破綻論理。

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空の記憶

第42話 42First posted : 2016.03.22
Last update : 2022.10.21

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 カツン、と、高らかに靴音が響く。闇の帝王は鷹揚に音の出先を見──真紅の瞳に激情を走らせた。

 一人の少年だった。少女のように長く艶やかな黒髪を、後ろで一つに括っている。夜の闇色の、全てを吸い込んでしまうような双眸。小柄な体躯、それに見合わない、暴力的なまでに膨大な魔力。口元には、心底楽しそうな笑みが浮かんでいた。

「……っ、なるほど……セブルスめ、数十年越しに、任務を遂行したと、そういう訳か」
「あぁ、そうだよ」

 軽やかな声。無礼にも、両の手を制服のローブの中に突っ込んだまま──彼は一歩、二歩と歩み寄る。挑むように、挑発するように、彼は上目遣いで闇の帝王を見上げた。

「こうして会うのは、初めてだね──改めて、名乗りを上げましょう」

 朗々と。よく通る、澄んだ声で。

「元闇祓い幹部、元不死鳥の騎士団団員──幣原、もとい──アキ・ポッター」

 そして、優雅に一礼を。

「以後、お見知り置きを」





 誰もいないホグワーツは、驚くほどに静まり返っていた。静けさが、逆に耳に痛い。
 湖の音は、こんなにも大きかったのか。鳥の鳴き声は、ふくろうの羽ばたきは、こんなにもうるさかったのか。

 レイブンクロー塔へと、歩みを進めた。何度も何度も、歩き慣れた道だった。

 レイブンクロー寮の扉の前に立ち、鷲のノッカーに手を伸ばした。一度、軽く打ち付ける。途端、鷲の嘴から歌うような声が零れた。

『生命、宇宙、そして万物についての究極の疑問の答えは?』
「ちょっと、なんで知ってんの。読んだの? 君の脳の在り処を突き止めたいよ。脳というか、知識の源をさ」

 苦笑するぼくに、鷲は楽しげに答えた。

『ロウェナ・レイブンクローの叡智の前じゃ、君も赤ん坊と同じであるということよ』
「あっはは……違いない」

 答えを告げる。
 開いた扉の先に進んだ。人気のない談話室を抜け、男子寮の階段を上る。部屋の扉を押し開いた。

 綺麗さっぱり片付いた部屋の中、ぼくのスペースだけが、手付かずで残っていた。
 机の上に、一枚の紙が置いてある。羊皮紙に殴り書きされた文字だ。署名はなかったが、乱雑ではあるものの育ちの良さが現れた小綺麗な文字に、思わず苦笑する。手を触れずに、目を離した。

 ベッド脇の机、上から二番目の引き出し。指を鳴らして解錠すると、引き出しを開けた。手を伸ばす。

 一年の、クリスマスに送られてきたロケット。幣原の両親の、形見。
 首の後ろで、チェーンを止めた。下げたロケットを、左手でぎゅっと握り締める。

 顔を、上げた。





 七月三日、BSTイギリス夏時間にして午後六時四十二分。イギリス魔法界で一番愛されているラジオ番組『ロンドン・マジック・タイムス』が突如違法電波によりジャックされた。
 ちょうど同時刻、魔法省、聖マンゴ、魔法警察局、グリンゴッツ、漏れ鍋、三本の箒──その他名所およそ五十ほど──に、突如モニターが出現した。耳に、あるいは目にした魔法使いや魔女の総数は、五万を下らないであろう統計が、既に報告されている。

『……あ、あー。これ大丈夫? ちゃんと聞こえてるかな? 見えてるかな? えー、コホン』

 映し出されたのは、一人の少年。長い黒髪を一つで括った、楽しげな笑みを浮かべた少年だった。

『ご存知の方も、初めましての方も。こんばんはー、ちょうど今はお夕飯時かな? ご飯食べる手はそのままでいいよ、お仕事中の方も耳だけ傾けてくれりゃあいいから。んー、なっかなかねぇ、ぼくの顔は知られていないから。あ、ラジオもジャックしてんだっけ。なんだよそれじゃあぼくの顔見えないじゃん早く言ってよ!
 ……はてさて。ぼくの名前は幣原。もう皆、平和な時代にボケすぎて忘れちゃった? かつて『黒衣の天才』と呼ばれ、日刊預言者新聞で虚像の英雄やってた存在、忘れちゃったかな?
 ……忘れたのならば思い出せ。初めて聞いたのなら、そのシワが見当たらない脳みそに刻んどけ! よくそんな間抜け面晒せるもんだ。見えてないだろうって? ぼくくらいになると見ずとも分かるのさ。
 いいかいよくよく聞いてくれ。今から大事な話をするからね。君たちの命にダイレクトに関わる大事な話さ。はい、全国のパパさん、姿勢正したかな? 話半分に聞いても構わないよ、その場合命の保証はしかねるけどね! 皆々さん準備は出来た? じゃあ言うよ、『黒衣の天才はヴォルデモートと手を組んだ』! もう一度言っておこう、『黒衣の天才はヴォルデモートと手を組んだ』! ヴォルデモートって言葉が嫌なら、例のあの人でも闇の帝王でも構わんさ。
 いいかい、この意味が分かるかい? かつての闇の時代を知っている人間には、この悪夢が理解出来るだろう。闇の時代を歩んだ者は、ぼくの言っている言葉の意味が分かるだろう。戦争? 違うよ。これは統治だ。アルバス・ダンブルドアはもう死んだ。ぼくらを止められる者がいるならば、ぼくらの前に立ち塞がる物好きがいるならば』

 そこで少年は言葉を切り、不敵な笑みを深くした。
 高らかに。声を限りに、張り上げる。

『いくらでも掛かってくるがいい!』

 ──午後六時四十四分ちょうど。イギリスのあらゆるところに出現したモニターは、現れたときと同様に唐突に掻き消え、『ロンドン・マジック・タイムス』は、先ほどの二分間が夢だったように、変わらぬ音楽を流し続けていた。

 しかし、今の二分間が夢でも幻でも幻聴でも幻覚でもないことは、確かに私が、私こそが、ルーファス・スクリムジョールが! 確かに理解した、理解した、理解した! 

 至急会議を開く。この先どう振る舞うかを決定付けねばならない。
 あんな無茶苦茶な放送を、まさか魔法大臣が信じるのかって? 

 信じるに決まっている。
 幣原の恐ろしさを、私はよく知っている。かつての部下として、幣原をよく見知っている。あれの異常さを、異質さを、とんでもなさを、あの、切れ味を! 

 幣原の弔辞を読んだのは、私なのだぞ! 


 ──ルーファス・スクリムジョールの手記より抜粋



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