男の子』、新たな偶像、新たな英雄、ハリー・ポッターの存在は、風より何よりも早く、驚くべき速さでイギリス全土を席巻した。
 驚くべき速さであった。ポッター夫妻の死が深夜であり、その日の朝刊記事の差し替えにギリギリで間に合ったということも、理由の一つかもしれない。

 ともあれ。

 ヴォルデモートが消えたからと言って、闇祓いの仕事が一瞬にしてなくなる訳ではない。むしろこれまで以上に、ヴォルデモートの影に隠れていた『死喰い人』らが表に出るのではないか、主人を失って自棄っぱちになってマグルを手当たり次第殺して回るのではないかという不安が、ぼくらにはあった。
 それに──シリウス・ブラック。ジェームズとリリーを裏切った者の所在も、総力を挙げて探索していたところだったのだ。

 よく分からない情報に構っているような時間はない追い返せと、エリス先輩はうんざりした顔で今の話を持ってきた通信士を追い返そうとしていた。ぼくも完全同意の体で、闇祓いのトランシーバーからひっきりなしに入る報告を聞きながら指示を飛ばしていたのだが、なかなか電話の主もしぶといようで、この忙しい時にと辟易しながら電話の受話器を耳に当てた。

「お電話代わりました、幣原です。どちら様ですか?」
『──?』
「ん?」

 随分とくぐもった声だ。落ち着きがなく、周囲を伺っているような声音だった。
 しかし、微妙に何かが記憶に引っかかった。

「誰ですか?」
『──ぼ、僕だよ……ピーターだよ』

 受話器を取り落とすかと思った。実際のところ、受話器を握る指先は白くなるほど力が籠っていて、落とすこととは無縁だった。

「ピーター!?」

 エリス先輩がピクリと顔を上げ、ぼくを見る。慌てて口元を覆い、声を落とした。

「ど──どうしたの」
『……。シリウスだ。シリウスが……ジェームズとリリーを、裏切ったんだ。僕は──僕は』

 耳に、強く受話器を押し付ける。

「シリウス、だということは、分かっている。今全力で探して──」
『────通り』
「え?」
『僕は──責任を、取らなくてはならない』
「何、どういうこと? ピーター!」
『ねぇ、。最後の、僕からのお願い──というより、伝言、なんだけど』

 そこで、ピーターは僅かに笑ったようだった。

『《ハリーを、守って》──僕には、絶対に出来ないことだから』
「……っ、ピーターお前……っ」

 ぼくの言葉を遮るように、無情に通話が切れた。ガチャンという音の後、無機質な発信音が響いている。
 大きく舌打ちをして受話器を通信士に押し付け振り返ると、いつの間にかエリス先輩が立っていた。





 告げられた通りに「姿現し」したぼくらは、その場の想像以上の惨劇に、ただ、息を呑んだ。

 血まみれだった。大通り一面が、血で染まっていた。血だけではない、細かな肉片がそこらじゅうに散らばっていた。それが元は人間だったというのはにわかには信じられなかったが、チェックのシャツの切れ端や、吹き飛ばされたハンドバッグなどの証拠から、認めざるを得なかった。

 現れたぼくらにいち早く気付いた一人が、即座に駆け寄ってきて、状況を説明した。十三人のマグルと、一人の魔法使い、ピーター・ペティグリューを、たった一つの魔法で殺したのだと。

 魔法警察の機動隊が、魔法を通さない盾を持ち、ズラリと一人の人間を取り囲んでいる。全身が、血のシャワーを浴びたように血みどろだったが、それが全て返り血であろうことは容易に察しがついた。彼が好んで着ていた真っ黒なローブは、それを脱いだら最後、もう二度とは着られそうもない。

 その人間は、彼が殺したのであろう人々の残骸の中心に立つ、彼は、彼は、ぼくの友人だった、親友だった、シリウス・ブラックは。

 嗤っていた。
 天を仰いで、哄笑していた。

 険しい顔で、エリス先輩が彼の元へと行こうとする。先輩を、ぼくは引き止めた。

「……ぼくが行きます」

 そう言って、ぼくは前を向いた。杖を抜き、左手にしっかり持ったまま、足を進める。人間の血液に、ブーツの底が浸かった。飛沫が跳ねる。血飛沫が、跳ねる。

 機動隊が、ぼくの目の前でさっと二つに割れた。その真ん中を、ぼくは歩く。

 シリウスがぼくに気付き、笑うのを止めた。前髪を思い出したように掻き上げ、「よう」と笑いかける。ぼくは笑わずに、シリウスに杖を突き付けた。

「魔法省魔法法執行部闇祓い局第一班副班長、幣原が命じる。……杖を捨てろ」
「案外サマになってんじゃねぇか、。威圧感が増した」
「聞こえなかったのか? 杖を捨てろ。従わないなら、殺す」

 杖の先を、彼の左胸に向けた。「はいはい」と、シリウスは右手に持っていた杖を、足元に放り投げた。
 杖が血の海の中に落ちる前に、ぼくは左手の杖は構えたまま、右手の人差し指を軽く振った。呼び寄せ呪文で、シリウスの杖はぼくの手に収まる。念の為に武装解除を施すが、何も出て来はしなかった。

 シリウスの杖に、直前呪文をかける。死の呪文が現れたことを確認した後、シリウスの目の前で、杖を真っ二つに折った。

「シリウス・ブラック。君をアズカバンの看守に引き渡す。抵抗する素振りを見せたら、迷わず殺すからそのつもりでいてくれ」
「君に抵抗なんてしないさ……アズカバンでも何でも、好きにしてくれ」

 シリウスは笑って、両の手をぼくに差し出した。
 部下の一人に合図をし、彼の手首に、魔法防止の手錠を掛けさせる。

、変わったな……昔の君はさ、優しくて、純粋で、そんな目ぇするような奴じゃなかったのにな……」

 シリウスがそう呟いた。低い声で、ぼくも返す。

「……君にも同じ言葉を返すよ、シリウス」

 全くだ、と、シリウスは笑った。
 笑いながら、昏い瞳から、一筋の涙を零した。

「なぁ、一つだけ頼みがあるんだ」

 アズカバンまで「付き添い姿くらまし」される直前に、シリウスはそう言った。
 シリウスをぼくから離そうとする魔法警察の人たちを抑え、「何だい?」と尋ねる。

「ハリーを、守ってやってくれねぇか?」

 その言葉に、胃が奇妙に捩れる感覚を覚えた。
 動揺し過ぎて、閉心術が破れる。慌てて貼り直そうとしたが、シリウスには気付かれたようだ。目を見張り、そして小さく笑う。

「なるほど、な……俺が唯一習得出来なかった魔法だ……」
「ふざっ、けるな……っ!」

 閉心術を掛け直す余裕は、もうなかった。

 右手でシリウスの胸倉を掴み、引き寄せる。シリウスは抵抗らしい抵抗をしないまま、ただ、ぼくを見ていた。慌てた部下がぼくに声を掛けるも、全てを無視してシリウスを睨み付ける。

「ハリーを守れ!? よく言えたもんだっ! お前がっ、お前が……っ」

 それ以上は、言葉が出なかった。お前がヴォルデモートに全ての情報を売ったんだろう、お前がリリーとジェームズを、ピーターを殺したんだ、お前が、お前さえいなければ──

幣原、ブラックから手を離せ」

 後ろから、先輩の声が聞こえた。その声に、我に返る。
 シリウスから手を離すと、ぼくは顔を背けた。シリウスに背を向ける。

「……言われなくても、守ってやるさ」

 背後から、喉の奥を震わすくつくつと言う笑い声が聞こえた。
 瞬間バチッという「姿くらまし」の音が聞こえ、懐かしい気配も、何もかもが全て、掻き消えた。

 たった二日で。
 ぼくと悪戯仕掛人の青春時代を彩った、あのうつくしい友情は、粉々に消え去った。

 ぼくと、リーマス・ルーピンだけを残して。

 

  ◇  ◆  ◇

 

「ホークラックス?」
「そう。アキなら、聞いたことあるんじゃないかって」
「残念だけど、その期待には応えられそうにない……知らない単語だよ……多分」

 語尾が弱々しくなったのは、幣原のことを考えたからだ。幣原ならば、あるいは知っているのではないだろうか? 

「そこ、授業中は授業に集中だよ、ハリー、アキ!」

 途端、スラグホーン先生から厳しい檄が飛んだ。ぼくらは揃って身を縮める。

「……ということは、勿論『スカーピンの暴露呪文』により魔法毒薬の成分を正確に同定できたと仮定すると……」

 スラグホーン先生の声が朗々と響くも、この教室にいる一体何割がきちんと理解しているのだろう。ロンはぼけっとした顔で『上級魔法薬』の教科書に落書きをしていたし、ハリーは聞いてはいるものの、まさしくチンプンカンプンだと雄弁な表情をしていた。

「……で、あるからして。前に出てきて、私の机からそれぞれ薬瓶を一本ずつ取っていきなさい。授業が終わるまでに、その瓶に入っている解毒剤を調合すること。頑張りなさい、保護手袋を忘れないように!」

 ハーマイオニーは真っ先に立ち上がったが、他の皆はスラグホーン先生の解説が終わったことにそこでやっと気がついたようだ。慌ててガタガタと机を揺らしながら立ち上がっている。

「ねぇ、アリス」

 頬杖をつきぼうっとしていたアリスの肩を揺さぶると、アリスは勢いよくこちらを振り返った。その勢いに驚いて、思わず肩から手を離す。

「あ、悪い……」
「……どうしたの? 随分と上の空だ、案外真面目なファッション不良のアリスさんらしくない」
「誰がファッション不良だ、誰が!」

 歯を剥いてぼくを怒鳴りつけると、アリスは肩を怒らせながら薬瓶を取りに行った。
 その後ろ姿を見た後、先ほどまでアリスが視線を彷徨わせていた方向に目を向け、静かに目を細める。

 険しい表情で大鍋を睨みつけるドラコが、そこにいた。





 ぼくの兄貴が信じられない方法で授業の問いかけに完璧に答えてみせた後、ぼくは「スラグホーンに尋ねたいことがあるんだ」というハリーに付き合い、じっと教室に残っていた。

「ほらほら、君たち次の授業に遅れるよ」
「先生、お伺いしたいことがあるんです」

 スラグホーン先生は機嫌良さげに微笑んで、ハリーを促した。

「先生、ご存知でしょうか……ホークラックスのことですが」

 スラグホーン先生の顔色が変わった。落ち着きなくぼくとハリーの顔を交互に見つめると、かすれ声で呟く。

「ダンブルドアの差し金だな。ダンブルドアが君にあれを見せたのだろう──あの記憶を。そうなんだろう?」
「……はい」
「勿論そうだろう。……まぁ、あの記憶を見たのなら、ハリー、私が一切何も知らないことは分かっているだろう──一切何も、ホークラックスのことなど」

 ハリーから目を逸らし、今度はぼくに瞳の焦点を合わせ、スラグホーン先生は苦々しげに何かを口元で呟いた。
 そしてすぐさまぼくから目を切ると、震える手でドラゴン革のブリーフケースを掴み、つかつかと扉に向かって大股で歩き出す。

「先生!」

 慌てたように、ハリーがスラグホーン先生に追いすがった。

「僕はただ、あの記憶に少し足りないところがあるのではと──」
「そうかね? それなら君が間違っとるんだろう。間違っとる!」

 目の前で扉がバタンと閉まる。

 過去の恐怖に染まる瞳が、最後ぼくを透かして誰かを視ていたような、そんな気がした。



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