破綻論理。

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空の追憶

第22話 月前は翳りFirst posted : 2022.08.21
Last update : 2022.11.12

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「おかえりなさい、アキ

 ホグワーツから暖炉を経由し自宅へと戻ってきたアキを、アクアは微笑みと共に出迎えた。

 既に深夜と言って憚りのない夜半過ぎ。
 アキは目を瞬かせた後、ホッとしたように表情を緩ませた。彼の周囲に漂っていた、何処か張り詰めていた空気が霧散する。

 差し伸べたアクアの手をアキは取る。そのまま身に囲い込むようアクアを抱き寄せたアキは、肺いっぱいに空気を吸い込み、アクアの耳元でそっと囁いた。

「……ただいま、アクア」





「アクア、今日は早かったんだね。なら、私ももっと早く帰ってくれば良かったな」

 温かな紅茶を手に、アキはほのぼのと笑いながら膝に置かれた手帳を眺めている。えぇと言葉少なに頷いて、アクアはアキの座る二人掛けソファに腰掛けた。
 カモミールが香る紅茶に、アクアも身体の力をそっと抜く。
 アキはパタンと手帳を閉じた。そのまま、アクアの肩にこてりと頭を預ける。
 無音の時が心地良い。仕事で疲れた心と頭が、じんわりと解きほぐれて行く気分になる。

「……アキ、大丈夫?」

 そう尋ねるとアキは苦笑した。

「さぁ、どうだろ。でもま、ちょっと疲れたよ。ちょうどハロウィンだったしね……思わず血の気が引いてしまった」
「……ヒカルとソラから手紙をもらったわ。マクゴナガル先生からも。あなたを糾弾する張り紙……他に被害は受けてないの?」
「特には。相手の真意が測れない分、こちらも不気味なんだよね。いまいち何やりたいのかよくわかんないし……はぁぁ、ヒカルにもソラにも心配かけちゃったし、親としても教師としても不甲斐ない限りで……」

 言いながら、アキは大きくため息をついた。彷徨っていた漆黒の瞳が、ふと壁掛け時計で停止する。

「でも、今回は随分あからさまだ……一体、何がしたいのやら……そりゃあ幣原の罪も私が背負う気だけどもさ……。……ねぇアクア、少なくとも『アキ・ポッター』は人を殺してない筈だよね?」

 いきなり何を言うのだこいつと思った。伴侶相手だとしても、訊いていいことと悪いことくらいあるだろう。

「……えぇと……私が把握している限りにおいては、そうだと思うのだけれど……あなたがユークやアリスと手を組んで密かに何かをしていたとしたら、ちょっと私にはわからないと言うか……」

 思わずしどろもどろになる。
 ……しかし、こうして思えば、司法の手が届かない範囲も案外身近にいるものだ。『やってできないことはない』という事実が恐ろしい。
 アキは眉を下げては悲しげに呟いた。

「私そんなことしないもん……確かにフィスナーとベルフェゴールの権力があれば人くらいそう労力無しに消せるだろうけど……私、特に先生になってからはとりわけ頑張って清廉潔白に生きてきたのに……最愛の妻にまでそういうことしそうだと思われてるなんて……」
「もうっ、ならそんな問いかけしないで!」

 訊かれたから本気で考えてしまったまでだ。

「……そう言えばアクア、最近死喰い人の活動が激化してるって言ってたよね?」
「えぇ……そうなの。死喰い人だけじゃないわ。かつての闇の帝王の仲間は人間以外にも大勢いたの、知ってるわよね? トロールがヨーロッパを移動し始めたり、巨人が海を渡り始めたり……」
「あぁ……それに、セオドール・ノットと逆転時計タイムターナーの件もある。……収集された水晶……ヴォルデモートの代わりとなる純血主義の象徴……スコーピウスとアルバスの件も関係している? いや……」

 壁掛け時計をじっと見つめたまま、アキは口元に手を当て考え込んでいる。
 いつの間にやら、アキが手に持った紅茶はすっかり冷めてしまっていた。淹れ直してもいいが、そろそろ寝た方が良い時間だろう。
 アキの注意を促そうとしたちょうどその時、嫌な感じに家の電話が鳴り響いた。

 ジリリリリ ジリリリリ

 びくりと思わず身を震わせた。
 夜中の電話というのは、何故かどうしようもなく不安感を掻き立てられる。昼夜を問わない緊急の知らせが──多くの場合、それは悪い知らせが──舞い込むからかもしれない。

 腰を浮かしかけたアクアを、アキが「私が出るよ」と押し留めた。
 アキが軽く指を振ると、電話の子機がふわふわとこちらにやってくる。子機を耳に当て、アキは身を起こした。

「もしもし? ……ハリー? 何かあったのかい? ……あぁ、なんだ、脅かさないでよね。てっきり緊急事態かと……いや、大丈夫だよ。どうしたの? ……うん……」

 喫緊の用事でないことを察し、アキは一旦声の調子を和らげたものの、続いた言葉に眉を寄せた。ソファから立ち上がってはベランダへと出て行ってしまう。
 やがて戻ってきたアキは、普段通りの穏やかな笑みを浮かべてはいたものの、どこか浮かない眼差しをしていた。

「ハリーの傷が再び痛み出したようだ。実に十七年ぶりのことだね。……多分明日か明後日にでも、臨時会議あたりが開かれるんじゃないかなぁ。元死喰い人のドラコあたりに同席してもらうことをオススメするよ。まぁ勾留されてるセオドールでも良いかもね。各々の腕に刻まれている『闇の印』の状況は共有しておいた方が良さそうだ。あーあ、私も左腕があればなぁ、話がずっと早かっただろうになぁ」





 アキの予想通り、翌日に臨時総会が開催された。流石、ハーマイオニーは初動が早い。
 席には魔法大臣キングスリー・シャックルボルトを始めとした錚々たる重鎮もずらりと並んでいた。よくこれだけの短期間で集めたものよと瞠目してしまう。
 これだけの話題訴求性と求心力は、やはり『選ばれし者』ハリー・ポッターの名が未だ健在だからとも言える。いくら平和な時代が訪れようとも、やはり誰しもが皆、かつての闇の時代の記憶が頭の片隅に残っているのだ。

 端の方には、むっすりと口を真一文字に引き結んだドラコ・マルフォイが腕を組んで座っていた。アクアはドラコにそっと声を掛けに行く。

「……ドラコ、来てくれたの」
アキに根回しされちゃあな。……ハッ、そうでもなけりゃあわざわざ『元死喰い人』なんてポジションで足を運んでやるものか」

 不機嫌たっぷりではあるものの、言葉は案外義理堅い。
 ちらりと周囲に視線を走らせたドラコは「……アイツも来てんのか、珍しいな」と顎でしゃくった。

 季節問わずかっちりとした三揃えの礼服をその身に纏う者が多い中、シャツのボタンを三つ外したアリス・フィスナーの姿はよく目立つ。魔法大臣も同席しているのだからせめて首元は締めた方が良いと思うものの、彼は気にする素振りも見せずに隣の付き人と話をしていた。

「……《中立不可侵》が動くほどの大事だということかしら」
「さあな。大体、ポッターの奴はいつも大袈裟なんだ。たかが傷が痛んだくらいで騒ぎ立てて、みっともないとは思わないのか」
「ドラコ、私もポッターなのだけれど」
「うるさい。全く、アキもいちいちまともに取り合うなよな……」

 それでも、そういうアキの言葉でドラコも魔法省に足を運んだのだ、ただの憎まれ口ではあるのだろう。

「アストリアの具合はいかが?」
「今は小康状態といったところか。体調が良い時は少し散歩ができる程になった。もっとも、この先徐々に寒くなってくるからな」
「それでも、良かったわ」

 ホッと胸を撫で下ろす。
 アストリアのことを話すドラコの口調は柔らかだ。血の呪いについて判明した頃は、あたり構わずピリピリとしていて笑顔一つも浮かべはしなかった。

「それより気にかかるのはスコーピウスの件だ……」
「スコーピウス? ……もしかして、あの全く根も葉もない例の噂?」

 思わず声を低める。
 スコーピウスが闇の帝王の子供であるという噂──ドラコは昏い瞳で「そうだ」と頷いた。

「……加えてスコーピウスには、最近になってあと一つ気になる問題が浮上してきた」
「え……何かしら?」

 最近──と言うと、ホグワーツに入学してからということだろうか。首を傾げて思いを巡らす。
 ホグワーツに入学して早くも二ヶ月が過ぎた今、ドラコが気がけるほどのスコーピウスの問題とは一体何だろう。勉強についていけないとか、友達ができないとか……?
 ドラコは厳格たる口調でアクアに告げた。

「どうもふくろう便で聞く限り、あいつはアルバス・セブルス・ポッターと随分仲が良いらしい」
「……えっと……それで?」
「以上だが。……懸念すべき事柄だろう?」
「素敵なことじゃないかしら。アルバスは優しい良い子よ」

 アルバスもスコーピウスも、幼い頃から見て来ているのだ。二人とも穏やかで内気なタイプだからどこか波長が合ったのだろう。しかし、ドラコは認められないようだ。

「そんなことあるものか! ポッターの息子とうちの子が仲良くなるなど、天地がひっくり返ってもあり得ないことだろう! スコーピウスはポッターに騙されている!」
「ドラコ、何度も言うけど私もポッターなのよ」
「うるさい、何でお前がポッターなんだ!」

 アキ・ポッターと結婚したからに他ならない。
 ハーマイオニーとロンの夫婦のように別姓を選んでも良かったのだが、アクアがベルフェゴールの名を捨てたかったためアキの姓を選んだ次第だ。

「ったく……お前の娘と同い年で良かったと思った途端にこの仕打ちなんだから。親の心子知らずとはよく言ったものだ」
「子供にまで因縁を引き継がせなくていいじゃない。子供は子供で親とは違った世界があるでしょう?」
「どうだかな。……スコーピウスからはお前達の上の子、ヒカルの話もよく聞くが、アクアは何か聞いてないのか?」
「ヒカルは、なんだかアキに似て秘密主義のきらいがあるから……学年が上がるにつれてあまり近況も教えてくれなくなっちゃって」

 自立と思えば喜ばしいが、手を離れていくのはどこか寂しい限りである。
 ドラコは肩を竦めて「そのうち母親を疎ましく思う年頃かもな?」と苦笑した。
 反抗期など来ないで欲しい、ずっと可愛いままでいてくれていいのにと、アクアは子供時代の自分を棚上げして思うばかりだ。





 会議は混迷を極めた。
 まるで全てが台本に定められていたかのように、予定調和にドラコとハリーは激論という名目の口論を始め(「それは闇の印を持つ者に対する偏見か、ポッター? またも自らに注目を集めたいとは、その自己顕示欲は学生の頃より現在らしい。否、己の欲故にここまで大袈裟な舞台を用意するようになるとは、これぞ成長と言ったものか。当然、悪い方の意味でだが」とのドラコの発言が最悪のきっかけだった。アクアは心底頭を抱えた)、事態は収集の付かぬ泥沼に陥った。
 議論は進んでは戻り下っては上り、時には回り道寄り道をして、結局最初に舞い戻り、面々に徒労感を抱かせるばかりで「コックが多いとスープが台無しになるとはこのことね」とアクアはひとしきり皆のスケジュールに思いを馳せてしまう。
 議題はいつしか『予言の子』の話へと移行して。

「暗雲が漂っている。第二の『例のあの人』が出現するのならば、その予言が為されても良い筈だ」

 ──などと、声を上げたのは一体誰だったか。

 ハリー・ポッターが生まれた頃と同時期に、闇の帝王が『選ばれし者』により倒されると示唆した例の予言。
 当時、闇の帝王がわざわざ神秘部まで足を運び求めたという事実に、予言の価値を認める者も数多く。気付けば周囲は「再びの予言を託してもらおう」と盛り上がっていた。

「アクア、ちょっと」

 壇上ではハリーが周囲からの突き上げに困った顔で応答していた。その時肩を叩かれ振り返る。
 会議を妨げぬ程の小声で、アリス・フィスナーは「話に進展あったら後で個別に教えてくれ」と囁く。

「この後予定が控えててさ、悪いけど席外す。あとこれ、アキに渡しといてくれねぇ? あぁ、ついでにこの手紙はユークで、こっちはあいつの兄貴に頼む」

 アクアが何かを言う暇すら与えずに、アリスはどさどさと荷物を渡しては「んじゃ」と片手を上げて去ってしまった。付き人はアクアにぺこぺこと頭を下げた後、アリスの後ろを慌てた様子で追いかけていく。彼も大変だ。

「……あの人、私のことをアキとユークとハリーへの伝書梟だと思ってるんじゃないかしら」

 特にハリーなど、同じ会議に同席していたというのに。まぁ声を掛けられるような雰囲気じゃなかったのは確かだけれど。
 肩を竦めながらも荷物を改め、宛名別に仕分け直して取り纏める。荷物の中にはお詫びの気持ちか、アクア宛にと有名店のショコラも同封されていた。なんだかんだでソツのない人よねと思わず嘆息してしまう。気を回したのはアリスではなく付き人の方かもしれないが。

 ふくろう便でヒカルとソラに半分ずつ送ってあげようかしらとアクアが頭の片隅で思案している間にも、会議は「ハリー・ポッターが再びの暗雲を払いに予言を受け取りに行く」という方針で決着がついたようだ。ハーマイオニーの締めの言葉を皮切りに、会議に出席していた面々も各々の職場へと戻っていく。

 アクアも闇祓い局へと戻ろうとカバンを整理していたその時、笑顔を浮かべた義兄あにが歩み寄って来た。普段はほとんど似ていないくせに、そういう腹に一物抱えた時の笑顔ばかりはアキとそっくりなのはどうしてだろうか。
 思わず一歩下がったアクアに、ハリーは構うことなく距離を詰めると、有無を言わさぬ口調で告げた。

「突然だけど、今から占い学の教授、シビル・トレローニー先生に会いに行くことになったんだ。ハーマイオニーはあの先生の授業を落とした手前、顔を合わせたくないらしい。アクアはもちろん、私と一緒にホグワーツに来てくれるよね?」

 同級生であり、そして今となっては義理の兄とは言え、職場でのハリー・ポッターは闇祓い局局長──すなわちアクアの上司である。
 頷く以外の選択肢など、アクアに用意されている筈もなかった。



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