破綻論理。

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空の追憶

第19話 桐一葉First posted : 2022.08.21
Last update : 2022.11.12

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「困ったわねぇ……」

 そう言って、デルフィーニ・リドルはそっと形の良い眉を寄せた。わたしは思わず縮こまる。

「ごめんなさい……」
「ううん、いいのよ……と、私も言ってあげたいところなんだけどね……」

 そこかしこから聞こえる忍び笑い。アキ教授の娘なのに、なんて言葉が漏れ聞こえる。
 補習しましょうと告げられた言葉に、わたしはただ頬を引きつらせながら頷いた。





 夕食後。
「デルフィーの研究室まで付き添ってあげる」と言ってくれたアルバスとスコーピウスと一緒に、わたしは彼女の研究室がある北の塔を歩いていた。二人は何度か行ったことがあるようで、足取りには迷いがない。

「デルフィーの授業で補習受けるの、もしかしてソラが初めてなんじゃない?」

 アルバスはそんなことを言っては首を傾げた。
 闇の魔術に対する防衛術はスリザリンとハッフルパフの合同授業だから、わたしの失敗も二人にはばっちり見られていたようだ。うう、とわたしは身を縮める。

「攻撃魔法は苦手なんだよ……」
アキ教授の娘なのにね。あの人、決闘チャンピオンなんじゃないの?」
「それはお父さんじゃなくって、もう一代前の呪文学の先生ね。フリットウィック先生。お父さんたちの代の恩師なんだって」

 たまにうちに遊びに来ては、おやつを食べながら他愛もないお喋りをしたり、小さい頃はわたしやヒカルとよく遊んでくれたりした。
 妖精の血が入っているらしくわたしよりも小柄な人だ。何でも知っていると思うほど博識で、誰に対してもとっても優しい。そんな人が若い頃は決闘チャンピオンだったなんて、初めて聞いた時は本当に驚いたものだ。
 スコーピウスは、へぇぇとわたしの言葉に目を瞬かせた。

「あの噂ってデマだったんだね。僕、てっきり本当だと思ってた」
「まぁ、信憑性はあるもんね……」

 魔法大臣のお墨付き。ハリーおじさんもハーマイオニーおばさんも、何かあれば父の元を訪れる。

 ──何かあったら、アキが何とかしてくれるから。

 ハリーおじさんもハーマイオニーおばさんもロンおじさんも、シリウスおじさんだってリーマスおじさんだってピーターおじさんだって、誰もがそう口にする。

 多分父は、少なくとも今現在において、英国最強の魔法使いなのだ。

(物語に出てくる『最強の魔法使い』って、大抵は悪役なんだけど)

 まぁそれは仕方ない。味方があんまりにも強すぎると、お話は往々にしてつまらなくなってしまうから。盛り上がりに欠けてしまうんだよね。

アキ教授も決闘チャンピオンになればいいのに。エントリーしたら勝てるでしょ」
「うん、絶対勝てると思う。ソラからも言ってみてよ。ほら父親って、娘からの声援には特に弱いって言うじゃん?」
「はは……お父さん、あんまそう言うのには出たがらないから……」

 力をひけらかすのは好きじゃないと言うか、既にもうありとあらゆる方面から頼られているから、忙しすぎてそれどころじゃないと言うか。

(……戦って誰かを倒すこと、それ自体を避けていると言うか)

「…………」

 デルフィーの研究室に近付くたび、段々と心が暗くなっていくのが自分でわかる。
 どうして闇の魔術に対する防衛術で魔法が上手く使えなくなるのか、そんなこと百も承知だった。

(わたしは、彼女のことが怖い)

 怯えをクラスメイトに隠すことに精一杯で、どうしても他が疎かになってしまう。

(それで、結果として彼女とマンツーマンの補習をすることになっちゃうんだから、色々と本末転倒だよなぁ)

 そうこうしているうちにデルフィーの研究室へと到着した。アルバスが研究室の扉を叩くと、程なくして扉が開かれデルフィーが顔を出す。
 彼女はわたし達を見渡すと、悪戯っぽく目を細めた。

「あら。お姫様をエスコートする騎士<ナイト>かな?」
「ただの付き添いです。道がわかんないって言うから」
「ソラ、帰りはひとりで大丈夫?」
「あ、うん。一緒に来てくれてありがとう!」

 二人に手を振る。
 アルバスとスコーピウスはにっこり笑って手を振り返すと、二人並んで来た道を戻って行った。

「ともあれ、いらっしゃい、ソラ。……そんなに緊張しないで?」

 デルフィーは笑顔でわたしを室内へと招き入れる。

「お茶を淹れるわ。その間、楽にしていていいからね」
「あうっ、いえ、そんな……っ」

 補習を受けに来たのに、もてなされるのは何だか変な感じだ。
 しかしデルフィーは「気にしないで」と明るく笑みを浮かべた。

アキだってお客さんはもてなすでしょう? それの真似っこよ。教師として先輩だし、尊敬できる人だから、自分でも取り入れられるところは取り入れたいの」
「あ……」

 そう言われては何も返せない。わたしはぎこちなくソファに腰掛ける。
 部屋の中は想像していたよりもずっと暖かだった。オレンジがかった明るい灯が部屋の中を柔らかに染めている。クリーム色の壁にはパッチワークのキルトやドライフラワーが飾られていて、窓や机の至る所には色とりどりの花が生けられている。大きな戸棚には、授業で使用するありとあらゆる教材が詰まっていた。

「どうぞ。ミルクティー、お好きかしら?」
「あっ、はいっ、ごめんなさいっ」
「もう、どうして謝るの?」

 困ったように彼女は笑うと、わたしの正面に腰掛けた。リラックスした様子で手元のカップをそっと傾ける。

「本当はね。補習なんてただの建前。ずっとソラとお喋りしてみたかったの」

 そう言う彼女の笑顔に邪気はない。それなのにわたしは、冷たい汗が背中を流れるのを感じていた。

 ──みんな、デルフィーのことが好きなのに。

 アルバスも、スコーピウスも、誰だってみんな──彼女のことを好いているのに。

 わたしがおかしいの?
 わたしが一人だけ、おかしいの?

「だってあなた、いつも私が話しかけようとすると、ぴゅうっと逃げちゃうんですもの。私、ハッフルパフの寮監でもあるのに。寂しいわ」
「ご……ごめんなさい、その……」

 俯いたわたしに、デルフィーは気遣うような微笑みを浮かべた。
 彼女のそういう優しさも、心遣いも、わたしはちゃんと知っている。

 知っているのに。
 彼女のことを人として好ましいと思うのに、なぜか心が邪魔をする。

「そんなに緊張しないで。お茶も、クッキーも食べていいのよ。……毒なんて入ってやしないわ?」

 そう言って彼女は大皿からクッキーを摘むと、わたしに見せるように頬張ってみせる。そこまでされては断る方が難しい。わたしはぎこちない笑みを浮かべてクッキーに手を伸ばした。

「ねぇ、ソラ? あなたって、アルバスやスコーピウスと仲がいいの?」

 わたしを見つめながらデルフィーは言う。
 仲がいい、って、言っていいのかな。おずおずと頷いた。

「……仲がいい、っていうか……アルバスはいとこだし、スコーピウスも、小さい頃から知ってるし……二人とも、わたしが危なっかしいから一緒にいてくれてるだけで……」
「そんなことないわぁ、素敵じゃない。わかってくれる人、そばにいてくれる人って、とっても貴重なのよ。……私にも、そういう人がいたらなぁ」

 いろいろ変わっていたかもしれない。
 デルフィーは、そうひとりごちた。

「…………」
「そうだ! 私、ソラに聞きたいことがあったの」

 デルフィーはパンと手を打つと、笑顔でわたしに身を近付ける。思わずびくりと肩が跳ねた。

「な、なんでしょう?」
「勉強会のことよ。アルバスからお話、聞いたでしょう? ソラに断られたって、アルバスがしょんぼりしてたから」
「う……」

 それは……悪いことをしてしまった、と思う。
 せっかく誘ってくれたのに。寮が違うアルバスやスコーピウスと、一緒に過ごせる数少ない機会だったのに。

「……どうして、勉強会を断ったの?」
「……それは……」

 顔の真横に手が置かれた。はっと顔を上げた瞬間、至近距離でデルフィーと目が合う。
 わたしが座るソファー、その背もたれに手をついて、デルフィーはわたしをじっと見下ろしていた。

「あなたは断らないと思っていたわ」

 ──息が、出来ない。

 先ほどまでと全く変わらぬ微笑みを貼りつけたまま、デルフィーは優しく囁く。

「────あなたが勉強会を断ったのは、そこに私がいるからかしらね?」


「だってあなた、私のことが嫌いでしょう?」


 デルフィーの長い銀髪が、はらりと肩から滑り落ちて、わたしの身体に降りかかる。
 しばらくわたしを見つめていたデルフィーは、やがてゆっくりと目を細めた。

「ふぅん……そう」

 強ばり固まった頭は、響いたノックの音でふと解けた。
 デルフィーは軽く片眉を上げると身を起こす。扉に向かって歩いて行くデルフィーの後ろ姿を見ながら、早鐘を打つ胸を強く抑えた。

 デルフィーは扉を開ける。相対したのが誰なのか、声を聞いただけですぐさま理解した。

「……ヒカル?」

 思わず立ち上がって駆け寄る。
 扉の前にいたヒカルは、わたしの姿を認めるとホッとしたように息を吐いた。

「なんだお前も来てたのか。リドル教授、こいつがご迷惑をお掛けしてはいませんでしたか? もしお時間よろしければ、今日の授業で数点分からないところがあったので、是非ともご教授いただきたいんですが……あぁソラはそのまま補習を受けてていいからな。アキ・ポッターの娘ともあろう奴が習った魔法も十分に使えず補習なんて呆れ果てる、ねぇリドル教授、そうは思いませんか? 妹の不始末は甘やかしてきた兄にも責任の一端があります、どうか不出来な妹がこれ以上ご迷惑を掛けないよう、兄たる自分も微力ながら補習のお手伝いでもさせて頂きたいと思っているのですが、もちろん許してくださいますよね?」

 デルフィーを見上げながら、ヒカルは早口でそう捲し立てた。
 デルフィーの横をすり抜けたわたしは、ヒカルの背後に回るとしがみつく。

「わ、わたしのことは気にしないでいいから! わたしのことは路傍の石ころだとでも思って! で、デルフィーも、わたし大丈夫だから、ヒカルの質問聞いてあげてください!」

 デルフィーの視線から逃れつつ叫んだ。ヒカルはちょっと驚いたように、身を捩ってわたしを見る。
 デルフィーは少しの間黙り込んでいた。やがて聞こえた彼女の声は、普段通りの慈愛溢れる優しさと温かみに満ちていた。

「……ごめんなさい、この後用事が入っていたことを思い出しちゃった。だからヒカル、あなたの疑問に詳しく答えてあげるのは、来週の勉強会のときでもいいかしら? その代わりと言っては何だけれど──」

 申し訳なさそうに言ったデルフィーは、ヒカルの質問に対して数冊の本を参考書として挙げた後「ちょっと難しいものだけど、ヒカルなら読み通せると思うわ」と明るい声で言う。

「ソラも、今日はもう帰っていいわよ」

 その声におずおずと顔を上げれば、普段通り優しい顔をしたデルフィーと目が合った。

「次の授業では、頑張れるわね?」

 ──そりゃ、当然だ。また二人っきりで補習なんてごめんこうむる。
 ガクガクと頷くと、デルフィーは尚更にっこりと笑った。

「気をつけて帰ってね!」





 帰り道。前を行くヒカルに対し、わたしは意を決して声を掛けた。

「あの、ひ、ヒカル……もしかして、その……わたしのこと、助けに来てくれたの?」

 わたしの声を聞いて、ヒカルの肩がぴくりと震える。
 だって、デルフィーの部屋の扉を叩いた時のヒカルは息を切らしていたんだから。しがみついたその背中は、汗でしっとりと湿っていたんだから。

 ヒカルは少し黙った後、仏頂面のままわたしを振り返った。腰に手を当て息を吸い込む。

「……ただ様子を見に行っただけだ。……大体お前、一年が習う対人魔法ごときにビビって魔法使えなくなっちゃうなんて、我が妹ながら情けない!」
「うぅぅっ」

 優しいなって、ヒカルのことを一瞬だけ思ったのに! あっという間にお小言タイムが始まるなんて!

「そもそもあり得ないだろ、父さんレベルのとんでもない魔力持ってんのならまだしも、お前ごときの呪い喰らったところで、そんなの痛くもなんともないね!」
「そんなことないもん! わたしちゃんと出来るんだからね!」
「なら僕と決闘でもする? いいよ、存分に手ぇ抜いて、杖無しでやってあげるから」
「望むところだよ! わたしだって、わたしだってぇ……!」

 思わず地団駄を踏むわたしを見て、ヒカルは余裕の表情を浮かべると鼻で笑った。

「出来なすぎて補習受けた奴が、なんか言ってるー」
「もう補習受けないもん! 次があったら必ず出来るんだから!」
「おーおーたらればの仮定ばっかりは雄弁だなバカ、寝言は寝て言え」
「バカって言った! バカって言っちゃダメなんだよ、お父さんに言いつけるんだからね!」
「喚くなよ、うるさいな」
「ヒカルのせいだよ!!」

 ──結局、ちょっと騒ぎすぎてしまったわたし達は、魔法薬学担当のデイビス教授に『何廊下で騒いでんだ』とお叱りを受け、ついでに荷物運びの罰までも仰せ付かってしまったのだが──どれもこれも、間違いなくヒカルのせいに違いないのだ!



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