破綻論理。

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金曜日のパラドクス

第6話 Reality BulletFirst posted : 2018.12.03
Last update : 2023.02.23


 朝。音楽を聴きながら登校していた米屋陽介は、校門前で行われていた抜き打ち検査の様子を見て、慌てて耳からイヤホンを抜いた。
 この高校はボーダーと提携していることもあり、他校と比べて校則は割と緩い。それでもまぁ、たまにこうして風紀委員や教師が立っていたりもする。わざわざ彼らから睨まれるような真似をする理由はないだろう。こういうのは要領よく、角が立たぬように通り過ぎるが吉。だって面倒臭いじゃないか。この面倒臭さと真っ向から向き合うのは愚の骨頂。上手に受け流すに限る。

 ──それでもバカはいるもんだからなぁ、と、見慣れた金髪が教師に取り囲まれているのを見つけては肩を竦めた。まぁあれは、流石に見逃されはしないだろう。

 バカがひとり捕まってるうちに、と、生徒はその隣を小走りで抜けていく。米屋もバカが全くの他人だったらそうしただろうが、生憎とあそこのバカはボーダーの仲間であり、米屋のクラスメイト兼友人でもあるから仕方ない。
 幸いなことに、米屋が彼に追いつくよりも早く、彼は教師から解放された。ハァと頭を掻いている、その背中を軽く叩く。

「よっす、鷹月
「お、米屋じゃん」
「見てたぞー、捕まってたの。まぁその頭じゃな」
「あー、これなー」

 校舎に足を向けながら、鷹月は前髪を軽く摘んだ。

「『地毛です』っつっても信じてもらえなかったわ。ひでーよな?」
「誰が信じるかよ、そんな言葉」
「えー? そんなことねーかもしんないじゃん。もしかして地毛なのかも? とか」
「地毛じゃねーだろ」
「地毛じゃねーけどさ」

 鷹月の金髪は、遠目からでもよく目立つ。この頭のせいで不良に間違われることもしばしばあるようだし、米屋も入学当初は「キメッキメな金髪がいる」と思ったものだ。さては不良か、そうでなければ高校デビューのつもりの痛い子ちゃんかと思ったのだが、話を聞けば金髪は中学の頃かららしい。

「先生からもぐちぐち言われるし、そうじゃなくても伸びたら染め直したりとかめんどいじゃん。なんで? ポリシー?」

 不思議に思ってそう尋ねた。自分のルールに従って生きているやつはたまにいる。それこそ鷹月隊の宮瀬唯なんかがいい例だ。そういうやつを否定する気は毛頭ないが、しかし鷹月はそうじゃない。自分のルールだけに沿って生きるほど頑なでも盲目でもない。

「俺、双子の妹がいんだけどさー」

 鷹月は軽い口調で話し始める。

「中学入学するとき、いきなりあいつ金髪にしたの。んであいつ、それを俺にも強要したの。そーゆーことで、これはその名残りみてーなもん」

 鷹月の双子の妹については、何度か耳にしたことがある。三年前の大規模侵攻での行方不明者。その妹を見つけるため、近界遠征に血眼で志願する鷹月のことを、米屋はよく知っている。
 普段は常識人で振り回され気質のある彼が、双子の妹についてだけは何一つとして譲らないことくらい、見ていればわかる。

 それだけ大事な片割れなのだ。
『死んでいるかも』なんて懸念を、一ミリだって心に宿したくないほどに。

(そりゃ、秀次と気が合うわけだ)





 期末テスト前ということで、今日は部活も全面中止。ボーダー隊員だから部活には入っていないものの、それでも誰もに防衛任務が入っていないというのは珍しくて、なんとなくまっすぐボーダーへと向かう気にはなれなかった。適当にボーダー隊員の同級男子で集まっては、試験範囲の確認がてら人の少なくなった教室に居座る。

「つかヤバくね? そもそも任務やら遠征やらで、授業もまともに受けてねーとこがボロボロあんだけど」

 出水が三輪のノートをパラパラ捲りながら呟いた。それなぁと米屋も頷く。

「まずは、試験範囲のノートを集めるのが先かな。ほら、みんな全科目分のノート出せ。ま、ここには三輪隊、鷹月隊、太刀川隊と三部隊いるから、それぞれの分集めたらなんとかなんねーかなー。さすがに留年はキッツイわ」
「え? 進級できねーのかな?」

 驚いた顔で、校則違反の反省文を書いていた鷹月が顔を上げた。思わず「さすがバカ、高校は義務教育じゃねーんだぞ」と褒めそやすと、鷹月は憮然とした表情で反論する。

「いやわかってるって! でも、俺たちボーダー隊員だぜ? 出席日数とか考慮してくれてんじゃん。成績もどうにかなんねーかな?」
「まぁそこはそうだけど、進級はまた違うんじゃねぇの? わかんねぇ授業受けても意味ないだろ」
「……マジ?」
「今ですら授業さっぱりわかってないだろ、お前」

 ハァと三輪は肩を竦めた。「言っとくけど、お前が一番危ないんだからな?」と鷹月に釘を刺す。

「せめて宿題くらいはやってこいよ」
「違ぇよ、やろうと思ったんだけどまったくわかんなかったんだって」
「ダメじゃん」
「やろうと試みたことだけ褒めて欲しい、俺褒められて伸びる子だもん」
「バカは死んでも治らないな」
「え、来世に期待くらいしてもよくない?」
「それじゃあ今世で徳を積めよバカ」
「オメーに言われたくねーよ槍バカ」
「いいから鷹月は早く反省文書いちまえって」

 三輪に急かされ、しぶしぶと言った顔で鷹月はシャーペンを握った。「こんなのに意味なんかねーって……」と呟きながら、どうにかこうにか原稿用紙のマス目を埋めて行く。鷹月の反省文を逆側から眺めながら、出水が口を開いた。

「お前、中学入ったときからずっとその頭だろ? 反省文も結構書かされてきたんじゃねーの?」
「ん? まーなぁ。慣れたもんよ」
「褒めてねーからな。ならもう昔書いたのパクっちまえよ」
「そう思って俺もこの前そんまま写して出したんだけど」
「だけど?」
「さすがにバレてめっちゃ怒られた」
「参考程度に摘めよバカ」
「少しは以前より成長してるところを見せろよバカ」
「そんなにバカバカ言ってやるなよ、鷹月が泣いちゃうだろ」
「泣かねーよバーカ!」
「早く書け鷹月。あと、ざっと一通りお前らのノート見たけど……」

 三輪が、パタンと米屋のノートを閉じては机の上に積み上げる。腕を組んでは椅子の背凭れに体重を預け、端的に一言。

「ひどいな」
「ひどいって何だよ! 俺たちだって必死に生きてんだぞ!」
「そーだそーだ!」
「バカにだって人権はあるはずだ!」
「うるせぇバカども!」

 喚くバカを三輪が一喝する。

「……生徒の半分は平均点より下なんだからな……」
「そうだそうだ……」
「俺たちに勉強は向いてないんだ……」
「じゃあ何なら得意なんだよ」
「「「体育」」」
「脳筋バカが!」

 失礼なやつだな、と三人で顔を見合わせる。はぁと盛大なため息をついた三輪は「こりゃマジでなんかちゃんとやんないとまずいかもな……」と言っては額を押さえた。

「あの……鷹月、お前んとこにいるだろ、不登校の狙撃手スナイパー……あいつ死ぬほど頭いいんだし、折角同じ隊なんだから、あいつに教えてもらえよ……」
「せめて言葉が通じるやつがいい」

 鷹月がきっぱりと言う。その目は確かに本気だった。その勢いに三輪も思わず押されて「お、おお……そうか……」と頷く。

「んじゃあ、鷹月は那須さんだな」

 と、そこで出水がニヤニヤしながら鷹月に向かって片目を瞑った。は、と顔を上げた鷹月は、一瞬後「何でそうなんだよ!」と顔を赤らめては机を叩いて立ち上がる。

「なんだよ、那須さんに勉強教えてもらえよー。どう考えてもお前より相当頭いいだろ那須さん」
「いい考えだなー! そうしてもらおうぜ、こっちだってお前が進級できないのは困るしな!」
「お断りだ!!」

 鷹月は、憮然とした表情で椅子に座り直した。原稿用紙に数文字殴り書いては、舌打ちをして消しゴムを掛ける。そうやって動揺してる素ぶりを見せるから余計からかわれるのに、本当に迂闊なやつだ。まぁ、そこが面白いのだけど。

「なぁ、鷹月って那須さんといつから一緒なの?」
「保育園」
「仲良くなったきっかけは?」
「きっかけ……? あー、それは、双子の妹が先に玲と仲良くなったんだって。俺はその付き添いで、まぁ成り行きだってば」
「あー、姉貴の連れてきた友達と遊んでたらいつの間にか仲良くなってた的な感じか」

 出水の言葉に、なるほどと三輪が頷いた。姉がいる二人は実感も湧きやすいのだろう。
 んー、と鷹月は首を捻った。

「まぁ昔は一緒に宿題やってたしなぁ。夏休みの宿題とか、いっつも三人で分担してた」
「いーなぁ幼馴染。やべ、俺も那須さんみてーな可愛い幼馴染欲しい」

 本心からそう呟けば「やらねぇぞ」とマジの睨みが返ってきた。やっぱり鷹月も『可愛い』とは思っているんだなと納得しながら「ウィッス」と敬礼の真似事をする。

「ならいーじゃん、また昔のように勉強教えてもらえよ」
「別に教えてもらってたワケじゃねーよ! 一緒にやってただけだって! ……それに、あの頃とはもう、違うんだから」

 何かを言い聞かせるような口調だった。
 何かを察したか、そっと三輪が目を伏せるのが見える。
 一瞬だけ重たい沈黙が降りたものの、鷹月が「あーもう、知らねー!」と大声を出して両腕を高く突き上げたことで、空気が解けた。

「何が反省文だバカ、何を反省しろっつーんだ、そもそも反省もしてねーし改める気もねーのに反省文だけ書いてお茶濁すのって道理に合ってねー気がするし! そっちの方が不誠実だろ!」
「まーそんなこと言うなって、ただでさえバカなのに教師からの覚えも悪かったら救いようがねーぞ?」
「いーんだよもうっ、進級できなかったらマジでもうそれでいーから! 高校なんて辞めてやらぁ! そもそも俺ぁ勉強嫌いなんだよ!」
「太刀川さんですらストレートで高校は卒業してんだぞ? お前が留年したら、太刀川さんどんな顔するだろうな」

 うげぇと鷹月は顔をしかめながらも、書いた反省文をぐしゃぐしゃと丸めては、ぽーんとゴミ箱に放り投げてしまう。見事ゴミ箱にはホールインするものの、米屋たちからは「あーあ」のため息だ。

「せっかく書いたのに、勿体ねーの」
「ハッ、知るか」
鷹月ー、さすがに高校は卒業しとこうぜ? お前やればできる子なんだから」
「そうだぞそうだぞ、頑張れって、な?」
「うるせーっ、いつまでも喋ってねーでボーダー行くぞ! 部活はテストで休みになってもボーダーは休みにゃならねーんだからな!」

 鷹月は勢いよく立ち上がると、カバンに乱雑に荷物を突っ込んではスタスタと歩いて行く。「あっ、鷹月待てって!」と出水が慌てて後を追って行った。あらまぁと肩を竦めたその時、三輪が口を開く。

「……陽介。鷹月って、未来のこと考えんの嫌がるよな」
「ん? あぁ、まーなんか途端に投げるよな」

 軽く首を捻っては同意した。「やっぱり」と呟いた三輪に対して「何、なんかあんの?」と軽く尋ねる。「別に大したことじゃない」と言った三輪は、カバンにノートを詰めると立ち上がった。

「自分だけ時が進むのが嫌なんだろうなって、思っただけだよ」



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