ホグワーツを落としたということで、死喰い人の重鎮は再び会議のために集められていた。ぼくは会議の空間におりはするものの、会話に加わる気はさらさらなく、取り寄せたリータ・スキータ著『《黒衣の天才》──望まぬ栄光と死』という、まぁざっくり言ってしまえば幣原秋の伝記本のようなものを読んでいた。まぁ、幣原秋だけではなく、その本の中には
「面白いか? 秋」
「悪くないよ、そうそう的外れでもない」
ヴォルデモートに声を掛けられ、気軽にぼくは答える。
「ま、流石に日本魔法界については調べられなかったみたいだけど? 結構いい線行ってるんじゃない」
「ということは、幣原家についてはノータッチだということか」
「そういうこと。まぁ、海を挟んじゃ大変だよねぇ。記者に同情するよ」
そういや四年生の頃、リータに週間魔女で色々書き立てられたこともあったっけ。よく調べたものだと感心したが、もしかして誰か信頼ある情報源があるのかもしれない。正直、どうでもいい。
会議は話が決まらないものだと相場が決まっているが、しかしヴォルデモートは流石有能だった。有能な指揮官が頭にいる集団は強い。サクサク話が決まってゆく。
ホグワーツ魔法魔術学校の校長に、セブルス・スネイプ。空いている闇の魔術に対する防衛術、マグル学、それぞれの教授としてアミカス・カロー、アレクト・カローの兄妹。
この二人はヴォルデモートに恭順を誓うというよりは、単純に快楽で人を害するタイプの者だ。言葉は通じないと見ていい。となると、ホグワーツの生徒を守るためには、この二人を抑えておく必要がある。色々と、早めに策を立てておかないと。
有能な指揮官らしく、会議はサクサクと終わった。この辺り、ぼくはヴォルデモートの能力を高く評価している。高く、というか、能力をありのままに見ているだけなのだが。
そもそものポテンシャル自体、この人は相当に高いから。
「秋よ。貴様はどうする?」
そうヴォルデモートに尋ねられ、少し迷った。しかし、答えは決まっている。
「セブルスと一緒に、ホグワーツに行くよ。せっかく最高学年なんだしね。きっと主席のバッジがもらえるはずだ」
とことんまでに貴様らしいな、と、ヴォルデモートは笑みを浮かべた。
「貴様を見ていると胃が保たない」
ぼくの隣で、教授はそう呟いた。
「そう?」
「そうだ。いつ何かあるんじゃないかと気が気じゃなくなる」
夏休みのホグワーツは、本当に人がいない。校舎に、見事にぼくらだけ。独り占めしているようで少し気分はいいけれど、それでも幾許かの寂しさは拭えない。
「あんまり気にし過ぎないで……なんて言っても無理な相談か」
「こちらの心労が分かっているのなら、どうにかしてくれ」
「ふふ……嫌だね」
階段を登り、廊下を歩く。
着いた先は、校長室。ガーゴイル像の前に立つと、教授ははっきりとその言葉を口にした。
「ダンブルドア」
合言葉……を聞いて、ガーゴイルはピョンとその場を飛び跳ね、道を譲る。ぼくは目を瞠った後「……これは、教授が? それともダンブルドアが?」と尋ねた。
「どちらだと思うか?」
「…………」
どっちだろう。正直どちらでもあり得る気がして、いくら考えを巡らせても断言が出来ない気がした。
しかし、思考実験としては悪くない。暇潰しのいい材料となりそうだ。
「……六四でダンブルドア」
「ほう。果たしてどうかな」
「あ、答えは教えてくれないんだ」
「勝手に考えろ。言う気はない」
階段を登って着いた先は、ダンブルドアが居た頃と一切変わっていなかった。今にもひょっこり、何処からともなくダンブルドアが現れて「元気かの?」と手を振って来そうだった。
同じ印象を、教授も抱いたのだろう。痛みを堪えるように僅かに顔を顰めた後、大股でダンブルドアの肖像画へと歩み寄った。
「これで満足ですか……ダンブルドア」
奥歯を噛み締めながら、教授は呟く。眠っていたと思っていたダンブルドアは、ゆっくりと瞳を開けると、教授を、そしてぼくを見つめ、微笑んだ。
「上々じゃよ、セブルス、アキ」
「あなたは全て予期していたんですか……私の元に、アキ・ポッターが転がり込むことを」
「時間だけはたっぷりあるのじゃよ、校長職というものは。思索に耽る時間は、たっぷりとあった。……覚悟を決めるのじゃ、二人とも」
ぼくらを見下ろし、朗々とダンブルドアは告げた。
「悪役として、振舞う覚悟を」
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