その夜はいつも通り、ローズやリリーと一緒に眠りに就いた。
翌日、母とジニーおばさんに起こされた後、わたし達女子組がホールへと降りた時には、男子組は既に起き出して朝食をとっていた。何故か皆が皆、仏頂面で黙りこくっている。
「ねぇ、どうしたの? 何かあった?」
そっとヒカルに尋ねた。
ヒカルはクロワッサンを千切りながら「夜、ちょっと部屋でな……」と言い、アルバスとジェームズが座っている方向に視線を向ける。
「言い合いつーか、ケンカっつーか、まぁ……大したことないよ、いつものこと」
「ふぅん……」
アルバスとジェームズは席を一つ飛ばしで座っていた。お互い顔は合わせないまま、もくもくと料理を口に運んでいる。
アルバスとジェームズの間に何も知らないリリーが腰掛けたため、ぴりぴりした空気は少し緩んだ……ような気がする。
「なぁソラ。今日は、僕ら男子組が買い出しに行こうか?」
「え?」
いきなりヒカルがそんなことを言ったので、思わずびっくりしてしまった。ヒカルは普通の口調で「ソラは、母さんと一緒にいたいようだし」と言う。
……正直、母から離れたくないのはその通りだ。夢は夢と分かっていても、それでもなんだかピリピリと気が立ってしまう。
……でも……。
「……大丈夫、だよ。リリーもローズも、うちのお父さんと一緒に行きたいって言うだろうし……」
「二人は僕らが連れて行くから大丈夫だ、って言ったらどうする?」
畳みかけるようにそう言われ、言葉に詰まった。
……うぅ、もしかしてヒカル、わたしに気を遣ってくれてる……?
「……じゃあ……わたし、お母さんと一緒にいる」
「おう。買い出しは僕らで行くから、任せろ」
……なんだかんだで、ヒカルは優しい。わたしのことよく見てるし、さりげなく気を遣ってくれる。
照れくさいけど……でも勇気を出して、そんなヒカルに「ありがとう」と言おうとした瞬間、ヒカルは肩を竦めて皮肉げに笑った。
「それにしても怖い夢を見てビビって母さんに泣きつくなんて、お前もまだまだガキだな」
…………む。
むぅぅぅっ! ヒカルのバカっ!
せっかく上がりかけたヒカルへの好感度が、再び地に落ちた瞬間だった。
クリスマスカードを書き終えた後、父と一緒に買い出しに行く男子組を見送った。
リリーとローズもてっきり父について行くものと思っていたのだが、二人とも「ソラが行かないなら残る」と言ったので、わたし達女子組は揃って母達と共に、料理の準備や部屋のセッティングを行うことになった。
「ローズは料理の手際がいいな」
「いつも、ママの代わりにご飯作ったりしてるから……」
シリウスおじさんに褒められて、ローズは照れ照れと頬を緩めている。
それを見たリリーは自分も良いところを見せようと、両手いっぱいに食器を運ぼうとしてはつんのめり、ガラガラガッシャンと辺りは一時騒然となった。
全く騒がしいことだ。わたしはホワイトソースを練り練りしつつ、割れた食器を母達が修復するのを横目で見る。
今のところは何もない、至って平和なものだ。やっぱりあの夢は、ただの夢だったのだろう。少しナーバスになっていたから、怖い夢を見たのだ。そうに違いない。
……でも、母は闇祓いだ。悪い人達と戦う危険な職業。他の人より危ない目に遭う確率は高い。
この悪夢が、いつか現実のものになるかもしれない。そう思うだけで身体が冷たくなる。
もう母に危ない目に遭ってほしくないんだけど……そのためには、一体どうすれば良いのだろう?
「……ソラ、ソラ? ぼうっとしてると焦げちゃうわよ」
「あぁっ」
母に肩をトントンと叩かれ我に返る。
その後、慌ただしく料理やケーキを作っているうちに、胸の中の不安は気付けば吹っ飛んでいた。
クリスマスの準備が一通り終わった頃合いで、来訪を告げるベルが鳴った。煙突飛行粉で誰かが来たのだ。確認に向かう母の後ろに、わたしもくっついていく。
来訪客はドラコおじさんだった。スコーピウスも一緒にいる。
「メリークリスマス。一日早いけど、クリスマスの挨拶をしておきたくて」
「あら……それならアキもいる時の方が良かったかもね。アキ、今は出かけていて……」
「大丈夫、アキとはさっきホグズミードで会ったんだ。男の子達を連れていて賑やかだったよ」
スコーピウスはわたしを見、ニコリと笑って近寄ってきた。
「メリークリスマス、ソラ。元気にしてた? 実はさっき、アキ教授に連れられたヒカルやアルバス達と会ってさ。折角だからアクアおばさんの顔も見たいって、父上が」
「メリークリスマス。わたしも、スコーピウスと会えて嬉しいよ」
微笑みながら頭の片隅で考える。
……『夢』でも、ホグズミードでドラコおじさんとスコーピウスと出会った。父達が家を出た時刻も、夢で視た時刻と大体同じくらい。
ドラコおじさんとスコーピウスが父達と出会ったということは、現実が『夢』通りに起きている、ということ……。
(……って、そんなバカな……)
夢は夢だ。いくら精巧だとしても、夢と現実は交わらない。
夢が現実になることなど──決して、ないのだから……。
「なんだ、誰かと思えばマルフォイ家の御当主でいらっしゃる」
背後から聞こえた声に振り返れば、シリウスおじさんがこちらに歩み寄ってくるのが見えた。皮肉げな微笑みを貼り付けたまま「メリークリスマス。奥方の調子は如何かな?」とシニカルに片眉を上げる。
小さく息を呑んだドラコおじさんは、しかしすぐさま微笑を浮かべては、胸に右手を当て「ブラック家当主様、お目に掛かれて光栄です」と深々とお辞儀をした。
「お陰様で、妻も小康状態を保っております。それも全ては、貴重なる蔵書を惜しみなく提供してくださったブラック家当主様のご好意あってこそ。本日この良き日に貴方様とお目見えできましたこと、心より幸甚でございます」
「お……おう……」
そこまで丁寧に返されるとは思いもしていなかったのか、シリウスおじさんも呆気に取られた顔をした。威圧するように組んでいた腕を解いては、所在なげに頬をぽりぽりと掻く。
「すまない、今のは私が大人げなかったな。この家の女主人はアクアだ。同じ客人同士、そう畏まらずとも構わんさ」
「……シリウスおじさま、そう済まなく思う必要はないわ。だってこれ、ドラコのパフォーマンスですもの……ドラコも、無闇に人をからかうのは止めなさい」
母にじろりと睨まれたドラコおじさんは、殊更にっこり笑ってみせた。シリウスおじさんは舌打ちをするも、表情は緩んでいる。
「……なんだ、マルフォイ家の小倅風情が粋がりやがって。緊張して損したぜ」
「でも、ブラック家のご好意を有り難く思っているのは本心ですよ? そもそもマルフォイ家としても、長年続いた純血家系であるブラック家は崇敬の対象。跪いて靴にキスだって辞さないと思っていますので」
「やめろ、マジで」
シリウスおじさんは心底嫌そうな顔をした。
そこで、スコーピウスはそっとわたしに近付くと、小さな声で耳打ちする。
「ねぇソラ。アルバスなんだけど、なんかお兄さんとケンカでもしたのかな」
「え?」
「いや、何となく、ちょっとそう思っただけで……さっきも、いつもヒカルが間に入っていたものだから。その辺りも気になって、帰り際にポッター邸に寄って欲しいと父上にお願いしたんだ。少しソラと話がしたくってさ」
……そう言えば今朝のヒカルも、男子部屋でちょっとトラブルがあった、なんてことを言っていたっけ……。
「……うーん、ジェームズとアルバスがケンカするのは、いつものことではあるんだけど……」
でも、いつもはあっという間に終わる兄弟ゲンカも、今はアルバスの側に積もった不満が嵩じてややこしく拗れてしまっている気がする。ヒカルが間に入ってなお収まらないのはなかなかだ。
ふぅん? とスコーピウスは首を傾げた。
「僕には兄弟も、同世代の親戚もいないからよく分からないんだけど、そういうものなのかな。でも、デルフィーも心配していたし……少し、胸騒ぎがして」
「待って、デルフィーが? デルフィーもいたの?」
慌てて尋ねる。スコーピウスはきょとんとした顔のまま頷いた。
「うん。ホグズミードで会ったんだ。ホグワーツのお使いとプレゼントを買いに、って言ってたよ。アルバスもちょっと現金なものでさ……僕と喋ってる時はまだ不機嫌そうだったのに、デルフィーが来た途端に機嫌を直しちゃってさ……」
そうだ。『夢』でもこのクリスマス・イブの日、デルフィーと会ったのだった。
……これも偶然? それとも……。
少し考え込んだその時、スコーピウスがわたしをじっと見つめていることに気が付いた。
「……どうしたの?」
「いや……あのさ。違っていたら悪いんだけど、ソラ、デルフィーのことが苦手なの?」
真面目な顔でそう問われ、思わず返答に窮する。わたしの表情を読んだか、スコーピウスは「あ、言いにくいことを聞いちゃってごめんね!」と慌てて両手を振った。
「その、もしソラがデルフィーのことを苦手にしているのなら、勉強会とか誘ったりして悪かったなぁ……って思ってただけなんだ。断るのも気まずかっただろうし」
「ううん……わたしも、気を遣わせちゃってごめんなさい」
にこりと笑みを返すと、スコーピウスはホッとしたように胸を撫で下ろした。眉を下げて「でも、デルフィーはソラの寮の寮監だから、苦手でも付き合わなきゃいけないのが大変だよね」と呟く。
「デルフィーも言ってたんだ。『ソラともっと仲良くなりたいのに』って……そう落ち込むデルフィーに、ヒカルは『ソラは人見知りするから、距離を詰めすぎない方がいいと思いますよ。長期戦覚悟でゆっくり好感度を上げていこましょう』ってアドバイスしてたよ」
「はは……ヒカルらしいことで……」
いくらアドバイスが的確でも、それを言ったのがヒカルと思うと素直に聞けないのは何故なんだろうなぁ。
記憶を探るように虚空を見つめながら、スコーピウスは続ける。
「そうそう。だからデルフィーも、まずはソラに自分のことを知ってもらいたいって……その第一歩として、クリスマスプレゼントを工夫したんだって言ってたよ」
「……え?」
……クリスマスプレゼント、だって?
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