破綻論理。

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空の記憶

第5話 聴色の信託First posted : 2016.04.01
Last update : 2022.10.22

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 1997年8月1日。英国魔法省、陥落。
 時の魔法省大臣ルーファス・スクリムジョールは、闇の帝王、並びに『黒衣の天才』に全て従うと声明を発表した。





「……まぁるで」

 ぼくはぐるりと周囲を見回した。

「江戸城無血開城、みたいだなぁ……」

 少し狙った節はある。血を、犠牲を、一切出したくなかったのだ。
 上手く行くかは賭けだった。特に頭のルーファス・スクリムジョールは、そもそもが闇祓い局の局長だ。腹に据えかねたヴォルデモートが、スクリムジョールを殺してしまう可能性は、十分にあった ──まぁ、きっとそうはしないだろうという予想もありはしたのだが。
 ヴォルデモートは、有能な者を殺すことを好まない。この場合の『有能な者』というのは、単純に能力の多少を指すだけでなく『魔法使いとして有望な者』ということだ。
 顕著なのが、純血思想。非魔法族の血が入り混じることで、本来持ち得るはずの力が薄まることを恐れるのは、実際のところ真理だろう。
 だって、魔法族と非魔法族には純然たる違いがあるのだ。差別とか区別だとか、そういう問題じゃない。これは、はっきりと理解しておかなくてはいけない。

 魔法使いとマグルは違う生き物だ。ラインを引いて接し合い、話し合うことは出来れど、対個人としてはともかく、集団として同一視することは難しい。というか、はっきり言わせてもらえば、出来ない。
 互いの文化を尊重するのならば、お互いに不可侵でいるのが一番いい。その点に於いて……その点に於いては、ぼくとヴォルデモートは意見が一致した。

 そもそもの話。ヴォルデモートは《《全てのマグルを滅ぼそうと思っていない》》のだ。魔法族に関わりを持つマグルの存在が許せないだけで。それは──それは、彼の生い立ちからも、なんとなく察せられることだろう。
 だからこその、統治。線引きをきっちりとつけ、マグルが目に入らないようにすることこそ、ヴォルデモートの望むこと。

 ……言ってしまえば、簡単なのだ。やり方が少し過激なだけで。
 実際魔法界は、非魔法界と分離する方向を歩んでいる……いや、魔法界が非魔法界に取り残されているのだ。マグルは急速に情報化社会へと適応し、世界の足並みを揃え始めた。
 頑迷なのは魔法界の方。未だに羊皮紙に羽根ペンだなんて。服装も永遠中世引きずってるし、そりゃあ取り残されるに決まっている。もはやマグルこそが、ぼくたち魔法使いに目も向けなくなることだろう。「魔法使い? あぁ、ファンタジー小説でよく見るアレね……」みたいな。

「……ま、このまま魔法界が滅びていくのは、ぼくも忍びない」

 ならば魔法界の進歩に、少しばかり手を貸すのも悪くはない。

 大理石の床を闊歩する。懐かしい、魔法省。かつての風景とそう変わりはない。二十年近く時間は経っているというのに。
 変化がないというのは、それはそれで駄目なんだ。閉じこもってばかりじゃあ空気は淀む。世界は停滞を許さないし、それでも停滞したいと望むなら、世界に置いていかれることを選択しなければならない。

 ぼくを見た魔法省の人たちは、それぞれ息を呑み、ぼくの前の道を開ける。やれやれ随分と有名になったものだ。
 本当に関係ないけど、一番初めにハグリッドに言われた言葉を思い返して、思い出し笑いをしそうになった。海の上の掘建小屋で、ハリーと共に自分は魔法使いなのだと知らされて。

アキもだ……ハリーばかり注目されるっつわけじゃねぇんだ、おまえさんは元々天性の才能がある、ハリーに隠れようとしたって無駄だぞ』

 まさかハグリッドも、ぼくがこんなことになるだろうと予測していた訳ではないだろう。それでも、何だか愉快な気分だった。

 そんな気分は、ある出来事によって破られる。

 真後ろから来た呪いは、常に貼っていた防御呪文によって離散した。ぼくは立ち止まると、ゆっくりと振り返る。

 若い魔法使いだった。この制服は見覚えがある、どころじゃない。間違いなく闇祓いのものだ。怒りに染まった瞳で、杖をぼくに向け、ぼくを見据えていた。
 省内のざわめきは、一瞬で水を打ったように静まり返る。

「お、お前の……お前たちのせいだ。ムーディ先生を……」

 一歩踏み出す足は、震えていた。今にも崩れ落ちそうな身体で、それでもぼくを睨みつける。

「……っ、お前のせいだっ、殺してやるッッッ!!」

 若い闇祓いが杖を振るより先に、指を鳴らした。風が周囲を吹き荒び、一息で男を吹き飛ばす。壁に思いっきり叩きつけられた男は、そのまま静かに伸びたようだった。

「……身の程を知りなよ、わっかいなぁ」

 見下した瞳で、ぼくは嘲笑う。目を逸らし、元のように歩き出した。
 後ろで喧騒が、堪え切れなくなったように爆発した。

 魔法省の地図にはない、最奥の場所。選ばれた者しか、そもそも足を踏み入れることが許されない場所──魔法省内閣。
 リィフがこの辺りからいつも姿を現していた、そのことを考えながら突き進む。
 近衛兵など、ぼくの敵じゃない。むしろ居てくれるだけ目印だ、道案内みたいなものだった。

 やがて──最奥の重たい扉を開けた先には、それぞれの首に何万ガリオンも価値がある、この部屋吹っ飛ばしたら一体どうなるだろうと悪趣味な想像をしてしまうくらいの重鎮がズラリと雁首揃えて、ぼくに呆然とした眼差しを向けていた。
 杖を瞬時に抜くような者は一人もいない──むしろ肩透かしだった。平和に錆び切ってしまっているのか。少しばかり見下した色が入り混じるのは、仕方がなかった。その中からリィフ・フィスナーの姿を探す──と、探す手間が省けた。立ち上がったリィフは、青褪めてはいたがしっかりとした眼差しでぼくを見据えていた。

「話がしたい、幣原──いや、アキ





 マイクを掴み、声を出す前に軽く咳込んだ。襟元を引っ張ると、ぐるりと周囲を見渡す。
 自らを取り巻くモニターを眺め、一度息を吐き前髪を引っ張り──顔を上げた。

 電源が付いたモニターは、こちらからは唖然とした表情でこちらを見つめる人々の姿が映し出されている。逆に向こうからは、ぼくの姿だけが映っているはずだ。マイクを通し、前回と同様、ラジオもジャック済み。

 全てが全て、計算尽くの笑みをぼくは浮かべた。

「はーい、注目。皆さん、ぼくのこと覚えてる? 七月三日に同じように演説した『黒衣の天才』幣原だけど、覚えているかな? まぁ一月前の、そうたったの一月前のことすらも覚えていられない脆弱な記憶力の持ち主の人間は淘汰されてしかるべきだと、ぼくなんかは思うがね。
 人間が一番保持するべきは、その理性でも器用な指先でも、明晰な頭脳でもない。記憶だよ。脈々と受け継がれるべき記憶だ。先人たちの紡いできた世を引き継ぎ、更に繁栄させるため、言葉を、伝達手段を生み出した。全てが全て、記憶を受け継がせるための装置に過ぎない。だからこそ、記憶力が悪い者は淘汰されるべきだ、せっかくの人類の叡智を受け取るにはもったいない」

 戯言を並べ立てた後、軽く咳払い。目線で、指の動き一つで、空気を支配する。

「……さて。今日は皆さんに大事な大事なお知らせがあります。魔法省が今日付けでぼくらの手に落ちた。知っている人も、いることだろう。
 おや? 驚愕している人も見受けられるね。ダメだよ情報はいち早く察知しておかないと、死んじゃうよ? ふふ、じゃあこれはどうだろう? 英国魔法界唯一の『中立不可侵』──ふふっ、もうこの看板も意味をなさない。『中立不可侵』も落ちた。魔法省、聖マンゴ、それにホグワーツは、ぼくらのものだ」

 そう言い切って、作り笑いを顔から拭い去った。目から力を抜く。
 薄っすらと笑んで、ぼくは言葉を続けた。

「……アキ・ポッターが言う。ぼくの学友よ。ホグワーツで学ぶ全ての徒よ。……ホグワーツは安全だ。ぼくが全てを保証する。ぼくが、全てを守ってあげる。……新学期に、ホグワーツで会おう」

 最後の言葉を紡いで、通信を落とす。消えたモニターに、大きく息を吐いて座り込んだ。
 全く、慣れるもんじゃない、こんなのは。公に立つのは苦手なのだ。

「……ちゃんと、伝わったかなぁ」

 伝えたかったのは、一番最後。
 ぼくの友人たちは、まだぼくを友人だと思ってくれているのだろうか。

「…………これでいい」

 大きく息を吐いて、顔を覆った。



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