一体どのくらいの時間が経ったのだろうか。
一日に数度、カロー兄妹のどちらかが来ては、最低限の食料と水を投げ渡し、戯れのように『磔の呪文』を唱えて姿を消す。ヴォルデモートほど呪文の威力は強くないが、それでも痛いものは痛いのだ。苦しいものは苦しいのだ。
明滅する意識の中、正気を失わない程度に何度も何度も拷問を受けるのは、正直なところ地獄だった。何度も何度も殺してくれと叫び、そのたびに嘲笑が耳朶へ届く。
ただただぼくには、願うことしか出来なかった。
一度酒瓶で思いっきり殴られたことがある。あれはカロー兄妹の兄の方だったか。あの時は流石に、死を覚悟した。
まだ半分ほどが残る酒瓶を投げつけられ、頭やら身体やらに降り注ぐ細かで鋭いガラスの破片。その後、自分が投げた癖に「酒がなくなった」と切れて『磔の呪文』を存分に掛けて。
彼が去った後は冷え切る身体と赤く染まる視界に鞭を打ちながら、このまま意識を失うと非常にマズい本当に冷たくなってしまうと、杖がないため魔力の制御に四苦八苦しながらも傷の手当てをして。全く、五体満足なのが夢のようだ。
足音を聴覚が拾い、ふわりと意識が浮上する。身に染み付いた痛みに、身体中が震え出す。
僅かに開けた瞳が、侵入者の姿を映し出した。閉じ込められて初めて、地下牢の門が開く。
ヴォルデモートだった。地面に力なく横たわるぼくを見下ろすと、つかつかと歩み寄り、むんずと髪を掴み引っ張り起こした。
「……何か用?」
「永遠貴様をここに閉じ込めておく訳にもいかぬ。貴様がいればもしや──と思ってしまうことが、本当に情けないが」
「じゃあ、とっとと殺せばいい」
薄っすらとぼくは笑ってみせる。ヴォルデモートは真紅の瞳に怒りを迸らせると、ぼくの髪を勢いよく振り払った。思いっきり地下牢の石壁に頭をぶつけ、脳が揺れる。
そのままヴォルデモートは杖を抜くと、ぼくに『磔の呪文』を行使した。たまらず叫び声をあげ、身を捩る。苦痛が思考を埋め尽くし、全てを蹂躙する。
やがて止んだ呪文に、浅く呼吸した。やはりカロー兄妹とは比べものにならないな、と、脳の片隅でそんなことを考えた。
「──発狂するほど拷問してやってもいいんだぞ」
「……へぇそうかい。ならばそれなりのバリエーションを要求するよ。『磔の呪文』はワンパターンなのが頂けないね、拷問というのは感覚全てに訴えかけた方がいい……人間の想像力というのはかなり素晴らしいよ。クラウチ・ジュニアは惜しい男だった」
「……よくもそこまでペラペラと口が回るものだ」
腹を一息に踏み抜かれ、たまらず嘔吐した。といってもそもそも胃の中は空だったので、出て来るのは僅かな胃酸ばかり。
汚らわしいとばかりに目を吊り上げ、ヴォルデモートは消失呪文で拭い去った。
「来い、アキ・ポッター」
そう言われ左手首を取られた。抵抗出来るはずもない。
ずんずんと進む彼は、随分と不機嫌そうだった。彼が不機嫌だと、ぼくにとってはなかなかに嬉しい。もしハリーがヴォルデモートに捕らえられていたのだとしたら、こんなに不機嫌ではないだろうから。
連れてこられたのは、ゴドリックの谷だった。
着の身着のままに連れて来られたため、寒さが骨身に沁みる。一時降り止んでいた雪は、再び降り始めたようだ。足元の雪の感触が、少し違う。踏み固められた雪の上に、新雪が積んでいる。
「逃げないから、手を離してくれないか」
そう言うと、ヴォルデモートはしばらく観察するかのようにぼくを見下ろしていたが、無言で手を離した。
掴まれていた部分が、指の形に痣になっている。手首を無言で擦った。
やがて、一軒の家の前に到着した。二階部分は粉々になっていて、家の内部が外に露出している。読み取った表札は『バグショット』──バチルダ・バグショットの家か。
家の中へ足を踏み入れる。むっと漂った饐えた匂いに、顔を顰めた。
同じことを思ったのだろう、ヴォルデモートが杖を振ると、家中全ての空気が新鮮なものへと入れ替わる。しかし家自体に染み付いたこの匂いは、新鮮な空気もそのうちに汚染されるだろう。
「この匂いに嗅ぎ覚えはあるか?」
ぼくを振り返らずに、そんな言葉が投げ掛けられた。
ぼくは質問をすっ飛ばし、端的に答える。
「死臭だね」
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