破綻論理。

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空の追憶

第23話 されど、汝の愛は届かずにFirst posted : 2022.09.04
Last update : 2022.11.12

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「ちょっと、ハリーっ、待って! 落ち着いて!」

 階段を猛然と駆け降りるハリーを、アクアは慌てて追いかけて行く。
 ホグワーツの階段は長く急で、おまけにいきなり動き出したり段差が消えたりするものだから、足を取られないように気を遣う。アクアがそうしてまごついている間にも、ハリーとの距離は徐々に広がっていくばかり。
 一体どうしてこうなったのだと、アクアは数十分前の出来事を思い返していた。





 校長室の暖炉から出てきたハリーとアクアを、ホグワーツ校長ミネルバ・マクゴナガルはどこか引き攣った笑みで出迎えた。

「……あの、ごきげんよう、マクゴナガル先生。久しぶりにお会いできて光栄ですわ。ご機嫌いかがでしょうか?」
「えぇ、丁寧にありがとう、アクアマリン。しかし『先生』は不要ですよ。あなたは既に卒業した身なのですから。……本来ならば数日余裕を見て提出されるべき筈の煙突飛行申請が法を守る規範たる魔法法執行部の部長により押し込まれたことにより少々卒倒しそうな心持ちになっている以外は上々です」
「……本当に申し訳ありません……」

 深々と頭を下げる。
 マクゴナガルは隣のハリーを見て目を眇めた後「どうかお気になさらずに」と首を振った。マクゴナガルの眼鏡越しの瞳が『暴走する上司を持つと大変ですね』と告げている。
 ハリーはそんな一切を気にする素振りも見せず「いきなりすみません、ミネルバ」と口を開いた。

「緊急の用事でして。占い学のシビル・トレローニー先生に会いたいんですが、ご在席ですか?」
「シビルですか? 彼女は今日は通院で一日不在ですよ。この歳になるともう、身体のあちらこちらにガタが出てきましてね……定期的に通院する必要があるんですよ……」

「え」とハリーは頬を引き攣らせて動きを止めた。マクゴナガルはハァとため息をつく。

「計画性の無さは相変わらずですね。せめてアキに一声掛けていたら、このことは教えてもらえていたでしょうに」
「あー……すみません、そこまで頭が回っておらず……」
「全く……。一体どのような用件だったのか、差し支えなければ伺っても?」

 ハリーが諸々の理由を掻い摘んで説明する。マクゴナガルは途中から頭が痛いとばかりに眉を寄せてハリーの話を聞いていた。

「『予言』に縋りたくなる心には一端の理解を示しましょう。あなたの経歴も経歴ですからね。しかしながら一応はあなたの恩師として言わせてもらうとするならば、ハリー、あなたは特に、占い学の熱心な生徒ではなかったように思いますが?」
「いやー……なんでしょう、私も今改めて思い至った次第でしてー……」

 ハハハとハリーは頭を掻いている。
 既に一日分のため息を吐き切ったと思しきマクゴナガルは、顰めっ面のまま口を開いた。

「……いくら無為無策で来たにせよ、収穫無く帰還するのも周囲に示しがつかないでしょう。シビルはいませんが、代わりにフィレンツェの元へ行ってみれば? 予言に拘るのもいいですが、占いはケンタウルスの十八番でもありますよ」

 アクア達を追い払う体のいい方便かと思ったが、ハリーはマクゴナガルの提案に乗り気になったようだ。「なるほど、それも良いですね。それでは行ってきます」と一礼しては校長室を出て行く。
 アクアは慌ててハリーの後を追いかけた。

「……ハリー、本当にシビル・トレローニーでなくても良いの?」
「トランス状態の彼女ならばともかくとして、普段の彼女からは『死神犬グリムがー』『死がー』以外の言葉を聞けた試しがなかったなと思い直したのさ。未だにジェームズに対してもグリムがどうだの言ってるらしいし、そいつを思えばフィレンツェはまだ有益な占いをしてくれるだろ。学生時代も何度か彼の忠告に助けられたことがあるんだ」

 占い学を履修していなかったアクアとしては、ただただそうなのかと思うばかりだ。
 ハリーの後に付き従い、懐かしのホグワーツを歩く。景色に懐かしみつつも、ついつい話題に上るのは、やっぱり現在在学中の子供達についてだった。
 今年スリザリンに組み分けられたアルバスのことを、ハリーも随分と心配しているらしい。

「スリザリン出身のアクアの前でこんなこと言うのも悪いんだけど、でもやっぱり心配は心配になって来てさ。うちの家族は皆グリフィンドールだから、肩身の狭い思いをしてなきゃいいんだけど。私としてはスリザリンに入ろうがそれも子供達の選択の結果だと思っていたけど、アキにも釘を刺されちゃったし……。君達のところは凄いよね、家族全員バラバラなんて逆に珍しいと思う」
「まぁ……そうかも」

 スリザリンばかりの一族で生まれ育ったアクアとしても、何だか不思議な気分である。アキは暢気なもので「ソラがハッフルパフに入ったからこれでコンプリートだなぁ」などと口走っていた。なんて気楽な人だろうと呆れたくもなる。

「……でも、スリザリンも悪い場所じゃないのよ? 団結力は強いし、居心地の良さは家族のようって言う人もいるし、何かあった時は親身に助けてくれる人も多いし……それに結局、どの寮であろうと、友達がいればやって行けると思うの」

 アクアには馴染めなかったスリザリンの空気も人によっては合うだろう。どの寮だって良い面と悪い面はあるのだ。
 寮に馴染めなかったアクアがそれでもスリザリンでも孤立しなかったのは、やはりドラコ・マルフォイとダフネ・グリーングラスという二人の友人のおかげではあった。彼らがいなければ、きっとアクアは途中で潰れていただろう。

「確かに、友達は大事だな。私も学生時代は随分とロンとハーマイオニーに助けられた」

 ハリーも懐かしむような表情で頷いている。
 どれだけ自分が望む寮に入れたとしても、そこで孤立したりいじめを受けたりした瞬間に、心地良かったはずの空間は地獄にも変わる。
 何にせよ気の合う友人というのは大事なものだ。アルバスもスコーピウスと仲良くしているようなので、一人でいるよりはずっと良いだろう。

「……スコーピウス? それって確か、マルフォイの一人息子だよね。……その子が、アルバスと?」

 ふとハリーの声が低くなる。その声に、アクアはやっと失言を悟った。
 何せ二人は学生時代からの犬猿の仲。ハリーの前でドラコに関わる話題を出すのはご法度だ。昔ドラコとよく一緒にいた時も、この二人のいがみ合いは何度も見てきた。基本はドラコから先に手を出すものの、ハリーも上等とばかりに迎え撃っては持ち前の毒舌で何倍にも増やしてドラコに投げ返すため、アクアはいつも身の縮まる思いをしていたものだ。

 息子はドラコと違って優しい子なのだと慌てて告げるも、ハリーの顔は晴れない。

「……いくらスコーピウスは優しい子だと聞かされてもね。子供は親の影響を少なからず受けるものだろう? 子供にその気はなくとも、父親てあるマルフォイから吹き込まれている可能性はあるじゃないか」
「そんなこと……」
「私とマルフォイの間柄においては、絶対にないとは言い切れないと思っているんだ。少なくとも私はね。向こうも私のことが嫌いだろうし、その感情を子供が汲み取ることもあるだろう?」

 そう言い切って、ハリーは話を切り上げてしまう。頑なな後ろ姿に思わずため息をついた。
 ハリーとドラコの確執にはアキですら匙を投げていて、どうしようもない時以外は極力対面させようとしない。学生時代からの不仲もここまで来れば因縁だ。

 階段を降り、一階にある占い学の教室へと辿り着いた。今は授業時間外のようで人気はない。
 ハリーが教室の扉を押し開ける。そこには教室とは思えない草原が広がっていた。まるで森の中の空き地のようだ。

 そこに佇んでいた一頭のケンタウルスは、緩慢な仕草でアクア達に顔を向けた。足を止めたハリーは、どこか戸惑う声音で尋ねる。

「……ベイン? どうして君がここに? フィレンツェはどこへ?」
「群れへ。フィレンツェがケンタウルスとしての誇りを忘れてしまう前にと、我々はたびたびフィレンツェを説得しているのだ。……生徒が来るかもしれないと言われ、私が居残ることになったが──ハリー・ポッター、また君か」
「あー──私のことを憶えていてくれてありがとう、ベイン。ともあれ、フィレンツェは禁じられた森にいるんだね? であれば私も森に行くとするよ、フィレンツェに訊きたいことがあるんだ……」

 どうやら、ハリーのお目当てとは違うケンタウルスのようだ。
 ハリーは愛想笑いを浮かべながら回れ右で教室を出て行こうとする。そんなハリーの背中に、ベインの声が被さった。

「ハリー・ポッター。私は君の息子を見た。星々の動きの中に」
「……私の息子を?」

 ハリーは困惑した顔で振り返る。ベインは尊大に頷いた。

「君の小さい息子の周りに黒い影がある。危険な黒雲だ」
「……アルバスの周りに? 私の周囲、ではなく?」
「君ではない。我々全部を危険に晒すかもしれない黒雲が、君の息子の周りに漂っている」
「暗雲……、……まさか」

 ベインの言葉に、ハリーはハッとしたように立ち尽くした。そのままハリーは身を翻して教室から駆け出して行ってしまう。
 戸惑うも、ひとまず後を追うことにした。ベインに一言謝罪して教室を出る。

「ハリー、待って! ちょっと、どうしたの!」

 アクアの声にもハリーは耳を貸そうとしない。頑なな背中を怪訝に思いつつ、アクアはハリーの行動の真意に思いを巡らせた。

 ──ベインは先ほど、ハリーの息子アルバスについて示唆した。
 彼の周囲に黒雲が漂っていると。私達全てを危険に晒すかもしれない黒雲が、アルバスの周囲に……。

 ハリーの足取りは迷いがない。辺りの風景には見覚えがあった。アクアもよく通った場所だ。スリザリン寮へと向かう道のりでもあった。

(……! もしかしてハリーは、アルバスの周囲にある黒雲をスコーピウスだと認識したの?)

 ハッと思いついた懸念に、アクアは思わず息を呑んだ。
 家族が絡んだ時のハリーを止められる自信は全くない。良くも悪くも情が強い人なものだから、これと決めれば猛然と突き進んでしまうのだ。
 更に悪いことに、先ほどはアクアもアルバスとスコーピウスの仲の良さについて口を滑らせてしまった。ドラコとは犬猿の仲であるハリーにとって、息子同士の関係性は疑惑の種であったのだろう。

 杖を振り守護霊の呪文を唱える。クジラのかたちをした霞状の守護霊に要件を告げてアキへと飛ばすと、一分も経たず返事が来た。

『あれっ、アクアとハリー今ホグワーツにいるの!? 言ってくれたら良かったのに、すぐ行くから少し待ってて!』

 フクロウの姿をした守護霊が、アキの声で喋りながらアクアの周囲を飛び回る。
 フクロウが霞となって消える頃、息を切らしたアキが駆けつけてきた。
 ……予想外の早さだ。この広大なホグワーツで、こんなにも早くアクアまで辿り着けるものだろうか?

「……まさか魔法でも使ってないでしょうね? 校内で自分だけ『姿くらまし』できるように規則を曲げたりしてない?」
「曲げてないよ! たまたま近くにいただけだってば!」

 どうだか。疑わしいものだと思うがしかし、今はそんな与太話をしている場合ではない。
 アキに手早く状況を説明する。アキは途中から渋い顔をしたものの、黙ってアクアの話に耳を傾けていた。

「そう……面倒なことになったなぁ……」
「……この道はスリザリン寮へ行く通り道だから、ハリーはきっとスリザリン寮に向かったと思うの」
「だろうね。アクア、こっち」

 言うが早いか、アキは手近な肖像画の縁に手を掛ける。そのまま肖像画を引き戸のように開けた先には、人一人が通れるほどの通路があった。アクアは思わず仰天する。七年間この廊下を歩いていたが、全然気付かなかった。

「ホグワーツに何年いると思ってるの。歴が違うよ、歴が。それにほら、幣原は『忍びの地図』作成者の一人でもあるからね」

 得意げに笑ってアキはアクアに手を差し伸べた。

 通路を通り抜け、スリザリン寮に程近い階段の踊り場に出る。ここから先、スリザリン寮へは階段を下って行くだけだ。
 階下を覗き込めば、闇祓いの黒衣を纏ったハリーが数階下を駆け降りて行くのが見えた。

「ハリー、待てってば!!」

 アキの怒鳴り声に、ハリーは驚いた顔で振り返った。しかし瞬時に険しい表情を浮かべては、そのまま踵を返してしまう。
 アキは訝しむように眉を寄せた。

「……あいつ、なんか意地になってるな……? 追いかけ、わっ!?」

 アキが向きを変えた瞬間、こちらを見ずに階段を駆け上がってきた人物とぶつかりそうになった。ぐらりと体勢を崩したその人物に対し、アキが咄嗟に手を伸ばして抱き留める。

 青みがかった長い銀髪に、すらりと高い上背を持つ若い女性だ。教師だろうか、制服は纏っておらず、代わりに授業道具らしい荷物を抱えていた。
 アキとぶつかりかけた弾みに手から滑り落ちた道具達は、しかし階段を転がることなく、アキの視線一つで空中にて動きを止める。

「ごめんね、デルフィー。怪我はない?」

 アキの問いかけに、彼女は慌てた様子で「大丈夫ですっ!」と返事をした。照れたようにはにかみながら、アキから身を離すと一段低い位置にて立ち止まる。

アキこそ、そんなに急いでどうしたんですか?」
「ちょいと野暮用でね。デルフィーが気にすることじゃない」

 静止した道具達が、アキの手招きに呼び寄せられていく。
 無邪気に慕う眼差しでアキを見上げていた彼女は、ふと視線をアクアに向けた。紫を帯びた瞳が軽く見開かれる。

「へぇ……もしかして、アキの奥様ですか?」

 好奇の籠った不躾な視線に戸惑うも、アクアへの視線を遮る位置に、アキがやんわりと身体を割り込ませた。「そう、私の奥さん」と隙のない笑みを彼女に向ける。

「デルフィー、遮っちゃってごめんね。……行こう、アクア」

 そっと背中を押され頷く。踊り場のところで振り返ると、微笑みを消した彼女がじっとアクアを見下ろしていた。

(……悋気? にしては、何処か雰囲気が……)

 後ろ髪を引かれる思いをしつつも、アキと共にハリーを追いかける。
 しかし二人がハリーに追いつくよりも早く、階下から怒鳴り声が聞こえた。この声はアルバスの声だ。

「なんで父さんにスコーピウスのことでぐちゃぐちゃ言われないといけないんだよ!!」

 ハッとアキと顔を見合わせ、足を早める。
 ハリーの宥めるような声に、アルバスの怒り心頭な声が被さった。

「いきなり学校にまで押しかけて、なんなの一体! スコーピウスは悪い奴じゃないっ、父さんの思い込みで勝手に言わないで!」

 スリザリン寮の前で、アルバスがハリーに食ってかかっている。アルバスの隣ではスコーピウスがいて、アルバスを宥めるべきかどうするかと困った顔でオロオロしていた。

「違うんだアルバス、父さんはただ……」
「子供の気持ちなんて何も知らないくせに! 父さんは親がいないから、子供の気持ちが分からないんだ! スリザリンなんかに入っちゃって悪かったよね、父さんなんて大っ嫌い!!」

 ハリーにそう言い切って、アルバスは「行こ!」とスコーピウスの手を取りスリザリンの談話室へと入っていった。残されたハリーは呆然とした顔だ。力が抜けたように、がっくりとその場に崩れ落ちる。

「……まぁ、今のは間違いなくハリーが悪いよね……」

 ため息をつきながら、隣でアキが冷酷なジャッジを下した。



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