破綻論理。

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空の記憶

第37話 空の記憶First posted : 2016.03.17
Last update : 2022.10.20

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「リーマス。聞いて欲しいことがある」

 夜中に、リーマスの部屋を訪れた。
 寝る準備をしていたリーマスは、それでも話を聞こうとダイニングに場所を移すことを提案する。ぼくはその提案を呑んだ。

 季節は夏が過ぎようとしていた。暑かった日差しは徐々に弱まり、時折涼しい風が吹いている。
 買い出しの時や資料を探しに行く以外は、ぼくはずっと家に閉じこもる生活をしていた。

 ダイニングのテーブルに、羊皮紙を広げる。計画の概要を書いたものだ。

「完成したのかい?」
「理屈の上ではね。……計画を聞いて欲しい」

 指を滑らせ、ぼくは言った。

「『幣原』を、殺す計画だ」





 幣原を殺す。対外的に、死んだように見せかける。幣原と一切が同じ人形を作成し、それをビルの屋上から突き落とすことで、幣原の死を偽造する。

「恐らくぼくの身体は司法解剖に回される。死んだのは『黒衣の天才』だ、事件性がないかを徹底的に調べられるだろう。一つたりともミスは許されない。身長も体重も、血液の成分構成も、細胞も、遺伝子も、全てを『黒衣の天才』と同じ存在を作り出す」

 リーマスはそれを聞いて、渋い顔をした。

「それは、闇の魔術ではないのかい?」
「違う。それはただの物質だ、魂は宿らない。命を作り出す術ではない──心臓を数度鼓動させ、血液を数周循環させる、その程度だ。ただの工作さ、物凄い緻密な模型作りだよ」

 リーマスはしばらく黙って目を閉じると、静かな声で続きを尋ねた。

「その後は? その肉塊をつき落とした後の話を聞かせてもらおうか」
「その後は、幣原としてぼくが大っぴらに動くことは出来なくなるから、リーマスの協力が不可欠だ。退行呪文の臨床実験を繰り返して、大丈夫だと確信出来たら実行する。あんまりもたもたしてられないよ……ハリーの双子の弟として生活させるんだ、ハリーに完全に自我が出来、自分は一人っ子なのだと理解してからじゃあ遅い。ハリーの頭の中は、弄りたくないからね」

 指を羊皮紙に滑らせながら説明する。リーマスは険しい表情で、腕を組んでぼくの言葉を聞いていた。

「そして、ハリー・ポッターの弟『アキ・ポッター』というまっさらな人格を作り出す。『アキ・ポッター』に使命やらを埋め込めば、晴れて一丁上がり、って訳だ。新たな人格に、ぼくの記憶を徐々に徐々に流し込む。人間は、記憶によって自我を保っている。ぼくと同じ記憶を持ち、ぼくと同じ肉体を持ち、ぼくと同じ魔力を持つ存在は、もうそれは『ぼく』だ」
「……人格を作り出す方法は?」
「存在する。心配せずとも、そこは大丈夫」

 少し、焦った。しかしきっと突っ込まれるところだと思っていたから、想定通りに演技する。

 人格を作り出す方法は、存在する。多分、おそらくではあるが、きっとこれで大丈夫なはずだ。

 ホークラックス──分霊箱、と呼ばれる、闇の魔術。自分の魂を分断し異なる器に封じ込める、その理論を応用する。
 人殺しをすることで魂が引き裂かれるというのなら、ぼくの魂は既に裂く部分が見当たらない程粉微塵だろう。その欠片を人格として押し出すことは、雑作もない。

「……じゃあ、まずは、肉塊を工作することから始めないといけないのかな」

 リーマスはゆっくりとそう言った。そう、とぼくは頷く。

「夜中にごめんね。でも、すぐに聞いて欲しかった」
「いや、嬉しいよ。がこうして相談してくれたってことがね。君は今まで、他人を頼らなさ過ぎた。……君が、本当に死んでいたらと思うと。自殺に成功していたらと思うと、それだけで震えが止まらなくなる」

 静かに微笑むリーマスに、何も返せず黙り込む。

「……『からの記憶』」
「え?」
「どうだろう。このプロジェクト名。今、思いついたんだけど。……君が作った新しい人格に、君の記憶を流し込むと言うのなら。悪くないネーミングセンスだと思うんだけど」
「……からの記憶、か。いいね……気に入った。忍びの地図といい、これといい、君のセンスを結構ぼくは気に入ってるんだ」

 ならば、悪戯っぽく朗々と。
 ぼくの全てを捧げるプロジェクトを、開始しよう。

「プロジェクトNo.0『空の記憶』──」

 さぁ、全てを。
 変えようか。

「──始動」

 

  ◇  ◆  ◇

 

「──アキ

 声を掛けられ、ぼくは振り返った。
 大広間へと続く、大ホールの階段でのことだった。ぼくを呼び止めたのは、ダンブルドアだった。
 ダンブルドアの背後には、大きな窓から夕焼けの強い日差しが差し込んでいる。眩しくて、思わず目を細めた。

「ダンブルドア先生。どうされました?」
「今からわしは、ハリーを連れて『分霊箱』を破壊しに行こうと思う」

 厳かな声だった。

「……分霊箱」
「聞き返されるかと思っておったが」
「あいつが、幣原が……かつて自力で調べ出したことを、思い出しただけですよ」

 少しつっけんどんな口調になってしまったことは否めなかった。
 逆光で、ダンブルドアの表情は伺えない。そのことは、少しぼくを不安にさせた。

「あなたの右腕も、分霊箱の仕業ですか」
「左様。マールヴォロの指輪じゃよ」
「ハリーを連れていく意味は? ハリーを危ない目に遭わせるのではないと、誓ってくれますか」

 詰問口調のぼくに対し、ダンブルドアは始終穏やかだった。

「誓おうぞ。ハリー・ポッターを損なうことは決してない。老いぼれの命で良ければ、賭けても良い」
「……あなたの命が欲しい訳では、ありません。そこまで言うのならば、安心しました」

 ガランとしたホールに、ぼくらだけがただ立っている。
 この学校には千人以上の人間がいるというのに、この空間だけが切り取られたように、とても静かだった。

「着いて来たいとは、乞わんのかね?」
「逆に聞きます。ぼくに着いて来いとは、言わないんですか?」

 ダンブルドアはしばらく動かなかったが、やがてゆっくりと頷いた。

「それならば、ぼくはここにいます。あなたは……あなたは、時折非情で不義理で不親切ですが。数多にある選択肢の中から、最適解を選び取る人間であると、考えています」
「……幣原の記憶については、もう手に入れたのだろうね」
「……えぇ」

 静かに、ぼくは目を閉じた。

「確かに、ぼくは幣原から全てを受け取りました。幼少期から、彼がアキ・ポッターぼくとなるまでの記憶の全てを手に入れました。今のぼくは、全てを知っています。ぼくは一体何者なのか。ぼくは何故ここにいるのか。ぼくは何をしなければならないのか。ぼくは全てを知っています。……でも、だからこそ、理解が出来ない」

 頭を振って、ぼくは問い掛ける。

「やっぱりぼくは、幣原にとって失敗作なんだ。幣原は言っていました。『ぼくと同じ記憶を持ち、ぼくと同じ肉体を持ち、ぼくと同じ魔力を持つ存在は、もうそれは『ぼく幣原』だ』と。──そんなこと、ない。ぼくはアキ・ポッターだ。たとえ記憶があっても、同じ身体を共有していたとしても、ぼくはアキ・ポッターぼくとして積み重ねた時間がある。ぼくとして他者と結んだ絆がある。それがある限り、アキ・ポッターは幣原とはなり得ない。幣原が、アキ・ポッターになり得ないのと同じで」

 拳を、ぎゅっと握った。

「人は代わりにはならない。例え同じ身体を使っていても、違う人格の代わりになんてなれない。ぼくではリーマスの孤独を癒せない。リーマスの孤独は、幣原にしか癒せない。初めから……初めから、そうであったなら良かった。こんな真実、知りたくなかった。幣原は愚か者だ。未来に後始末をぶん投げた卑怯者だ。過去のぼくが、そんな愚かな選択をしたことが……アキ・ポッターを作り出した思考が、ぼくは理解出来ない」
「……そうじゃろう。君はきっと、そうなのじゃろう」

 一歩、ダンブルドアはこちらに降りてきた。

「自らの手で、幼い自分に教育を施すならまだしも。いくら自分だとは言え、期待し過ぎだ」
「でも、君は今ここにいる。かつての幣原が望んだ通り。そうじゃろう?」
「だから──そこが理解出来ないんだよ!」

 感情のままに、声を荒げた。

「ぼくは幣原じゃない、ぼくは幣原じゃない、ぼくは幣原じゃない!! 
 全てをぶん投げて、そんな使命知らない興味ないのだと叫んで、ハリーのことも、ヴォルデモートのことも、何もかも今の自分には関係ないと──ただ、ぼくはぼくとして生きたいと、このたった一つの生を満喫したいのだと、逃げ出したとしたらあいつは一体どう責任を取るつもりなんだよ! ぼくが生きたいと、ぼくがやりたいようにやると、そう願ったら一体どうするつもりだったんだよ! 人形に自我を与えて、人形が糸を振り切って意図せぬ方向へ駆け出してったら、あいつは一体どう始末をつけると言うんだよ!! 
 ぼくは……っ、どう生きればいいんだよ。幣原として生きればいいのか、アキ・ポッターとして生きればいいのか。
 ねぇダンブルドア先生、教えてくださいよ。シジフォスの罪がどうかなんて、聞かないで……シジフォスの罪は、死を偽ったことだ。それを、それを! あなたが言うのか、あなたがぼくに突きつけるのか! 
 葬式はもう上げてしまった、幣原として、ぼくはヘルメスが冥界に連れ帰るまで待てと、そう仰るのですか?」

 歯を食い縛り過ぎて、どこかを切ってしまったのか。僅かに血の味がした。

「……アキよ」

 ぼくの激情を刺激しまいとする、抑えた声音だった。それさえも今は腹立たしい。

「おぬしの行動を、わしは否定せんよ。おぬしがこの先全てを放って逃げ出したところで、わしは責めない。恐らく、誰も責めんじゃろう」
「……そんなこと」
「あるんじゃよ。アキ、考えてみるが良い。わしが君に、アキ・ポッターに、幣原になれと命じたことが一度でもあったかね?」

 のろのろと、ぼくは答えた。

「──いいえ」
「君は君自身の意志で動いておる。幣原が取らないであろう行動を、アキ・ポッターは選び取る。そうじゃろう? ……アキ・ポッターはアキ・ポッターでいいんじゃよ。おぬしはおぬしのやりたいことをやればいい。やりたいように、生きればいい」

 人生は一度きりなのじゃから。

「今年度の最初に、君に出した課題を覚えておるか?」

 課題。『全校生徒千二百五十九人の願いを叶えろ』という、アレか。現在の進捗は半分弱と言ったところだろう、そう率直に告げると「ふむ」とダンブルドアは頷いた。

「君自身の願いのために、それをこなしてくれ。後──ここの生徒をよろしく頼むぞ」
「……え?」

 なんだ、その。
『言い遺して行く』雰囲気は。

 遺言めいた言葉の意味が知りたくて、ぼくは階段に足を掛けた。一歩を踏み出す。

 しかしぼくが手を伸ばすより、ダンブルドアがその場から姿を消す方が早かった。一陣の風と共に、掻き消える。

「…………」

 伸ばした手を、ゆっくりと引き戻した。胸に抱え、消えた先をじっと見る。
 何故だか、妙な胸騒ぎがした。



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