「ここに置いておくよー?」
そう肩を叩かれ、頭より先に身体が反応した。瞬時に杖を抜き相手に突き付け──度肝を抜かれたリーマスと目が合う。
「あ……ごめん」
バツが悪い思いを感じながら、杖を下ろした。
リーマスは面食らった表情を浮かべていたが「まぁ、職業病だよね」と微笑んだ。
「あぁ、でも、びっくりしたなぁ」
「ごめんってば……」
申し訳なくって身を縮める。
リーマスはクスクスと口元を押さえて笑いながら。机の上に、ぼくの手元を覗き込んだ。
「進捗はどう?」
「悪くはないよ。上々さ……この分野には先駆者がいたようでね。いくつか論文が残ってる、かなり参考になるものがね。だからひとまずは手詰まりにはならないよ」
へぇ、とリーマスは興味深げに目を瞠った。
「僕も、時間があるときに読んでみようかな」
「それがいいよ。何か思いついたら遠慮なく教えて欲しいな」
「折角なら、この論文の著者に会いに行ってみれば? 何か有益な情報、聞けるかも」
「そりゃあ無理だよ。この人名家の出身だったらしくてね、四年前に死喰い人に殺されてる……、あ」
リーマスの表情を見てやっと、自分の失言に気がついた。その辺りの感覚が、ぼくはもう麻痺してしまっているようだ。物騒な世界に、浸り過ぎた。
「気にしないで」
謝罪の言葉をぼくが紡ぐより、リーマスが押し留める方が早かった。
にっこりと微笑みを浮かべたリーマスに、先ほどの面影は微塵も見えない。この辺りは、流石リーマスだった。身震いするほど、嘘が上手い。
「……うん」
共に暮らして、一月が過ぎた。
互いの傷は癒せぬまま、胸に開いた空洞は埋まらぬまま、ぼくらはただぼんやりと共にいる。
先に逝くなと、見張り合っているかのように。
◇ ◆ ◇
ハリーとジニーが付き合い始めた、という知らせは、ここ数日の中でもとても大きなサプライズだった。
重苦しい中降って湧いた光に(その重苦しさが例え、グリフィンドールがレイブンクローをクィディッチでけちょんけちょんに負かした挙句の、チョウらクィディッチメンバーに寄るものだとしたって)、ぼくも拍手で迎えた。
ジニーは少し照れくさそうだったが「ありがとう、アキ」とにっこり微笑んだ。
「ハリーのことについて知りたいならなんだって教えてあげるよ。手始めに好きな食べ物からかな? ハリーはね……」
「もう、アキったら!」
バシン、と力強く叩かれる。思った以上に痛かった。
ジニー、クィディッチ選手になってからますます力が強くなったんじゃないのか? 四年の頃食らった右ストレートもなかなかの威力だったけれど。
しかしそんなこと言ったら、今度こそぶっ飛ばされかねない。しとやかな娘さんのジニーは、ことぼくに対しては何故だか暴力的だったから。
「いやぁ……でも、初恋を実らせたのだと考えると、何だか凄いよ」
ジニーは確か、一年の頃からハリーのことが好きだった筈だ。淡い片思いが、五年を経てこんなに強固な絆になったこと。そのことに感動を覚えずにはいられない。
「どうしたの。変なアキ」
「失礼だな……変じゃないよ。凄いなぁって。……ぼくの初恋は、実らなかったから」
ぼくの言葉に、ジニーは目を瞠って首を傾げた。
「初恋? アキの初恋って、アクアマリンじゃないの? スリザリンの、アキが付き合ってる大好きな彼女さん」
「……ぼくがアクアのことを大好きなのは否定しないけどね。……違うよ」
脳裏に、綺麗な赤毛の女の子を思い浮かべながら、ぼくは静かに微笑んだ。
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