──その夜、わたしは夢を見た。
夕暮れと朝焼けを切り取ったような世界に聳える、紺青の階段の夢。頭上に朝焼け、足下に夕暮れを認めつつ、わたしはひたすら階段を下っていく。
(あぁ、そう、この夢だ)
そう、前回──母が襲われた事件の後に見た夢と、同じもの。
この世の光景ではないことは明白だ。地球上で『絶景』と呼ばれている場所をどれだけ回ったとしても、この景色には敵うまい。
そんな、ありえないほど美しく幻想的な景色の中を、わたしは一段一段下っていく。
手すりはない。両サイドを見下ろせば、そのままぐるぐると降り続ける階段が見えた。まるで、支柱のない螺旋階段のようだ。
……落ちたら一体どうなるんだろう。
思わずそんなことを考えてしまった。自分の想像に身震いをして、わたしはひたすら足を動かし続ける。
歩いて、歩いて、歩き疲れた頃合いで、一つの黒い扉が見えた。前回辿り着いた扉だと直感する。
……どうか、どうか、次こそは。
思いを込めて、わたしは扉のドアノブに手を伸ばした。
そしてわたしは再び目覚める。
三度目の、十二月二十三日に。
──やぁ。なんだか酷く久しぶりな気がするな。
僕の名前はヒカル・ポッター。アキ・ポッターとアクアマリン・ベルフェゴールを両親に持つ長子であり、かの有名な『生き残った男の子』、ハリー・ポッターの甥である。
……さて。
突然だけど、なんだか妹の様子がおかしい。
話しかければ返事はする。誰か他人がいる場では、にこにこしながら人の話に耳を傾けている。一見すると、いつも通りのソラではある。
……しかし、ふとした瞬間に、ソラは酷く真面目で切羽詰まった表情を浮かべているのだ。
どこか焦っているような切迫した表情。何かを恐れるような眼差しで、ソラはじぃっと母を見ている。母が視線に気付いて振り返ると、ソラは慌てて愛想笑いを浮かべてみせる。なんというか、すごくすごく、挙動不審だ。
何か言いたいことがあるのかと問いただしても、ソラはむぎゅっと口をつぐんだまま、頑固に「何もないよ」と言い張るのだ。一体何なんだ。
挙げ句の果てには「ヒカルうるさい、皆が来るまでお部屋で本を読んでる」と言い切って、一人で自室に籠ってしまう始末だ。
「何がうるさいだ、心配してやってるのに……」
思わず不貞腐れてそう呟く。僕の呟きを聞いていた父は苦笑を零した。
「まぁま、ソラだって悩みの一つや二つはあるだろう。そっとしてあげたら?」
「……でも、何だか顔色が悪い気もしたわ。上手く寝付けなかったのかしら」
母がそっと首を傾げる。
両親はそのまま「夢見が悪かった時の魔法薬でも渡してみる?」といった議題で話し込み始めた。僕は小さくため息をつく。
……夢見が悪かった、で、あのお気楽娘があんなに真剣な顔しないだろ。
昼過ぎ、いとこ達が我が家を訪れた。
ジェームズやアルバス、ローズやヒューゴ、リリー達に加え、テッドやアレクの姿もある。皆、僕の誕生日を祝いに来てくれたのだ。ありがたいことである。
今日からクリスマス当日まで、いとこ達含めた親戚連中、それにシリウスおじさんら父の友人一行は我が家に滞在することになっている。この時期は大抵こうやって、誰かの家に集まって過ごすのが常だ。
基本は持ち回りでそれぞれの家にお世話になるものの、安全面で我が家に勝る場所は他にない。そのため我が家はちょくちょくこうして皆の溜まり場になっている。ま、必要に応じて父がこうして家を拡張してくれるから、狭くはないのだけれど。
アレクは来てくれはしたものの、どうやら風邪を引きかけているらしくケホケホと咳き込んでいたので、大事をとって早々にベルフェゴール邸へと戻ることとなった。もちろん、泊まりも無しだ。
本人はユークおじさん譲りの整った顔を歪めて「ぼくは大丈夫なのに」と訴えていたが、僕もユークおじさんと同意見だ。病人はとっとと帰って休んだ方がいい。
アレクは風邪などを滅多に引かない分、休み方をよく知らないのだ。来年ホグワーツに入学するというのに、こんなんで大丈夫なのかと少し心配になる。そう言うとアレクは胸を張って「ホグワーツにはヒカルがいますから」とドヤ顔をした。
……オイオイ、まさかコイツ、グリフィンドールにまで来るつもりじゃないだろうな? ベルフェゴール姓がグリフィンドールに入るだなんて、そんなことを知っちゃドラコおじさんが卒倒しそうだ。めちゃくちゃ面白そうなので、アレクには是非是非頑張ってグリフィンドールの門戸を叩いてもらいたいものである。
アレクがユークおじさんに連れられて渋々と退出して行った後、ナイトが片手を上げて近付いてきた。
「やぁ、ヒカル。お誕生日おめでとう、今年もあなたの誕生日を祝えたことを誇りに思うよ」
……驚いた、
「悪い、ソラの奴のワガママで、わざわざ来てもらうことになっちゃって」
「
「十四」
「あれ、まだ十四歳なんだ!」なんて、ナイトは大袈裟に驚いてみせる。……そーだよ、まだ十四で悪いかよ……チェッ。
「違う違う、いつもヒカルは落ち着いてるから、大人びて見えるだけでさぁ?」
「ハイハイ、サンキュー。誕生日だからって無理に持ち上げてくれなくっていいってば」
なんつーか、歳の差くらいはどうにかして埋まらないものかなぁ……ハァ。
「別に無理ってわけじゃ……」とナイトはぶつくさ言うが……この小柄な体格のせいで、いつも歳より幼く見られがちなのだ。悔しいったらない。かろうじてまだアルバスより背は高いものの、アルバスが成長期に入ったら終わりな気がする。歳下の従兄弟に身長を抜かれるのは、結構堪える……。
ふと見たナイトがどこか不安そうな顔をしていたので「どうした?」と尋ねたところ、ナイトは意を決した顔で口を開いた。
「……ねぇ、ヒカル。あたし、ソラに嫌われるようなことしたのかも……」
「は? ナイトが? ありえないでしょ」
親戚に男子が多いせいか、まるで姉のようなナイトに対し、ソラは驚くほどに懐いている。ソラがナイトを嫌うはずもない。
「いやぁね、でも……」とナイトは口ごもりながら、先ほどソラに声を掛けようとした時の出来事を教えてくれた。何でもナイトと目が合ったソラは、慌てて逃げるように去って行ってしまったのだという。
「ナイトの勘違いじゃないの?」
「そんなわけないよ。だってこれまでのソラは、あたしを見たら絶対駆け寄ってニコニコして、小動物みたいにぴょんぴょんしてるのが常なのに……ソラがあたしを見たら逃げるなんて……えぇぇマジでつらくなってきた、泣きそう……」
ナイトが嘘みたいに落ち込んでいた。普段滅茶苦茶慕われている分、避けられてみると想像以上にダメージが大きいらしい。
「ふぅん……」
……どうも、僕の勘が言うとおり、朝からソラの様子がおかしいのは事実のようだ。
ホールの中をぐるりと見回し、ソラの姿を探す。するとハリーおじさんに何やら話しかけているのが見えた。その顔は、久しぶりに伯父に会えて嬉しいといった顔ではなく、何やら悩みを抱えている顔だ。
ナイトに「ちょっと見てくる」と言い残し立ち上がる。ハリーおじさんとソラが話している近くにまで来ると、二人の話し声が聞こえてきた。
「……最近闇祓いを狙う存在に心当たりはないかって? ソラ、どうしてそんなことを聞きたがるんだい?」
「そ、れは……」
ソラが言い淀む。
……闇祓いを狙う存在? どうしてソラが、そんなことを知りたがる?
一体何の話だろうと耳を澄ませたその瞬間、唐突に背後から声が掛けられた。
「何してんの?」
「ひっ!? ……あ、アルバス……」
慌てて振り返る。アルバスはきょとんと目を瞬かせていたが、少し離れた先にハリーおじさんとソラが話しているのを見ては、どこか不機嫌そうに眉を寄せた。
「……父さんったら。クリスマス休暇に帰ってきた息子に掛ける言葉はないクセに、ソラに構う時間はあるのかよ」
「まぁ、ハリーおじさんも忙しい人だから……」
「でも、アキ教授だって忙しい人じゃないか。でもちゃんと、ヒカルやソラに目を掛けてる。父さんとアキ教授は兄弟だっていうのに、この差は一体何なのさ?」
アルバスはぷりぷり怒っている。
……うぅむ、何と声を掛けてあげるべきなのか。何を言っても、今のアルバスには着火剤になってしまう気がする。困ったぞ。
「あー……きっと、ハリーおじさんもこんなバタバタしている場所で話すより、じっくり落ち着いた場所で話をしたいんじゃないか? アルバスも、ハリーおじさんに積もる話もあるだろう?」
「ないよ。父さんに話したいことなんて、一個も」
アルバスは頑なだ。……これはムキになってるな。
どうしたものかと考えあぐねていたところ、ハリーおじさんの元に魔法省から連絡が入ってしまったようだ。ソラに手を上げ、ハリーおじさんはホールから退出していく。ハリーおじさんの後ろ姿を見ながら、ソラとアルバスが同時に肩を落とした。
……さて、こいつは困ったね……。
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