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空の追憶

第21話 魔女の胎内First posted : 2022.08.21
Last update : 2022.11.12

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 ハロウィンの日、ホグワーツ呪文学教授のアキ・ポッターに関する中傷の張り紙が為されてからというもの、ヒカルはたびたび勉強会を欠席するようになった。
 不穏だなと、僕、スコーピウス・マルフォイは思う。空気が何処となくひりついている。その原因は、きっと──

「一体、誰の仕業だったのかしらね」

 デルフィーは一冊の本を捲りながら呟いた。
 黒い本の表紙には『《黒衣の天才》──望まぬ栄光と死』と記されている。著者がリータ・スキータというだけで眉唾ものではあるものの、その本はアキ教授について書かれているということで、最近の生徒の間では密やかに出回っている本だった。

 興味はあったが、そんなものを読んでいると知られたらヒカルに軽蔑されてしまう気がする。父にも「リータ・スキータとロックハートの本は読む価値がない」とバッサリ言われてしまったし。
 アルバスも僕と同じ気持ちなのか、うずうずする好奇心をなんとか宥めているような顔をしていた。

「わからないけど……アキ教授に恨みを持つ誰か、かな」

 デルフィーの言葉に、アルバスは少し躊躇いながらもそう答える。
 デルフィーは軽く目を瞠った。

アキって、そんな恨みを買う人かしら?」
「……わからないけど……」

 二度目の言葉を呟いてアルバスは俯く。
 小さくため息をついたデルフィーは「アキって、一体何をした人なの?」と続けた。

「学生時代に何らかの賞を受賞したわけでもない。特筆すべきことと言えば、首席であったことと、ハリー・ポッターのであったことくらい。それがどうして現職の魔法大臣からも頼られて、最年少でホグワーツの副校長を務める人になっちゃうわけ?」

 デルフィーの問いかけに、アルバスは思わず口籠る。ここは魔法史オタクの自分の出番だ! と僕は思わず口を開いた。

アキ・ポッターはただの・・・学生じゃないよ。1998年のホグワーツの戦いは誰もが知るところだろうけど、当時のホグワーツ校長セブルス・スネイプと共に、死喰い人や闇の帝王の手からホグワーツを守ったんだ。その後、ホグワーツで大々的に行われた、闇の帝王とハリー・ポッターの決戦……その際、生徒の犠牲を一切出さなかったことを高く評価されているんだよ」

 ふぅん? とデルフィーは首を傾げた。

「『生徒の犠牲を一切出さなかった』、それがホグワーツ校長セブルス・スネイプの功績としてではなく、一介の学生であるアキ・ポッターの功績であるとされているのは、どうしてなの?」
「それは『お守り』を全校生徒に渡したのが、アキ・ポッターだったからだよ」

 持ち主を一度だけ災厄から護るとするお守り。父と母からも、お守りであるその水晶を見せてもらったことがある。

『死の呪い』──アバダ・ケタブラには反対呪文が存在しない。だから、呪文で打ち消すことは不可能だ。
『盾の呪文』を擬似的に模した魔法具として『盾の帽子』がある。WWWウィーズリー・ウィザード・ウィーズの人気商品だ。悪戯専門店ではあるものの『ホグワーツの戦い』でハリー・ポッターと共に戦ったロン・ウィーズリーの兄が興した店ということで、闇の魔術に対抗する商品も数多い。

 ──『盾の帽子』だって、当時は大流行したというのに。
 あの水晶は、本来防ぐことの出来ない『死の呪文』ですら防いでしまえる。使用制限はあるが、そんなものはあの水晶に掛けられた魔法の量を想像すれば当然だろう。

 あれは政府主導の魔法研究機関で実験的に製造されるに相応しいものだ。間違ってもたった一人の学生が創り上げる代物ではない。
 多くの手間暇を掛け、莫大な魔力を注いで出来上がるものだし──あまつさえ、それを無償で全校生徒にばら撒くなど、常識ではありえないことなのだ。

 ……と、そう言っていたのは父なので、僕のは単にその受け売りに過ぎないのだけど。

「そんなことができてしまうアキ教授は、やっぱり凄い人だと思うんだよ。父も母も、アキ教授のことは凄く信頼してるしね」

 そんな言葉で締め括る。
 アルバスも、思い出したように続けた。

「僕も……父さんと母さんが、アキ教授のことをとっても頼りにしてるから。僕は、アキ教授がやったこととかはよく知らないけど……でも、アキ教授としてではなく、ただの『アキおじさん』として、僕のことをとっても可愛がってくれた……ヒカルも、ソラも、リリーも、ジェームズも、アキおじさんのことが好きで……もちろん、僕も……」

 アルバスにとってもアキ教授は親戚だし、身内の一人に違いない。
 きっと僕よりもずっとずっと、様々な時を共に過ごしたのだろう。

「アルバスにとって、アキは大事な人なのね」

 デルフィーも嬉しそうに笑った。本を閉じると、はにかんだアルバスに一歩近付き優しい手つきで頭を撫でる。アルバスは恥ずかしそうに顔を赤らめたが、されるままだった。

「そう……アキはとってもすごい魔法使いなのね。二人ともありがとう。よくわかったわ……」

 デルフィーはそっと微笑む。その笑みの艶やかさに、思わず僕も目が惹かれた。
 赤い唇が言葉を紡ぐ。


「そんなに強力な魔法使いであれば、組分け帽子を『錯乱』させることだって簡単かしらね?」


「……え?」

 アルバスは、驚いたような、なんとも言えない間の抜けた声を発した。
 デルフィーはうふふと笑ってみせる。

「あら、あなた達が言ったのよ? アキは凄い魔法使いなんだって。二人の話を聞いてわかったの。アキはきっと、その気になればなんだって出来ちゃう。なんだって……アルバスをスリザリンに入れて、ひとりぼっちにすることだって、きっとアキにとっては簡単なんでしょうね」

 甘い声。
 アルバスは慌てて首を振った。

「そんな! ……そりゃ、アキおじさんならできるだろうけど……でも、そんなことする理由がないじゃないか!」
「そうね。理由は思い浮かばないわ」

 随分あっさりとデルフィーは言葉を取り下げた。アルバスは逆に肩透かしを喰らったような顔をする。
「でも」とデルフィーは続けた。

アキとハリー・ポッターに血の繋がりはない。そうでしょう? つまりアルバス、あなたとアキにも血の繋がりはないってことになるわ。つまりアキにとって、あなたは他人に過ぎないってこと。誰にだって優しいものね、アキは」

 リータ・スキータ著の本の表紙を撫でながらデルフィーは言う。
 思わず憤ったアルバスを慌てて宥めた。咎める口調で「デルフィー!」とその名を呼ぶ。

「ごめんなさい、怒らせてしまったのなら謝るわ。そんなつもりじゃなかったの。……でも、不思議だとは思わない? アキは、アルバスが望んでスリザリンに入ったわけでもないし、アルバスがひそひそ冷たい声で陰口を言われてることにだって、気付いてるでしょう。優しいアキなら『普通は』、アルバスに心配の言葉を掛けたり、気遣ってくれたりしてくれるんじゃなくって?」

 その言葉にアルバスの呼吸が止まった。
 そこを見逃す彼女ではない。

「あれ? 図星だった? ごめんなさい、ついつい気になっちゃって。でもあなたとアキって、叔父と甥って雰囲気には全然見えないから。仲良くやれてるのかなーって、ちょっと心配だったのよ」

 そう言う彼女の顔は、まるで天使のように美しい微笑みが浮かんでいた。

「ねぇアルバス。叔父なのに、どうしてアキはあなたに何も声を掛けてくれないのかしらね?」





 前を行くシリウスの杖先に浮かぶ灯りが揺れる。やがて鼻歌も聞こえてきた。シリウスが学生の頃に惚れ込んでいたマグルの歌姫の曲。
 驚いた、シリウスのことだからてっきり彼女のグラマラスな胸にしか興味はないと思っていたのに、曲もちゃんと聞いていたとは。どうやら随分とご機嫌なようだ。
 小さく息を吐きリーマスは言う。

「機嫌が良いのは結構だけどね。この辺りは暗いんだ、ちゃんと気をつけないと足元を掬われるよ、我が友よ」
「だって洞窟だぜ! しかもほとんど人の手が入っていないと来た! これは冒険心がむくむくと湧き上がるものだろう!」

 五十過ぎても相変わらずシリウスは元気だ。気ままな独り身だからだろうかとついつい思いを馳せてしまう。
 昔はそれこそ「アズカバンに長い間投獄されていたから、まだ若者の気分でいるんだな」と生暖かく思っていたけれど、ここまで来ると「結局こいつはどこでどう過ごそうがこうなる」という真理に辿り着いてしまう。

「それより、本当にこの道なの? 真っ暗で怖いんだけど……」

 ピーターが怯えた声を零した。時折「ひゃあ」とか「うわっ」とかが聞こえてくる。いつものように岩にでも躓いているのだろう。

「うーん、アキからもらった手がかりを総合して考えると、ここなんだよなぁ」

 シリウスは首を傾げながらもスマートフォンを弄っては、画面に写っている地図を見返している。そのスマートフォンを見ていると、ふつふつと始まりの記憶が浮き上がってきた。
 忘れもしない。シリウスから一本の電話が入ったあの日。

「冒険行こうぜ! 一ヶ月くらい!」

 流石にマジかと思ったものの、ちょうど仕事はひと段落着いた頃だったし、妻も「なにそれ面白そー! リーマス、行ってきなよ!」なんて煽るので、血迷うには充分だった。
 いそいそと荷物をまとめ、顔だけはシリウスに無理矢理連れられた感を装いつつも、内心は『冒険』なんて心躍る響きにウキウキしながらシリウスと合流したのが先月の半ば。年齢を重ねても、こういうときだけは自分も悪戯仕掛人であったのだと感じる。

 何でもブラック家の書庫を調べていると、あるはずの本が何冊もなくなっていることが分かったのだと言う。

「初めは物盗りかと思ったんだが、ブラック家の書庫には原則ブラック家の血を引く者しか入れない結界が張ってある。金に困った身内が売ったにせよ、どれも曰く付きのモンだから、まともなところじゃ買い取ってくんねぇ。闇市ならベルフェゴールの縄張りだが、そちらの網には引っかかったことがないらしくてな。つまりは八方塞がりと言うわけで」

 そう言うシリウスの顔に悲嘆の色はない。不思議に思って問いかけた。

「なら、どうするっていうのさ」
「何、家にはない、闇市にもない。だとしたら話は簡単だ」

 シリウスはピッと指を立てると、自信満々に言い放つ。

「なくなった本は、ズバリ──『ブラック家の風通し悪い黴臭さと、純血万歳な腐れ思想に嫌気が差した身内が、なんかムカつくから困らせてやろうと借りパクした』で、ファイナルアンサー!」


……
………

「あれはシリウスにしか出てこないであろう発想だったなぁ……」

 思わず目が遠くなる。
 それってお前がやりかねなかったことじゃないの? 自分の身に置き換えてみたの? というか最近はブラック家当主として公にも出るようになってちょっとは落ち着いてきたと思ってたのに『借りパク』とか『なんかムカつくから』とかそんな言葉遣いしちゃっていいの?
 突っ込みたいことは山ほどあるが、ともあれ。

 そんなこんなでリーマスは(あとついでにピーターも)、シリウスに引きずられながらブラック家の親戚を片っ端から当たりまくった。現在はブラック姓を持つ人間もシリウス一人きり、随分と寂しいことにはなったものの、かつては英国魔法界を牛耳ったとされるブラック家はさすが親戚の数も多い。

 そこからの冒険は割愛する。アキからも電話越しに助言をもらい(と言っても大半はどうでもいい長話だったが。シリウスは意外と世間話が好きだ)、図書(シリウス曰く『借りパクされた』やつら)が隠されていると思しき地図を発見して、ここまで来た次第だ。
 いろんな意味で大冒険だったし、加えて「もう自分は若くない」と思い知ったことも発見だった。筋肉痛は二日遅れで来るし、何もしていなくとも腰は痛い。目は霞むし、徹夜なんてしたら翌日は使い物にならないし、老いというのは全く嫌になるものだ。
 魔法使いは基本的に長寿であるし、可愛い一人息子のテッドも気付けばホグワーツを卒業して働き始めた。自分としてもまだまだ元気なつもりでいたいのだが。

「いっそのこと、アキみたいに若返ってみるか? ハリーと同じくらいにさ。いや、もっと若返ってもういっぺん学生やってみたり? それはそれで楽しそうだな」

 シリウスは笑う。いやいや、とリーマスは苦笑いを浮かべた。

「あいつが退行するための呪文を開発する様子を側で見てたけど、あれ、相当準備が必要だったし、魔法式だってとんでもない量になってた。あいつが残してった魔法式を集めてマクゴナガルに見せたことがあるんだけど、マクゴナガルったら、途中で後ろにふらりと倒れ込んでたよ」

 信じられない、ありえない、こんな無茶苦茶な、でも通ってる、確かにこの組み方でしかありえない、信じられない、ありえない──大の字に倒れたままそうブツブツ呟くかつての恩師に、慌てて気付けの紅茶を用意したのも懐かしい。

「──それに、あの退行呪文はいくつか法も破ってるらしいし、遊びで使うのは流石に無茶だよ」

『内緒だよ、リーマス?』と、悪戯っぽい笑顔で教えてくれたのことが忘れられない。
 そのことをマクゴナガルに伝えると「そう、そう、そう、そうなのです──そうなのですよ! そう、だから、だから私がこの法則を見つけられなかったのは、私がきちんと法を遵守した結果であり、英国魔法界に忠誠を誓う研究者としても、至極当然のことであって──! …………くぅ……っ、レイブンクローに百万点!」としきりに頷いていた。全く、天才というのは罪作りなものだ。

「さっすがは俺の! どこまでもイカした男だなぁ!」

 シリウスの笑い声が暗い洞窟に反響する。
「君のじゃないよ」と少々強めにシリウスの背中を叩くと、シリウスはくぐもった声を上げた。

「……まぁ、ジェームズもリーマスも、もリリーもいない学生生活なんて、何度繰り返したとしてもつまんねぇよな」

 あと一応はピーターも、と少し不本意そうではあったものの、シリウスは付け加える。

「あの黄金色の学生生活は、もう二度と手には入らないだろ」

 懐かしむようなセリフだったが声はさっぱりとしたものだった。
 リーマスも口を開く。

「……そうだね。あんな刺激的な学生生活は、一度で充分だ」

 ふふっとシリウスは笑った。

「まぁそれはそうとして、身体の老化はそろそろ深刻ではあるんだよね。若い頃のような無茶はもう効かないし、いい加減そろそろ労ってあげたい」

「……いい癒者を紹介しよう」

 その時地図を見比べていたピーターが「ここだ!」と大きな声を上げた。おっ、とリーマスとシリウスも揃ってピーターの手元を覗き込むと、次いで洞窟内をぐるりと見渡す。
 何の変哲もない洞窟の中腹だ。道はまだ先まで続いているが、しかし。
 シリウスを見る。リーマスとピーターを見返したシリウスは、小さく頷いて一歩歩み出た。

「『ブラック家にムカつくブラック』、この仮定が真実だとしたら、そいつはここまで来たブラック家の者を『ざまぁ』したい筈だ、殺さない程度にな。ならば先へと進むのに必要なのは──憎きブラック家の血を捧げること」

 シリウスは杖を引き抜き短刀に変える。手の中で一度くるりと回すと、刃先を左の腕に押し当てた。滲み出る血を壁面に振りかける。

 途端、空間が歪んで扉が現れた。予想が当たったというのに、ふんとシリウスは不満げに鼻を鳴らす。

「結局いくらブラック家を憎んだって、こんなやり口選ぶ訳だから、所詮はブラックの端くれなんだろうな。こんな思考をトレースできる俺だって、どうしようもなくブラック家の人間だ」

 子供の頃から家を嫌ったシリウスは、こうして大人になり、また平和な世界になった今でも『ブラック家』という檻の中にいる。
 歩きながら尋ねた。

「……ブラック家は、これからどうするつもりなの?」

 シリウスに子供はいない。本人が望めば、そのままブラック家は亡びるだろう。
 んー、とシリウスは唸った。

「どうしよっかなーって考えちゃいんだよ。個人的にはこのまま消えてくれりゃスカッとすんだけど、今となってはそこそこいろんな役割も担っちゃいるしで。俺の名誉回復裁判なんてしなけりゃ、そのまま家名も潰せたかもしんないなぁやっちまったなぁって思ったりもしたんだ。……でもまぁ、うん。もう少しくらいは世の中の役に立ってから滅びてもいいんじゃねぇの、とは思ってるよ」
「……でも問題は、後継をどうするかってことなんだよ」

 シリウスの言葉をピーターが引き継ぐ。
「俺の言葉を取んな」とピーターの頭を鷲掴みながらも、シリウスは肩を竦めてみせた。

「養子でも取って継がせるかと悩んだが、そしたらフィスナーと被んだろ。それはなんかムカつく」
「なんかムカつくって」

 とんでもない言い草だ。この場にリーマスとピーターしかいないからだろう、口調が学生時代のものに戻っている。

「じゃあどうすんの。これから頑張って実子作る? 既にいたとしても別に驚きはしないけど。『あなたの子です、責任取って!』って」
「いねーよ!? ちょっと、俺に隠し子いたらせめて驚いて!?」
「あー、いつかやると思ってたなって」
「むしろいない方が不思議なくらい」
「こいつら、好き勝手言いやがって!」

 まぁこのくらいは冗談のうちだ。本当に隠し子がいたのだとしたら、シリウスは隠してはおけないだろう。うずうずして自分から言い出すに違いないのだから。

「それじゃあ、一体どうするの?」

 満を辞して尋ねる。シリウスは大きく頷いて口を開いた。

「アイディアはこうだ──ブラック家を法人化する!」
「はいシリウス、扉だよ。腕出して」
「早く用事を済ませて帰ろう。そろそろお腹が空いてきた」
「おーまーえーらーぁ!」

 地団駄を踏むシリウスに、なんだよと冷めた目を向けた。ピーターはリーマスを見て首を振る。

「まだ何のプランもないんだ。いつも通り、シリウスの夢物語の思いつき」
「このアイディアを詰めてくんだろ! これから!」
アキに大爆笑されてる段階じゃまだまだだよ。長電話してアキの時間を奪うのはいい加減にやめたげな?」
「シリウス、早く扉開けてってば」

 全くこいつらは、とぶつくさ言いながらも、シリウスは扉に手を当てる。
 途端──ゴゴゴゴ、と足元深くから地響きがした。
 ゆっくりと扉が開かれる。

「────っ」

 広がる光景に、思わず目を瞠った。
 思い出すのはホグワーツの図書室。古今東西の書物が詰まった、神聖さも伴う静謐な空間。

「……ねぇシリウス。ブラック家から無くなった本って、一体何冊だったんだい?」

 思わず尋ねる。
 シリウスはキョトンとした顔で言った。

「言ってなかったか? 三十六万と、二百六冊だよ。こいつら全部持って帰るから、リーマスも手伝ってくれよな」
「…………」

 聞いてない!



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