ヴォルデモートの場所は、左腕の『闇の印』が教えてくれる。こっちへ来いと、ぼくを誘いざなうように。挑発しているのだ、このぼくを。
「アキ・ポッター、それは罠だ!」
大声に呼び止められた。スネイプ教授だった。ぼくに追い縋って来たのか。
けれど。
「罠だと知っていても!! ぼくは行かなくちゃいけないんだっ、じっとしているだけで気が狂いそうになる!! ぼくの気持ちが君には分かるはずだっ、リリーが死ぬと予言を受けて、ダンブルドアの元へ寝返った君ならば!!」
ざっくりと痛いところを突かれたように、教授は苦い表情を浮かべた。暴れ柳の元で、足を止める。
「……ぼくがヴォルデモートを引き止めておく。その隙にアクアを助け出して。ぼくはあの子が大切なんだ──ハリーと同じくらい、大切なんだよ守りたいんだよッ、守んなきゃいけない子なんだよッッ!!」
足元の小石を拾い上げ、魔力で飛ばす。過たず瘤に当たり、暴れ柳は動きを止めた。
太い根の間、隠し通路に足を踏み入れる。
「……君の寮の生徒だ。死ぬのは不本意だろう」
「……あぁ、当然だ。無事に取り戻すことを、約束しよう」
その言葉に、安心した。
『叫びの屋敷』の扉を蹴破るようにして開け放つ。
一階のホールに、ヴォルデモートは立っていた。全身の毛を逆立てるような殺気と魔力が、渦を巻く。魔力酔いさえも引き起こしそうなそれに、ぼくの結ばれた髪が揺らされた。
喜色ばんだ瞳で、ヴォルデモートはぼくを見据える。
「待っていたぞ、アキ・ポッター。そうだ、その目だ。幣原直と一切合切同じ色の目、その目が俺様だけを向いている! 沸騰しそうな怒りが俺様のことだけを考えている! 戦おう、戦おうぞ殺し合おうぞ理解し合おうぞッッ!! 共にそういう風にしか、我らは生き合えないのだからッッッッ!!!!」
粉々になった木屑が弾け飛ぶ。今時、木で出来た家だなんて。リーマスが学生時代に連れて来られていた『叫びの屋敷』は、既に屋敷の原型を留めていない。
魔力を絞って、ヴォルデモートを吹き飛ばした。脆い壁を突き破り、ヴォルデモートは姿を消す。追い打ちを掛けようかと思ったが、膝が抜けた。その場に崩れる。
──魔力切れの気配。しかし、あまり心配していなかった。
「代われ、秋!」
叫ぶ。瞬時に頭の奥底で声がした。
『言われずとも!』
頼んだよ、と、口元に言葉を残した。
精神がぐいっと引っ張られる。一瞬ブラックアウトした視界は、やがて世界を取り戻す。
杖を握り直すと、煙幕の中に杖を突っ込み駆け抜ける。外気に、視界がパァッと晴れた。
ヴォルデモートの姿を探す──手間は省けた。斜め左方向から飛んで来た光線が、周囲に展開させている魔法障壁によって弾け飛ぶ。
そちらか、と瞬時に杖を振った。杖先に重なる魔法陣。互いの欠点を補い合う、闇祓い時代に覚えた魔法の使い方は、杖が覚えてくれていた。
幣原秋の、一番幼い頃からずっと側にいた。両親よりも一番近くでぼくを見ていたこの杖は、ぼくの全ての罪も知っている。
「──戦い方が変わったな」
全ての呪文を綺麗に打ち消し、ヴォルデモートは無傷で立っていた。
真紅の瞳に映る感情は、先ほどアキ・ポッターに向いていたものと少し種類が異なる。その眼前に、ひた、と杖を突きつけた。
「幣原秋か」
「答える義理はない──と言ってもまぁ、構わないか。イエスだ、トム・リドル」
薄く笑う。
夜闇に沈む世界の中、ただ魔法の閃光のみが光源だった。
しかし視界などぼくの敵じゃない。暗かろうが明るかろうが、静かだろうが煩かろうが、外界はぼくの敵とはなり得ない。思考はいつでも研ぎ澄まされ、視界は常に広々と。アキは怒りに視界が狭かったが、ぼくにとってアクアマリン・ベルフェゴールはただのスリザリン生の女の子に過ぎない。アキ・ポッターを縛るハリー・ポッターという彼も、ぼくにとっては親友の息子だ、ただそれだけ。
ぼくが怒りに我を忘れるほどに大切だと感じるものは、この世に一つとして存在しない。
『叫びの屋敷』が、ホグズミードのメインストリートから遠く離れた場所で良かった。戦禍を撒き散らさずに済む。夜中だからか、野次馬もいない。すぐそばで核弾頭並みの戦力を持つぼくらが戦い合っているというのに、静かなものだった。
本心を言えば、ぼくらの戦いをわざわざ観に来る頭の悪い野次馬など消し飛んでしまっても構わないとは思っていた。平和に錆び付いた愚か者が、ぼくとヴォルデモートの力量すらも理解せずにノコノコと近付いたのなら、そこまで気を回すほどぼくは優しく出来てはいない。
それでも、きっとアキは嫌がるだろう。見知らぬ愚か者でも、他人の死に膝をつくだろう。
あの、ぼくよりずっと優しい少年は、その通りに悲しむのだろう。
ならば、街に被害が行かぬように、気を遣いながら戦ってやろうじゃないか。
木々が裂け、火花が枯れ木を燃やす。
爆風の中、膝をついたヴォルデモートの眼前に杖を突き付けた。真紅の瞳が、ぼくを忌々しげに睨みつける。
「ぼくの勝ちだ、トム・リドル」
死の呪文を放ってもいいが、かつて彼は七つの分霊箱を作ったと言った。現在どれほどの数残っているかは未知だが、既に全て破壊済みと楽観は出来ない。
それでも、試しに死の呪文を唱えてみるくらいならいいだろう。口を開こうとした、その瞬間だった。
「やめろ秋!」
声に目を遣る。アクアマリンを引き連れた、セブルスの姿があった。
アクアマリンが駆け寄ってくるのに、慌てて抱き止める。
「……あなたは……?」
普段この少年の周りに漂わない風に、異変を感じたか。女の子は勘が鋭いとは、よく言ったものだ。目の前の男が自分の恋人ではないことに勘付くとは。
「ぼくは、幣原秋。君の知っているアキじゃない。でも……無事でよかった」
静かに微笑む。そこでヴォルデモートは、ふらつく足取りで立ち上がった。
自然、杖を握る手に力を籠めると身構える。アクアマリンを後ろに庇った。
「……そうか。俺様が杖の忠誠心を勝ち得ていないから、こんな小童に膝をつく羽目になるのだ」
俯いて、その表情は伺えない。しかし、魔力が不穏に渦を巻いている。
何だ、と重心を落とし動きを伺った瞬間、ヴォルデモートが何事かを厳かに告げた。シューシューと吐息にも似た──蛇語、だった。
破裂音にも似た大きな音がした。音の方向を向き、目を見開く。
大蛇の牙が、セブルスの首を貫いている。セブルスはこちらを見て目を見開いていたが、やがてガクリと床に膝をついた。
倒れ伏すセブルスから大蛇は離れると、この場から立ち去るヴォルデモートの後を追う。牙という栓が抜かれ、首から勢いよく血が吹き出した。
少女の声に為らぬ悲鳴が、夜のしじまに木霊する。
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