破綻論理。

非公式二次創作名前変換小説サイト

TOP > 金曜日のパラドクス > 月曜日のSynecdoche

金曜日のパラドクス

第9話 ララバイFirst posted : 2018.12.10
Last update : 2023.02.23


 テストが、終わった。
 全部、終わったのだ。

「できた?」

 机に突っ伏す俺の顔を覗き込み、出水が尋ねてくる。絞り出すように答えた。

「……埋めた」
「できたかって聞いてんだろ」
「うるせー埋めたっつってんだろ! 出来なんて知らねーよ、バーカ!!」
「キレんなって」

 キレたくもなる。だって理科のヤマ全部外れたし。

「理科っていうな。生物って言えよ小学生か」
「生活科って言ってないだけマシだろーが」

 なつかしーな生活科、と米屋は能天気な声を上げた。

「俺トマト育てんの好きだった」
「街歩きとかしたよな、標識見つけに行ったり」
「遺跡見に行ったり」
「川の上流ずっと辿って行ったり」
「落ち葉集めてお絵描きしたり」
「「なつかしー!!」」

 出水と米屋はキャッキャしてる。テストが終わった直後だからか、普段よりずっとテンションが高い。俺は寝たい……今すぐ寝たい……。

「そうだ、なぁ鷹月、ちょっと今から」
「あ、わり、電話。……えっ、澪だ。何だろ」

 携帯を確認すれば、掛けてきたのは我が鷹月隊のオペレーター、雨雫澪だった。
 悪いと断って席を立つと、とりあえず廊下に出た。澪が電話を掛けてくるのは珍しい。いつもはメッセージで済ますやつなんだけど。

「もしもし、俺だけど。澪、どーした?」

 通話のマークをタップしては耳に当てる。しかし返答はない。

「あれっ? 澪? もしもーし?」

 不安になって声のトーンを上げた。しばらくして、ぼそぼそと澪の声が聞こえてくる。こいつ声ちっちゃいんだよ。

『……隊長……私からの電話出るの遅くないですかぁ……? 私からの電話だからわざと出なかったんですか……? わ、私、私、すっごく不安だったんですから……私が電話苦手なの、隊長知ってますよね? なのにどうしてそんな非道を行うんですか? どうしてそんな酷いことして平気でいられるんですか? 隊長酷いです、鬼で悪魔だ……』
「あーもうっ、俺が悪かったよ! ごめんな! そこまで言わなくってもいいだろ! だからとっとと用件言えよ!」

 電話を取るのが少し遅くなっただけだぞ!

『いえ、いいんです……隊長にとっては私からの電話を受け取るこの時間なんて、隊長の人生の中でも無駄極まりない時間トップスリーにランクインしてしまう程のものなんですから……隊長から着信拒否されてたらどうしよう、かからないなぁと思って電話を切ろうとした寸前に繋がって『はわわわわごめんなさいいいい』って慌てて掛け直しても隊長も掛け直してくるから何度掛けても『話し中』のまま気まずい時間が流れたらどうしようとか考えちゃう私の葛藤なんて、全然全く気にしない大賞今年度堂々一位獲得できちゃうくらいで……』
「うるせぇ端的に用件だけ述べろ」
『アッハイ』

 お前、なんだかんだでお喋り大好きだろ。
 ともあれ、俺の言葉を受けて澪はその通り端的に、用件だけを口にした。

『隊長、テスト終わりましたよね? 今から私たちとカラオケ行きませんか?』





「バカなの? アンタ」

 木虎藍に絶対零度の眼差しを向けられ、俺は思わず顔を覆った。指の隙間から声を漏らす。

「……澪の口調からして、俺の隊員だけかなって思ったんだよ……」

 そんな俺の隊員、綾崎律と雨雫澪は、前に立っては二人でデュエット曲を熱唱していた。律なんてキレッキレのダンスの振り付きだし。律かっけー。
 そんで、その二人を見てはタンバリンを叩いたりペンライト(ペンライト?)を振っているのは柿崎隊の照屋や宇井。海老名隊の武富や、……うお珍し、那須隊の志岐もいる。あとは、名前は知らないけど個人戦ブースで顔見た奴だったり、なんだかんだでボーダー隊員ばかりではあるのだろう。

「全く。まぁ、同情だけはしてあげるわ。こんな『女子中学生』ばかりの空間にぶち込まれたその身をね」

 そう、このカラオケルームにいるのは全員が全員女子中学生。俺だけあまりにも場違いすぎて、俺は薄暗い部屋の隅っこで小さくなっているのが関の山だ。

「お疲れ様です、鷹月先輩。急なお誘いだったのに、来てくださってありがとうございます」

 そんな優しい言葉をかけてくれたのは、玲の隊の狙撃手スナイパーである日浦茜。おお、さすがは玲んとこの隊員。優しいしちゃんとしてるわぁと、自隊のやつらを思ってほろりと涙が溢れそうになった。あいつら。

「いや、ま、そりゃいいんだけどさ……俺来て良かったわけ? なかなか居心地悪いんだけど」
「何を言うんですか。みんな、鷹月先輩が来てくれて嬉しく思ってるんですよ」
「ほんとかぁ……?」

『そんなこと微塵も思ってないから!!』って顔で、木虎がぶんぶんと首を振っている。ほら見ろとばかりに顔をしかめて日浦を見ると、日浦は笑顔で答えた。

「キャーー!! って熱烈な歓迎受けたでしょ、入ってきたとき」
「部屋間違えたかと思ったからな」

 仕込みが上々すぎる。

「何が目当てだ? 財布か?」
「やだぁそんなこと言いませんよ、ほんのお気持ちだけ、ねっ、A級隊員さん?」

 揉み手をするな、わかったから。
 うちの隊は防衛任務のシフトも多いし、年齢にしては小金持ちなんじゃないかとは思う。使うヒマの方がない。通帳は忍田さんが管理してくれてるから、残高とか俺はよくわかんないんだけど。

「ま、でも、嫌がられてないようで良かった。むしろ俺が女子中学生から嫌がらせされてんのかと思った」
「あははー、鷹月先輩優しいし面倒見いいから、みんな鷹月先輩のこと好きですよ。……あ、でも」

 にこやかに笑った日浦は、俺に身を寄せるとすっと笑顔を消した。

「闇鍋のことは、一生忘れませんから」

 あっ、目がマジだ。
 ガクガクと頷くと、日浦は再びにっこりと笑みを灯した。
 ……その主な元凶は、あそこでまだ踊り狂ってる女子中学生ふたりにあるんだけどな……。

 と、舌打ちをした木虎がこちらに膝をぶつけてくる。

「その『みんな』に私は入ってないから。勘違いしないでよね」
「イヤウン、全くもって勘違いしてない、だいじょぶ」

 むしろ木虎くらいの反応の方がこっちもやりやすい。自分の隊員で慣れてるし。澪や律なんて、わざわざ電話かけてきたというのに俺に対し何のフォローもしてこないし。期待なんてしちゃいねーけど。

「あ、そっか。そういや木虎、澪や律と同じ学校か」
「えぇ、不本意ながらクラスメイトというものをさせてもらっているわ」
「不本意なんかい」

 わからなくもない。
 そのとき携帯が震えた。悪いと断って携帯を開く。眠たい目に眩しい明かりはちょっとしんどい。眉を寄せては画面を見つめた。

 新着メッセージの差出人は出水だった。

『俺らカラオケ行くつもりだけど、お前どう?』

 おんなじカラオケなら俺もそっちがいい……でも先約はこっちなのだ。『無理』と返信すると、即座に返事が来た。

『んじゃ、お前の代わりに那須さん誘っていい?』

 ハァ!? なにが『んじゃ』だ!

『ふざけんな』

 怒りを込めて送信する。

『なーんでさー』
『なんでも、とにかくダメだっつーの』
『何、ジェラシー?』
『なんでそーなんだよ!』
『そんじゃいいよな?』
『ダメだって、バ』──


「た、い、ちょう?」


 俺の両膝の間のソファを勢いよく足(靴下ではあった)で踏みつけた律は、俺を見てはにっこり笑った。思わず息が止まった俺の手から携帯を抜き取ると、ポイッと放り投げる。そしてその手で流れるように俺の胸ぐらを掴み、一言。

「あたしの歌を聴け?」
「……ハイ」

 もうやだよー俺帰りてぇよー女子中学生にいじめられてるよーっ! 金だけ渡すから帰ってもいいかなぁーっ!
 と、そこで澪が俺の元にてくてくとやってきた。やっと俺にフォロー入れる気になったかと思ったら全然違った。

「あの、た、隊長……隊長、まだ一曲も入れてませんよね?」
「え? あ、いや俺はいいよ。俺のことは単なる付き添いだと思ってくれりゃいいから、お前らが楽しんでくれって」
「あ、いえ、そうじゃなくって、もう隊長の分入れちゃいました」
「なんでそんなことすんの!?」

 選ぶ権利もないの俺!?

 澪がはい、とマイクを渡してくるのを、半ば呆然としながら受け取った。俺としてはその反対側の手に握られてる俺の携帯(さっき律に放り投げられたやつ)を渡してくれた方が嬉しいんだけどな……。
 律の歌が終わり、場から拍手が湧き上がる。いやこれがまた上手いんだわ。ずっと律の歌聴いてたい俺の順番来ないでおい日浦! 澪! 押すんじゃねぇ!

 あれよあれよと言う間に、気づけば前へと押し出されていた。ほぼ全員(木虎以外)の拍手の後ろで流れ始めたのは、テレビでもよく流れている乃○坂のニューシングル。
 畜生め。でもぐだぐだしてる方がカッコ悪いと腹を括った。この曲は、前に米屋が歌っていた。幸い、全く知らない曲じゃない。覚悟を決めてマイクを握る。

 カラオケなんざ、下手だろうが音痴だろうが楽しく唄えりゃそれでいいのだ。あぁ、でも、女子中学生たちから合いの手入れてもらうの死ぬほど恥ずかしい……。
 ともあれなんとか一曲乗り切り、万雷の拍手をもらいながらも大きく息をついた。疲れた……。

「あ、隊長、次も入れておきましたから」
「次は隊長の十八番だよ!」
「もう俺お前ら嫌い!!」





 ところで、カラオケ店の個室の扉がどうしてガラス張りなのか、その理由を知っているだろうか。あいや、『知っているだろうか』なんて偉そうな物言いをして悪い。どうしてなのかは俺も知らない。いやま、防犯上の理由なのだろうとは思うんだけど。
 ともかくそんなこんなで、歌っている時に扉越しに、廊下を歩く人と目が合って気まずい思いをした経験のある人は多いだろう。
 今回の俺も、そんな目に遭った。

 ただ、今回の俺がいつもと違ったのは、目が合った相手が知り合いであり──いや、知り合いというか、なんというか。
 ……うん。回りくどい言い方をしても仕方ないので、直接的に言おう。

 ガラス扉越しに俺と目が合ったのは、十年以上前からの俺の幼馴染、那須玲だった。





 マイクをすこんと取り落とす。ガシャンと音が鳴って、ようやくハッと我に返った。
 目を見開いて足を止めた玲に、玲のすぐ後ろを歩いていた米屋は訝しげな顔をしてこちらを見たが、俺の姿を見つけると一転して目を輝かせる。あいつめ。

鷹月先輩? だいじょうぶですか?」
「ちょっと、どうしたのよ」

 日浦と木虎が、いきなり顔色を変えたこちらを気遣ってくる。それはありがたいのだが、しかし今は本当にそれどころではない。
 玲は、ぎゅっと唇を引き結んだままこの部屋のドアを勢いよく開けた。急に開いた扉に、女子中学生たちは驚いた顔で振り返ったが、玲を見てはそのまま黙り込む。

「いやぁ、鷹月くんがこんな楽しそうなことしてるとは」
「両手に花とはまさにこのこと、そりゃ俺たちとカラオケに行ってくれないわけだ」

 後ろの米屋と出水がからかってくる。三輪はそれはそれはド派手なため息を吐いて頭を振っていた。バカには付き合ってらんないってか。いや、それどころじゃなくって。
 玲はこちらを真顔で見据えている。なまじ顔が整っている分本当に怖い。重たい沈黙に耐えきれず、必死で声を絞り出す。

「……誤解なんだ、玲」

 言って、自分の言葉の意味不明さに頭を抱えた。一体何が誤解なんだ俺!? いやそもそも、なんでこうして凍てつく時間が流れてんだ!?
 玲は落ち着き払った声で答えた。

「いいえ、ちゃん。私ははっきりと事実を認識していると思うわ」
「いや……違うんだって、ほんとのほんとに、誤解なんだって……」
「とっても楽しそうで何よりだわ。道理で、ちゃんに送ったメッセージに既読がつかないと思った」

 俺の携帯!! 思わず振り返って律と澪を睨むも、ふたりはバッと顔を背けた。あいつら!!

「……その、ほんと、ごめんなさい……」

 潔く頭を下げる。いやなんで俺謝ってんだっけ? 全く同じことを、玲も思ったようだ。

ちゃん、その謝罪の理由は何?」
「……なんだろうね……」

 幼馴染のご機嫌取りなのは間違いないけど。……いや……そもそもなんで、俺が女子中学生と遊んでいるのを見て、玲が機嫌を損ねるなんて思ってんだろ……でもだって玲怒ってる……。
 玲は小さくため息を吐く。そこでタイミングよく、出水が顔を覗かせた。にかっと笑って女子中学生たちを見渡す。

「なぁ、もし良かったらお前らも俺らと一緒に歌わね? あ、俺、太刀川隊の出水っつーの。んでこっちは三輪隊の三輪と米屋。このめっちゃ可愛いお姉さんは那須隊の那須さん」
「そうそう。さっき店員さんに聞いたんだけど、もっと広い部屋用意してくれるって」

 米屋と三輪もひょっこりと頭を出してきた。きゃあっと声が上がるのに思わず肩を竦める。
 ここにいる女子中学生は、おそらくは全員がボーダー隊員だから、自己紹介の必要もなく当然三人の顔を知っていることだろう。現にそんな彼らの言葉で、女子中学生のテンションは急上昇。みんなそいつらの外面に騙されんじゃねぇぞとは思うものの、この凍てつく空気を溶かしてもらった立場だから何にも言えねぇ……。

「出水先輩米屋先輩っ、本当にいーの?」
「おーりっちゃん。遠慮すんなよ、いいに決まってんだろー?」

 やったーと無邪気に喜んだ律は「ほら、行こっ」と皆を先導する。その言葉で皆が動き出した。助かったと胸を撫で下ろしながら、ツンとそっぽを向いて米屋たちの後ろを付いて行こうとする玲に駆け寄る。

「何?」

 うわー……なまじ玲がとってもその……可愛い……から、睨まれると心のダメージが凄い……。

「ごめん……」
ちゃんなんてもう知らないんだから」
「そんなこと言わないでよ……」
「じゃ、私の言うことなんでも聞く?」
「聞くよ、聞くから許してくれる……?」

 すると玲はそこで足を止めた。くるりと俺に向き直ると、押し殺した声でまくし立てる。
「駅前に新しい喫茶店ができたの。そこのパンケーキが美味しいって聞いたの。それとそろそろ新しい手袋が欲しいの。あと好きな作家さんの映画が来週公開されるの。あとランク戦の練習付き合って、試したいことがあるの。あとね……あとね」
 そこで玲は言葉を止めた。

「……あの。今日、うちに、ご飯を食べに来ませんか?」

 そんなことを目を逸らして言う玲が、なんだろう、びっくりするほど可愛くて。

「……お、よ、喜んで」

 かっこよく決めたかったのに返事はついつい言い淀んでしまって、思わず顔を赤らめた俺に、玲はくすりと笑顔を見せた。



いいねを押すと一言あとがきが読めます

BACK NEXT MAIN



settings
Page Top