アキがいなくなった大広間は、生徒がどうしていいのか分からず、ただざわめきだけが満ちていた。大きく息を吐くと、レイブンクローの場所から抜け出す。
「あいつってさ……バカだよなぁ。最後の最後で締まんねぇっつーか、最後にそんな無様なサマ晒していなくなるなんて、それまでの言葉全てドブに捨てる行為だぜ」
ゆったりと壇上に歩み寄ると、振り返った。少し上の目線から、全校生徒を見下ろす。
様々な色の瞳が、自分を向いている。慣れぬ感覚だ、と小さく舌打ちをした。俺に尻拭いをさせやがって、次に会ったらただじゃおかない。
しかし、今はそんな私情とは無縁だ。必要ない思考を切り落とす。
「俺の名前はアリス・フィスナー。『中立不可侵』の名の元に、この場にいる誰か一人でも、欠けることは許さない」
フィスナーの名は、この場においても有効のようだ。かつて父親の存在と共に忌み嫌ったこの家を、共に見直すきっかけになったのは、確かにアキ・ポッターのお陰なのだった。
「……お前ら皆さ、アキのこと、好きだろ」
壇に肘をつき、寄り掛かる。ぐるりと見回して、笑みを浮かべた。
「あのバカで、自分勝手で、傍若無人で、無茶苦茶で、すげぇ嘘つきなペテン師で、臆病で、弱虫で……いつも一生懸命だった……そんなあいつのためにさ。あいつの願い、叶えてやってくれ」
あいつ一人じゃ、その願いは叶えられないのだから。
かつて分霊箱であった『トム・リドルの日記』、残った数ページに取り憑いた霊魂であるトム・リドルは、ホグワーツを歩いていた。
全校生徒は皆大広間に集められているため、廊下に人気はない。八階の、トロールのタペストリーの前で三往復。反対側の壁に現れた扉を押し開け、中に進んだ。
広い室内を埋め尽くすかのように積み上げられたガラクタの数々。一々確かめるのは骨だったが、そう文句は言っていられない。
やがて見つけたものに、手を伸ばした。指先で軽く弄ぶ。
「……思考回路って、あんまり変わらないものだねぇ」
それが良いのか悪いのかは分からないが、『本体』にとっては『良くない』ことであるのは間違いない。
「まさか自分に裏切られるとは思いもしなかった? 今の自分に、一体誰が着いて行きたいと願うものか──愚かだね、全く」
「あ、おっと」
「……は、あ、えっ!? あれっ、トム・リドルが、なんで!?」
「……僕の『記憶』が正しければさぁ。『君』が、アキ・ポッターに僕の日記の一部を渡したはずだと、そう思うんだけど?」
肩を竦めた。
ハリーはしばらく記憶を探ったのち「あっ」と小さく声を上げる。どうやら思い至ったようだ。
「君が探しているのは、これだろ」
ひょいっと髪飾りを放り投げた。ハリーは慌てるも、流石は何年もクィディッチで正シーカーを務めただけのことはある、見事な反射神経でキャッチする。
「……僕を、止めないの?」
立ち去りかけたリドルを、声が呼び止めた。一時足を止めると、リドルは振り返る。
「……自分の未来の凄惨な末路なんて、見たくないだろう? 自分が選びたくも、選ぼうとも思わなかった選択肢を選んだ、未来なんてさ……」
それだけを言って、目を切った。
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