ハリーを守る為、学校中が動き出した。これから、ホグワーツは戦場となる。
ハリーはロウェナ・レイブンクローの『失われた髪飾り』を探すのだという。ヴォルデモートの七つの分霊箱は、恐らく創始者の宝物であると突き止めたようだ。
レイブンクロー寮に行きたいというハリーに付き添いたいのは山々だったが、ぼくには他にやるべきことがある。
大広間に集まる、全校生徒。大広間のど真ん中を突っ切って、壇上へと上がった。
ぼくの姿を視認した人は口を噤むと、静かにぼくの言葉を待つ。壇で皆を見回したときには、大広間は静まり返っていた。
先生方の姿はない。先ほど出会ったフリットウィック先生に頼み、城の守りの強化をお願いした。きっと今は総出で、守護呪文を更新させ、普段より何倍も何十倍も分厚い結界を作っているはずだ。
大きく息を吐くと、両手で顔を覆った。もう、これが全ての最後だ。
顔を、上げた。
「……ぼくはこの日のために、ずっと準備をしてきた。アキ・ポッターが言う。ヴォルデモートが死喰い人を引き連れ、このホグワーツにやって来る。ホグワーツは戦場となる。……だけど、焼け野原になんてさせない。来年も、再来年も、ずっとこの学校はここにある! 誰の支配も受けぬ、英国随一の名門魔法魔術学校として、ずっとここに存在する!」
未来を語る。語ったことは、絶対に現実にしてみせる。
「……いいか。絶対に生き延びてくれ。戦うな。自分の力量を見極めろ。敵わない可能性が一欠片でもあったのならば、すぐさま撤退しろ。絶対に死なないでくれ……最優先すべきは、自分の命だ」
「嫌だ、戦う!」
飛んだ野次は、グリフィンドール生のものだった。勇敢そうな眼差しで、ぼくをじっと睨んでいる。
しかし、ここでぼくは引けない。引いてはいけない。
「いいか! グリフィンドール生は勇気と無謀を履き違えている!」
声を荒げた。今声を上げたグリフィンドール生、メルヴィン・キャンベルを見据え、叩きつけるように言葉を発する。
「戦った先の死は怖くない? ふざけるな!! 自分の命は人と代えられない、代えが効かない、自分が死んで絶対に悲しまない奴がいると断言できる奴がいる? ぼくは言い切ろう、この場には誰一人としてそんな人間はいない!!
ぼくは君たち一人一人の名前を知っている、一人一人の願いを知っている、一人一人の望みを知っている!! 一人でも欠けたら、ぼくは嘆き悲しむぞ、本気だ!! ぼくの心はな、そんなに強くないんだよ。いいか、絶対に……絶対に、英雄なんかになるな!!」
シン、と、先ほどとは違った静寂が大広間を包んだ。
一度前髪を引っ張ると、ぼくは前を向き、再び口を開く。
「……最適解を。状況をしっかり見て、最適解を選んでくれ。
ねぇ……レイブンクロー生。ぼくからの……たった一人の七年生に過ぎないアキ・ポッターからのお願いだ。無理無策で突っ込む人たちを止めてあげて。ぼくたちはいつ何時でも、冷静になることが出来る。状況を冷酷なまでに判断して、目先の得でなく長期的な利を取ることが出来る。今こそ、それを生かして。グリフィンドールでもなく、スリザリンでもない、言わば『蚊帳の外』だからこそ、選べる道がある。
──さぁ、叡智を誇るレイブンクロー生。『全体の利益』を優先しろ。少数の犠牲を払い、圧倒的多数を救え。これが、戦争じゃ一番大事なことなんだ。君たちならば──それが出来る」
微笑んだ。
レイブンクロー生はぼくをしっかりと見て、頷いた。彼らに認められたのなら、これほど心強いこともない。
「たとえ──たとえ目の前で人が死のうが。絶対に立ち止まるなっ、狼狽えるなよ狂気に負けるなよっ、死に立ち止まるのは全て終わった後にしろ! ただ『生きろ』、生き延びてくれ!」
言い切って、息をついた。もう、言い残すことはない。少し気を緩めた、その瞬間だった。
聞き慣れた声が、学校中に響き渡る。酷薄な声は、薄っすらと笑みにコーティングされていた。
『……アキ。随分と楽しそうなことをしているじゃないか……?』
ヴォルデモートの声に、全校生徒は青ざめた。青ざめ震えたいのは、ぼくだって同じだ。でも、ここでぼくが怯えを見せれば、千人の人間が揺らぐ。
「……っは。怯えた子羊はねぇ、何しでかすか分かんないんだよ! 目を離すそちらが悪い!!」
『こちらには貴様の大事な少女、アクアマリンがいることを忘れたか?』
『アキ聞いちゃダメ!!』
アクアの珍しい大声に、指先が冷えた。心臓も一瞬止まった気がした。
ヴォルデモートの声は続く。
『さぁレイブンクロー生よ。『最適解を選べ』──選べるだけの選択肢が、眼前にあればいいのだがな』
くつくつと低い笑い声が響いた。
誰もが身じろぎすら出来ず、ヴォルデモートの言葉に耳を傾ける。
『俺様が最適解を提示してやる。ハリー・ポッターを差し出せ。そうすれば誰も傷つけはせぬ。そう、アクアマリン・ベルフェゴールも。さて、レイブンクローの愛子、アキ・ポッターよ。兄か、恋人か、選ぶがいい』
その言葉に、確かに理性の箍が弾け飛んだ。
選べ? ハリーか、アクアかを?
「……ふっざけんなぶち殺してやるッッッッ!!!!」
これからの策、計画、予定。何もかもが、意識から遠ざかる。
怒りに染まった視界の中、ただ、殺意だけが鮮明だった。
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