その夜はホグワーツから帰ってきた父と共に、久しぶりに親子四人で食卓を囲むことができた。父は、この数ヶ月間見せていた『ホグワーツの教師』としての顔ではなく『父親』の顔で、わたしの取り留めのない話を楽しそうに聞いていた。
「ホグワーツでのお父さん、やっぱりいつもと違ってなんか怖いんだよね」
わたしの言葉に、父は困ったように眉尻を下げた。
「ごめんね、ソラ。父さん、公私を分けるのが苦手だから、ホグワーツでは敢えて厳しく振る舞うことにしてるんだ。でも、うーん、怖がらせちゃったかぁ……」
「ソラはビビりすぎ。別に怖くないよ、むしろ父さんは普段から威厳がないんだから、多少なりともそれっぽく振る舞った方がいいね」
「そ、そんなことしなくていいよぉ……」
ヒカルが口を挟んでくるが……どうしてわざわざ怖がらせるような真似をするのだ。
穏やかに行こうよ、それでいいじゃない。平和が一番だ。
美味しい夕食をお腹いっぱい食べて、心ゆくまでおしゃべりをして、大きな声で笑って……この日は久しぶりに家族水入らずで過ごせた夜だった。
わたしは満ち足りた気分でベッドに潜り込むと、毛布を被って息をつく。
この上なく幸せな気持ちだったから────
わたしは、胸の奥に張り付く嫌な予感を、この一晩だけ忘れることができた。
翌朝。リビングに降りていくと、そこには大きな山ができていた。
一瞬なんのこっちゃときょとんとするも、そう言えば今日は十二月二十三日──そう、何故かすこぶるホグワーツで人気のある我がお兄様、ヒカルの誕生日なのであった。
ちなみにうちに届く宅配便は、ふくろうから直ではなく、外に配置されたポストからリビングに転送される仕組みになっている。
理由は単純、父もヒカルもわたしも動物にマジで滅茶苦茶嫌われるからだ。動物は魔力に敏感だから、わたし達の近くは居心地が悪いらしい。ふくろうなんて人生で一度だって触れる気がしないね。
そう言っていたら、昔シリウスおじさんが一度『
その後ピーターおじさんもネズミに変身した姿を見せてくれようとしたのだが、シリウスおじさんとリーマスおじさんに『お前はやっちゃダメだろ』と頭をバシバシ叩かれていた。小動物かぁ、見てみたかったんだけどなぁ……ちょっとガッカリだ。
山ほどのプレゼントに囲まれる位置で、ヒカルは床にあぐらをかきながらプレゼントを一つ一つ仕分けていた。なんとも難しい顔をしている。
「おはよう、今年も大量だね」
「あ、ソラ、お前の手も貸せ。こうも多いと片付ける前に日が暮れる」
朝の挨拶もすっ飛ばし、ヒカルはわたしを手招きした。全くもう、相変わらず妹遣いが荒いんだってば。
仕方ないので、わたしもヒカルの隣に腰を下ろした。ホグワーツの学生はまだ学校の外で魔法を使うことができないものだから、包装を解くのも全部手作業なのだ。
ヒカルは「魔法が使えれば楽なのに……」とぼやきながらも、手早く贈り主を確認しては手帳にメモを取っている。贈ってくれた人の誕生日にお礼の品を贈るためだ。
こういうところ、ヒカルは凄く細かい。よくやるよなぁとわたしなんかは思ってしまう。だってほら、面倒じゃない?
「お友達じゃない、大して知らない人からもプレゼントが贈られてきてるんでしょ? そんなの、もうお返しとか良くない? 律儀すぎだって」
「阿呆、大した繋がりがないからこそお返ししとくんだって。借りだけ作んのダルいもん。ソラもよく知らない人からプレゼントをもらったらそうしろよ。いや、開ける前に父さんと母さんにいっぺん見てもらうのが先だな」
「大袈裟だって。それに、わたしはヒカルみたいにモテないもん」
社交的なヒカルとは違い、わたしは交友関係が狭いのだ。人見知りだしね。狭くて深い人間関係、上等じゃないの。
「そうは言っても、ソラは変なのに好かれるだろ。気を付けろよ」
「変なのって?」
「たとえば、ソレとか」
ヒカルがわたしの首元を示す。あー、リドルさんのことね。
『変なの』呼ばわりなんてリドルさんが怒るぞと思ったものの……リドルさんが怒る様子って想像できないな。今だってヒカルの言葉に笑っていそうだし。
一通り仕分けを済ませた頃、リビングにある暖炉の炎が緑色に変わった。程なくして、暖炉の中から父が這い出てくる。父は見慣れた群青の裏地のローブを身に纏っていた。ホグワーツへ行っていたのだろうか。父は朝が早いからなぁ。
「おはようヒカル、ソラ」と微笑む父に、ヒカルと揃って「おはよう」と返す。
「そうだ。ヒカル、誕生日おめでとう。プレゼントは何がいいかな?」
「背が伸びる薬」
即答だった。
父は「そんなのがあるなら私だって欲しいんだけど?」と苦笑する。
「父さん、発明してよ」
「だから私は、魔法薬学はそこまで得意じゃないんだってば……スネイプ教授に口利いてやるから、二人で研究開発しなよ。ならまずはお勉強ってことで、えぇと、なら、本と魔法薬の材料を……」
言いながら父が杖を振ると、『出現』した本や薬草の種がドサドサと床に積み上がった。
ヒカルがやれやれと肩を竦める。
「結局、勉強がプレゼントですか? アキ教授」
「息子に勉強しろって言うの、なんだか父親っぽいだろ? 私も、たまには父親らしいことしないとね」
「そういうのは見習わなくっていいんだよ」
「わたしは本をプレゼントされると嬉しいよ?」
「お前みたいな書痴と一緒にするな」
むぅ。ヒカルってば酷いんだぁ。
わたしからのヒカルへのお誕生日プレゼントは、もちろん毎年欠かさず本である。だって、わたしがもらうと嬉しいからね。もらって嬉しいものを贈るのは当然だもの。
ヒカルだって、わたしが贈った本は結構楽しんで読んでるくせに。素直じゃないんだから。
父もヒカルのプレゼントの仕分けに協力してくれたおかげで、母がリビングに姿を見せる頃にはプレゼントが綺麗に片付いていた。
家族全員で朝食を取った後、わたし達は父と母に促されるまま庭に出た。
村の外れ、山の中腹に位置するこの家は、この時期は痺れるほどの寒さだ。積もった雪に足を取られそうになったわたしを、母が慌てて抱き止める。
父は懐から杖を抜くと、空に掲げて楽しげに振った。
途端──がたん、と音がして、家がぐらぐらと振動を始める。壁や屋根、窓や扉がぐにゃぐにゃ伸びたり縮んだりした後、やがてストンと元に戻る。
「うん、入っていいよ」
父の声に、わたし達は我が家へ──正確には『新生』我が家へと足を踏み入れた。
家の中は様変わりしていた。
四人家族が住むのに十分なサイズだったお家から、どこかの貴族が使う邸宅のようなお屋敷へ。天井には厳かに輝くシャンデリア、床には足音を消すふかふかの絨毯、そして壁には幾つもの絵画や風景画が並んでいる。
小物はどれもクリスマス用に飾り付けられていた。奥に窺えるホールには、高い天井に届くほどの大きなクリスマスツリーが聳えていて、部屋を華やかに彩っている。
「向かって右の白い扉が今までのリビングに繋がってる。みんなの部屋もそのままだよ。左の灰色の扉と煙突飛行ネットワークを繋げたから、ここで皆を迎えればいい。
父の言葉に頷きを返す。
昼過ぎになると、ちらほら皆がやってくるようになった。ローズとヒューゴ、ジェームズ、アルバス、リリー達に加え、テッドやアレクの姿もある。皆がてんでばらばらにヒカルの誕生日を祝っては、プレゼントを渡したりで大騒ぎだ。
また
子供達は一通り勢揃いしたものの、大人達は全員とはいかないようだ。アリスおじさんやユークおじさんは忙しくてなかなか来られないし、ハーマイオニーおばさんやニンファドーラおばさんも今日はお仕事だと聞いている。
そんな中、わたしは驚きの人影を発見した。ハリーおじさんだ。
ハリーおじさんほどのレアキャラはそういない。母やニンファドーラおばさんが勤めている闇祓い局の統括をしている魔法法執行部の部長さんらしいけど、マジでいつもめちゃくちゃ忙しそう。
本を読む暇もなさそうで、なんだかとっても気の毒だ。そう忙しくなるんだったら、出世なんてしたくないものだね。
珍しくもハリーおじさんの姿を見つけたわたしは、ローズとの話を中断させてハリーおじさんに駆け寄っていく。
「ハリーおじさん! 今日はお仕事大丈夫なの?」
「あぁ、ソラ。いつもなかなか来られなくってごめんね。ヒカルの誕生日パーティーに行くのは難しそうだから、休憩も兼ねて寄ってみたんだよ」
うへぇ、相変わらず忙しそう。忙殺って感じ。身を削ってるね。
ハリーおじさんは身を屈め、床に片膝をついてわたしと目を合わせた。
「ソラ、この前はお手紙ありがとう。アルバスとのこと、心配させちゃってごめんね」
そう、先日ハリーおじさんにお手紙を送ったのだった。スコーピウスとアルバスを離れさせるのは間違ってると思うと、わたしなりの言葉で書き記したお手紙。
「ハリーおじさんは、アルバスとちゃんと話さないとダメだと思う。それに、スコーピウスはすっごく優しい子なんだよ。ハリーおじさんも一度会ってみるといいんじゃないかな」
親同士の因縁は拭えずとも、それでも子供は、親とは別の人格を持った存在なのだ。頭ごなしに『あの人の子供だから』と言われるのは、なんだか間違っていると思う。
……わたしやヒカルも、たまーに『アキ教授の子供だから』とか『アキ教授の子供なのに』とか言われることもあるからね。そう言われて嬉しい時もあるけれど、もやもやっとする時だってあるのだ。
「……うん。そうだね。ごめんソラ、ありがとう」
「わたしに謝るくらいなら、アルバスとお話してきて! どうせまだちゃんと口利いてないんでしょ!」
ハリーおじさんの手を引っ張り、有無を言わさずアルバスの元へと連れていく。ヒカルと喋っていたアルバスは、ハリーおじさんの姿を見ては目を丸くしてお喋りを止めた。
アルバスの目に、一学期にあったような怒りはない。
「……え? 父さん……」
「その、やぁ、アルバス……」
二人の挨拶もなんだかぎこちない。
二人はそのまま、スコーピウスのことを話すでもなく、数分後には忘れてしまうようなそんな当たり障りのない話をしていて──それでもなんだか、二人はこれまでよりも少し打ち解けることができたようにも見えた。
……うん、これはもしや、わたしの尽力が役に立ったと自惚れてもいいところかも?
「とりあえず、ソラのおかげで第一関門は突破ってところかしらね」
大きな天蓋ベッドに寝転んだまま、ローズはそう言って肩を竦めた。
ヒカルのお誕生日パーティーが終わり、夜。今日からクリスマスの期間、いとこ組は男女に分かれてお泊まり会だ。
明日も仕事がある大人達は帰って行ったけど、そうじゃない人達は今もホールで飲み会の真っ最中らしい。楽しそうで何よりです。
「……え?」
「『え?』じゃないわよ。アルバスとハリーおじさんのこと! 大丈夫かなぁって、シリウスおじさんやリーマスおじさんとか、結構みんなチラチラ様子を見てたんだからね」
そうなのか。全然気付かなかったなぁ。
リリーはスヤスヤ眠っている。ワンピースの裾が捲り上がってお腹が見えていたので、手を伸ばしてお腹を隠してあげた。ついでに毛布も掛けてやる。
ローズはふんと鼻を鳴らすと、頬杖をついて独りごちた。
「クリスマスまでの間、私達ってばずっと一緒じゃない? でもアルバスとハリーおじさんの件が解決したのなら、ちょっとは気が楽になるわ」
「うーん……」
それはどうかなぁ……。そりゃ、前よりは頑なじゃなくなったとは思うんだけど、アルバスとジェームズはここに来ても、まだ一度もまともに口を利いている様子がないしで、なんだかまだまだ火種は燻っている気がする。
それに────。
(なんだろう……この胸騒ぎは)
……いつもの『嫌な予感』とは少し違う。
ぞわぞわとした緊張感が、ずっと背筋を這っている。
(なにか、いやなものが来る気がする)
でも、一体何が来るっていうのだろう?
父と母に守られていて、わたしは何が不安なのだろう?
何を、恐れているのだろう?
「…………」
口を引き結んだまま、わたしは毛布を頭まで被ると目を閉じた。
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