破綻論理。

非公式二次創作名前変換小説サイト

TOP > 空の追憶

空の追憶

第28話 LOST CHILDFirst posted : 2023.02.06
Last update : 2023.02.09

BACK | MAIN | NEXT


「え? うん、お父さんのお守りでしょ? いつも付けてるけど、それがどうしたの?」

 手首に嵌まったブレスレット状のお守りを、わたしはヒカルにも見えるように袖を捲って示す。
 ヒカルはどこか不機嫌そうにお守りを睨んだ後「ならいい」とふいっと視線を背けた。なんなんだこいつ。
 ……お風呂の時の髪留めにちょうど良いんだよね、とは言えないな。

 十二月ともなると、ホグワーツは一面銀世界に包まれる。真っ白な雪に覆われたホグワーツ城は、すごく幻想的でなんだか神々しい。

 活発な子達は雪合戦にと元気いっぱいお外に駆けて行ったものの、なにせわたしは自慢ではないが、薬草学の授業で温室へ向かう道ですら雪に埋もれて立ち往生するほどだ(全然自慢じゃないね)。
 雪は部屋の中から眺める分は良いけれど、対峙するとなると分が悪い。というか、わたしが一方的に負けるのが目に見えているからね。

 加えて体力がないわたしにとって、体調を崩しがちな冬場は結構な鬼門だ。暖房の魔法が効いている室内はぬくぬくぽかぽかでも、一歩外に出たら寒さが堪える。
 だからわたしは冬場の間は外に出ず、暖かな室内で大好きな読書をするのが日課なのだった。いつもと変わらないって? それはそうだね。

 今日も今日とて図書室で本を読んでいたちょうどその時、誰かがすぐ隣の椅子に座る気配がした。気にせず本を読み続けていたら、今度は読んでいた本のページが七色に光り出した。たまらずわたしは顔を上げる。

「もっと穏便に呼びかけてよ。声を掛けるとかあるじゃない」
「お前、本読んでる時は生返事しかしないじゃん。図書室で声を張り上げるわけにもいかないし」

 隣に座っていたヒカルに文句を言うと、すぐさま小言が返ってきた。
 だからと言って本のページを虹色に輝かせないでほしい。すごく気が散る。

 ヒカルが指を鳴らすと輝きは止まった。本に魔法を掛けるなんてとむぅっと膨れるも、同時に目の前でぷかぷか浮かんでいた球の存在に気がついた。
 豆電球ほどのサイズの球は見る見るうちに縮んでは、やがて空気に掻き消えてしまう。ミラーボールのように輝いたこれが、本の白いページをド派手に照らし出したのだ。思わず鼻白む。全く、やんなっちゃうね。

 何故かわたしのお守りの在処を確認したヒカルは、続いてポケットからネックレスを取り出し書見台に置いた。
 ネックレスには小さな赤い指輪が通されている。少し前にわたしがヒカルに貸した、リドルさんの指輪だ。

「聞きたい話は聞けたの?」

 わたしの問いかけに、ヒカルは短く「ま、な」と返した。ふーん、ならいいんだけど。

 ネックレスを手に取り首に掛ける。
 ここは図書室だから、リドルさんは呼べないけれど……それでも手のひらで包んだ指輪からは、仄かな温もりを感じられる。

 何故だろう。初めてリドルさんと出会った時から、なんだか不思議と惹かれるものを感じてしまう。纏う空気に堪らなく懐かしさを憶えるのだ。
 幼い頃手放さなかった毛布に、久しぶりに頭を突っ込んだ時のような。
 擦り切れるほど読んだ絵本の、ボロボロになった表紙を捲った時のような。

 これが感傷と呼べるものなのか、わたしにはまだ分からない。
 頭の片側が甘くほどけるような幻想が、一体何に起因するものなのか、わたしにはまだ分からない。

「あ、二人とも、ここにいたんだ」

 その時声を掛けられた。
 わたしとヒカルが揃って振り向いたその先には、にっこり笑って手を振るナイト・フィスナーの姿。わたしは思わず立ち上がる。

「ナイト!」

 快活で明るい印象を与えるキラキラした青い瞳に、ふわふわとした金色の綺麗な髪。うぅんっ、今日もナイトはお姫様みたいでとても可愛いっ。
 駆け寄ってぎゅうっと抱きつけば、ナイトも「ソラ〜! 元気だったかな?」と抱き締め返してくれた。

「ソラ、体調崩してない? 寮は寒くないかな? あったかくして寝てる? 本を読み耽って夜更かししてない?」
「大丈夫、ハッフルパフの寮の中はあったかくて居心地いいよ。最近は特に、ちゃんと早く寝るようにもしてるの。だって風邪引きたくないもん」

 今まで熱を出した時は、母やジニーおばさんやユークおじさん、シリウスおじさんだったりピーターおじさんだったりが代わる代わる家まで様子を見に来ては、わたしの看病をしてくれた。それに夜にはいつもスネイプ教授が訪れて、わたしの症状を聞き取ってその場で薬を調合してくれるものだから、翌日には熱も引いてすっかり元気なのが常だ。
 ……でも、今年は違う。今年は熱を出してもずっと一人だ。医務室で一人寝ているなんて、想像するだけで寂しくなっちゃう。だから、今年は元気でいないといけないのだ。

「偉い〜!」とナイトはわたしの頭を存分に撫でて褒めてくれた。ふふん、わたし、偉いでしょ。
 えへへぇ、ナイトはいつも沢山褒めてくれるから大好きなのだ。ヒカルも見習ってほしいものだね。
 そんなヒカルはわたしとナイトの戯れを見ては呆れ顔だ。

「ナイト、こんな奴に構ってていいのかよ。NEWTいもり試験の勉強があるんじゃないの?」
「ソラをちょっと構ったくらいで成績は落ちないよー、ヒカルは心配性だなぁ。……まぁ、うん……成績は、ちゃんと取るように頑張るつもりだよ。あたしのせいで、フィスナーの家名に泥は塗れないから……」

 後半のナイトの声は、なんだかちょっとだけ元気がないようにも聞こえた。
 大丈夫かなと顔を上げた瞬間、ナイトは「でも〜! ソラの可愛さは癒されるんだよぉ!」とわたしを抱き締めたまま、わたしのほっぺに頬擦りする。わぅ。

「あぁもう可愛い! ソラってば、本当に可愛い! ほっぺはぷにぷにすべすべだし、髪の毛ツヤッツヤのさらっさらだし、ちっちゃくて柔らかくて良い匂いがして、もう可愛くて食べちゃいたいくらい! 絶対美味しい! あたしの癒し!」

 わたしを可愛がるナイトのテンションは、なんだかいつもよりちょっと高めだ。やっぱり勉強に疲れているのかな。流石はいもり試験、『Nastily Exhausting Wizarding Testめちゃくちゃ疲れる魔法テスト』なだけはあるよ。

「あ、でもね。今日はソラを可愛がりに来ただけじゃなくて、クリスマス休暇のことでちょっと話があるんだよ」

 ナイトはわたしを膝の上に乗せたまま、椅子に腰掛けヒカルに向き直った。

「話?」
「うん。多分アキ教授にはうちの養父から話が行ってると思うから、二人にはあたしから話しておくね。……ほら、あたしって、毎年クリスマスはポッター家のお祝いにご一緒させてもらってるじゃない? それが、今年は養父が休暇を取れたみたいで、ちょっと北欧の方に行く用事ができちゃってさ。今年はちょっと一緒にお祝いできなさそう」
「えぇっ!? ナイト、クリスマス一緒にいれないのっ?」

 思わずナイトにしがみつく。ナイトは困った顔で「本当にごめんね、お土産は買ってくるからさ……」と笑い、わたしの髪を優しく撫でた。

「えぇぇ……ナイトだけ残ろうよぉ……」

 アリスおじさんが忙しいのはいつものことじゃん。わざわざナイトを連れてくことなんてないのにさぁ。
 そんなわたしをヒカルは「アリスおじさんも、必要だからナイトを連れて行くんだろ。ワガママ言うな」と強めの口調で叱りつける。……うぅぅ、わかってるよぉ。わかってるけど、でも寂しいじゃん……。

「……あれ、でもナイト、今『クリスマスは』って言った? なら、ヒカルのお誕生日は一緒にお祝いできるっ?」
「お前な……」

 ヒカルが呆れた声で窘めようとするが、わたしはナイトに聞いているのだ。
 ヒカルの誕生日は十二月二十三日。この日はセーフ? それともギリギリアウト?

「えぇっと、確か二十四日──クリスマス・イブの夜に発つって言ってたから大丈夫だと思うんだけど、一応養父に確認してみるね」
「絶対、絶対だよ! わたしからもアリスおじさんにお願いするから!」
「お前、アリスおじさんを前にするといつも怖がるじゃん」

 ヒカルが横槍を入れてくるものの……ナイトのためならアリスおじさんにも立ち向かうよ、わたしは!
 ……怖い人じゃないって分かってるんだけどね。父の前だとよく笑ってるし、実際優しいし。でも目つきのせいか、なんだか睨まれてる気がしてついついビビってしまうのだ。

 心を奮い立たせるように「頑張るよ!」と大声を出した瞬間、わたしたちは怖い司書さんの手によって図書館から摘み出されてしまった。……あう。






「クリスマス休暇、やだなぁ……」

 大広間のテーブルに頬をくっつけたまま、アルバスは教科書をぱらぱらと捲っている。僕、スコーピウス・マルフォイは星図を書き写しながら、そんなアルバスに視線を向けた。

「お父さんと顔を合わせるのが嫌?」
「そりゃあ……まぁね」

 アルバスは相変わらず、ふん、とヘソを曲げた顔だ。クリスマス休暇が近付いてきたのもあって憂鬱さもひとしおらしい。
 少し前に、アルバスの父親であるハリー・ポッターがホグワーツに来てからというもの、最近はずっとこんな感じだ。スリザリンに入ったことをただでさえ引け目に感じているのに、おまけにスコーピウス・マルフォイ──つまりは僕だ──と付き合うなと言われたらしい。アルバスはそのことに怒り心頭なようだ。

「……何、スコーピウスはムカつかないわけ? あんなことうちの父さんに言われてイヤにならないの?」
「僕が直接言われたわけじゃないしね。それに、うん……そう言いたい親心も、ちょっぴり分かる気がするんだ」

 ハリー・ポッターに僕が貶されたと思って怒ってくれるアルバスを見ていると、なんだか面映い気持ちになる。……同時に、君の父と似たようなことを実は僕の父上も言ってるんだよ、と喉元まで言葉が出かかったりもする。
 僕はアルバスのためにそこまで怒ることができるかなと、そう思うと少しやるせない。いつだって愛想笑いを浮かべてやり過ごすのが常なのだから。

 僕の気持ちも知らずに、アルバスは「僕にはわからないね」と肩を竦める。そうかもしれないねと、僕は少し淡々と返した。

「あーあ。スコーピウスがクリスマス休暇にホグワーツに残るんだったら、僕も残ったんだけどな」
「ごめんね。でも、母上の体調が気になるんだ」

 今の治療法が合っているのか、最近の母は小康状態であるらしく、先日は父から庭先でのツーショット写真が送られてきた。そこに写る笑顔の母に、心底ホッとしたことを覚えている。
 未だ無理はさせられないものの、それでもクリスマスには一緒にいたい。そう言うと、アルバスは神妙な顔で「うん、それがいいよ」とコクコクと何度も頷いた。

「プレゼントは贈るから。本当は、スコーピウスと一緒にいたいんだけど……」
「アルバスは、ポッター家の方でクリスマスの集まりがあるんでしょ? ヒカルやソラも一緒なんだし、楽しんで来なよ」
「う……ん、そうだね……でも父さんと、あとジェームズに何言われるか……あぁ、でもヒカルがいるからまだマシか……」

 アルバスはそれでも浮かない顔だ。僕としては、そうやっていとこ達と集まれるアルバスのことが、割と心底羨ましいんだけどな。

「あら? 二人して何、クリスマスの作戦会議?」

 その時軽やかな声がした。パッと顔を上げたアルバスは「デルフィー!」と弾む声を上げる。
 荷物を抱えたデルフィーは、僕らの正面に腰を下ろすとニッコリと笑った。

「今日の授業が終わったから、ちょっと早めに大広間に来てみたの。何、クリスマスの話?」
「あぁ、そうなんだ。……そうだ、聞いてよデルフィー!」

 そう言うが早いか、アルバスはデルフィーに先日の父親についての話をし始めた。ちょっと耳タコな僕は、アルバスの愚痴を軽く聞き流しながら天文学の本をぱらりと捲る。もう少しで自力で宿題ができそうなのだ。
 デルフィーが相槌を打つたびに、アルバスの調子は上がっていく。ちょっと声が大きいんじゃないかと顔を上げたその時、僕はデルフィーの口元が微かに動いたのを見た。

 ほんの微かで僅かな動き。吐息のみが溢れた唇。
 ──それでも僕には、読み取れた。
 だって僕は、母の囁き声を一言も聞き漏らすまいと、いつだって耳を澄ませることが日常だったのだから。
 声にならない声を読み取り、母の言葉を掬い上げることを、僕は使命としてきたのだから。

 デルフィーは確かにこう言った。
 アルバスの父親に対する愚痴を、微笑みまじりに聞きながら──その薄紫の瞳の奥に、何処か冷めた光を揺蕩わせ。


 ────『たかが、それだけで?』──と。


「……デルフィー!」

 咄嗟に大きな声を出す。デルフィーとアルバスは驚いた顔で僕を振り返った。

「どうしたの? スコーピウス」

 デルフィーはニコリと微笑む。いつも通りの笑顔だった。

「あ……えっと、その……デルフィーはクリスマス休暇、どうするの?」
「……あぁ、そのこと。先生はクリスマス休暇もホグワーツで生徒を見なくちゃいけないから、休みなんてないわ。お子さんのいる先生は帰られたりするけど、私は新任だしね。立場は一番弱いのよ。残念だけどホグワーツでお留守番。あなたたちは?」

 僕らは家に帰る旨を伝えると、デルフィーは「やっぱりそうなんだ……ちょっと寂しいな」としょんぼりした顔をした。その顔を見てアルバスも眉を下げる。
 もしかしたらアルバスは「デルフィーを一人にしたくない」と言って居残りを決めるかもしれない。そう思ってアルバスを窺うも、アルバスは「デルフィーにもクリスマスプレゼントを贈るからね」と頷くだけだった。

「まぁ、嬉しい! ありがとう、アルバス、絶対よ?」
「うん、デルフィーに似合いそうなのをたくさん考えとくね」

 ……はい。友人のウブな恋に当てられて、僕はもうお腹いっぱいです。
 笑顔のデルフィーを見ていると、さっきの一言が気のせいだったようにも思えてくる。もしくは見間違いだったとか。唇の震えを、僕が単に悪い方へと読み取ってしまったのだとか。

 でも、同時に思い出すのは。
 僕やアルバス、ヒカル、それにデルフィーが参加している勉強会に誘った時の、青ざめた顔で俯いたソラのあの表情。
 ……普段暢気なソラの、あんな表情は初めて見た。あの時は、具合が悪いのかもと流したものの──思えば随分とソラらしくない反応だった。

 ソラは勉強が嫌いなタイプでもない。少し希望的観測かもしれないが、僕やアルバスが嫌われているとも考えにくい。ヒカルがいたから……であれば、ソラははっきりそう言うだろうし……。
 ……とすると、残るはデルフィーニ・リドルの存在か?
 それに、思い返してみれば、ソラはいつもデルフィーを避けているように見える。
 彼女の存在に怯えているのだろうか? でも、一体どうして?

「……あ、でもね……アルバスは『逆転時計タイムターナー』を知ってるかしら?」
「逆転時計? 何それ?」
「時を遡る魔法道具なの。それが、実は……」

 僕が考え込んでいる間にも、アルバスとデルフィーは楽しげに談笑していた。僕が遮った話の続きが聞こえてくる。
 僕は二人の話に上手く入れないまま、ずっとソラのことを考えていた。



BACK | MAIN | NEXT

いいねを押すと一言あとがきが読めます



settings
Page Top