破綻論理。

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空の記憶

リーマス・ルーピンの場合First posted : 2016.04.24
Last update : 2022.11.03

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「……どうしてあんなこと言ったんだよ、リーマス」

 リーマスは顔を伏せたまま、シリウスの声を聞いていた。

 ニンファドーラとの新居でずっと引きこもり続けるリーマスの元に、シリウスがピーターを連れて訪れたのが数十分前。それからずっと、一言も言葉を発しないまま、リーマスは項垂れ続けている。

「なぁ、リーマス」

 いい加減痺れを切らしてもいい頃だろうに。シリウスはめげずに話しかけ続ける。
 学生時代ならば「もういい!」と癇癪を起こして、きっと席を立っていた。気が長くなったことが、果たしていいことなのか悪いことなのか、今のリーマスには判別がつかなかった。

「ハリーは毎日、アキに生きて欲しいと懇願している。共に生きる理由を作ろうと必死なんだ。これからの平和な未来を、共に生きていきたいんだ。……なぁ、どうして二択を突きつけたよ。死ぬか、生きるか、なんて。今のままが多分、一番幸せだったのに」
「……現状維持は、思考停止と同じだよ、シリウス」

 久方ぶりに口を開いたリーマスに、シリウスは一瞬目を瞬かせたが、そのまま静かに続きを促した。

「じゃあ聞くけどさ、本当にいつまでもアキ・ポッターと幣原が、あのままでいいだなんて、本当にそう思ってる? いつまでもいつまでも、必要に請われて人格を交代させる、なんてそんな所業を繰り返す気? 一体いつまで? アキが所帯を持っても? 子供が出来ても?」
「それは……」

 シリウスは言葉に詰まった。リーマスは更に畳み掛ける。

「きっと気付いていないだろうから、教えてあげるよ。幣原アキ・ポッター、この二人の人格交代は、昔よりも杜撰になっている。ボロが出てきた、と言ってもいい。元々自然発生の多重人格、解離性同一性障害じゃないからね、人為的に真似た、似せたものだ。元々期間限定のものなんだ、たとえそれが天才の所業であったとしたって、一生は続かない。
 昔はもっと境が明確だった。片方が意識を失って、しばらくしてもう片方が出てくる。そういう仕組みになっていた。今は大分危ういよ。目を閉じて数瞬で交代出来るし、多分……昔は幣原として話した言葉を、アキは認識出来なかったけれど、今はきっと認識出来ている。今まで『幣原が身体の絶対的な支配者』だったのが崩れ始めているんだ。よくない兆候だと思うよ。
 このまま放置したところで、そのうち数年で、力を失った幣原の人格は、きっと魂の藻屑になってアキ・ポッターに統合されることになるだろう。そのことはきっと、アキが一番よく理解している。きっとアキは全てを隠し通すだろうね。僕らが望めば、幣原として振舞うだろう。演技かそうじゃないかなんて、僕らに見分けられる筈もない。そんなの、僕は耐えられない。幣原じゃないのに、として振舞うのを見るのも、それに自分が永遠騙され続けることにも、耐えられやしない」

 シリウスは死角から殴られたかのような表情のまま、リーマスの言葉を聞いていた。
 リーマスは続ける。

アキ・ポッターだって嫌なんだよ、それは。望むことじゃないんだ。幣原がそのように、なぁなぁのうちに消えるのを一番恐れているのは、アキ・ポッターだ。今のこの状況を仕立てたのは僕だけれど、今更アキは止める気もないだろう。どちらかを、必ず選ぶ。その時はきっと、そう遠くはないはずだ」
「……今は執行猶予期間だと、そう言いたいのか」

 シリウスはリーマスを睨んだ。その視線を甘んじて受け止める。

「だから、言っただろう。僕は幣原の味方であって、アキ・ポッターの味方ではない。立ち位置ははっきりさせておかないと。さて、君たちはどちらを取る? 命を救ってくれたアキ・ポッター? それとも長年の友人であった幣原?」
「……お前、よくもそんなことが言えるな。アキが……あいつが可哀想だと思わないのかよ!」

 シリウスは声を荒げた。思わずこちらも、ボリュームが上がる。

「思わない訳が、ないだろう!!」

 ハッとしたようにシリウスの瞳が見開かれる。
 あぁ、もう限界だ。考えていたことが、全て喉を伝って零れ落ちて行く。

「だって、僕だけが幣原を認めてあげないと、は一体誰から認めてもらえばいいのさ! 今にも死にそうな目で、死にたいと願う瞳で僕を見るに──君たちがいなくなった世界で、僕らだけしかいない世界で──死なないでと声を掛けることの、何がいけない!」

 拳を強く握り込んだ。

「僕はから死ぬ理由を奪いたかった、絶対に死なせたくなかった! だから絶対に戻って来てねと約束したんだ、は約束を破らない男だ、きっと約束に縛られてくれる……縛られて、生きてくれるとそう信じて! アキ・ポッターのことなんて何一つ考えちゃいない、だってあの当時は僕は幣原が大切だったんだから、アキ・ポッターなんて仮初めの人格に、興味も関心もなかったんだから!! なのに、一体どうして! どうしてアキは僕を責めない! と同じ顔で僕を見ては笑いかける! 優しい顔でっ、信頼した顔で! 僕はアキに生きる理由を渡せないっ……を、裏切ることになってしまうから……」

 シリウスとピーターは、先ほどまでとは違う眼差しでリーマスを見つめていた。
 あぁ、言うつもりはなかったのに。胸中で後悔が荒れ狂う。自分一人が悪役として、全てを背負い込むつもりだったのに。いつだって自分は、半端者だ。

「……僕だってさぁ、アキに生きて欲しいよ。アキ・ポッターを、僕だってずっと見てきた。あの優しい少年を、ずっと見てきたんだ……でも、アキ、共には選べないんだよ!!」

 そう言い切って、息を吐いた。
 せめて自分だけは、アキ、彼らがどういう選択をしようと、全てを受け止めよう。
 たとえそれが、彼ら以外の誰からも望まれない、彼らしか望まない選択であったとしても。



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