戸口を開けたリーマスは、呆然とした表情を隠さずに二人を、シリウスとピーターを見遣った。瞳が徐々に状況を認識し、顔がだんだんと泣き笑いのようなものに変わるのを、シリウスは微笑みを浮かべてじっと見つめていた。
「……まさか、こんな……」
「……一体いつまで、俺たちを戸口に立たせておく気だい? そして、さ。最初に、言うべき言葉があるんじゃないのか?」
リーマスは目元を拭って、頬を綻ばせた。
「おかえり」
「……おう、ただいま」
「たっ、ただいまっ」
思いっきりリーマスに殴られたピーターは、壁にぶち当たって木造りの温かい小さな家を揺らした。トンクスは目を瞠っているが、あまり驚いていなさそうな分、肝が太い。シリウスの従姉妹であるアンドロメダの子供だから、シリウスにとっては従姪に当たる。いや――失念していた。既に『トンクス』ではないのか。
彼女の腕には、小さな赤ん坊が眠っている。先ほどリーマスがピーターをぶん殴ったとき、物凄い轟音を立てたのだが、その騒ぎにも目を覚ます気配はない。これは、将来大物になりそうだ。
「結婚と、あと、子供もか。まぁなんだ、おめでとう、リーマス」
拳を振り抜いた体勢のまま息を整えていたリーマスだったが、シリウスの声に身体を戻した。はにかみながらも「ありがとう」と笑う。
「この年になって、奥さんも子供も私が……僕が、持てるとは思ってもいなかった」
「リーマスは今まで自分の幸せを顧み無さすぎた。もう幸せの貯蓄はたんまりあるだろ。存分に幸せになりやがれ」
「君もね、シリウス」
ピーターはベソをかきながらも起き上がっている。顔が歪んでいるが、誰も気に止めちゃいない。
むしろたったこれだけでリーマスも溜飲を下げたのだ、感謝されてしかるべきだろう。十二年の因縁の精算としては、少なすぎるくらいだ。
「……子供の名前は?」
トンクスの腕に抱かれた、生後まもない赤ん坊に近付き、シリウスは尋ねた。それにトンクスは「テッドよ。エドワード・リーマス・ルーピン」と微笑む。
「リーマスがね……ハリーをこの子の後見人にするって、聞かなくって」
「ハリーを……」
じんわりと、胸の中に暖かさが染み渡る。自分が後見人となったハリーが、親友の息子の後見人となった。脈々と、命は引き継がれてゆく。
「……父親になったのなら、ま……死ねないよな?」
ピーターに合図する。ピーターは察して、シリウスに水晶を預けた。シリウスはリーマスの首に、その水晶を掛けてやる。
「これは……?」
「幣原秋の品だと。持ち主を一度だけ災厄から守ってくれる――そうだよな?」
ピーターはシリウスの言葉に、慌てて頷いた。少し呆然とした表情で、リーマスは首に掛かった水晶に触れる。
「秋が……」
そう呟くと、口元を噛み締めた。瞳の光が、一瞬消える。
ん? と思った矢先に、ピーターがくぐもった声を上げた。
「どうした、ピーター?」
左腕を掴み震えているピーターの肩を起こす。ピーターは汗が滲む顔でリーマスとシリウスを見上げると、掠れた声で「闇の印が……痛むんだ」と呟いた。
「しょっちゅう痛むのか?」
「最近は、まぁ……これは闇の帝王が、死喰い人を呼び集めるときにも使うし……でも、これは……、これは、違う」
険しい瞳で、ピーターは呟いた。
「……ハリー・ポッターを、見つけたんだ」
いいねを押すと一言あとがきが読めます