「……そこで私に直接聞きに来るところが、私の息子らしいというか、何というか……」
父は眉間を押さえている。
テーブルの上に写真をずらっと並べた僕は、腕を組んでソファに身を預けた。
「出回ったと考えられる写真は一通り回収した。双子の呪文で複製されたものまでは定かじゃないけどね。いやぁ、母さん譲りのこの顔にここまで感謝したのは生まれて初めてだよ。にっこり笑って『その写真、僕にくれないかな?』って言えば、みんな血相変えて僕に差し出してくるんだからさ。マジウケる。顔だけで人生安泰ってやつだね。この顔に産んでくれた両親にマジ感謝」
「……ヒカル、もしかしてすっごい怒ってる? 怒ってるね?」
父は頬を引きつらせて僕を見る。
ジェームズから噂を聞いた後、ホグワーツに直帰した僕らが全寮を巡って回収したのが昨日の今日。おかげで週末が完全に潰れることとなった。課題も、読みたい本も、遊びの約束だってあったのに。
「怒ってない。ただ迂闊さにキレてる」
「息子にキレられてるぅ……」
「で、浮気してんの?」
「してないよ!? するワケないじゃん! 私は何年、何十年経とうとも、ずっとアクア一筋なんだからね!」
眉尻を下げた父は、その場でパキンと指を鳴らした。瞬間写真に掛けられていた呪文が解け、父とリドル教授のツーショット写真は似ても似つかぬものへと戻る。
呪文の腕は相変わらず一流だと内心で舌を巻いた。これ、だいぶ複雑な呪文が掛けられていて、僕とジェームズの二人がかりでも解くのに二時間は掛かったのに。
「ひとまずは、ありがとう、ヒカル……それにジェームズも、かな。助かったよ」
「そりゃどーも。グリフィンドールに五十点くらいくれてもいいんだけど?」
「その、私としてもそうしたいくらいには感謝の気持ちで溢れてるんだ、本当だよ。ただ今回は私情が入り過ぎてるし、寮杯の点数をあげるのはちょっと難しい」
「じゃあ
「うっ、それは取引としても法外じゃ……」
無言で僕が懐から新たな写真を取り出したのを見て、父はぐぅっと言葉を止める。
うううとしばらく呻いた父は、降参とばかりに両手を上げた。
「……スネイプ教授に頼んでみるよ……」
「お願いね、父さん」
父に写真を渡す。
父は目を眇めて「したたかな子に育ったなぁ」と口を尖らせた。思わず鼻で笑ってしまう。
「アキ・ポッターの長男だからね。そりゃしたたかにもなるさ」
「関係あるかい? それ」
父は肩を竦めて指を鳴らす。瞬間、積み上げられた写真は炎に包まれた。
「今回の噂は悪質だ」
静かに、父は呟いた。
「偽装写真も巧妙。悪戯にしても度が過ぎてるし、何より全く面白くない。そして普通に無礼だよ」
「……父さんの言葉には同意する。これは悪戯の風上にも置けない代物だ。……でも、一つ聞いていい?」
「いいよ。何?」
「デルフィーニ・リドルとは何者?」
僕の言葉に、父はただ目を瞬かせる。その瞳からは、父が今何を考えているのか読み取れない。
「新任のホグワーツ教師……ってだけじゃ、ヒカルとしては物足りないって訳か」
「ホグワーツ教師は、基本的には現職の推薦が必要だろ。彼女はダームストラングの出身だし、そんな人がどうして、わざわざホグワーツの教師に?」
ふむ、と父は少し考えるような素振りを見せた。
「まずは、一つ誤解を解いておこうか。ホグワーツの採用は基本は確かに推薦だけど、場合によっては公募もするし、その時は面接で採るかどうかを決定するんだ。例えば、占い学のシビル・トレローニー教授とかね。彼女も、ダンブルドアが面接して採用したうちのひとりだよ」
「うげっ、あのクソインチキ占い師が!?」
やばい、思わず口が滑った。
瞬間「コラッ!」と父からお叱りの声が飛んで来たので、僕は慌てて身を正す。
「ごめんなさいっ! でもね、あの先生、ジェームズを見るたびにいっつもあなたはもう死ぬすぐ死ぬ死んでしまう運命なのですぅって悲壮感溢れる声で言うもんだから! あなたには
ソファのクッションを叩きながら笑う父を見て思わず憤慨してしまう。
眦に浮かんだ涙を拭った父は「ごめんごめん」と言いながら身を起こした。
「何だ、まだそういうこと言ってんのあの人? あの死ぬ死ぬ詐欺は彼女の趣味だから、気にしない方がいいよ。今年はハリーの息子だったかぁ。私達の代では、あれはハリーだったからね。因果を感じるというか……ミドルネームに『シリウス』って付けたからかな? 名付けの際、パッドフットったら嬉しさのあまり『私がこの子の守護霊となる!』って意味不明なこと吠えてたもんなぁ。これでジェームズの守護霊が大型犬だったら、私は笑って立てなくなる自信がある……『今度こそ間違いない』って、あの人ったら……ふふふっ……! 本当に憑いてるのかもしれないね、後でお茶にでも誘おっと……!」
性懲りもなく父は肩を震わせている。笑われた身としては何だかあまり面白くない。
眉を寄せて紅茶を啜ると「父さん、話の途中だよ!」と声を上げた。
「デルフィーニ・リドルのこと! 教えてくれるんじゃなかったの!」
「あぁ、そうだったそうだった」
むぅぅと父を睨むと、父は慌てたように居住まいを正す。口元はまだちょっとにやけているものの、ひとまずは許容範囲としようじゃないか。
「えぇと、デルフィーがホグワーツ教師になった理由だっけ? 簡単な話だ、私が彼女を推薦したんだよ」
「えっ? 父さんが?」
そう、と父は軽く頷く。
「だって去年は何せ、二十二年ぶりに
「あぁ……」
そう言えば、確かに。あの時は上級生が観戦でごっそりいなくなったから、ホグワーツがやけに広々として見えたものだ。
二十年前はそれはそれはいろんなことが起きたから、安全対策その他諸々でお偉いさんや先生方は皆ピリピリ張り詰めていたものの、三大対抗試合は成功と言える結果で幕を閉じた。その後ナイトやビクトワールから、散々観戦レポという名の自慢を浴びせられて、個人的には大変悔しい思いをしたものだけど。
「……もしかして、その三大対抗試合のダームストラング代表選手って……」
「察しがいいね。その通り、デルフィーニ・リドルだ。ちなみに言えば、その大会で優勝したのも彼女だよ」
「……マジかー」
只者ではないと思っていたが、本当に只者ではなかった。
当時は観戦に行ける上級生への羨ましさと悔しさのあまり殆ど耳を塞いでいたけれど、こうなると観戦レポもちゃんと聞いておけば良かったと思ってしまうから現金なものだ。
そして同時に、リドル教授がやけに上級生からの人気を集めていることへも納得が行った。当時観戦していた人にとってみれば、彼女はきっとヒーローなのだ。
「ダームストラングでも稀代の秀才。人望も才能も兼ね備えていて、性格にも難は無く、コミュニケーション能力もすこぶる高い。そんな彼女がホグワーツの教職を希望したんだ、こちらとしても早急に闇の魔術に対する防衛術の空席を埋める必要があったからね。まぁ、需要と供給の一致ってやつだよ」
「……だから、そこでどうしてホグワーツなわけ?」
「それは知らないよー、どうしても気になるのなら本人に聞きな?」
「ん……」
それもまぁ、もっともではある。
先ほど炎に包まれた写真は既に黒ずんだ灰ばかりを残すのみ。
考え込みながらも、僕はその灰を指し示した。
「……あの写真……相当複雑な呪文が掛けられていたよね。少なくとも低学年では無理な芸当だ。こんなことができるのは恐らく、ふくろう試験後の六、七年生か、あと考えられるとすれば……教師」
眉を寄せ、口元を手で覆う。
何か、見逃してはいないだろうか。
「……父さん、いつも言ってるよね。魔法には必ず、術者の痕跡が残るって。どんなに腕がいい魔法使いでも、自らの痕跡を完全に隠蔽し切ることは不可能だって。……父さんなら、さっきの写真から犯人を特定できるんじゃないの……あぁでも、今ので写真は燃えてしまったから……」
そこで言葉が止まる。
「……なんで父さん、さっきの写真、燃やしたの……?」
父ほどの術者なら、残された魔法の痕跡から犯人を暴くことくらい簡単だったはずなのに。
既に写真は全て灰になってしまった。魔法の痕跡は新たな魔法で完全に上書きされてしまって、ここから見つけ出すのは不可能だろう。
「うっかり……じゃ、ないよね。わざとだよね父さん。どうして? どうして犯人を探そうとしないの?」
「ヒカル」
「もしかして父さん、犯人が誰かわかってるんじゃない? だから、暴かれる前に証拠を全部灰にしたの? どうして犯人のことを庇うの? 犯人は父さんへ悪意ある噂を流し、父さんの名誉を貶めようとしたのに! どうしてそんな相手のことを許すの? ねぇ父さん、もしかして、今回噂を流した犯人ってまさか」
「えいっ」
パンッ!
父が僕の鼻先で手を打ち鳴らしたのに、びっくりして思わず息が止まる。
一呼吸して冷静さが戻ってきた。
「ヒカル、お前は頭が良いよね。その自覚もあるはずだ」
僕の目を見て、父は言う。
「自ら動く行動力も、他人を動かす人望もある。お前の言うことならばと信じる人も多いだろう。お前の言葉をまるっと信奉する者も、これから先出てくるかもしれない。──だからこそ、憶測は無闇に口に出すな」
「……ごめんなさい」
うん、と父は頷いた。浮かした腰を再びソファに預ける。
「ウソの裏付けとなった写真はもう破棄した。今回の件は、いつも通りの根も葉もないただの噂。それで、いいね?」
「…………」
頷き難くて、ただ唇をギュッと引き結んだ。
そんな僕を見て父は苦笑する。
「
「……それは」
闇祓いの英雄だった彼の──幣原秋の話だろうか。
普段だったらもう少し突っ込んで聞くものの、叱られたばかりの今だとそれも少しやりづらい。
口を噤む僕を、父は優しい眼差しで見た。
「…………帰る」
「うん」
立ち上がると扉へ向かう。見送りをするため、父も僕の後をついてきた。
「……父さんは、こんな憶測は嫌いかもしれないけど……」
扉に手を掛け、僕は父を振り返る。
「デルフィーニ・リドルは何かあるよ。じゃなきゃ、ソラがあぁも怯える筈がない。あいつの勘はよく当たるんだ、父さんも知っているでしょ?」
──ずっと昔からそうだった。
ソラが本気でゴネて取り止めた旅行で、乗る筈だった飛行機が落ちたり。
ソラが食べたくないと言った料理店で、異物混入が見つかったり。
そっちに行くのは嫌だとソラが叫んだ路地で、他殺体が発見されたり。
『勘が良い』だけでは済まされないほど、ソラの勘はよく当たる。
当たりを引く運の良さというより、ハズレを引かない運の良さを、僕の妹は生まれながらに持ち合わせていた。
「
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